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白の守り

 空を覆う黒の点描は、すでにひとつひとつの形を見て取れるほどまで近づいていた。


 上半身は人間、下半身は鳥の足。背中には巨大な猛禽(もうきん)の翼を生やしている。体は病的に細い。内臓がすべて欠落しているかのように腹がへこみ、骨に赤黒い皮膚が張り付き、関節部分だけ妙に太く見えるのが不気味さを増していた。それだけ肉をそぎ落としたデザインであるにもかかわらず、約半数が胸部を膨らませた女性型に作られているのは、創造主の悪趣味によるものだろう。顔はこの距離ではまだわからない。


「距離千二百! 超長距離魔法、大型弩弓(バリスタ)、撃てぇっ!!」


 城壁の上で真紅のマントを羽織った騎士隊長が腕を振り下ろすと、魔法の稲妻とバリスタから射出された無数の槍が空を貫いた。


「マリー様、転移陣の準備ができているそうです!」


 騎士隊長の合図で波状に放たれる魔法と槍を見守り続けるマリーの手を引くのはオルトだ。彼の頭上でインディゴが「ゲエェェェェ、ゲェェェェェ」とけたたましく鳴いてる。


 それでも、マリーは動けなかった。現状、騎士たちは最善の働きをしている。


 この状態をどれだけ続けられるだろうか?

 獅子王の知識と経験があれば、さらに有利に戦えるだろうか?

 彼らは十歳の少女の助言を素直に聞き入れるだろうか?


 そんなことを考えていた。獅子王の記憶が逃亡を許さなかった、というのもある。


「オルト、少しだけ時間を頂戴(ちょうだい)


 しばらく考えを巡らせたのち、マリーは少年騎士の手を払いのけた。彼は遠慮気味にやさしく触れているだけだったので、少女の筋力でも簡単に振りほどける。


 ――私ひとりで、できることだけでも。


「『白の守り(プロータ・アルバ)』を……」


 そうつぶやいて、胸の前で小さな手を握り、魔力を練った。


「転移陣の行き先は?」

「知るか!」「できるだけ遠くだ!」


 何人かの集団が怒鳴るように言葉を交わしながら、宮殿方向に駆け抜けていった。


「騎士は全員城壁に登れ!」

「遠距離魔法の準備をしろ!」

「魔力に自信のないやつは大砲か巨大弩(バリスタ)につけ!」

「武器庫からありったけの槍と玉を運ぶんだ!」


 マリーの横を、バリスタ用の矢羽付き槍を抱えた騎士が走っていく。


「距離千! 魔術大砲準備!」


 魔の軍勢は騎士たちの攻撃に倒れつつも、数の有利で空を黒く染め続けていた。遠い地響きは、地を駆るラミアが接近しているからだろう。


 魔力を吸った白い花々は赤く染まり、黒くなって腐り落ち、王宮の北を守る「神の山(アンポルト)」は、普段は白いその岩肌を真夜中のような闇色に染めている。


 ――できた……。


 マリーがゆっくり手を開くと、その中から真っ白い光の玉が現れた。


 ――思ったより小さいわね。子どもの魔力だから仕方ないけれど。


 急激な魔力減少に一瞬よろめきながらも、マリーは作り出した「白の守り」を操って王宮の一部を白のベールで包み込んだ。城壁で戦っている騎士たちが一瞬驚きの声を漏らしたものの、すぐにそれが自分たちを守るものであると本能的に理解したようだ。


「これは……」


 初めて見る魔法に感嘆のため息を漏らしたのは、オルトも変わらない。しかし、彼も他の騎士たち同様、すぐに自分の使命を思い出して首を横に振った。


「マリー様、逃げましょう」


 先ほどよりも強く、子どもにしては大きな手がマリーの手首をつかんだ。


「マリー様! この『白の守り(プロータ・アルバ)』は、貴女(あなた)が?」


 それとほぼ同時にこちらに駆けてくる騎士がいた。燃えるような赤毛と夕焼けのようなオレンジ色のたれ目をした大柄な中年男性。彼の纏う真紅のマントも、左胸に輝くたくさんの勲章も、彼がたぐいまれな技量を持つ司令官クラスの騎士であると示している。腰には使い込まれた魔法剣が提げられ、肩に白い蝶の聖獣「フォスフォース」を一匹とまらせていた。


父様(とうさま)


 オルトが彼の顔を見てつぶやいた。


「いったいどこで学ばれたんです!?」


 国王直属の近衛騎士団に属するセシリオ・ユーリアスは、小さく片手を挙げる動作で息子にあいさつしながらも、マリーを見続けている。


白の守り(プロータ・アルバ)」は、シャンドレ――ようするに人間の敵である亜人種族の魔力や彼らに使役された魔物を退ける古代魔法だ。しかし、習得難易度が高い上に平和な世の中が続いていたので、現在は使える者が非常に少なく、その存在すら歴史の中に消えつつある。十歳の王宮暮らしの少女が知っているのはおかしい。


「私の血に刻まれていたのよ」


 マリーはあいまいな解答をした。正直に「獅子王の記憶を継いでいるから」と答えても混乱が生じるだけだ。落ち着いて話し合う時間のない今は、そうごまかすしかない。


「……なるほど」


 セシリオはまだいぶかしげな表情を浮かべているものの、ここに来た目的を最優先するために自分を納得させた。彼は王女と息子がまだ外庭に残っていることに気づいて、避難させに来たのだ。


「マリー様、お逃げください」


 マリーの肩にしがみついていたテティをひょいと摘まみ上げ、息子よりもはるかに大きな手でマリーの手を取る。オルトが握っていない方の手だ。ユーリアス親子はマリーが抗えない怪力で、幼い王女を室内へと引っ張った。

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