第24話 冬休みと、見えない未来
十二月下旬、学校は終業式を迎える。午前中で式を終え、通知表を配られ、先生から冬休みの課題を山のように示される。教室には「マジかよ、この量……」「やる気なくすー」なんて嘆きが飛び交うが、これが毎年の恒例行事だろう。
僕は、今回の通知表でそこまで悪い成績は取らずに済んだ。英語や国語はそこそこ良く、数学と理科系は苦手傾向を抱えつつも、平均点を下回らない程度に踏ん張れた。引っ越し後すぐの中間・期末だったわりには上出来かもしれない。
「よかったじゃん、大友。うらやましい、俺なんて赤点ギリギリの科目あったわ……」
芦沢が苦笑しながら言う。サッカー部の練習と勉強の両立は難しいらしい。僕は「まあ、運動神経はお前のほうが断然すごいから」とお互いを慰め合う。
一方の岸本さんは「うーん……物理と化学が思ったより良くなかったな。でもまあ合格点はクリアしたし、他はそこそこ。吹奏楽と家のことを考えるとまあまあかな」と振り返っている。母親がいない家庭環境で家事を手伝いつつ部活もこなし、そのうえ成績を保っているのは本当にすごいと思う。
終業式が終わり、クラスが半ば解散状態になった昼前。みんな私服に着替えたり、荷物をまとめて帰宅準備をしている。
教室の端では、芦沢たちが「クリスマス何する?」という話題で盛り上がっている。彼らは仲のいい男子数人で集まってゲームパーティをするとか、彼女持ちの友達はデートの予定がどうとか、いろいろ計画があるらしい。
僕にはそんな華やかな予定はない。クリスマスコンサートのほうも一部の部員はまだ演奏があるらしいが、僕は前回で出演は終了している。
「大友、お前はどうする?」
芦沢がこっちを向いて尋ねる。僕は「特にないかな……」と肩をすくめる。
すると、彼は「あれ、岸本とどっか行くんじゃね?」とニヤニヤ笑ってくる。からかうようなその目に、僕は反射的に耳まで赤くなる。
「な、なんでだよ……別にそんな……」
「おまえら最近いい感じじゃん。部活も一緒だし、なんか噂になってるぜ?」
「はあ!? 噂って……」
言い返そうにも冷やかしに弱い僕はうまく言葉が出ない。実際、僕自身も意識せずにはいられない存在だというのに、周囲にバレバレなのだろうか。
そこへ岸本さんが偶然通りかかる。僕らの会話を耳にしてしまったのか、一瞬視線が合うと、「あ……」と口ごもる。芦沢が「お、ちょうど本人来たじゃん!」と茶化す。
「もう、からかわないでよ、芦沢……」
岸本さんが軽く睨むように言う。芦沢は「へへへ」と笑いながら「まあまあ、仲良くやれよ」と教室を出ていった。結果的に僕と岸本さんが二人きりになってしまう。
「えっと……ゴメンね、あいつすぐふざけるから……」
「ううん、気にしないで。私も大友くんとのことを、他の人から見ればそう見えるのかなって思って……」
彼女が小さく微笑む。その表情に僕はどう反応すればいいかわからず、慌てて「で、冬休みは部活も少し休みになるよね。クリスマス前後はどうするの?」と話を逸らす。
「うん、その……“お礼”のこともあるし、もし大友くんが時間あるなら、23日か24日あたりに一緒に出かけない?」
一瞬、頭が真っ白になる。まさか、こんなストレートな誘い方をされるとは……。“お礼”を兼ねた“出かける”計画。まさにデートのようにしか思えない。
「え、あ、もちろん行く……! 空けとく!」
思わず声が裏返ってしまい、教室の隅からくすくす笑いが聞こえる。岸本さんも顔を赤らめ、「じゃ、じゃあ詳しくはLINEで送るね。場所とか!」と駆け足で去っていく。
その背中を見ながら、僕は心拍数の昂りを抑えきれないまま突っ立っていた。
家に帰ると、ちょうど叔母さんが買い物から戻ってきたところだった。冷蔵庫に食材をしまいながら、「おかえり、今日から冬休み?」と声をかけてくる。
