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第12話 迷いと決断

 岸本さんとの商店街での会話から数日が経った。僕は相変わらず帰宅部状態だが、放課後になると自分なりに行動を起こしていた。


 まずはサッカー部。芦沢に声をかけて週に一、二度だけ練習を見学し、一緒にランニングやミニゲームに混ぜてもらう。ここ最近、体育祭の影響で若干体力がついてきたせいか、以前ほどは息切れしなくなった。先輩たちも「よ、転校生、調子いいじゃん!」と親しみをもって迎えてくれる。


 「お前が本気で入部してくれたら嬉しいんだけどな」と芦沢は繰り返し言ってくる。部の雰囲気は確かに良いし、運動する楽しさを改めて感じられる場所だ。


 一方の吹奏楽部も、週に一度くらいはのぞきに行く。岸本さんが「初心者OKの教則本を見せてあげるよ」と言ってくれたり、同じクラリネットパートの先輩が「体験で吹いてみる?」と声をかけてくれたり。最初はリードの付け方からしてチンプンカンプンだが、楽器の音が自分の息で鳴る瞬間は、ちょっとした感動がある。


 「肺活量はいるけど、慣れれば楽しいよ」と岸本さんが笑って言う。その姿を間近で見ていると、彼女が目を輝かせて吹奏楽を語る理由がわかる気がする。合奏だけじゃなく、楽器そのものへの愛着があるのだろう。


 こうして、放課後の数日を行ったり来たりしているうちに、どちらの部も「そろそろ入部届を出してみたら?」という空気になってきた。さすがに“帰宅部のまま手伝いだけ”というのは通用しない時期に入っているのだ。


 そんなある昼休み、教室で弁当を食べていると、ふいにクラスメイトの女子たちが「ねえ大友、進路とかもう考えてる?」などと質問してきた。


 「し、進路?」


 思いも寄らない話題に、箸が止まってしまう。高校二年生の時点で、進学や就職を考え始める人もいるが、僕は転校してきたばかりでそこまで視野に入れていなかった。


 「いやぁ、まだそこまで……」


 そう答えると、別の女子が「でもさ、部活に入るならそれが評定とか受験に関係することもあるよね」と言い出す。


 そういう観点もあるのかと初めて気づく。もちろん、受験のために部活をどうこうという気はあまりないが、今後の学校生活や大学受験を視野に入れるなら、部活経験があるに越したことはないと聞くこともある。


 (でも、それが第一の目的ではないし……)


 自問自答する。僕にとって部活とは、人とのつながりを深めたり、自分が打ち込めるものを見つけたりするための場所だと思っていた。だけど、周りの意見を聞くと、進路や将来にプラスになるかどうか、という側面も無視できないらしい。


 芦沢はゲラゲラ笑いながら「俺はサッカー推薦とか狙う気ないけど、強いて言うなら体は動かしてえし、全国大会に出たいし、青春したいだけだな!」と豪快に語る。これが彼らしい。


 岸本さんは「私は音大とか考えてないけど、吹奏楽はずっと続けたいと思ってる。学校を出ても、社会人バンドとかで演奏を続けたいし……」と微笑む。なるほど、そういう将来像もあるのか。


 みんな思い思いの将来像を口にしている中、僕だけはどうにもパッとしない。部活を決められないのも、やりたいことが明確でないのも、すべては自分に自信が持てないからだろうか。


 「……焦らなくてもいいと思うけどね、二年生の今はまだいろいろ試していい時期だし。大友くんも、じっくり考えればいいんじゃない?」


 岸本さんがそうフォローしてくれるからありがたい。僕は「うん……ありがとう」と言いながら、箸にからまった焼きそばをじっと見つめる。あれこれ考えても、すぐに答えは出ない。


 放課後、珍しくクラス委員の男子が「大友、ちょっといい?」と声をかけてきた。何事かと思って廊下に出ると、彼はしきりにスマホのメモを確認している。


 「実はさ、文化祭のクラス企画で演劇をやるって話が進んでるんだけど、裏方スタッフが足りなくて……。大道具とか小道具とか、いろいろ作らないといけなくてさ」


 聞けば、二年B組は文化祭で短い劇をやる予定で、配役や脚本は一部のクラスメイトが中心となって決まったらしい。しかし、舞台セットや道具を作ったり、音響を管理したりする裏方メンバーが足りず、手伝ってくれそうな人に声をかけているところだという。


 「大友って、体育祭のときも大縄とかダンスとか頑張ってたし、器用そうだから手伝ってくれない? 部活の掛け持ちがあるなら厳しいかな……」


 そう遠慮気味に言われる。まだ部活も決めていない僕にとっては、むしろやることが少なすぎるくらいだったので、「いいよ、手伝うよ」と二つ返事をしてしまった。


 (まあ、部活はまだ検討中だし、放課後の時間をうまく使えば何とかなるかも)


 実際、演劇用の大道具や小道具づくりは時間を食うだろうが、クラスのためになるなら悪くはない。なにより、こうして誰かに頼りにされるのは嫌いじゃない。何かに打ち込むきっかけになるかもしれないと思った。


