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「ね~ね~。君誰なの~?」
俺は何故か見知らぬ子どもに絡まれていた。
今日は店が休みなのでヴォルフとノアに会いに行こうと家を出たところだった。
そしたら突然後ろから声を掛けられたのだ。
「僕はリュカです。そこのパン屋の者ですよ」
「…だよね~?リュカだよね~?」
そういうと、その子は俺の周りをぐるぐると回り始めた。
背丈はリュカより少し高いくらいだ。
大きな眼鏡をしていて、髪の毛は結っている。
女の子…いや男の子だろうか?
利発そうだがどこか不思議な子だ。
「そうなんだよね~。見た目はリュカなんだよね~」
「……」
「でもなんか違うような~…歩き方かな~?」
…もしかして、リュカの友達なのだろうか。
「僕のこと知ってるの…?」
「もっちろん~仲良しだよ~」
「えっと…あの、ごめん。信じられないかもしれないけど、僕この前調子を崩してから記憶があやふやなんだ」
かまをかけられただけかもしれないが、それならばこの子がなかなかの切れ者ということになる。
なんとなくこの子には嘘が通用しない気がする。
なので俺は正直に答えることにした。
さすがに俺が『ディノ』であることは言わなかったが。
「なるほど~!じゃあ、ボクのこと知らないわけだね~?」
「うん…ごめんね。あと、このことは出来れば内緒にしてほしいと思ってる」
「まぁそうだよね~いちいち説明するのとめんどくさいもんね~」
「それもあるけど、これ以上ルーシュに心配かけたくないからさ」
「わかった~ボクとリュカの秘密だね~!他に知っている人は~?」
「ルーシュとゴル爺だけだよ」
「りょーかい~」
どうやら黙っていてくれるらしい。
ゆるい話し方をする子だが理解がとても早い。
リュカの周りは賢い子が多いな。
「ボクの名前ははロロだよ~。『雑貨店ロロ』の店主なの~」
「へぇ、すごいね。ということは僕よりも年上?」
「そうだね~こう見えて20は超えてるよ~」
「!」
これは驚きだ。
見た目はリュカやヴォルフと同じくらい幼いのだ。
多分年上だろうと思ったが、まさか成人しているとは。
本当に不思議な人だ。
「最近見ないから~どうしてるのかなって思ってたんだ~」
「そうだったんですね。心配をおかけしました」
「あ、ボクが年上だからって丁寧に話さなくていいよ~ルーシュと話す感じでおねがい~」
「その方が良いなら…あの、質問しても良いかな?」
「どぞ~」
「僕はロロのお店でよく買い物をしていたの?」
「ん~、というよりも、キミはボクの弟子なんだよね~!」
…ふむ。弟子と来たか。
嘘ではないのだろうが…
「そうなんだ。じゃあロロは僕の…錬金術のお師匠様なの?」
「そうだよ~えっとね~…」
「…キミの家に、【レイゾウコ】やら【センタクキ】やら【ソウジキ】やらがあったでしょ~?もともとあれらはボクが考えた錬成物なんだよね~」
「!!」
「便利でしょ~?特に【魔法のかばん】はボクのお気に入りさ~!」
「確かに、あれは夢のような道具だね」
「でしょ~?キミの家にある錬成物はリュカが造ったものだからじゃんじゃん使ってね~」
「そうなんだ…!」
あれらはリュカが一から造ったと思っていたが違ったらしい。
ロロが20というならあれらの発案者がロロという方がまだ真実味がある。
とすれば、ロロこそが真の天才錬金術師なのか。
もちろんあれらを再現できるリュカが天才であることに変わりはないが。
「初めて見た時本当に驚いたよ。あんな便利なものがこの世にあるなんて今でも信じられないくらいだもの」
「あはは~お店に初めてきたときのリュカもおんなじこと言ってたよ~」
「そうなんだね。その時の僕の気持ちが解るよ」
「あ~でも~、ルーシュ以外には内緒だよ~?」
「…え?」
「貴族たちにあんな便利どうぐがあるってばれたら、ボクの身が危ないからね~」
「……ごめん。あの…」
「ん~?」
ロロの言う通りだ。
あんな夢のような道具をロロが造れることを知られれば、貴族がこぞってロロを囲いに来るに決まっている。
いや、貴族なんて目じゃない。
国や教会が関わって来る案件だ。
俺はてっきりリュカがあれらを一人で造ったものと思っていた。
