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第10話 体育祭本番

 ついにやってきた体育祭当日。朝早くから天気は快晴で、校庭には運動着姿の生徒や先生が集まっている。のぼりや応援旗がはためき、白線で仕切られたトラックや応援席のテントが整然と並んでいて、いつも見慣れた校庭がまるで別世界のように賑わっていた。


 僕も朝イチで学校に到着し、クラスの集合場所へ向かう。赤組のハチマキを頭に巻いている仲間たちと合流し、「おはよう」「今日頑張ろうね」と声を掛け合う。僕がこの輪に当たり前のように混ざっていることが、なんだか不思議でもあり、嬉しくもあった。


 「おーい、大友!」


 グラウンドの隅で芦沢が手を振っている。リレーのユニフォーム姿がよく似合う。


 「お前、100m走の順番確認したか? 午前中の2競技目らしいぞ」


 「あ、うん、プログラム見た……出番早いよな」


 僕は緊張から喉がカラカラになっているのを感じる。ここまで練習してきたとはいえ、本番の空気は段違いだ。しかも観客席には保護者や他の生徒も大勢いて、失敗したらどうしようという不安が頭をよぎる。


 そこへ岸本さんが法被姿で駆け寄ってきた。彼女も赤いハチマキを巻いて、頬にはワンポイントのペイントが施されている。


 「大友くん、おはよう! いよいよだね。準備はいい?」


 「う、うん……多分」


 しどろもどろに答える僕に、彼女は「緊張しすぎないで、いつも通りの走りをすれば大丈夫だよ」と優しく言う。


 (いつも通り、って……それが難しいんだけど)


 心の中で苦笑する。しかし、彼女の声を聞くだけでも少し落ち着く気がする。そうしているうちに、全校生徒がグラウンドに整列し、開会式が始まった。


 校長先生の挨拶や選手宣誓など、毎年同じようなセレモニーが淡々と進む。周りを見回すと、他のクラスの応援団も派手な衣装やペイントで気合い十分だ。赤組・白組に分かれているが、それぞれが「絶対勝つぞ!」と熱気を帯びている。


 プログラムの一競技目は、学年対抗の騎馬戦だ。岸本さんは女子騎馬戦に出場するため、足早に準備へ向かっていった。あの華奢な彼女が、どんなふうに戦うのか想像もつかないが、きっと彼女ならやり遂げるだろう。


 そして二競技目が男子100m走。いよいよ僕の出番がやってくる。アナウンスがかかり、僕は指定されたレーンへ移動する。隣のレーンには別のクラスの男子が足を高く上げてウォーミングアップしているのが見える。筋肉が明らかに僕より発達していて、うわ、速そう……と萎縮しかける。


 (落ち着け……今まで練習してきたじゃないか。ベストを尽くそう)


 スタートラインに並んだ瞬間、観客席のざわめきが一層大きく聞こえ、心臓が早鐘を打つ。でも、こんなことで怯んではダメだ。僕は深呼吸をして、芦沢のアドバイスを思い出す。“スタートダッシュでもたつかないように、最初の三歩を全力で出せ”。


 ピストル係の先生が「よーい……」と掛け声をかけ、僕はクラウチングスタートの体勢をとる。次の瞬間、「パン!」という乾いた音が鳴り響き、一斉に走者たちが飛び出した。


 (よし、出だしは悪くない……)


 地面を強く蹴り、腕を振って加速する。隣のレーンの選手たちはやはり速く、すぐに抜き去っていくが、僕も遅れないよう必死についていく。中盤で自分なりにもう一段ギアを上げ、ラストスパートへ。


 ゴールテープはあっという間に近づいてきて、僕は最後の一瞬まで粘った。結果、1位や2位には到底届かなかったが、そこそこの順位でフィニッシュ。


 「はあ、はあ……」


 息を切らせながら、結果を見ると五位。ビリではないし、予選落ちもない。僕としては上出来だと胸をなで下ろす。


 「大友、よくやった!」


 ゴール付近にいた芦沢が駆け寄ってきて、僕の背中をばしっと叩く。痛いけど、どこか嬉しい。


 「あれだけ走れれば十分だよ。下手したら7、8位もありえたのに、五位なら合格点だろ!」


 「そ、そうかな……うん、頑張った……」


 僕は笑顔で返す。自分自身に対して、こんなにも達成感を抱いたのは久しぶりだった。観客席を見上げると、クラスメイト何人かが「大友お疲れー!」と手を振っているのが見える。ちょっと照れくさいけど、こういう声援が心に染みる。