 「助かるよ! 今週から少しずつ準備始めようと思ってるから、また連絡するわ!」


 クラス委員は嬉しそうに手を振って立ち去る。その背中を見送りながら、「まあ、これで暇じゃなくなるな」と不思議な充実感を覚える。部活とは別の形で、また“やること”が増えていく予感がする。


 クラスの演劇準備が本格化する直前、ある日の昼休みに、岸本さんが「ちょっと外で話さない?」と声をかけてきた。教室がにぎやかだったので、彼女の提案で屋上へ行くことになった。


 屋上は立ち入り禁止というわけではないが、普段はあまり生徒が来ない場所だ。鉄柵越しに青い空が広がり、秋風が心地よく吹いている。遠くには町の風景が見え、その向こうにかすかに山の稜線が映る。


 「気持ちいいね、ここ……」


 柵に寄りかかるようにして風を受けながら、岸本さんはそう呟く。僕は少し離れた場所に立ち、「うん……知らなかった、こんなに眺めがいいなんて」と相槌を打つ。


 しばらく沈黙があったが、やがて彼女が振り向いて言った。


 「大友くん、クラスの演劇手伝うんだってね。委員の子が嬉しそうに言ってたよ」


 「ああ、うん、裏方スタッフが足りないって聞いたから……」


 「そっか、ありがとう。私も吹奏楽部との掛け持ちで忙しいけど、演劇にはちょっとだけ役で出ることになりそうで……」


 彼女によれば、どうやらヒロイン的な立ち位置の役を任されたらしい。声が大きくて通るし、表情豊かなところを買われての抜擢とのこと。


 「でも、父のこともあって、最近ちょっと家がバタバタしてて……気が重いときがあるんだよね。こういうとき、大友くんならどうする?」


 突然の問いかけに、僕は困惑する。彼女の父親が仕事で大変な状況にあると聞いたのは先日だが、解決策なんて思いつくはずもない。


 「えっと……俺なら、誰かに相談するかな。家族とか親戚とか……それがダメなら先生に聞いてもらうとか……」


 自分でも説得力がないと感じながら、それでも思いつく限りのことを口にする。


 「そっか……そうだよね、誰かに相談するのって大事だよね」


 彼女は少しだけうつむいて考え込む。僕は何か気の利いた言葉をかけたいが、いまの時点では具体的なアドバイスなどできない。


 「もし……自分一人で抱えきれないなら、クラスのみんなだって力になると思う。もちろん、俺も……」


 そこまで言って言葉を詰まらせる。なんだか告白紛いの響きになってしまい、急に恥ずかしくなったのだ。


 「……ありがとう。本当に、大友くんには助けられてる気がするよ」


 彼女の瞳が少し潤んで見える。屋上を吹き抜ける風が彼女の髪を揺らし、何とも言えない切ない空気が流れる。


 「きっと私、また悩んだり弱音吐いたりすると思う。でも、そんなときは少しだけ力を貸してくれたら嬉しいな」


 「うん、もちろん……」


 かすれた声で答える。胸が苦しいのは、彼女が今にも泣き出しそうに見えるからか、それとも僕が抑えきれない感情を抱えているからか――自分でも判然としない。


 やがてチャイムが遠くで鳴り響き、昼休みが終わる合図を告げる。屋上に取り残された僕たちは、視線を交わし合って苦笑いする。


 「戻らなきゃね……」


 「うん、そうだね」


 階段を下りていく間も、僕の胸はずっと高鳴っていた。彼女への好意が抑えられなくなりそうで、でもその気持ちをどう形にすればいいかまったくわからない。


 放課後、僕は意を決して職員室近くにある「入部届」の棚から、ある用紙を取り出した。それは“吹奏楽部入部届”でもあり、“サッカー部入部届”でもある。両方の用紙を手にして、しばらく廊下で立ち尽くす。


 (やっぱり、どっちかを選ばないとだめだよな……)


 掛け持ちは現実的に厳しいだろう。時間的にも体力的にも無理があるし、両方の仲間に迷惑をかける可能性が高い。


 だけど、早く決めないと今度は“演劇の裏方”も始まってしまう。何かを中途半端にするのは自分の性格上もやもやするだけだ。どちらかを選び、そこで頑張ってみるほうが絶対にいい――頭ではわかっている。


 (運動する楽しさをさらに追求するか、それとも新しい音楽の世界を探求するか……)


 迷いに迷った末、僕は心に小さな決断を固める。まずはひとつの入部届に記名してハンコを押して、もうひとつはそっと棚に戻した。


 (これでいい……たぶん)


 胸の奥で何かが弾けるような感覚がする。まだ先のことはわからないけど、ひとまずこの道で頑張ってみよう。失敗してもいい。大切なのは、ここで踏み出す勇気だ。


 その足で、僕は部活の顧問のもとに入部届を提出するため、階段を上がっていく。教室にはすでに誰もいない。廊下には夕陽が差し込み、窓の外ではグラウンドがオレンジ色に染まっている。


 (これから、どうなるんだろう……)


 不安と期待を胸に抱きながら、僕は扉を開ける。そこに待っているのは、きっと新しい仲間との物語。大人しくてネガティブな自分から、少しずつ前に進むための一歩。いつか岸本さんにも胸を張って言える日が来るかもしれない――「僕、ここで頑張ってるよ」って

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