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第23話 クリスマスコンサート

 十二月も後半へ差しかかり、いよいよ街はクリスマスムード一色になった。商店街にはツリーやイルミネーションが飾られ、BGMには定番のクリスマスソングが流れている。学校でも、生徒会が中心になって小さなイベントを企画していて、放課後に校門付近でミニツリーの点灯式をしたりしていた。


 一方、吹奏楽部の「クリスマスコンサート」は本格的な舞台ではなく、地域の数箇所を回って小さな演奏会を行うものだ。週末の土日に、老人ホーム・児童施設・駅前広場などで各アンサンブルが交代で演奏をする。僕と岸本さんは「クラリネットアンサンブル」の一員として、そのうち2~3箇所で演奏する予定だった。


 「楽しみだけど、外で演奏すると寒そう……」


 岸本さんが苦笑する。駅前や屋外会場では防寒対策が欠かせない。息が白くなる中でクラリネットを吹くのはなかなかシビアだ。


 「初心者の俺がミストーン連発しないように気をつけないと……」


 「大丈夫だって、先輩もいるし。それに、前よりずっと安定してきたよ」


 彼女の励ましに支えられつつ、僕は毎日のように放課後の練習に参加し、家でもマウスピースをくわえて基礎練習に取り組む日々を送っていた。


 そして迎えた土曜日の朝。晴天ではあるが、冬の冷たい風が身を刺すような寒さだ。集合場所は駅前広場の一角。すでに先輩たちが機材や楽器を並べ、簡易の風除けパネルを設置している。


 午前10時からのスタートで、通行人が足を止めて見てくれればいい程度の小規模イベントだが、僕にとっては初めての“路上演奏”のようなもの。すでに手がかじかんで不安でいっぱいだ。


 「大友くん、グローブ持ってきた? 指先だけ開いてるタイプとか……」


 岸本さんが心配そうに訊ねてくる。


 「あ、持ってきたけど……この寒さだとあんまり意味あるのかわからない……」


 苦笑いしながらも、実際に吹き始めると息は温かくなるし、指だけは思うように動かないかもしれない。でも、練習を重ねてきた以上、ここで弱音は吐けない。


 少しだけ音出しをして、曲の開始時間を待つ。広場には買い物客や通勤客が行き交っていて、立ち止まって聞こうという人もチラホラ見える。部長や先輩たちが「そろそろ行くよ!」と声をかけ、演奏会が始まった。


 金管アンサンブルの賑やかなファンファーレでオープニング。続いてフルート二重奏、そして僕たちのクラリネットアンサンブルは3番目に登場する。


 いざ自分たちの番になると、アンサンブル仲間5人(先輩3名+岸本さん+僕)で横並びに立ち、軽く礼をする。ショッピングバッグを下げた通行人や親子連れが近づいてきて、「あら、学生さんが何かやってるわよ」「あら可愛い」と声を漏らすのが聞こえる。


 深呼吸。指がこわばっているが、思い切って息を入れる。


 最初の曲は「Joy to the Worldもろびとこぞりて」の軽快なアレンジ。三拍子のリズムを刻みながら、僕はまだ左手が少し震えるのを感じる。でも、となりで岸本さんが優しい音で伴奏を合わせてくれているのが心強い。


 (大丈夫、落ち着け……)


 自分に言い聞かせ、音符を追う。先輩たちが主旋律を華やかに吹いてくれたおかげで、僕は裏メロディをしっかり支えるだけで大丈夫だ。何度も練習したおかげで、大きなミスはせずに済む。


 続く曲は「きよしこの夜」のスローバージョン。これは息をしっかり使わないと、音がか細くなってしまう。先輩の合図に合わせて、ゆっくりと柔らかい音色を出すよう心がける。岸本さんのクラリネットは深みのある音が出ていて、ただ隣で聞いているだけでも勉強になる。


 そして最後のアップテンポ曲でフィニッシュ。演奏後、周囲からはパラパラと拍手が起こり、「わあ、すごい」「高校生なのに上手だね」という声が耳に届く。僕はほっと安堵の息を吐く。


 (ああ……なんとかやり切った……)


 冷たい空気の中、指先はかじかんでいるが、それ以上に胸が温かい。岸本さんと目が合い、互いに小さく頷き合う。彼女も満足そうだ。


 駅前広場での演奏を終え、昼食を挟んだあと、今度は近くの老人ホームへ移動しての演奏会だ。こちらは室内でのアンサンブルだが、聴衆はお年寄りが中心なので、選曲はさらに落ち着いたものを用意している。


