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一流の騎士

 中庭を望む回廊の一部。

 かろうじて残っている屋根の下に薄汚れた布が敷かれ、百人近い体が横たえられていた。


 顔や胴には敷かれているのよりも綺麗な白布を被せてある。隙間から見える衣服の情報を信じるならば、体の持ち主は多くがレオ=デルソルの騎士だ。


 オルトの足が止まった。


 目の前にあるこの場所は、遺体置き場にしか見えない。

 彼の半歩後ろで止まったマリーも、表情の一切消えた顔で等間隔に並べられた体を見下ろしている。


 ――少ない。


 オルトは蝶の群れのそばまで歩み寄ると、盛り上がった白布の上にいるそれを数えた。一つの体に集中してとまり、ゆっくりと翅を動かしている。きっとこれが父なのだろう。


 セシリオのフォスフォースは特殊で、二十四匹の蝶で一つの聖獣だ。それぞれの蝶には主人と視界を共有する能力があり、二十四匹の蝶をあらゆる場所に配置することで、索敵と監視を得意としていた。


 二十四匹のうち六匹は開拓軍時代の戦いで失ってしまったらしいが、それでもセシリオは十八匹の蝶を残していたはず。しかし、横たわる彼の上で翅をゆっくり動かすフォスフォースは五匹しかいなかった。


「フォスフォース、父様は……」


 蝶に語りかけても、返事はない。その代わりに、オルトをここまで案内してきた一匹が溶けるように光の粉になって消えた。


「……ッ!」


 それはもしかすると、言葉よりも明確な答えだったかもしれない。フォスフォースは消えつつあるのだ。あるじであるセシリオが死んでしまったから。


「父様……」


 オルトは震える手で、白い蝶の集まる布に手をかけた。

 残ったフォスフォースが、息子の意図を正確に察して一斉にその身を宙へと浮かばせる。


 布が静かに払いのけられた。


 見慣れた、えらばった四角い顔。オルトと同じ燃えるような赤毛。

 緩やかに閉じられたまぶたの下にある目の色も、息子と同じ夕焼け色のはずだ。無駄な肉が一切ついていないすらりと筋肉質な体躯はオルトのあこがれで、彼のまとう騎士の外套も深紅のマントも本当にかっこいいと思っていた。


 今そのマントは半分以上破れ、騎士の軍服にも食い破られたような跡が残っている。ただ、その破れた隙間から見える肌にはきれいな包帯が巻かれ、ウラノスたちによって丁寧に弔われたのだと感じた。


「セシリオは勇敢だったと思うぜ。こいつの周りに一番多くラミアの死体があったんだ」


 目を開けることのない父の顔を見下ろすオルトに、追いついたウラノスは低い声で語りかけた。


 戦い、ひとりでも多くの敵を倒して死ぬ。それは、戦士として最も名誉な死に方だ、とウラノスは説明した。オルトにはあまり聞こえていなかったが……。


 この状況とウラノスの言動からして、父は死んでしまったのだろう。


 薄々そんな予感はしていた。最後に父とかわした言葉は、死を覚悟したものだったから。それでも、信じたくない。


「父様……」


 無意味だと知りつつも、オルトは呼びかけざるを得なかった。


 彼の頭からインディゴが舞い降り、セシリオの顔を不思議そうに眺めている。彼の目には、セシリオがただ眠っているように見えるのだろうか?


 インディゴの細いくちばしがセシリオの青白いほほをつついた。

 ぶにりと水分の失われた皮膚が抵抗なくめり込む。生きているならあるはずのハリが、彼の肌からは消え失せていた。


「インディゴ」


 オルトは咎めるように相棒の名前を呼んだ。


 しかし、一度首を傾げたインディゴは再度セシリオのほほを突いた。それが眠りから起こすようなやさしい触れ方であることが、一層オルトの心をえぐる。


「インディゴ、父様は……もう、目覚めないんだ」


 そう教えて、涙があふれ出した。今度はオルトのほほをインディゴのくちばしがつつく。涙を受け止めようとしているのだろうか。


「……インディゴ」


 彼を見ていると、幼き日を思い出す。


 セシリオは実力ある騎士で、オルトにも同じ才能があると信じて武の手ほどきをしてくれた。


「俺を倒せたら一流騎士だ!」


 王宮近くの草原で、そう豪快に笑う父の姿が思い出される。


 幼いオルトは、「騎士」という言葉に憧れて、父に取っ組み合いを仕掛けるが、何度も避けられ受け流され、繰り返し草の上に放り投げられた。父は本当に強かった。


 しかし、オルトが負けを認めようとしたとき、ずっと土いじりをしていたインディゴが飛び出した。それまで親子の稽古に全く関心を見せなかった彼が、大きな藍色の翼を広げてセシリオの顔に突撃したのだ。


「おおっと!」


 セシリオは両腕で顔をかばったが、インディゴは土のついた細長いくちばしを腕や指の間に容赦なく差し込んでいく。


 ――今だ!


 目をかばって視界を封じている父の足元に、オルトは全力のタックルをした。


 今、彼の目は息子を見ていない。奇襲にセシリオは体勢を崩して倒れる。


 はずだった。しかし、やはり転ぶのはオルトの方。


「なんで! 見えてなかったでしょ!?」


 オルトは顔についた草の葉を乱暴に拭って、まだ首長鳥と格闘している父を見上げた。


「よし、こいつ!」


 セシリオはなんとかインディゴの首の付け根を掴んで引き離しながら、上を指さした。優雅に羽ばたきながら宙に浮いている、真っ白い蝶を。


「フォスフォースの力を借りたの? ずるい!」


「お前もインディゴを使ったんだから『あいこ』だろう。ほら、インディゴ。今日の稽古は終わりだ」


 空いた手で顔や服の汚れを払いながら、セシリオは息子の聖獣を地面に降ろした。


「ゲッ、ゲッ」と好戦的に鳴くサギに似た藍色の鳥は、最後の抵抗としてセシリオの手のひらに鋭いつつきを見舞ったものの避けられて、最終的にはオルトの隣へ戻った。


「だが、俺にフォスフォースを使わせたのは『一流』だな」


「一流の騎士ってこと?」


「その一流とは違う」


「なんで!」


 ニヤリと唇の端を上げて笑う父に、オルトは唇を尖らせて文句を言った。オルトが幼少期から騎士を身近に感じられたのは父親のおかげだ。



「オルト、こちらは第二王女のマリー・ソルギナック様だ」


 そして、オルトにマリーを紹介してくれたのも父だった。マリーは昔から物知りで、大人びていて、彼女と知り合ってからは勉強にも励んだ。


 オルトが初めていれた紅茶の渋さにセシリオが噴き出し、マリーが笑ったあの日。


 木の剣で稽古を行うユーリアス親子を少し心配そうに見るマリー。彼女の腕の中には太陽色の子猫がいたっけ。



 オルトが騎士見習いになったときは、初めて騎士の服を着て、インディゴを肩に止まらせようとした。しかしインディゴは何を思ったか腕も肩も素通りし、オルトの被るベレー帽の上におちついてしまったのだ。


 あの時のセシリオも大爆笑していた。

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