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「クロー!こっちだよー!」
「ワンワン!!」
「いいなぁクロは…教会の犬はジジィ過ぎて全然動かねーんだもん…」
「シベルはおじいちゃん犬なんだ。確かにほとんど寝てるよね」
俺は新しい相棒犬であるクロを連れて教会へ来ていた。
荷車に積んだぶどうパンがとてもいい香りだ。
「そういう風に言うもんではありません、ヴォルフ。シベルは貴方たちがもっと小さい時から…」
「はいはい、解ってるって!感謝してますよー!」
「全くヴォルフは…。それよりリュカ。今日はちゃんと荷車で来たのですね」
「はい神父様。僕も学習しました」
錬金術に関してはとくに気を付けなければ。
成人するまでは内密にするようロロと約束したし、貴族に見つかるととてもとても面倒くさそうなことになる。
「リュカは偉いですね。きちんと理解したからこそ自分の行動を変えることが出来るのですから」
「ったくよー。神父様はリュカに甘いんだよなー。ずっりーの!」
「神父様はみんなに優しいよね?」
「お前は知らないんだよ!神父様は怒るとすっげ―怖いんだぞ?!」
「ヴォルフ……」
神父様が静かにヴォルフを睨んでいる。
それに気づいたヴォルフは素早く俺の後ろに隠れた。
普段穏やかな人が怒ったらとても恐いというもんな。
確かにアルトも恐かった。
数年に一度怒られたものだ。
「それで、ヴォルフはどうして神父様を怒らせちゃったの?」
「っ、……俺の話はいいんだよ!それより……ぶどうパンありがとな」
「どういたしまして。ルーシュも腕によりをかけたって言ってたよ」
神父様が困ったように笑っている。
賢いヴォルフのことだ、余程我慢ならないことがあったのかもしれない。
まぁ、これ以上は聞くまい。
「はぁはぁはぁ…!わたしもルーシュのぶどうパンたべたい!」
「ワンワン!!」
走り回っていたノアとクロが駆け寄ってくる。
ノアは獣人族だからとても足が速い。
クロはまだノアに追いつけないようだ。
「勿論ノアの分もあるよ。クロと遊んでくれてありがとうね」
「どういたしまして!あ…ねぇ、リュカお兄ちゃん?」
「なに?」
「あのね、クロは犬じゃないよ!」
「……え?」
…犬じゃない?
俺は足元のクロを見た。
しっぽがぶんぶん揺れている。
褒められていると思っているのだろうか。
とてもかわいい。
「クロは犬じゃなかったの?」
「ワン!!」
「いや、本人に聞いてもわかんねーだろ…」
「ノア。犬じゃないとは、どういうことですか?」
神父様もヴォルフもノアの発言に驚いている。
「あのね、クロはオオカミなの!」
「!!」
「…狼だー?魔狼は白色と茶色しかいねーよな?」
「確かにそうですね…。ふつうの狼は青色ですし…」
基本的にオスの魔狼は白色でメスの魔狼は茶色だ。
それ以外の魔狼を俺は見たことも聞いたこともない。
そして力を持たないふつうの狼は青色だ。
「うんとねー…。クロはたぶん…”レイジュウサマ”なの!」
「!!…なるほど、”霊獣”ですか」
「…本当かよ?”霊獣”なんて、昔話の中だけの存在なんじゃねーの…?」
「…いや。霊獣の子孫が存在しているのは本当だ。僕もこの目で見るのは初めてだけど…」
アルトが昔教えてくれた。
この世界には昔4体の霊獣が存在していた。
その名も、『フェンリル(狼)』、『スレイプニル(馬)』、『ニーズヘッグ(竜)』、『ヴィゾフニル(鳥)』。
そして今もなおその血は受け継がれている__
ノアは獣人族だからきっと”解った”のだろう。
確かにクロが霊獣なら”黒犬”たちが見せた圧倒的な強さも頷ける。
「クロは高貴な血筋だったんだね」
「ワン?」
「じゃあ、人間で言ったら王家にあたるのか?」
「そうですね……ですが、リュカ。特別に気負う必要はありませんよ?」
「はい神父様。クロが誰にせよ、僕が責任をもって大切に育てます」
”黒犬”に任されたからな。
優しく勇敢な狼に育ててみせるさ。
「そういやお前…耳につけているの、ブラックダイヤか…?!」
耳の上側につけたので見えにくいと思ったのだがさっそくヴォルフにばれてしまった。
”黒犬”を連想させる黒い宝石があしらわれたイヤーカフはとても美しい。
美しいがゆえに俺には少し恥ずかしい。
