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第18話 文化祭の午後と想いの交錯

 クラスの演劇がすべて終わり、体育館での撤収作業を手伝ったあと、僕らは視聴覚室へ戻って荷物を整理する。午前と午後、二回の公演をやり遂げたという充実感に加えて、大道具や小道具の片付けもあり、まだまだ気が抜けない。


 クラス委員が「お疲れさま! 今日の公演は大成功だったよ。後片付けが終わったら、夕方に教室でちょっとした打ち上げをしないか?」と提案すると、「いいね!」と盛り上がる声が上がる。ジュースやお菓子を持ち寄って、簡単な打ち上げパーティを開こうというわけだ。


 「大友ももちろん参加だよな?」


 男子が笑顔で訊いてくるが、僕はちらりと時計を見る。時刻はすでに3時前。吹奏楽部の午後3時半からのステージが迫っている。


 「えっと……吹奏楽部が3時半からなんだ。終わるのが4時前くらいかな? そのあと片付けもあるかもだけど、終わったら参加できると思う」


 そう説明すると、クラス委員は「じゃあ打ち上げは4時半くらいからにしよう。そのほうが芦沢とか運動部組も来られるし」と柔軟に対応してくれた。


 (助かる……これで俺も顔を出せる)


 実はクラスメイトたちと打ち上げをするのは、体育祭のとき以来だ。あのときも素晴らしい一体感を味わったが、今回の演劇の準備も負けず劣らず大変だった分、達成感が大きいに違いない。


 午後3時半。吹奏楽部の二度目のステージ演奏が始まる。午前中と同じホールに集まり、僕もサブパーカッション担当として、同じ役目を果たすことになっている。


 曲目は午前とほぼ変わらないが、少しアレンジを加えたり、MCが変わったりしているらしい。演奏する側にとっては短時間のうちに2回も本番があるわけで、かなりハードだが、先輩たちは元気いっぱいだ。


 「大友、午前よりもリラックスしてやろう。失敗はしなかったし、自信ついたでしょ?」


 部長が言うので、僕は「はい、まあ大丈夫です」と頷く。確かに午前より緊張は少ないが、油断すると数えミスをしそうで怖い。


 客席は午前と比べても遜色ない人数が入っている。中には午前は見られなかった人が「せっかくなら吹奏楽も観ていこう」と来場しているのかもしれない。演劇を終えたクラスメイトの姿もいくつか見える。


 そして、午前と違う点として、岸本さんの姿が僕の近くにある。彼女はクラリネットパートの列に座り、譜面台を前に置いてすでにスタンバイしている。午前はバタバタしていたせいで、彼女と同じ舞台に立ちながらも会話する余裕がなかったが、今回は始まる前に軽く目が合った。


 (頑張ろう、岸本さん……)


 心の中でエールを送り、彼女も小さく頷き返す。舞台上はまぶしいライトに照らされ、部長の指揮棒が上がる。


 最初の曲が始まる。やはり、部員たちの演奏は迫力がある。曲調によっては元気なリズムが前面に出るし、バラード調の場面ではしっとりとしたハーモニーが会場を包み込む。


 僕の出番は2曲目と3曲目の一部だけだが、そこに集中するため、小節数を間違えないように数え続ける。タンバリンを軽快に鳴らす瞬間、岸本さんのクラリネットが流麗なメロディを奏でているのが耳に入る。彼女は楽譜をしっかりと見ながらも、背筋を伸ばし、音を一音一音大切に吹いているように感じる。


 (すごいな……ほんとに上手い……)


 普段、彼女がたくさん努力している姿は見てきたが、ステージで演奏しているときの堂々たる姿は、改めて“かっこいい”と思う。大縄や演劇とはまた違う、音楽だからこその魅力がある。


 最後の曲が終わり、客席から再び大きな拍手が起こる。部長が「ありがとうございました!」とマイクを通じて挨拶し、客席が沸き立つ。アンコールの余裕はないが、観客たちは満足した様子で拍手を続けている。


 これで吹奏楽部の文化祭ステージはすべて終了。僕もほっと胸をなでおろしながら、お辞儀をして後列からはける。


 舞台袖に戻ると、先輩たちが「ナイス演奏!」「今年はいい出来だね」と口々に声をかけ合っていて、雰囲気は大いに盛り上がっている。僕はシンバルとタンバリンをそっと置き、岸本さんを探す。


