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第26話 揺れる想いと冬休みの日々

 十二月二十四日、クリスマスイブ。本来ならカップルで賑わう特別な一日だが、僕・大友遼は昨日の“二人きりの遠出”の余韻に浸りながら、自宅でなんとなくぼんやりしていた。


 昨日のあの場所――静かな庭園でのひとときが、まるで夢のように頭を離れない。岸本さんから“手作りのキーホルダー”をもらったあの瞬間、心がときめいて仕方がなかった。けれど、結局「好き」という気持ちは言えないまま。僕はどこか煮え切らない思いを抱えている。


 「……はあ」


 ため息が漏れる。叔母さんはクリスマス用にチキンやケーキを買ってきてくれて、「夜は一緒に食べよう」と言っているが、僕は浮かない顔のままだ。彼女からLINEは届いているものの、特に深い話題があるわけでもなく、昨日のお礼と「楽しかったね」というやり取りで終わっている。


 (もし、昨日あのとき、想いを伝えていたら、どうなっていただろう……)


 考えても仕方ないことを、延々とループさせる。そんな自分に嫌気がさして、何か行動を起こしたくなるが、彼女は今日は家族の用事があると聞いている。下手に誘うのも悪いだろう。


 夕方、叔母さんが「ほらほら、チキンとサラダを並べたよ」と声をかけてくる。仕方なくリビングへ向かい、テーブルに座る。テレビではクリスマス特番が流れており、街のイルミネーションの映像がきらびやかに映る。


 「ねえ遼くん、もし友達とクリスマスパーティするなら、買い出しのお金出すわよ?」


 叔母さんの申し出に、僕は「ううん、別に……大丈夫。部活の打ち上げもあったし、友達は友達で色々予定あるだろうし」と曖昧に答える。


 そうして、半ば義務的にクリスマスディナーを囲む。美味しいはずのチキンも、なんだか喉を通りにくい。お腹は空いているのに、気分が乗らないのだ。


 「……もったいないわねえ。せっかくのクリスマスなのに」


 叔母さんが苦笑する。僕は「ごめん、食欲がないわけじゃないんだけど……」と弁解しつつ、胸のあたりがざわざわする気分を消化できずにいた。


 翌日、クリスマスが過ぎ去り、一気に世間は年末年始モードへと切り替わる。巷では大掃除だとか帰省ラッシュだとか言われる時期だが、吹奏楽部は年末の合奏練習やアンサンブルの追加演奏を企画しており、意外と忙しい。


 部長から「28日に部室の大掃除と楽器のメンテナンスやるから、参加できる人は来てくれ」と連絡が入り、僕も行こうと思っていた。どうせ家にいても暇だし、部に入ったからには年末行事くらい協力したい。


 ところが、岸本さんの姿が見えないという噂が先輩から伝わってきた。「年末はちょっと家の事情でこれないかもしれないって言ってたよ」とのことだ。


 「そっか……まあ、仕方ないよね」


 僕はそれを聞いて少しがっかりする。せっかく部室の掃除や楽器メンテを一緒にやれたら楽しかったのに、彼女の都合なら仕方ない。年末は家事や家族の用事が多いと前に言っていたから、おそらく手が離せないのだろう。


 28日、部室の掃除に参加してみると、部長や先輩たちとわいわい言いながら楽譜棚を整理したり、パーカッション類の埃を払ったりと、それなりに楽しい時間を過ごせた。でも、心のどこかで寂しさを感じる。


 (やっぱり、岸本さんと一緒がいいんだな……)


 作業をしながら、僕は自分の気持ちを再認識する。何をするにしても、彼女が側にいるかどうかでモチベーションが変わってしまう。ある意味、依存しているのかもしれないが、恋というのはこういうものなのだろうか。


 掃除が終わったあと、僕は叔母さんの買い出しを手伝うために商店街へ足を運んだ。年末ということもあり、街は買い物客でごった返している。大きな袋を抱え、野菜やお肉をまとめ買いする人が多いらしく、店のレジには長蛇の列ができていた。


 「すごい人だな……」


 叔母さんと手分けして品物を探し、少しでも効率よく買い物を済ませようとするが、それでも時間がかかる。ようやくカゴがいっぱいになってレジを済ませ、スーパーの出口に向かおうとしたとき、ふと人混みの中で見覚えのある人影を発見した。


 「……岸本さん?」


 声をかけると、向こうも「あ、大友くん?」と驚いた表情を見せる。どうやら彼女も買い出しに来ていたらしく、エコバッグを下げている。


 「そっちも買い物?」


「うん、年末の食材とか日用品とか。父が今日は仕事休みなんだけど、結局忙しくて家にこもってるから、私が全部出てきたの」


 そう言いながら、彼女は苦笑する。きっと家事の大半を彼女が担っているのだろう。あれだけ部活や勉強もしているのに、本当に大変だ。


 「そっか……手伝おうか? 俺も叔母さんと来てるんだけど、向こうでレジの列並んでるから、ちょっとだけなら……」


「ありがとう。でも大丈夫、もう買うものは揃ったし、これから帰るだけだから」


 そう言いつつも、袋が重たそうに見える。僕が「じゃあ途中まで持つよ」と申し出ると、彼女は遠慮がちに「うーん、悪いかな……」と言いながらも、結果的に僕が一つの袋を受け取ることにした。


