表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/42

2

 「…どうしたもんか」


 

 今日も今日とてパンの香ばしいに匂いが充満している。俺は『パン工房ルーシュ』の店番をしながら、ボーっとしていた。


 どうやらこの状況は夢ではなかったらしい。7日経ってもなお、俺は『リュカ』のままだった。


 


「やぁ、リュカ」

「いらっしゃいませ。トルガーさん」 


「白パンはまだあるかい?ルーシュの作るあれは絶品でね」

「あるよ。後ろから持ってくるね」


 

「ルーシュ、白パン出来た?」

「えぇ、今できたわよ!」


「トルガーさんが欲しいって」

「解ったわ、熱いから気を付けてね…というか、何で白パンが出来たの解ったの?」


「なんとなく」

「さすがリュカね!普段はぼんやりしてる癖にね、フフフ!」



 俺はぼんやりしていることが多い。どうやらリュカもそういう人物だったらしいので、取り繕う必要がないのは助かる。


 俺の場合は多分両親の影響だと思う。2人ともとても働き者で、朝から晩まで食堂の切り盛りに追われていた。そんな2人が俺という戦力を使わないわけがなかった。


 10歳で町立の学園に入学する頃には、俺は”頑張らないこと”を座右の銘に決めた。人間、やるときにやれば良いのだ。

 

 それに平凡な俺が頑張ってもどうにもならない時はどうにもならない。なんでもできるアルトにやって貰った方が間違いがない。そんなことをアルトに言えば、「お前らしいな」と楽しそうに笑っていた。

 

 俺は出来立ての白パンを包み、トルガーさんに渡した。


「ありがとう。またくるよ」

「うん、いつもありがとう」


 

  

 この小さな村は『ナハロ』という。獣人族の国である『サハス』に近い。俺がいた『シータ村』はエルフ族の国である『ノウス』に近かった。どうやら俺ははるか遠方へ来てしまったらしい。

 

 「リュカ―!明日教会に豆パンの配達お願いねー!」

 「わかった」


 俺は壁に貼られた配達表に目を移す。

 

 目に入るのは『王歴1200年』の文字。俺がいたのは、王歴1000年。どうやら俺は、時をも越えてしまったらしい。

 

 いったい、『リュカ』はどこへいってしまったのだろうか。窓に映るのは、三十歳の『ディノ』ではなく、齢六つの『リュカ』でしかなかった。


 


***



 「それでリュカ、記憶の方はどうなの?」

 

 晩御飯の用意をしているルーシュが俺に問いかける。

 


 「いや、全然」

 「そうなのね…」


 「思い出したらすぐに言うよ」

 「うん…でも無理はしないでね?また倒れたら大変だもの…!」

 「うん。ありがとう」


 ルーシュには俺が『ディノ』であることは伏せていた。

 

 俺自身、自分の状況への理解が追い付いていないのに、ルーシュが納得できるように説明することなど不可能だ。

 

 きっとルーシュは大混乱の後に倒れてしまうと思う。いや、絶対にそうなる。短い付き合いの俺だが確信しかない。

 

 この天真爛漫だが繊細なところもあるルーシュは15歳。母親の記憶はないらしい。父親の方は数年前に病気で死んでしまったようだ。

 

 なのでルーシュは学園を中退し、弟であるリュカを女でひとつで育ているのだ。



 「さぁ今日は魔熊のシチューよ!」

 「おいしそうだね」


 「リュカが魔熊を仕留めてくれたおかげだわ」

 「裏山にいたんだ。小さいけど危ないから狩っといた」


 「ほんとうに、いつのまに狩なんて出来るようになったの?さすがやれば出来る子ね!」

 「あはは…」

 

 

 俺が6つの時はアルトと一緒に狩りを嗜んでいた。近頃の子どもは狩りをしないのだろうか。


 「あ、ねぇリュカ。そろそろまた『あれ』を錬成して欲しいのだけれど!」

 「あれって何?」

 「えっと、なんて名前だったかしら…?」


 どうやらリュカは錬金術を好んでいたらしい。確かにリュカの部屋は錬金術の本やら材料で溢れかえっている。


 俺は錬成よりも体を動かす方が好きだったのだが…まぁ、簡単な物ならば作れるだろう。

 

 「ほら、あれよ!氷が出てくるやつ!」

 「氷がでてくるやつ…?」

   

 …何だそれは?水魔法の類だろうか。残念ながら俺は魔法は使えない。

 

 「思い出した、【セイヒョウキ】よ!」

 「セイヒョウキ?」 


 「そろそろ夏でしょう?だから、パンと一緒に冷たい果実水を売ろうと思ってるの!」

 「なるほど…」


 【セイヒョウキ】か。初めて聞いた名だが……

 


 「あっ…!もしかして…思い出せない…?」

 「…いや、多分作れると思う」

 「本当?!助かるわ!」


 

 『リュカ』であるこの体はちゃんと覚えていたらしい。【セイヒョウキ】という名前を聞いた瞬間、俺の脳裏には見たこともない錬金式が浮かび上がっていた。

 

 「後でさっそく取り掛かってみるよ」

 「ありがとう!でも無理はしないでね!」





***




 「ふぅ…」


 風呂を終えた俺は自室の机に向かっていた。

 

 

 「リュカは6歳なのに凄腕の錬金術師だったんだなぁ…」

 

 というのも、普通平民の家に風呂はない。湯を沸かすのにも金がかかるからだ。しかし、あの構造ならば永遠に湯が沸き続ける。しかもタダでだ。

  

 そもそも、この家は不思議なもので溢れかえっている。ある日突然『リュカ』となった俺に余裕がなかったために最近まで気が付かなかったが。


 庫内の温度を維持する【レイゾウコ】。洗濯物を勝手に洗い、あまつさえ、干すことさえできる【センタクキ】。ひとりでに掃き掃除をする【ソウジキ】。


 何一つ、聞いたことも見たこともない。ルーシュに依ればこれらは全てリュカの錬成物らしい。かなうならば、リュカと一度話してみたいものだ。


 「…とりあえず、【セイヒョウキ】を作ってみるか」

 

 必要なのは〈水〉と〈急速冷凍〉、〈状態保存〉と…

 




***

 


「リュカありがとう!さすがね!」

「どういたしまして。試運転済みだよ、はいどうぞ」



 あの直後本当に出来てしまったのだ、【セイヒョウキ】が。


 なんと優れた体なのだろうか。俺はこんなにも優れた錬金術師を知らない。世界中のどこかにはいるのかもしれないが。


 

「…もしかして、リュカの錬金術があればもとの体に戻れる…?」

「え、なあに?」

「いや、独り言」



 まぁ、平凡な俺がひとり焦ったところで仕方ない。この体とここでの生活に慣れることがまずは先決だろう。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