「うん、明日から本格的に休み……でもまあ宿題は多いし、部活も少しだけあるけど……」
「そっかそっか。もしどこか出かける予定があるなら、遠慮なく言ってね。おこづかいが必要なら用意するし、バスの時間とか車出すのも考えるよ?」
叔母さんの優しさが身にしみる。海外赴任中の両親に代わって世話をしてくれているから、心配をかけないようにしたいと思いつつ、「実は、ちょっと友達と出かけるかも……」と口を濁す。
「そうなの? 高校生の冬休みなんて大事な思い出作りの時期だもんね、楽しんでおいで」
「ありがとう……まぁ、まだ詳しく決まってないんだけどさ」
まさか岸本さんとの“二人きり”のお出かけだなんて言えるわけもないが、叔母さんはニコニコと「若いっていいわねー」と笑う。僕は何とも言えない恥ずかしさを感じながら部屋に引っ込んだ。
その夜、岸本さんからLINEが届いた。「23日の午後、空いてる?」というシンプルなメッセージに、僕は一も二もなく「空けられるよ!」と返事する。
それから数分後、彼女から「じゃあ昼過ぎに〇〇駅で待ち合わせしよう! そこからバスでちょっと遠出するんだけど、大丈夫かな?」という具体的な指示がきた。
(遠出? どこに行くんだろう……)
気になるが、詳しくは当日のお楽しみとのこと。彼女は「お礼をしたいだけだから、気を遣わないでね」と念を押してくるが、こちらとしては気になって仕方ない。
(まあ、楽しみにしてればいいか……)
ベッドに寝転がりながら、スマホ画面を眺める。23日はクリスマスイブの前日で、日程的にはいかにもデートっぽい雰囲気がある。彼女もその日に誘ってくるということは、やはり特別な意味があるのだろうか。期待を膨らませる反面、もしそうでなかったらどうする、という不安もある。
(明日の予定じゃなくて、明後日か……部活は一応休みにしてたし、うん、問題ない)
自分自身に言い聞かせつつ、「了解、楽しみにしてる」と送信して画面をオフにする。すると、もう一度彼女からスタンプが返ってきた。可愛い雪だるまのスタンプが画面に浮かび、それを見つめるだけで心が温かくなる。
冬休み初日と二日目は、宿題にかかりきりになったり、叔母さんの手伝いをしたりして過ぎていった。クリスマスが近づいているせいか、街の雰囲気もソワソワしており、スーパーにはケーキの予約チラシやチキンの広告が溢れている。
23日が近づくにつれ、僕の胸の高鳴りは増していく。会う前からこんなに緊張するのは生まれて初めてだ。いつも一緒に部活やクラス行事をしていた岸本さんなのに、“私服で二人きり”というシチュエーションを想像するとまったく別の話に思える。
(お礼って、いったい何をしてくれるんだろう。もしかして、プレゼントみたいなもの? それとも、ご飯を奢ってくれるとか?)
いろいろ考えても答えは出ないが、どれも夢のように思える。いや、あくまで友達としての感謝表明かもしれない。下手に勘違いして舞い上がるのは危険だ。でも、期待してしまう自分も止められない。
結局、この葛藤を抱えたまま、僕は当日を迎えることになる。吹奏楽部の先輩や芦沢に相談するのも考えたが、からかわれるのは目に見えているし、そもそもプライベートなことだから自分で決めたい。
(もしこの日がうまくいったら、もう少し踏み込んでみようかな……自分の気持ちを伝えるかどうかは別にしても、せめて少しでも恋愛対象として意識してるってことを示せないかな……)
そう心に決めながら、僕は夜の枕元でぼんやりと明日の天気予報をチェックする。どうやら天気は晴れ。気温は低いが、雨や雪の心配はなさそうだ。それなら心配なく出かけられる――ただし暖かい服装は必須だろう。




