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「あなたに友達がいたかって?それはいたわよ!村長のところのギークでしょ、それとサザね!」
「ギークとサザ」
「ギークのところへ行くなら配達もお願いして良い?村長にくるみパンを頼まれてたの!」
「わかった。ちなみに、2人はどんな子なの?」
「そうねー、ギークはあなたと同じ年なのに、賢くてしっかりしているわね!サザは…ギークのことが大好きね!」
ギークのことは少しわかった気がするがサザは名前だけだった。仕方ない。ルーシュは忙しいのだ。
2人とリュカは俺とアルトのような仲なのだろうか。俺たちは阿吽の呼吸で狩りをしていたものだ。
…いや、贅沢は言うまい。狩りに興味さえ持っていてくれれば嬉しい。1人で狩ってもいいのだが仲間がいた方が断然効率が良い。
「ルーシュ、行ってくるね」
「お願いね!あ、晩御飯までには帰ってくるのよ!」
「わかってる」
ルーシュはまるでリュカの母だな。リュカとルーシュとは9つ離れているからそんなものかもしれないが。そういえばルーシュに良い人はいないのだろうか。あれだけの美人で働き者だからいても全然おかしくはない。
「しかしな…」
ルーシュが嫁いだとして俺はまだ6歳。ルーシュは俺を1人にはできない。だからと言って姉夫婦と同じ屋根の下というわけにもいかないだろう。平民の家は狭いのだ。
「10歳になったら領立学校が始まるけど…」
領立学校は10歳から16歳までが通う基礎教育機関。寮生活も可能だ。しかしリュカが入学できるまであと4年もある。
その時ルーシュは19歳。結婚して子供がいてもおかしくはない年齢だ。
「うーん…まぁ、なんとかするしかない」
ルーシュがいつ良い人を連れてくるかは解らない。とりあえずその日までに準備だけはしておこう。
それに、最悪冒険者になればいい。冒険者なら6歳からなれるからな。俺の父親は食堂を始めるまでは冒険者だった。だから冒険者のノウハウは叩き込まれている。
「…リュカも子どもなのに大変だな」
子どものときぐらい子どもでいさせてあげてほしいものだ。嘆いても仕方のないことだが嘆きたくもなる。
俺がリュカのためにできることは体を鍛えることと金を稼ぐことくらい。リュカがこの体に戻ってきたときに困らないようにしなくてはならないな。
「…さて、あれが村長の家か」
色々考え事をしていたらもう着いてしまった。村民の家に比べて2まわり以上は大きな家だ。庭も広いし立派だ。
「こんにちは。パン工房ルーシュです」
俺はちょうど庭の手入れをしているお爺さんに話し掛けた。
「やぁリュカ。御苦労じゃったな」
「ご注文のクルミパンをお持ちしました」
「ありがとう。みな楽しみにしておったのだ。家の中に誰かいるだろうて、渡してもらえるか?」
「わかりました」
上品な庭師がいたもんだな。さすが村長の家。俺の死んだ爺さんとは大違いだ。
俺の爺さんは鎧をまとったクマのような人だった。父もそっくりだ。俺は母親似なので身長はあるが線が細かった。
「こんにちは。パン工房ルーシュです」
「はーい!あら、リュカじゃないか。いつもありがとうね」
「こちらこそありがとうございます」
「リュカは偉いねぇ。ギークなんてサザを連れ出して遊んでばかりいるのに」
「子どもは遊ぶのが仕事ですから」
「…フフフ!なんだか大人みたいなことを言うじゃないか?」
…しまった。またやってしまった。
「…とルーシュがいつも言ってます」
「そうなのかい!まぁその通りなんだけど、少しはおじいさ…」
「その声はリュカだなっ?!」
「…?」
「…はぁ。…ギーク」
この子がギークか。じゃあその後ろでソワソワしているのがサザだろうか。
「母様。俺は遊んでいるのではありません。サザに狩りの稽古をつけてやっているのです!」
「稽古ねぇ…」
「それと、リュカ!お前には話があるから俺についてこい!」
「…ギーク?リュカを危険な目に合わせたら、どうなるか解ってるね…?!」
「わ、解っています!」
「リュカ。別にあの子に付き合わなくていいんだよ?」
「いえ。僕も6歳ですし、狩りを習いたいと思っていたところなんです」
「そうかい?なら良いけど…あの子もまだ半人前だから十分気を付けておくれよ?」
「わかりました。ありがとうございます」
なんとギークは狩りの心得があるらしい。ならば俺と一緒に狩りに行ってくれるかもしれない。俺はうきうきしながらギークとサザに続いた。
「…ここがお化け岩だ!」
「なるほど、お化け岩」
「さぁ、リュカ!お前との勝負は残すところ狩りだけとなったな!なかなか顔を見せないから怖気づいたのかと思ったぞ!」
「勝負?」
「何だリュカ?!まさかお前、俺との勝負を忘れてたんじゃないだろうな?!」
…はて。何のことか皆目わからない。
