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受け継がれるもの

 父はよく笑っていた。最後に話したあの時だって――。


 父との思い出があふれて止まらなくなった。それと同時に、涙が零れ落ちる。


 ――ああ、でも。


 もう一つ大切なことを思い出した。


 一度宙に浮いた四匹のフォスフォースは、再びセシリオの上に戻っている。彼の右手と剣の上に。それは、あるじの武器を隠そうとしているようにも、オルトに注目を呼び掛けているようにも見えた。


 セシリオは武器を強く握ったままこと切れていた。


 ただ、その刃は根元近くから折れ、剣としての役割はもう果たさないだろう。それでも武器を握って戦い続けた彼はウラノスに言われるまでもなく、自慢の最高の騎士だ。


 つばの付け根にはめられた魔石は、主人の死など知らないように輝き続けている。持ち主やその息子の髪と同じ、燃えるような赤い石。


 オルトが剣に触れようと手を伸ばすと、フォスフォースが再び一斉に飛び立った。


 その瞬間、バチンと、オルトの手が強い静電気に打たれたようにはじかれる。幸い痛みはないが、心臓が揺れるような衝撃だった。


「そいつは誰にも触れなかった。敵にも俺たちにも」


「……父様は、わたしが一人前になったらこれを譲ってくれると言ったんです」


 オルトはウラノスの言葉につぶやいて、再び手を伸ばした。


 息子の言葉が魔法剣に通じたのか、今度はすんなりと触れる。


 強い力で握られた父の指を一本ずつほどくと、剣は吸い込まれるようにオルトの手に収まった。折れているにもかかわらずずしりと重い。


 フォスフォースが一匹、剣を握るオルトの手にとまって消えた。舞い散る光の粉と、磨かれた魔石に映る自分の顔に涙があふれ出した。


 ずっとこの剣を手にする日を楽しみにしていた。


 しかし、こんな形で欲しかったわけではない。


 それでも、騎士の魔法剣は父から息子へ受け継がれたのだ。


「父様、たしかに受け取りました」


 フォスフォースはこの瞬間を見届けるために、最後の魔力を振り絞って生き続けたのだろう。父はフォスフォースの目から息子を見て、笑っているに違いない。


 オルトの言葉を聞いたあと、残った三匹の蝶はオルトの鼻先とインディゴのくちばしに口づけるようにやさしくとまると、ゆっくりと空を目指して舞い上がった。割れた屋根の隙間を抜けて、三匹でらせんを描きながらのぼっていく。どこまでも。どこまでも。


「ありがとう、フォスフォース」


 オルトはその姿が太陽光にかすんで見えなくなっても、青く晴れ渡った空を見上げ続けていた。


 ――マリー様の目と同じ色だ。


 そんなことを思いながら。


  * * *


 一方のマリーはその光景を十ルールトほど離れた場所から見ていた。最初は彼の背後にいたものの、邪魔をしているような気がして引いたのだ。


「国王陛下もこの中にいらっしゃるのでしょうか?」


 イクスが隣で囁いた。彼の視線は白い布で覆い隠された遺体に向いている。


「そうね」


「では――」


「わかってるなら黙っていて頂戴」


 マリーは決して声を荒げなかった。

 しかし、その声にはたしかな怒りといらだち、あらゆる負の感情がこもった有無を言わさぬ響きがある。


「……失礼いたしました」


 帽子を外して深々と頭を下げる彼の顔から、最後の笑みの名残が消え去った。


 イクスはマリーの足元で所在なげにたたずむテティを抱えあげると、静かにマリーから離れていった。


 マリーの内心は悲しみと混乱と嫌悪感に満ちていた。


 それは奇妙なことだ。


 目の前には王宮を守るために戦った騎士たちの遺体があり、その中には実の父親もいるのだろう。本来ならば、オルトのように父親に駆け寄り泣き崩れるものなのだろうが、マリーの心は冷たく凪いでいた。


 むしろ、喪失感は破壊された王宮を見た瞬間の方が大きい。


 血を分けて十年間、獅子王の記憶が目覚めてからは五年間を共に過ごした父親だ。国王は多忙だったが、それでも一緒に食事をとり、時には政務の合間を縫って遊んでくれた。やさしい声で本を読み、花を摘み、おんぶや肩車もしてもらった。


 それなのに、心は落ち着いている。


 ――私は、父の死よりも、騎士の死よりも、壊れた王宮にショックを受けているの?


 それは人間の道徳から逸脱する感情ではないだろうか。


 マリーは強く強くこぶしを握り締めた。そうしても、死の悲しみより、自己嫌悪が勝ってしまうのだ。


「何度も人生を繰り返してると、心が鈍ってくるでしょ」


 そんな獅子王の内心を見透かしている者が一人だけいた。神秘的な青紫色の瞳をした少女オムサナだ。


「でも、それは強くなったってことだと思うよ」


 マリーは五人の人生を生まれ変わりながら経験して六人目になっているが、彼女はそれよりも長い間ひとりの人間として生き続けている。常人には想像も及ばないほど多くの人と出会い、別れていった彼女の目も、同情と哀惜の念を見せつつも乾いていた。


「マリーは強くなっただけ。悲しみやつらさを忘れたわけじゃない。心から血を流している人の苦しみがわからなくなったわけじゃない。今マリーが平気なのは、平気じゃない人を助けるためかもよ?」


 オムサナはマリーの手を取り、ゆっくりと歩いていく。天を仰いで涙をこらえるオルトの元へと。


「ヒトにはいろんな役割があるよ。別れや死を嘆き悲しんで弔う役。かたき討ちや残った仲間のために戦う役。そして、人に寄り添って立ち直りを見守る役。オルトは一番目、私とイクスは二番目、マリーが三番目。なかなかいい感じに分担できてるじゃん。というわけでがんばって」


 彼女の笑顔は歯をむき出したいたずら娘のものだったが、場違いを感じさせないのはその内に深い思いやりを秘めていたからだろう。


 オムサナに導かれて、マリーはオルトの肩にそっと触れた。


「オルト……」


 マリーが触れた瞬間、オルトはびくりと肩を震わせたものの、彼女の声を聴くと再び体の力を抜いた。


「オルト」


「キミはこっちだよ」


 その背後では、オムサナがウラノスに声をかけている。マリーとオルト、そしてインディゴだけにしてくれるようだ。


「マリー様」


 オルトはつぶやいた。


 マリーの目のように青い空の手前に、高く晴れ渡った空のようなマリーの瞳がある。マリーが膝をつくと、彼女の頭の位置に合わせて背景も天井と空から傷ついた列柱回廊に変わった。


「なんて声をかければいいか、わからないけれど……」


 それでも、やるべきことは分かる。


 マリーは膝立ちしてオルトの頭を抱きよせた。


 オルトも片腕をマリーの背に回した。もう片方の手には、父から受け取った大切な剣を握っている。


「大丈夫です。覚悟は、ずっとしていましたから」


 こんな時でも、少年騎士はあるじを心配させないように気丈なことを言う。


「でも、少しだけこうやって――」


「もちろんよ」


 抱き合う二人の間に、インディゴが細い首をねじ込んだ。


「インディゴ、あなたもね」


 彼も心細いのだろう。


 幸せそうに眼を閉じる首長鳥の枯れ穂色のくちばしに、マリーはそっと口づけた。

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