 100m走が終わったあと、しばらく休憩を挟んでから女子騎馬戦が始まった。岸本さんは同じクラスの女子二人と一緒に騎馬を組み、頭には赤い鉢巻。周りを見回すと、他のクラスの女子も気合いが入っていて、意外にもバチバチの闘争心が感じられる。


 ルールは、相手の鉢巻を取れば勝ち。一定時間内に多くの鉢巻を取ったチームが優勢となる。この競技はわりと乱戦になりがちで、見ているだけでもハラハラする。


 「始まりました、女子騎馬戦。さあ、中央で早くも激突が……!」


 放送部のアナウンスが盛り上げる中、岸本さんの騎馬は比較的慎重に動きながら、周囲の隙をうかがっている。相手の騎馬が突っ込んでくれば、さっと身を引き、逆に背後を見せたところを狙う。まるで小さな戦場さながらの光景だ。


 (岸本さん、大丈夫かな……)


 いらぬ心配をしながら見つめる僕。しばらくは大きな動きがなく、攻めあぐねている様子だったが、残り時間が少なくなると、一気に騎馬同士が押し合いへし合いを始めた。


 「いけーっ!」


 クラスメイトの声援が飛ぶなか、岸本さんの騎馬が思い切って前に出る。相手の鉢巻を狙おうとした瞬間、別の騎馬が横から体当たりしてきた。危うくバランスを崩しそうになるが、仲間が必死に支えてなんとか耐える。


 そして、そこから反撃。岸本さんが素早く手を伸ばし、相手チームの鉢巻を取ることに成功したらしい。観客席から「おおーっ!」という大歓声が上がる。


 結局、岸本さんたちのチームは2枚の鉢巻を奪取して善戦したが、他のチームもなかなか手強く、最終的には2位という結果だった。それでも「惜しかったなー」と周りが称賛を送るくらい、すごい気迫を見せてくれた。


 終了後、息を切らせながら戻ってきた岸本さんに、「すごかったよ!」と声をかけると、彼女は顔を赤らめて「もうクタクタ……でも、楽しかった」と笑う。その姿に、僕はまた胸が熱くなる。


 午前の競技を終え、昼休みに突入。クラスのテントに集合し、お弁当を広げる。保護者たちが観客席で弁当を食べていたり、校庭の片隅では友達同士で円を作ってワイワイ食べたり。学校全体が祭りのような雰囲気に包まれている。


 僕は朝からの疲労感に襲われつつも、お弁当を頬張る。母さんの代わりに叔母さんが用意してくれたサンドイッチが嬉しい。周りのクラスメイトもおにぎりや揚げ物などを頬張りながら、にぎやかに雑談をしている。


 芦沢は「午後のリレー、絶対に一位取るからな!」と息巻いており、他の男子たちとバトンパスの最終確認をしている。岸本さんは応援合戦の法被を整えながら、同じく午後の大縄や応援ダンスに向けて気合いを入れているらしい。


 「午後も頑張ろうね、大友くん!」


 昼食を食べ終わった彼女が、同じテントで隣に座っている僕に声をかけてくる。さすがに騎馬戦で疲れたのか、呼吸がまだ少し荒い。


 「うん、俺は大縄と応援合戦に出るだけだけど……何か準備あったっけ?」


「扇子と法被の確認ぐらいかな。ダンスの最終リハもできればやりたいけど、時間が足りないかも……」


 心配そうに呟く彼女を見て、僕は「俺も手伝うよ」と自然に言葉が出た。


 「ありがとう。それじゃあとで手が空いたら扇子を持ってきてほしいな。最初の位置決めもしたいし……」


 彼女がそう頼むので、僕は「わかった」と頷く。こうして頼りにされるのは悪い気がしないし、少しでも役に立ちたいと思っている自分がいる。


 午後のプログラムが始まり、まずはクラス対抗大縄跳び。僕たち二年B組は、ここまで散々練習してきた成果を出すときだ。全員が心を一つにして、一回でも多く跳ぶ――それだけを目標に掲げる。


 結果は、練習最高記録にはわずかに届かなかったものの、それでもかなりの回数を叩き出し、上位に食い込む。跳び終わった瞬間、みんなで「やったー!」と抱き合うように喜び合い、岸本さんとも思わずハイタッチを交わした。


 最後を飾るのは応援合戦。僕たち赤組は“和”のテーマに沿って、法被と扇子を使ったダンスを披露する。クラスごとにフォーメーションを組み、曲に合わせてステップを踏む。


 (やばい、めっちゃ緊張する……)


