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ハルピュイアのフィー

王都(デルソル)までは、短距離転移魔法(ショート・リレイ)を整備してある。使いたいときはフィーに言ってくれ」


 翌朝、オルトがある程度落ち着きを取り戻したところで、マリーたち一行は王都へ下りようとしていた。


「フィー?」


 ウラノスが紹介してくれたのは、腰に白い翼の生えた背の高い人物だ。この場にいる誰よりも長身で、詰襟の軍服から覗く手の甲は羽毛で、ほほは爬虫類のものに似た柔らかそうな鱗で覆われている。


 ――ラミア……?


 オルトはできるだけ疑いを顔に出さないよう意識しながら、彼を観察した。


 男性とも女性ともわからない中性的な顔には敵意が一切ないし、ウラノスには仲間扱いされている。


 人間に友好的なラミアがいるのだろうか? しかし、その疑問はマリーの言葉で解消された。


「ハルピュイアね」


「姫様は物知りで。良くラミアと間違われるので、姿を隠しておりましたが……」


 くちばしのように黄色く染められた唇から出る声は高くも低くもなく、顔立ち同様に男女の判別をつけがたい。


「ハルピュイア」と言えば、サトゥメーアとテルレイオを隔てる山岳地帯に住む亜人種族で、大きな翼と体のほとんどを覆う鱗や羽毛が特徴だ。地域によっては、「ハーピー」とも呼ばれている。


「ラミアはもともと、有翼人(ハルピュイア)半魚人(マーフォーク)みたいな、人と動物の強みを持った亜人種族をまねて作った実験体だもの」


「ヒメサマはおとぎ話がお好きですね」


 獅子王知識を披露するマリーに、ウラノスがからかいの言葉を口にする。マリーににらまれて肩をすくめたものの、彼がマリーを子どもと思って侮っているのは誰の目にも明らかだった。


「おとぎ話かどうかはいずれわかるわ」


 しかし、マリーは強気に言い返すと、はるか頭上にあるフィーの顔を見上げた。


「はじめまして。私はマリー・ソルギナックよ」


「はじめまして、マリー王女。ハルピュイアのフィーです。ただのフィーです」


 自己紹介をするフィーは、長い脚を折ってマリーとできる限り視線の高さを合わせた。翼と同色の白く太いアイラインに縁取られた目は、にこりと笑みの形に細められている。


「よろしく、フィー。さっそくで悪いのだけれど、デルソルへ向かいたいから、ショート・リレイを使わせていただけないかしら?」


「それは……、もちろん」


 フィーは一度、軍の司令官であるウラノスに視線で確認したあとうなずいた。ウラノスは納得いかない表情をしつつも、マリーたちが王都行きをやめないと理解して折れてくれたのだ。


 王都へ向かうのは、マリー、オルト、イクス、オムサナの四人と三匹の聖獣。そして、ウラノスとフィー。


「嫌ならついて来てくださらなくてもいいのに……」


 それは毒舌家のイクスが珍しく発した、気遣いの言葉だった。ただ、彼の心配を感じ取れたのはもともとの仲間だけで、ウラノスにはいつもの皮肉に聞こえてしまったらしい。


「オレはここの責任者なんでな。監視と守護の義務がある」


 地の底から響くような低い声は、明らかに不機嫌によるものだ。


「感謝するわ。開拓軍の司令がいてくださるのは本当に心強いもの」


 マリーが急いでフォローに回るが、それもウラノスには気に入らない。


「ヒメサマは年齢よりも役職よりも血の高貴さを重視されるお方ですか?」


 嫌味な口調でそんなことを言う。

 ようするに、年上で軍司令官であるウラノス・ストラトスに対して、マリーの敬意が足りていないと考えているのだ。


「それは、ごめんなさい。あなたに対する敬意が不十分だと感じられたのなら、謝罪いたしますわ」


「子どもに謝らせて、お前のプライドは満たされたか?」


 浅く頭を下げようとしたマリーを止めたのは、藍色のマントをひらめかせた弓騎士団長イクス・クロスだった。


 初めて聞く乱暴な口調に、マリーは軽く身をのけぞらせた。彼はいつでも――部下や使用人と話すときでさえ、穏やかな笑顔と丁寧な口調を心がけていたではないか。


「お前が年齢と役職を重視するなら、お前より年上で、同じ司令官クラスの俺がため口きいてもいいよなぁ? ガキが」


「るせぇよ。たしかに感情的になったのは悪かったが、そもそもはラミアがまだうじゃうじゃいるデルソルに行くつって聞かねぇお前らが原因だろうが。しかもガキを二人連れて。遠足じゃねぇんだぞ! そんな危険見過ごせるわけねぇ!」


「マリー様もオルトも我々に必要なメンバーですし、僕とオムサナ様の実力を甘く見ないで欲しいですね」


「戦場では、そういう慢心したヤツから死んでいくんだよ」


 イクスは騎士らしく王女と国の名誉を守るために、ウラノスは軍人らしく人々の安全のために怒っている。


 どちらにも納得のいく正義があり、マリーは二人の言い争いをどう止めるべきか頭を悩ませた。


「いい加減に! しなさい!」


 そこにためらいなく平等鉄拳制裁を加えたのはオムサナだ。イクスのベレー帽が飛び、ウラノスの巨体が傾いたので、かなり強い力で叩いたと推測できる。


「私たちは仲間、敵意のある煽りはしない。自分でついて来るって決めたんだから、文句言わない。おけ?」


 それぞれに指を突き付けて、言い聞かせた。


「わかったら、仲直りの握手。マリーとも!」


 オムサナは二人の返事を聞く前に、イクスとウラノスの手首をつかんで無理やり握手させた。そのあとは、マリーと手を繋がせて三人仲良く歩かせるつもりだ。


「私たちの目的は、西の広場にある鍛冶屋像。その下に地下都市への入り口があるって聞いてるけど、なかったらちゃんと謝る。だから、そこまでけんかせずに行こう!」


「……そうですね。すみませんでした」


 イクスの謝罪はオムサナにのみ向いていたが、先に謝ったことは評価できる。


「『地下都市』ってなんだよ」


 ウラノスはまだ低い声で文句を言っていたが、高濃度の魔力をほとばしらせるオムサナに睨まれて最終的には、


「悪かったよ」


と呟いた。

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