 商店街のアーケードを抜けるまでの短い間、並んで歩く。周囲は大勢の買い物客で賑わっているが、僕らは二人きりの世界にいるような感覚になる。


 「ねえ、大友くん。年末はどんな感じなの?」


「あー、特に予定ないかな。31日とかは叔母さんの家で年越しそば食べて、お正月に初詣行くくらい」


「そっか……私も似たようなもんだよ。大晦日は家のことやりつつ、父と年越しそば食べる予定。……だけど、年明けは部活の練習初めとかあるかな」


 そういう当たり前の会話すら、僕らにとっては嬉しい。年末年始をどう過ごすか、互いに共有するだけで、なんとなく距離が近づく。


 アーケードを出る角で、「じゃあ私はこっちだから」と彼女が袋を受け取り直す。遠くに住宅街が見え、そこが彼女の家の方向なのだろう。


 「うん、じゃあ、また連絡するよ。よいお年を、というにはまだ早いかな……」


「ふふ、また話そうね。荷物持ってくれてありがとう」


 彼女はそう言って微笑み、軽く手を振って去っていった。僕は少し名残惜しさを感じつつ、叔母さんの待つスーパーへ戻る。


 大晦日当日、僕は家のリビングでテレビをつけたり消したりしながら、無為な時間を過ごしていた。世間は紅白歌合戦だとか年越しの特番だとか賑やかだが、いまいち興味が湧かない。部活もなく、岸本さんと会う約束もない。孤独というほどではないが、何か落ち着かない。


 ふとスマホを手に取り、LINEを開く。彼女から特に新しいメッセージはない。


 (そうだ……せめて俺から連絡してみようか)


 いつもは“彼女を煩わせたら悪いかな”と遠慮してしまうが、今日は一年の締めくくりだし、ちょっとだけ勇気を出してみるか、と決心する。


 「大晦日だけど、元気にしてる?」と軽い挨拶メッセージを送信してみる。すると、予想より早く既読がつき、「うん、今父と年越しそば食べてるとこ! 大友くんは?」と返ってきた。


(父と一緒に……良かった、少しは和やかな時間を過ごせてるのかな)


 「俺は叔母さんたちと家でテレビ見てるよ。そばはまだかな。なんか、いまいち年末って実感わかないや」


「わかるー! 今年は行事多すぎてあっという間だったもんね。部活もクラスも、色々あったし」


 彼女とのメッセージのやり取りで、少しだけ心が軽くなる。大晦日だろうが彼女の存在は変わらず、こうしてやり取りができるだけで満たされる部分がある。


 「今年はいろいろありがとう。吹奏楽とか演劇とか、一緒にいて楽しかったよ」


そう送ると、しばらく入力中の表示が続き、やや長めのメッセージが返ってきた。


「私も大友くんに感謝してる。転校してきたばかりなのに、部活やクラスでいっぱい頑張ってくれて助かったし、何より私の悩みも色々聞いてくれて……来年も、もっと一緒に楽しいことできたらいいな」


 (……ああ、やっぱり好きだわ)


 心の中で呟く。どう返事をしようか迷い、「こちらこそ。来年もよろしくね」と無難な一言を打ち込む。告白めいたことは今じゃないと思った。彼女だって父親との関係が少し改善し始めたばかりで、まだ安定してない気がするから。


 でも、その一方で「もっと一緒に……」という彼女の言葉に、本気で胸が高鳴るのも事実。


 (よし、来年こそは、もう少し踏み込んでみよう。そんな覚悟を持ってもいいよな)


 そう心に決めて、紅白の画面を眺めながらスマホを握りしめる。どこかで年越しの鐘が鳴り始めたのか、遠くから低い音がかすかに聞こえた。年が明ける――僕の新しい一年が始まるのだ。


 深夜、初詣へ行く予定はなく、僕は普通に就寝した。朝起きると、叔母さんが「おめでとう。今年もよろしくね」と挨拶してくれ、簡単なおせち料理がテーブルに並べられていた。叔父さんはまだ寝ているらしく、正月はちょっとゆっくり過ごすつもりのようだ。


 スマホを見ると、LINEに多数の「あけおめ!」メッセージが届いている。クラスのグループや吹奏楽部のグループで、みんながスタンプや絵文字を飛び交わせている。僕もまとめて既読をつけて、「あけましておめでとう」程度の返事をする。


 すると、個人チャットで岸本さんからも「明けましておめでとう!」のメッセージが。さらにスタンプでかわいい鏡餅のキャラクターが送られてきて、思わず笑みがこぼれる。


 「おめでとう。今年もよろしく!」と返すと、すぐさま「今年はもっと部活頑張ろうね。あと、いろんなところにも行きたいな!」と返ってきた。


 (いろんなところ……たとえばどこだろう……)


 胸が弾む。今年こそは、彼女といっしょにもっと多くの場所を訪れ、思い出を作れるかもしれない。僕はそんな期待を抱きながら、「うん、是非また誘ってね」とメッセージを送る。

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