 「大友くん、お疲れさま!」


 ちょうどそこへ彼女が楽器ケースを抱えて現れる。


 「岸本さんも、お疲れ……やっぱりすごく上手かったよ」


 「ありがとう。大友くんも、完璧にタンバリン叩けてたじゃん」


 にこっと笑う彼女。せっかくの文化祭ステージを成功させたのに、そこに暗い影はないように見える。午前の“父親が来ていないかもしれない”というショックはもう乗り越えたのだろうか。


 「……あ、そうだ。父のこと、まだ連絡ないし、たぶん来てないんだと思う。でも、もういいんだ。私、自分がやりたいことやれたし、みんなに観てもらえたし」


 彼女はそう言って穏やかに微笑む。「ほんとはちょっとだけ残念だけどね」と付け加えて。


 「そっか……。もしあとで来るかもしれないし、打ち上げまで時間あるから、うろうろしてれば会えるかもだよ」


 「うん。まあ、気にしない。今はこの達成感を大事にしたいな」


 そう言う彼女の横顔に、決意のようなものが見える。僕はその強さに胸を打たれると同時に、“もし俺が彼女の立場だったらここまで割り切れるかな”と考えてしまう。


 すべてのステージが終わり、ホールの後片付けをしていると、突如「きゃっ!」という声が近くから聞こえた。


 慌てて振り向くと、ドラムセットを移動させていた先輩がよろけて転倒してしまい、その横にあったスタンド類がガシャンと大きな音を立てて倒れる。どうやら先輩は足を捻ってしまったらしい。


 「いたたた……ちょっと足、ひねったかも……」


 周りの部員が「大丈夫?」と駆け寄り、椅子に座らせて様子を確認する。軽い捻挫程度ならいいが、もしひどい怪我なら医務室へ運ばなければならない。


 僕も急いでそばへ行って、「顔色悪いけど……立てそう?」と声をかけるが、先輩は痛そうに顔をしかめる。


 「あー、立てなくはないけど……やばいかも。誰か保健室行って先生呼んできて……」


 大きな怪我でなければいいが、文化祭の最中にこういうハプニングは起こり得る。僕らは急いで教員を呼びに走り、先輩を保健室へ連れて行く段取りを整えた。


 かくして片付けの進捗は一時ストップ。残りの機材運びは僕ら下級生が代わりにやることになる。岸本さんを含め、数人でドラムセットや譜面台を運び、ようやくホールが空っぽになったころには時刻は4時を回っていた。


 (クラスの打ち上げ、4時半からって言ってたな……急がなきゃ)


 大急ぎで吹奏楽部の道具を部室に戻し、着替えを済ませる。先輩からは「悪いな、ドタバタで」と謝られたが、僕はむしろ「先輩の足、早く治るといいっすね」と返す。


 そうして部室を出ると、すでに校内は文化祭の終了ムードに突入していた。至るところで片付けが行われ、模擬店の屋台は畳まれ、各クラスの展示も撤収作業に取りかかっている。


 ふと廊下の窓から校庭を見下ろすと、部活関係の生徒が走り回って荷物を運んでいるのが見え、先生たちも忙しく指示を飛ばしている。祭りの盛り上がりから一転、後片付けの現実が押し寄せる時間。


 僕は急いで教室棟へ向かうと、自分の教室のドアに「打ち上げはこちら→」と手書きのPOPが貼ってあった。中からは楽しそうな声が聞こえる。そっと扉を開けると、そこには芦沢をはじめとするクラスメイトがすでに席を並べて座り、ジュースやお菓子を囲んでワイワイやっている光景があった。


 「お、来た来た大友! 待ってたぞー!」


 クラス委員が手を振り、他の何人かも「大友、お疲れー!」と声をかけてくれる。演劇で共に戦った仲間たち、そして運動部組ももう戻ってきたらしい。体育祭のときの打ち上げを思い出すような、懐かしい雰囲気だ。


 「あ、悪い、吹奏楽部の片付けが長引いちゃって……」


 「いいのいいの。ちゃんと来てくれたし、ちょうど今から乾杯するところだよ」


 そう言われて、僕は席へと促される。教室の机が長テーブル状に並べられ、その上に紙コップやスナック菓子が置かれている。岸本さんももちろん来ていて、クラスメイトと何か楽しそうに話しているのが目に入る。


