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第19話 文化祭後の日常

 文化祭が終わった翌週、学校はいつもの“普通の授業”に戻っていた。朝のホームルームでも、先生が淡々とテストの日程や進路調査のスケジュールを告げるだけで、文化祭ムードはほとんど残っていない。


 人というのは面白いもので、あれだけ熱狂したお祭りも、終わってしまえば過去の想い出になってしまうのだ。廊下に飾られていたポスターや装飾も全部片付けられ、教室は何事もなかったかのように静かな時を刻んでいる。


 僕は席につきながら、ふと思い出す。体育祭の打ち上げも同じような感じだった。終わってしまえば、急にみんなの熱が冷めていく。でも、僕らの心には確かに“何か”が刻まれたはずだ。


 芦沢が「もう次は冬休みまで大きな行事はないのかなー」と欠伸混じりに呟く。それを聞き、岸本さんが「いや、吹奏楽部はクリスマスコンサートがあるよ」と笑う。彼女は相変わらず部活で忙しそうだが、文化祭に比べれば若干余裕がありそうにも見える。


 クラス委員は「演劇のDVD編集するから、観たい人は後でお金集めるね」と言い、何人かが盛り上がっている。あの演劇がDVDに残るのは嬉しいが、僕は裏方だったので映るシーンはほぼないだろう。


 一方、僕は吹奏楽部での本格的な練習が再開しつつあった。文化祭が終わったとはいえ、冬にあるアンサンブルコンテストへの出場を狙う先輩方もいて、毎日のように合奏のほかにパート練習が組まれている。


 「大友は、クラリネットの基礎をもっと固めようか。せっかく文化祭でパーカッションやってもらったけど、今後は自分の本来の楽器をやらないとね」


 先輩からそう言われ、僕は苦笑する。確かにタンバリンやシンバルで参加したが、クラリネットをまともに吹けるようにならないと“吹奏楽部員”とは言えない。


 「はい、了解です。リードを買わなきゃですよね……」


 「部に在庫はあるけど、自分の口に合うやつを選ぶのも練習のうちだよ。あとマウスピースも、そのうち自分専用を買うといいかもね」


 楽器の世界は奥が深い。その分、沼にはまりそうな怖さもあるが、僕は少しわくわくしている。人と関わるのが苦手だった自分が、こんなにも音楽に興味を持つなんて想像しなかった。


 練習後、岸本さんが「ちょっと音程が合いにくいときは、息の入れ方がずれてることが多いよ。私も最初は苦労したけど……」と簡単なアドバイスをくれる。彼女の存在があるからこそ、僕は投げ出さずにいられる。


 文化祭明けのクラスでは、そこそこ大きな行事はしばらくないが、小さなイベントが提案されることもある。例えば、「来月の休日にクラスでバーベキュー行かない?」とか「クリスマス前にクラスでケーキパーティしよう!」などの案が飛び交う。


 クラス委員は「そんなに頻繁に集まれるわけじゃないだろ」と苦笑するが、みんなで外へ遊びに行く計画が立つのは悪くない。特に、夏休み明けからの転校生だった僕にとっては、こうした娯楽を通じて仲間との絆を深められそうだ。


 「大友も一緒に行こうぜ? 来月のバーベキュー、楽しそうじゃん!」


 芦沢が勢いよく誘ってくるが、僕はまず吹奏楽部のスケジュールを確認しなくちゃならない。週末に部活がある可能性も高いし、来月は期末テストもある。


 「まあ、都合が合えば……行きたいけどね」


 曖昧に答えながら、心の中で予定を組もうとする。そういえば岸本さんはどうするのだろう。彼女は吹奏楽部のレギュラーメンバーで、やっぱり土日は練習が多いと思う。もし彼女が行くなら僕も行きたいし……そんなことを考えてしまう。


 部活やテスト勉強が始まると、僕と岸本さんは意外と接点が減ってしまった。クラスでは隣同士というわけでもないし、放課後はお互い練習メニューが違うので、一緒に帰る機会も減っている。


 (文化祭までのあの慌ただしさが、逆に二人の時間を増やしてたんだな……)


 そう実感する。あのときは彼女と一緒に演劇の準備をしたり、吹奏楽部で同じ曲を練習したりで、何かと話す機会が多かった。しかし今は、部活内でもパート練習が分かれていることが多く、全体合奏があっても彼女は上級者組に混ざり、僕は初心者練習を別室で行う。


 廊下ですれ違ったとき、岸本さんは「最近、あんまり話せないね」と少し寂しそうな顔をした。僕も「うん……そうだね」としか答えられなかった。忙しさは彼女のほうが上だろう。


 (寂しいと言っても、何をどう変えられる?)


 一方で、文化祭の後に彼女が言っていた「お礼がしたい」という言葉が気になっている。具体的に何をする気なんだろう。彼女も忙しそうだし、果たして実現するのか……。


 そんなモヤモヤを抱えたある日の夜、僕は布団に入りかけてスマホを見ると、岸本さんからLINEが届いていた。


 「遅くにごめん。ちょっと相談したいことがあるんだけど、明日放課後、時間ある?」


 (相談……?)


 思わずドキリとする。何の相談だろうか。部活のこと? 家族のこと? それとも、もう一つ何かあったのか……。


 僕は「いいよ、大丈夫。部活のあとなら平気」と返事をすると、岸本さんからスタンプが返ってきた。にこやかなイラストが画面に浮かび、妙に胸が弾む。


 (久々に、明日話せるんだ……)


 不思議と緊張が走る。何か深刻な相談ならどうしよう。でも、彼女はきっと自分で解決しようとするタイプだ。そんな彼女がわざわざ僕を呼ぶなんて、ちょっと特別な感じがする。


 (落ち着け、まだ決まったわけじゃない……)


 自分に言い聞かせながら、結局なかなか寝つけず、夜更かししてしまった。久々に彼女と二人で話すシチュエーションを思うと、期待と不安が入り混じる。うまく言葉にできないが、胸がざわつくのを止められなかった。

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