だから、俺が口外しなければ良いと思っていた。
…だが違った。
俺の軽率な行いのせいで既にヴォルフ、ノア、神父様にはばれてしまっているのだ。
「…はいはい、教会で【魔法のかばん】使っちゃったのね~」
「本当に軽率だった。ごめん」
「いや、しょうがないよ~。ボクだって目の前に【魔法のかばん】があったら絶対つかうね~」
「…本当にごめん。以後気を付ける」
「よろ~ま、あの神父様は良いヒトだから大丈夫でしょ~」
「ところで、弟子の僕はどんなお手伝いをしていたの?」
「えっとね~、簡単な錬成物を作って貰ったり~お店の掃除をしてもらってたよ~」
「そうなんだね。じゃあ、今日はパン屋はお休みだから、お手伝いに行ってもいいかな?」
「ほんとに~?!ありがとうリュカ~!」
ロロは嬉しそうに俺の腕に自分の腕を回した。
自分の店まで案内してくれるらしい。
やはりどう見ても20才の天才錬金術師には見えなかった。
***
「ここがボクの店だよ~!」
村の大通りから一本、二本、中に入り、一番奥まで進む。
すると蔦だらけのレンガの壁が見えてくる。
正面に回ると小さな『雑貨屋ロロ』の看板が目に入った。
「結構奥まったところにあるんだね」
「家賃が安かったんだよね~それに静かで落ち着くしね~」
「そうなんだね。素敵なお店だ」
「ありがと~!」
「ロロは…元々この村の出身なの?」
「いや~?遠いところから来たんだ~」
「そうなんだね。1人で寂しくないの?」
「もう慣れちゃったかな~。それに最近弟子も出来たし~楽しいよ~!」
「まだ何をすればいいか解らないけど、頑張るよ。少し商品を見ても良い?」
「頑張らなくていいよ~。どぞどぞ~」
天井から吊るされたランプが程よい明るさを提供してくれている。
壁には謎のお面や、謎の地図、謎の魔法陣、美しい女性の絵などがざっくばらんに飾られている。
棚の商品も統一性はなく様々なものが並べられていた。
薬、装備品、スプーン、インク瓶、魔法書……
この中に高貴なものがあっても俺には解らない。
そのことが少し恐ろしくはある。
「色んな物を取り扱ってるんだね」
「そうなんだよね~自分で造ったものもあるし、商人から買い取ったもの、友人から譲り受けたものもあるよ~」
「珍しいものが好きなの?」
「そうなんだよね~!『売ってから仕入れてください』って、いつもリュカに怒られたよ~」
「そうなんだ…」
リュカは本当にしっかりしているなぁ。
ロロがご機嫌で錬成している傍らであくせく働くリュカの姿を想像してみると、少し笑えた。
「じゃあ、とりあえず床掃除…で良いかな?」
「うん、ありがと~!」
そういうと、ロロはカウンターに腰掛け手近に置かれた分厚い本を読み始めた。
一方の俺は、箒と塵取りを握りしめごみだらけの床を見つめた。
ゴミ箱も、紙屑やらで溢れかえっている。
「…よし。やるか」
ロロは天才だが掃除は苦手らしい。
店の掃除をするかわりにリュカはロロに錬金術を教えて貰っていたのかもしれないな、と俺は一人考えていた。
***
―チリン…
扉につけられた鐘が鳴る。
ゆっくりと扉が開くと初夏の空気が店内に流れ込む。
「やぁロロ」
「いらっしゃい~」
お客がきたようだ。
身なりの良い中年の男だ。
俺は品物の整理をしながら2人の会話に耳を傾けた。
「錬成を頼みたいんだが」
「はいはい~何かな~?」
「これだ」
男はそういうと二つ折りの紙と封筒をロロに手渡した。
「ふむふむ~…」
ロロは表情を変えずに紙に目を通す。
その様子を男は見守っている。
「…どうかな?ロロ」
「これならすぐに出来るよ~」
「そうか…!さすがはロロだな」
「小一時間ほどしたらまた来てね~」
「それはありがたい!報酬はぜひはずませてくれ!」
「ありがと~!助かるよ~!」
何度目かの礼をロロに述べた男は足取り軽く店から出ていった。
男は一体何を頼んだのだろう。
ロロは早速錬成に取り掛かるようだ。
「ふふふ~ん♪」
「ロロ、何を造るの?」
「ひ、み、つ~♪」
「まぁ、そうだよね…」
…解ってたけど。
あの身なりは絶対に貴族だったもんな。
貴族の秘密を話そうものなら、平民なんて簡単に捕らえられてしまうからな。
そういえば、ロロはどんな身分なのだろうか。
貴族でないといいな。
不敬で捕まってしまうからな、俺が。