 「じゃ、全員揃ったところで――演劇大成功おめでとう! 吹奏楽部もお疲れー! かんぱーい!」


 クラス委員が掛け声をかけ、紙コップがカチンと触れ合う音があちこちでする。ジュースとはいえ、これが打ち上げの醍醐味だ。みんな笑顔で乾杯し、思い思いに「お疲れー!」と声をかけ合う。


 「いやー、まさかこんなに盛り上がるとはな。演劇、拍手すごかったよね」「うん、最初はどうなるかと思ったけど、意外とみんな頑張ったよね」


 「大道具も大活躍だったし、大友もすげえ動いてたよな!」


 あちこちでそんな会話が聞こえ、僕は照れつつも嬉しい。芦沢も「吹奏楽も最高だったぜ?」と親指を立ててくれるので、思わず笑ってしまう。


 岸本さんは隣の席で女子たちと話しているが、時折こちらを見て微笑んでくれる。その笑顔からは、演劇と吹奏楽部を両立した充実感がうかがえる。午前の父親問題は気になるが、今はひとまずお祭りの余韻を楽しんでいるようだ。


 僕も、紙コップのジュースを飲みながらクラスメイトと談笑する。気づけばそこに岸本さんも加わってきた。


 「大友くん、本当に裏方ありがとう。私、セリフに集中できたのは大友くんたちがスムーズに背景を出し入れしてくれたおかげだよ」


 「いえいえ、俺だけじゃないし、みんなのおかげだよ。岸本さんもヒロイン役、すごく良かったよ。拍手大きかったし」


 「そ、そうかな。緊張したけど……でも、すごく楽しかった」


 そんな他愛ない言葉のやり取りが、とても幸せに感じる。仲間うちで褒め合うなんて、以前の僕なら照れくさくて耐えられなかったかもしれないが、今は嬉しさのほうが勝っている。


 やがて打ち上げは一段落し、クラス委員が「じゃあ皆、片付けて各自解散しよっか。疲れただろ?」と呼びかける。終業時刻も近いし、早めに帰る人が多いようだ。


 僕はふと横を見ると、岸本さんがスマホを手にしながら、落ち着かない表情を浮かべているのに気づく。


 「どうしたの?」


 訊ねると、彼女は少し唇を噛んでから、ぽつりと呟く。


 「……父から、さっきメッセージが入ってた。やっぱり仕事が抜けられなくて行けなかったって……」


 僕は何とも言えない気持ちになる。忙しいのは仕方ないだろうが、彼女があれほど頑張っていた姿を見られなかったのは残念だ。ましてや、期待していたぶん落差は大きいだろう。


 「そっか……でも、また機会があるよ。部活とか、ほかの行事とか……」


 そう励ますと、彼女は小さく頷く。


 「うん……そうだね。私も、今はもう割り切れるかも。いつか父が時間を作ってくれるときに、また頑張る姿を見せられたらいいかな……」


 そう言いつつも、その瞳にはほんの少し涙の痕のような光が見えた。彼女はぎゅっとスマホを握りしめ、微笑を浮かべている。


 「……大友くん、本当にありがとう。いつも助けてもらってばっかりで、私……」


 「いや、そんなことないよ。俺こそ、吹奏楽に誘ってもらったし、演劇も一緒に乗り切って楽しかったし」


 言葉が詰まる。もっと何か気の利いたことを言ってあげたいのに、頭が真っ白になる。そんな僕を見て、彼女は逆にクスッと笑う。


 「そっか……じゃあ、今度お礼させてよ。何がいいかな……」


 「え、いいよそんなの。別に見返りとか望んでないし」


 「あはは、わかってる。でも、私が大友くんに何かしてあげたいって思ってるんだ。いずれ考えるね」


 打ち上げ後の教室で、少し冷たい風が窓から入ってくる。周りのクラスメイトは片付けを終えて廊下へ出ていくところだ。僕らもそろそろ帰らなきゃいけない。


 「じゃあ、今日はお疲れさま。ゆっくり休もう」


 「うん、お疲れ。……また明日ね」


 岸本さんが手を振って教室を出ていく。僕はその背中を見送りながら、胸の奥に温かいものを感じた。文化祭は終わった。でも、僕らの日常はまた続いていく。部活もあるし、テストだっていずれやってくる。


 (この充実感がずっと続けばいいのにな……)


 少し名残惜しい気分で教室を出る。廊下には疲れ切った顔のクラスメイトが何人かいて、「大友、お疲れー!」と軽くハイタッチ。こんな当たり前の光景に、胸が満たされる自分がいる。

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