決してリュカに似合っていないというわけではない。
リュカの亜麻色の髪によく似合っている。
ちなみにロロにもすぐにばれた。
しかしルーシュにはばれていない。
ルーシュは忙しいから気が付かなくても仕方がない。
「凄くきれいだよね。この前譲り受けたんだ」
「よし、売ろう!その金で店を開くぞ!」
「ヴォルフ!」
「それはそれで面白そうだけど、これを売るのはだめ」
「リュカお兄ちゃんっ、すごくにあってるよ!」
「ありがとうノア」
「ワン!!!」
ヴォルフが神父様に怒られている。
まるで親子のようだな。
6歳らしさもあるヴォルフだが、誰に貰ったかについては深く聞かなかったな。
追及されたら困っていたよ俺は。
ロロの名前を借りようかとも思ったが、後々ばれた時に面倒くさいのでやめた。
なかなか6歳ができる配慮ではないと思う。
ヴォルフは言わないけれど、きっと色々苦労してきたのだろう。
今より小さな頃のヴォルフを想うと胸の奥がじりりと痛んだ。
**
「ルーシュただいま」
「リュカお帰り!クロも!」
「ワン!!」
「少し店番を頼んでいいかしら?」
「もちろん」
「ありがとう!裏のおばあちゃんにパンを届けてくるわね!」
「わかった」
裏のおばあちゃんはこの前おじいちゃんをなくして1人っきりになってしまった。
このうちは両親がいないのでおじいちゃんとおばあちゃんによくして貰っていた。
「なんかね、おばあちゃん、最近腰が痛むんですって…」
「そうなんだ。じゃあ僕が裏山で…」
「リュカ!裏山は当分行っちゃダメよ!!」
「…はい。ごめんなさい」
「きゅーん…」
裏山のスタンピードから1週間は経っているが、まだ裏山に入る許可がおりない。
返り血で汚れた服も帰る前に交換したし目立つ傷もなかったのだが。
魔熊が出たのに俺がのこのこと一人で裏山に入ったことに対しルーシュはおかんむりだった。
「これで冒険者になりたいとか言ったらどうなるんだろう…」
「なぁに?リュカ」
「いや、ひとりごと」
俺は今6歳なんだから魔熊退治なんか大人に任せればいいんだけど。
誰かが俺より先に気づいて動いてくれればなぁ。
俺は家でのんびりしていられたんだけどなぁ。
_チリンチリン
店の扉が開く。
夏の空気が店内に流れこむ。
もう夏本番だ。
「よぉ!」
「あなたは……いらっしゃいませ」
「また一人でノコノコ裏山に行ってないだろうな…?!」
「はい。姉にしこたま怒られました」
誰かと思えばこの前の親切な衛兵だった。
質素だが品の良い私服を着ている。
兜を取ると結構な男前だった。
「それはそうだろう。もしお前が俺の弟だったら、2週間は閉じ込めておくだろうな!」
「え…?」
いやいや、2週間は長すぎるだろう。
罪を犯したわけじゃあるまいし、せいぜい1日か2日がいいところだ。
平民は貴族と違って毎日働かないとお金が貰えないのだ。
「冗談だ、冗談!アッハッハ!」
「…えっと、今日はパンを買いに来てくれたんですか?」
「おう!お前のおすすめのパンを4つくれ」
「わかりました」
ふむ。男の人に人気なのはしょっぱいパンだな。
でも一つくらいは甘いパンもいれておくか…
「なぁ、少年」
「何ですか?」
「お前の名前を聞いていなかったな。俺はジェドだ」
「僕はリュカです。姉と二人でこのパン屋をやっています」
「そうなのか…苦労するな」
「僕は全然。年頃の姉には悪いと思っています」
「姉想いなんだなぁ…」
「ふつうですよ…はいどうぞ」
「ありがとう。仕事がはやいな」
「ありがとうございます」
「お前は賢そうだが、いざというときは自分の信念を貫きそうだな」
「…はい?」
「1人っきりの家族だ。姉に言えないこともこれから先あるだろう」
「そう…なんでしょうか…」
「お前は…俺の弟に似ているからな。特別に相談にのってやってもいいぞ!」
「ありがとうございます…?」
「本当だぞ?」
「解りました。もしもの時はぜひお願いします」
「おう、任せとけ!」
「じゃあまたな!」
「はい。また」
弟うんぬんの話はよく解らないが、ジェドは俺の様子を見に来てくれたのかもしれない。
なんせ俺は今6歳のかわいらしい男の子だからな。
よし、じゃあ次に魔熊がでたらジェドに倒してもらうことにしよう。
大人の知り合いが出来たのはありがたいことだ。