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平和の終わり[下]

 さて、話はマリーの思案に移る。


 現在の「太陽国」レオ=デルソルはアダン二世の時と変わらず、穏やかで平和に見える。だからこそ、自分が再び転生した理由がわからなかった。


 アダン二世として平和で幸せな人生を送った次は、女性(マリー)として平和で幸せな人生を送れということだろうか?


 いや、その必要性は感じない。前世はとても幸福で満ち足りたものだった。女性として繰り返す新たな人生は、「冗長(余計なもの)」としか思えない。


 なぜ再び転生したのか?

 なぜこの平和な時代なのか?

 なぜ女の子の姿なのか?

 なぜオスライオンではなく子猫姿の聖獣を与えられたのか?


 王宮での穏やかな暮らしの中で、マリーは何度も自問した。子猫姿の聖獣テティを撫でている時も、二人の兄と話している時も、姉と遊んでいる時も、父に甘えている時も――。


 なぜ王位継承権を持つ兄や、王である父ではなく、王女なのか?

 なぜ王女の中でも、より年上の姉ではなく、妹なのか?


 毎日毎日、オルトの用意してくれる白い花を見ながら考えた。


 そして一つの仮説が浮かんだ。


 ――神が弱りはじめているのではないか、と。


 それならば、神から授かった聖獣がライオンではなく子猫になってしまったのも納得できる。少女姿で転生してしまった理由はまだわからなかったが、神に危機が迫っているからこそ、獅子王はアダン二世で終わらず、マリーに受け継がれたのだ。


「オルト!」


 慣れた手つきで紅茶の準備をしている騎士見習いを、マリーは鋭く呼んだ。


「は、はい! マリー様」


「ここ百年の神託をかき集めて頂戴! 今すぐに」


 目を丸くして振り返ったオルトに、マリーはすばやく命じた。彼の頭上にいるインディゴが、突然の動きに羽ばたきながら怒っているが、マリーもオルトも全く気にかけなかった。


「神託の内容はアダン二世の時代から変わっていなかったと思います。温暖、豊作、安全――、そんな吉兆ばかりです」


 彼は獅子王伝説に加えて、それ以外の様々な知識も記憶しているようだ。マリーは答えを聞きながら、オルトが飾ってくれた白薔薇を一瞥(いちべつ)した。


 淡いピンクに染まっている。それは獅子王にとって、明らかな凶兆だった。


 ふとした思い付きと穢された白薔薇。これは偶然の一致ではないだろう。


 マリーはすばやく窓を見たが、ここから神が住むと言われる「神の山(アンポルト)」は見えない。しかし、どうしようもなく胸騒ぎがする。


 ――神が助けを求めている!


 そう確信した。


「神官に直接話を聞きに行くわ!」


 衝動的に立ち上がったのは、神の意志によるものか、我慢できない少女の気性によるものか。

 マリーは残っていたクッキーを口内に詰め込むと、すばやく部屋を飛び出した。


「ちょっと!」


「マリー様!?」


 聖獣テティと騎士見習いオルトが、慌てて彼らの主人を追いかける。


 誰もいなくなった部屋で、白薔薇がみるみる赤く染まり、黒くなり、花びらを一枚散らした。



 一方、人通りの多い外回廊まで駆け抜けたマリーは、あたりのあわただしさに足を止めていた。


 使用人も、貴族も、官吏も口々に叫びながら白い柱の間を右往左往している。濃いえんじ色の軍服に同色の外套(コート)を羽織った騎士たちが指示を出そうとしているが、今のところうまくいっていないようだ。


 マリーは誰かの頭から落ちた騎士のベレー帽が踏み潰されていくのを、険しい顔で見つめた。帽子に縫い付けられた、太陽と獅子のレオ=デルソル国章が汚されていくのを――。


「魔獣だ!」

「王はどこにいる?」

王都(デルソル)まで降りれば、魔法の道(マジカル・リレイ)に乗れるぞ!」

「馬に乗れるものは馬で!」

「王宮はもう終わりだ!」

「ラミアの大群だ!」

「近衛騎士団を呼べ!」

魔法の道(マジカル・リレイ)はオートにしてある!」

「転移陣は使えないのか!?」

「逃げろ!」


 辺りを埋め尽くす叫びは多様だったが、いくつかを抜き出すとこんな感じだ。


 魔獣という言葉に、マリーは庭に飛び出した。


「敵襲って……?」


 混乱した様子でつぶやくオルトがマリーを追いかけながらきょろきょろしているが、敵がやって来る方向など一つに決まっている。


 マリーは迷いなく南を睨み据えた。かつて「獅子王」アダソンがシャンドレとその眷属を追いやった大山脈の方向を。


「マリー……?」


 主人にだけ聞こえる声量で呼びかけながら肩に飛び乗ってくるテティの不安に応じることなく、マリーは南の空を見続けた。


 そこには黒の軍勢とでも呼ぶべきものがあった。


「ラミアだ!」


 誰かが叫んでいる。それは、もはや英雄伝説にしか残っていない怪物の名前だ。

 黒魔術によって作り出された上半身が人間、背中や下半身が動物のキメラ「ラミア」。レオ=デルソルの子どもならば、必ず一度は「悪さをするとラミアがやってきて生き血を吸うぞー」と大人に脅されるものだが、まさか本当にラミアがやってくると考えていた者はいないだろう。


 その不気味な集団に、人々は釘付けになった。翼を持つモノは飛び、足を持つモノは地を駆け、途中の集落を襲いつつ王宮に迫る異形たち。


 かつて本物と対峙したマリーでさえ、見たことない数のラミアに体がかたまってしまった。しかし、脳だけは素早く回転し続けている。


 そして、理解した。


 ここ二百年、レオ=デルソルは平和だった。しかし、前世で楽しんでいた平和は実際のところ平和ではなく、敵の「準備期間」だったのだ。


 ――アダン二世(わたし)は間違った。


 ――マリー(わたし)は遅かった。


 もはやかつての獅子王に、今は十歳の少女でしかない子猫姫に、迫りくる敵を止める手段はなかった。空と大地を覆い尽くす不気味な異形たちは、刻々と迫っている……。

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