 「駅前でやった曲のほかに、童謡や唱歌も1、2曲用意してたよね?」


 先輩が確認しながら、楽譜を再チェックする。お年寄りが知っているメロディを盛り込みたいという配慮で、クリスマスソング以外も少しだけ演奏するらしい。


 「大友くん、ここメロディが交代するところ間違えないでね。前に合わせたときに一回落ちたから……」


 岸本さんが小声で念押ししてくる。


 「わ、わかってるよ……気をつける」


 室内は暖かいので指がかじかむ心配はないが、逆にお年寄りの前で演奏するのは緊張感がある。静かな雰囲気の中、一音一音がダイレクトに響くだろう。


 実際に本番が始まると、朝の駅前よりも落ち着いた客席の反応に、逆にプレッシャーを感じる。メンバーで向かい合いながら音を合わせるが、練習よりも少しテンポが遅くなってしまう気がする。


 それでも、岸本さんや先輩が要所でリードしてくれて、アンサンブルは崩れずに最後まで演奏できた。童謡を演奏すると、客席の何人かが小さく口ずさみ、手拍子をしてくれる人もいる。


 (こういう場所で演奏するって、思ってた以上に大変だけど、やりがいあるな……)


 演奏後、おじいさんやおばあさんから拍手を受けて「ありがとう、懐かしかったよ」なんて言葉をもらうと、部員たちも思わず笑みがこぼれる。岸本さんも「本当に良かった……」と胸を撫で下ろしている。


 これが吹奏楽部の社会活動の一環でもあるのだなと、改めて学ぶ。サッカー部に進んでいたら、経験しなかった世界かもしれない。


 老人ホームでの演奏が終わり、夕方頃に部活メンバーでささやかな打ち上げが行われる。とはいえ、お金をかけるわけでもなく、コンビニやスーパーで買った飲み物やお菓子を車内でつまむような形だ。


 「今日の出来はまあまあだったね。明日はもう一箇所、児童施設で演奏するメンバーもいるし、大友はどうする?」


 先輩が尋ねるが、僕は明日は別の用事があり、参加メンバーから外れていた。


 「明日は行けなくてすみません……。でも、今日で俺が出る分は終わりですよね?」


 「うん、そうなるね。もしクリスマス本番までに追加で何か演奏することになったら声かけるよ!」


 そう言われて、少しほっとする。初めてのアンサンブル参加で緊張したが、無事終えられた充実感がある。


 部長や先輩たちが談笑している後ろで、岸本さんがニコニコしながら「お疲れさま!」と近づいてくる。


「本当にお疲れ、大友くん。初めてにしてはすごく良かったと思うよ。音もしっかり出てたし」


「そ、そうかな……何か音程ずれてた気もするけど……」


「多少はね。私も指ミスあったし。でも喜んでもらえたし、先輩も『来年はもっと合わせられるね』って言ってたよ」


 笑い合う僕らの横に先輩が通りがかり、「お、いちゃついてる?」と茶化される。岸本さんが「やめてくださいよ」と赤くなり、僕も動揺して目をそらす。どうやら周りからは何かと“いい雰囲気”に見えているらしく、そういう冗談をかけられるのが恥ずかしい。


 帰り際、岸本さんが「そういえば、やっと“お礼”の件、形が決まったかもしれない」とぽつりと言う。


 「え、ほんと? 何か決まったの?」


 「うん……まだ準備中なんだけど、もし時間があれば、近いうちに付き合ってくれたら嬉しいな」


 その言葉に、僕は不思議と胸が高鳴る。どんな形のお礼なのか、具体的なヒントがないから余計に気になる。


 「もちろん、俺は何でも構わないけど……じゃあ時間空けとくよ。いつごろ?」


「うーん、クリスマスまでにはなんとか……。決まったらLINEするね」


 はにかむように笑う彼女。僕もそれに応えるように「わかった、待ってる」と頷く。


 その夜、家に帰って布団に入ったあとも、僕はなかなか寝つけなかった。初めてのアンサンブル演奏の余韻と、彼女の「お礼」発言が頭をぐるぐる回る。


 (いったい何なんだろう。どこかへ一緒に出かけるのかな……それとも、何かプレゼントでもあるのか……)


 期待半分、不安半分。僕は自分が彼女に対して好意を抱いていることを痛感する。もともとこの土地に来て人付き合いが苦手な自分を変えたいと思っただけなのに、いつの間にかこんな気持ちを抱えるようになるなんて、想像もしなかった。


 (でも、これでいいんだよな。変わりたいと思った結果が、こんな形で訪れたんだから……)


 薄暗い部屋の天井を見上げる。屋外の街灯が微妙に障子を照らし、冬の寒さが静かにしのび寄る。息を吐くたび、白くはならないが、部屋が少し冷えているのを感じる。


 (クリスマスか……今年は特別なイベントになりそうだな)


 そう考えた瞬間、布団の中で思わず身震いする。もしかして、彼女は僕を“そういう意味”で誘ってくれているのかもしれない。だけど過度な期待を抱いて、後で傷つくのも怖い。


 結局、思考が堂々巡りしながら、僕はいつの間にか眠りに落ちた。胸のざわつきは消えないまま、夜は静かに更けていく。

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