「でも~見てるのは良いよ~」
「…え?良いの?」
「もっちろん~!キミはボクの弟子なんだからね~」
…すごく嬉しい。
掃除頑張って良かった。
一体どんな錬成物が出来るのか、俺はワクワクしながらロロを見つめた。
「リュカ、そこの犬の縫い包みとって~」
「え、あ、はい」
見た感じはなんてことのない犬の縫い包みだ。
逆にこの店においては浮いているといえる。
「名前はジョンね~…」
ロロはそういうと、先ほど男から受け取った封筒から何かを取り出す。
よく見るとそれは、赤い首輪だった。
「よ~し、始めるよ~」
ロロがおもむろに右手の人差し指を口元に寄せた。
途端、ロロの周りの空気が一気に張り詰める。
「【君の名は〈ジョン〉。主人は〈エレナ〉】…【時間制限】【対象固定】…」
張りつめていた空気が霧散した。
ロロは錬成を終えたらしい。
犬の縫い包みを優しくなでている。
「よし、かんりょ~」
「あっという間なんだね」
「まぁね~。市販の錬成物よりも”すこし”高性能にするのがボクの仕事さ~」
「そうなんだ…」
「そだよ~あんまりやり過ぎちゃうとやりにくくなっちゃうからね~!」
「なるほど」
それはもっともだ。
危険を冒す必要はない。
ひいきの貴族が数人いれば一生安泰だろう。
「あ、リュカ触っていいよ~」
「えっ、いいの…?」
この体は錬成物に触れた途端錬成式が浮かび上がってくる特別な体だ。
つまりそれは依頼内容を知ってしまうことと同義だ。
「リュカはボクの弟子だからね~。”話さなければ”いいのさ~」
「…なるほど」
…ロロがそういうのならそうなのだろう。
依頼人の秘密を知ってしまう罪悪感にふたを閉め、俺は犬の縫い包みに触れてみた。
犬の瞳に光が見えたのは気のせいではないのだろう。
「ど~?」
「…理解したよ」
「さっすがリュカ~!」
この縫い包みはいわば、機械仕掛けの玩具のようなものだ。
ただ決定的に違うのは、対象が固定されていること、効果が半永久的に続くことだろうか。
技工職人にこのような玩具は絶対に作れないと思う。
『ジョン』はエレナが飼っていた犬の名だろう。
亡くなってしまったのかもしれない。
ジョンはエレナの声に『だけ』反応するようになっていた。
「あれ~?難しい顔してるね~?」
「…喜んでもらえれば良いなぁ、と」
「そだね~。それにしてもさすがはリュカ~!触れるだけで解っちゃうんだよね~!」
「そうなんだよね…」
「…あのさ、こういうのってたまにあるのことなの?」
魔族は誰でも、力量に差はあれど、魔法を使える。
同じようにエルフは癒力(治療)を使える。
獣人は剛力(身体強化)を。
そして人族は誰でも錬金術を使える。
誰でも錬金術を使えるが、大抵の者は自分で錬成するよりも、技工職人が作った者を買う。
その方が安いし、丈夫だからだ。
なので、『錬金術師』を名乗るのは簡単だ。
例え錬金術師(下級)でも、ギルドなどで『鑑定』されない限りバレることはない。
ただ、『錬金術師(上級)』ともなれば、王立学園の錬金科を出る必要があるだろう。
アルトによると年間数人の生徒しか入れないらしい。
さすがアルト。
近衛騎士団副団長なだけあって博識だ。
「いいや~?ボクは聞いたことがないな~?」
「…ロロですら触れただけじゃ解らないってこと?」
「もち~!ボクも見て、触って、いじって、構造を理解しているからね~。リュカはトクベツなんだよ~?」
「そうなんだ…」
「だからねリュカ~?キミが成人するまでは、キミが『トクベツ』であることは秘密だよ~?」
「うん、解った」
「ルーシュと神父様たちはもう良いけどね~」
「うん、ごめん」
天才錬金術師にお墨付きをもらってしまった。
リュカはやっぱり特別な子だった。
リュカが成人したら、いったい何の仕事につくのだろう?
世襲貴族の仲間入りが約束される王級錬金術師なんて目じゃない。
世界に数人しかいないと言われている冒険者(最上級)となって、悠々自適に国々を旅する?
いや、おとぎ話にある『大賢者様』として世界中で活躍する?
…リュカには輝ける将来が確約されてるのに…
…こんな普通のおじさんが……『リュカ』になってしまった……。
急に落ち込んでしまった俺はロロに心配されながらとぼとぼと帰路についたのだった。