「…仕方ないよ…ギーク…。リュカは…お手伝いで…忙しいんだから…」
「そ、それはそうだな。ルーシュの手伝いを優先するのは至極当然だ」
「あのさ、狩りの勝負って何をするの?」
「ふふん。勝負は簡単だ。魔兎を先に捕まえた方が勝ちだ!」
「魔兎ね。わかった」
「そうだろうそうだろ…う?」
「…リュカは…狩りをしたこと…あるの…?」
「え、あ、いや。最近始めたんだよね」
「本の虫のお前が…?!いったいどういう風の吹き回しだ?!」
「だって、店で買うより魔獣を狩った方が断然経済的だからね。体も鍛えられるし」
「…リュカは…ちゃんと考えてて…えらいね…」
「いや、そんなことはないよ」
子どもに褒められてしまった。複雑だけど嬉しい。サザは物静かで解りにくいが実は良い奴なのかもしれない。
「さ、始めようか」
「なんか俺が思っていた展開と違うような…?」
「…ほら、ギーク…集中…」
「そ、そうだな!リュカ、俺の弓をかしてやろう!弱い者いじめになってしまうからな!」
「いや、大丈夫。いざとなったら錬成するよ」
「……さすが…リュカ…」
「くっ…!!!いつもはぼーっとしてる癖に…!!もういい、サザ!!」
「…うん。じゃあ、用意……始め」
サザの小さな号令と共に俺たちは走り出す。
「俺は右へ行く!お前はどうする?!」
「じゃあ僕は左へ行くよ」
「せいぜい頑張るんだな!」
「うん!」
魔兎は警戒心が強い小型の魔獣だ。地中に巣穴を掘って生活している。巣穴は迷路になっていて人間が掘り返すことは不可能だ。しかし策はある。
「リンの実を先に見つけよう」
魔兎はリンの実を好む。その匂いにたどりつく為にいくつもの巣穴を経由するだろう。そして地面に置かれたリンの実をやっとみつけたとき、俺の出番だ。
「さーて、楽しくなってきた!!」
***
「…幸運だったな」
俺は無事、魔兎を狩ることができた。
あのあと俺は運よくリンの木を発見し魔兎が好みそうな場所にリンをいくつも設置した。
そして待つこと10分。数匹の魔兎が地中から顔を出した。奴らの聴覚の感度は人族の比ではない。俺との距離は100メートル。俺は”その瞬間”を決して見逃さなかった。
「【弓矢(並)】」
素早く弓を錬成する。弓に矢をつがえ弦を引き、その時を待つ。
そして、放つ。
「ッ??!!」
一番大きな魔兎の眉間に矢が命中する。よし、狙い通りだ。損傷が少ない方が高く売れるし美味しい。
「キ、キィィィィィ‼」
「キキィィィ‼‼」
他の魔兎よりも一回り大きな魔兎が突然やられてしまったのだ。残された魔兎たちはリンの実を諦め慌てて地中へ戻っていった。
「…ギークはどうなっただろうか」
あれだけ自信満々だったのだ。恐らくギークは魔兎の巣穴の場所を知っているのだろう。
魔兎を狩る練習も重ねていたはずだろうが、まだ姿は見えない。どうやら俺の方が先にお化け岩に戻ってきたようだった。
「…お帰り…リュカ…」
「ただいま。ギークは?」
「……まだ…だよ…」
「そっか。じゃあ僕の勝」
「リュカァァァァァァ!!!!」
叫び声を上げながらギークがこちらへ向かって走って来る。なかなか速い。そして左手にはしっかりと魔兎が握らている。
事切れた魔兎の胴体が赤く染まっていた。弓で射止めたのだろう。ギークは素晴らしい弓の使い手のようだ。
「…ギーク…お帰り…」
「あぁ、ただいま……じゃなぁぁぁぁぁぁい!!!!何でお前の方が先に帰ってきてるんだ?!おかしいだろ?!」
「僕も今帰ってきたところだよ。ね、サザ」
「…うん。…でも勝負は…リュカの勝ち…」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
サザは公平だった。一瞬ギークの肩を持つのかもと思ったがそんなことは杞憂だったらしい。
「…凄いね…リュカ」
「ありがとうサザ」
「…どうして…魔兎の巣穴……解ったの…?それに…魔兎の眉間を…射った……?」
「場所はなんとなくかな?魔兎はふかふかの土を好むし。弓もまぐれだよ。アハハ…」
「……そう。…僕たち…裏山中を…一生懸命探した…」
「サザも頑張ったんだね」
「…ギークの…ためだから…」
「そっか…」
「…勉強も…料理も…錬金術も…狩りまでも……リュカに負けたのか…俺は………」
「…ギーク…仕方ないよ…リュカは…ルーシュの弟…」
「…あぁ、そうだな!!ルーシュの育て方が素晴らしいんだから、俺が負けるのは仕方がないな!!!」」
「ギーク、サザ。今日は楽しかったよ。また一緒に狩りしようね」
「お前と違って村長の息子である俺は忙しいんだ!!!……けどもまぁ…勝負だったら受けてやってもいい!!」
「…リュカ…また…遊ぼうね…」
「うん。楽しみにしてる」
リュカは切磋琢磨できる良い友人をもっているようだ。二人にはまた会いたいものだ。