うごめくもの
* * *
ところ変わって、神の山のふもとにも、白さを増した岩山を見上げる者がいた。詰襟の軍服姿は、レオ=デルソルの騎士ではない。
「ラミアどもが消えたな」
「そのようで」
彼がつぶやくと、半歩後ろに控えていた人影が、男性とも女性ともつかない中音の声で応じた。
腰から生えた翼。山をよく見ようと目の上にひさしを作った手には短い羽毛が生えている。
一見ラミアによく似た半人半獣だが、共にいる男はその姿を受け入れているようだった。
「どうします? 確認に向かいますか?」
「いや」
詰襟姿の男は、ブーツのつま先で大理石の破片をどかしながら首を軽く振った。
かつてレオ=デルソルの王宮があったこの場所はその多くが廃墟となっていた。
等間隔に並んでいた白い柱は折れ、天井が落ちて砕けている。多くの官吏や貴族を迎え入れていた広大な玄関ホールは、壁に空いた大きな穴のせいで内外の境界をあいまいにしており、城下町を眺め下ろせた尖塔は面影もなく消え去った。形を残している建物も、ガラスが破れ、壁に穴が開き、汚れにまみれた状態だ。美しい花で埋め尽くされていたであろう庭園は蹄や鋭い爪に踏み荒らされ、蕾一つ残さず腐っていた。
「オレたちはここでやるべきことをやる、いいな」
薄汚れた白マントを翻して振り返った先には、がれきが取り除かれた空間に彼と同じ詰襟姿の男女が並んでいた。
人数は三十人ほど。他の人々がマントをつけていないことから考えて、レオ=デルソルの騎士同様にマントの有無でその者の立場を分けているのだろう。
「「イエス・サー!」」
同じ格好に、違う武器を備えた人々は、男の号令に姿勢を正して声をそろえた。
――さて、奴らは岩山を離れて北に向かったのか、それとも――。
再びアンポルトに視線を戻した男の視界を、赤と黄の羽根を持つ尾長鳥が横切った。
* * *
さらに神の山から遠く離れた南でも、同じようにラミアが消えたことに気づいたものがいた。
いや、こちらは多量のラミアが何者かによって始末されたことまで完全に把握していた。古びた地図上でまばゆく光っていた点が、たった一晩で光量を失ったからだ。
暗い部屋に広げられた巨大な地図は、北にある多島海から南にある大山脈のさらに南までを詳細に伝えていた。
川や山脈、海岸線で縁を変化に富む曲線にしながらも、おおよそで見れば正方形に近い形の「太陽国」レオ=デルソル。その北西にある島国や小国も描かれている。
そして、レオ=デルソルと北東の国境を接する「大聖国」サトゥメーアと、その南にある「破魔国」テルレイオ。テルレイオの東は、いくつかの小国を経たあと海へと続き、サトゥメーアの東は広大な荒れ地と砂漠に続いている。その先は誰も知らない未踏の地だ。
レオ=デルソルの南部にはまだ無数と言っても差し支えない数の赤い光が残っているものの、アンポルトでまばゆく光っていた大きな点がほとんど消えてしまったのは無視できない。
「あらあらあら。まさか、あの数のラミアを一掃するなんてね」
青白い肌とは不釣り合いに赤い唇が小さく動いた。カツカツとピンヒールが固い石床を叩いているが、それはいら立ちではなく高揚感によるものらしい。
「やってくれるじゃない」
彼女が尖った歯を見せてニヤリと笑うと、足元でなにかがうごめいた。
ゴゴリと鳴った低音は、重い鎖がわずかにこすれ合う音だ。
「あら? 怖いの?」
からかうようなしぐさで唇に爪の長い手を当てて身をかがめると、黒いドレスからあふれそうな胸元が強調された。マリーも離宮にいるときは良く黒ドレスを着ていたが、喪服として着ていた光沢のない地味なドレスとは大きく違う。体のラインを強調した官能的なコルセットドレスだ。
彼女が組んでいた足を解くと、つややかなシルクの光沢が流れて太ももの形をあらわにした。
よくまとまった黒髪と穴のような漆黒の瞳、病的に青白い肌は、伝説に語られる悪役「シャンドレ」の特徴と合致している。
「大丈夫よ」
彼女は鋭くとがった爪で相手を傷つけないように最大限配慮しながら、足元にいる「お気に入り」の顔を撫であげた。
丈夫な鎖に繋がれた、透けるような白肌と金髪金眼の美青年だった。
たくさんのクッションに半ば埋もれた体はほとんど裸で、胸にも腹にも背にも小さなあざがちりばめられ、腕にはたくさんの針に刺された痕がある。何年も彼女の歪んだ愛情を受け続けた結果だ。
「アナタのことは気に入ってるから、このままそばにいなさい」
彼女は青年の隣に膝をそろえて座ると、彼の足先をいとしげに撫で上げた。
両足ともくるぶしから下が魚の尾びれに変えられている。これも彼女に言わせれば、「お気に入り」が逃げ出せないようにという愛情表現の一つらしい。
「生意気な脱走奴隷を片づけたら、また愛し合いましょうね」
甘く甘くささやいて、彼女は怯え顔の青年の口元に自分の唇を深く触れ合わせた。