 舞台というほど大げさではないが、グラウンドの中央に集まり、多くの観客が取り囲む状態で踊るわけだ。俺、こんな人前で踊るの初めて……と焦っていると、岸本さんが横から囁いてきた。


 「大丈夫、リズムを意識して、周りと合わせればなんとかなるって。自分を信じて!」


 その言葉に勇気づけられ、僕は法被の袖をきゅっと握りしめる。


 やがて曲が流れ始め、太鼓の重低音が心臓を揺さぶる。イントロ部分で大きく扇子を広げ、一気に横へスライド。全員が同じ動作を行うと、観客席から拍手が沸く。続いてリズムがアップテンポになり、掛け声に合わせてジャンプ。


 「それっ! はいっ!」


 みんなの声が揃い、扇子を高く掲げたり、左右に振ったり。ぎこちないながらも、僕も懸命に動きを合わせる。数日前の練習では想像もできなかったが、いまは多少の恥ずかしさより楽しさが勝っているのがわかる。


 クラスメイトの笑顔、赤い法被の鮮やかさ、和太鼓の響き――すべてが相まって、僕らのダンスは一つにまとまっている……と信じたい。


 最後のフィニッシュポーズで全員が扇子を広げて腕を斜め上に伸ばすと、どっと大きな拍手と歓声が巻き起こった。息が上がって声も出せないくらいだが、みんなの顔には達成感と充実感が浮かんでいる。岸本さんも肩で息をしながら「やった……やり切った……」と微笑んでいた。


 (ああ……これが、文化祭や体育祭でよく言う“一体感”なんだろうな……)


 頭ではわかっていても、自分が本当に心から楽しめるとは思っていなかった。だけど、今は違う。自分を変えたかった思いが、ほんの少しだけ報われた気がする。


 応援合戦が終わると、結果発表を待つ間に閉会式の準備が進められる。最終的に赤組が優勝するのか白組が優勝するのか、誰もがそわそわしている。けれど、僕にとっては結果よりも、今日この日の充実感が大きかった。


 クラスの仲間と全力を出し合い、成功も失敗も共有した。自分は決して中心人物じゃないけれど、それでも重要な歯車として参加できた感覚がある。


 閉会式で発表された総合結果は、わずかの差で白組が勝利。赤組は惜しくも準優勝だったが、それでも大きな拍手と称賛が贈られる。クラスメイトたちは悔しがりつつも、「いやー、でも楽しかった」「また来年リベンジだな」と笑い合っている。僕も自然と笑みがこぼれた。


 その後の片付けが一段落すると、岸本さんが近づいてきた。彼女は髪に付いた埃を払いつつ、汗を拭いている。


 「大友くん、お疲れさま。今日は本当に助かったよ。ダンスも大縄も、すごくいい感じだったよ!」


 「……いや、俺こそ、みんなのおかげで楽しめた。ありがとう」


 そう答える僕に、彼女は少しだけ視線を外して恥ずかしそうに笑った。


 「実はね……大友くんが最近すごく頑張ってるのを見て、私も頑張ろうって思えたところがあるんだ。だから、ありがとうって言いたかった」


 「え……俺が?」


 まさかそんなことを言われるとは思わず、驚きで胸がドキンと鳴る。彼女はうつむいたまま続ける。


 「うん、最初は転校してきたばかりで大変そうだったし、無理しなくていいのにって思ってた。でも、いつの間にか大縄や100m走の練習を頑張ってる姿を見て、私も……負けてられないなって」


 (そんなふうに見てくれてたんだ……)


 頭が熱くなる。嬉しい反面、戸惑いも大きい。僕はなんて返事をすればいいのか分からず、しばらく言葉に詰まる。


 やがて、岸本さんは視線を戻し、「……ま、私なんかが言うのも変だけどね」と照れ笑いを浮かべる。僕は「あ、いや……その……ありがとう」と返すのが精一杯だった。


 「うん。じゃあ、また来週から普通の授業だね。あ、そうだ、部活のことも考えなきゃね?」


 「……そうだね」


 体育祭という大イベントが終わっても、僕の高校生活はこれから続く。サッカー部にするのか、吹奏楽部にするのか、それとも別の道を選ぶのか――まだ答えは出ていない。でも、その答えを探すための心の準備は、今日の経験を経て少しだけ整った気がする。


 (もう逃げるだけの自分じゃないかもしれない……)


 校舎の窓には夕日が反射して赤く染まっている。グラウンドにはまだ後片付けをする生徒たちの声が響き、熱気と埃が漂っている。疲れ切った身体を引きずりながら、僕はクラスメイトたちと一緒に最後の片付けを手伝いに向かった。

明日、完結まで連投します!


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