底へ
隊列の順番を変えて、一行はゆるやかに下る洞窟を進みはじめた。
先頭にイクス、そのすぐ後ろにオムサナ。二歩ほど離れてマリーとオルトだ。インディゴはマリーの前を歩き、最後尾にテティがいる。
太陽色の子猫は、「大丈夫かしら?」とささやきながら何度も後ろを振り返り、敵が来ないか確認してくれていた。
「変ですね。こんなに魔の気配が濃いのに、ラミア一匹見当たりません」
「この少し先に大きな気配があるよ。本当に、大きな」
「しっ、なにか聞こえます」
「私はエルフみたいに耳が大きくないんだよ」
「じゃあ、魔法で聴力増強してください」
前方ではイクスとオムサナが小声で相談しながら歩いている。
――『聴力増強』
マリーは二人の話を聞きながら、言われた通りに自己強化魔法をかけた。
「……っ!」「うわ……」
マリーとオルトがほぼ同時に声を上げた。きっと同じように聴力を増す呪文をかけて、同じ音を聞いたのだろう。
バリバリ、ゴリゴリとかみ砕く音に、ぐちゃぐちゃと潰す音。
しかもそれが何十個も、何百個も同時に聞こえるのだ。
今は遠い。しかし洞窟の先で間違いなくその音を発する何かが起こっている。
「僕とオムサナ様だけで先に進みます。オルト、マリー様を――」
振り返ったイクスの顔が白いのは、エルフの肌が白いからだけではない。彼の眉間には見たことないほど深くしわが寄り、口角は完全に下がり切っていた。
「いいえ、私も行くわ。私は、……確認しないと」
しかし、マリーは親切なエルフの提案を遮って、進むことを決めた。
オルトは何も言わないが、マリーの後ろにぴったり寄り添って、彼女と共に行く意思を示している。
彼がマリーの手を握ったのは、彼女を勇気づけるためだろうか、彼自身の不安を和らげるためだろうか。オルト自身にもわからない。
マリーはオルトの体が震えていることに何も言わなかった。彼の恐怖は十分に理解できるから。もしかしたら、マリーが気付いていないだけで、彼女自身も震えているかもしれないのだ。
「……では、行きましょう」
先ほどよりも互いの距離を近くして、あたりの確認を行いながら進む。
イクスとオムサナが前方。オルトが周囲、テティとマリーが後方だ。
後ろを向いたマリーを、オルトが手を引いて導いた。彼の手はとても熱くて、どちらのものかわからない汗でひどく湿っている。
あたりは白の守りが発する光に照らされても黒く、全ての光を吸収しているようにすら思えた。洞窟の幅すらわからない。ただ少なくとも、イクスの頭が当たらない程度の高さはあるようだ。
足を踏み出すたびに、地面に敷き詰められた細かい砂利が音を立てたが、その音は洞窟に反響する咀嚼音で次第にかき消されていった。
この音はラミアによるものだろう。いったいどれほどのラミアがいるのか、何を食べているのか。それは想像したくない疑問だった。
バキボキ、グチュグチャ、バチン、ゴリュン。
五感のすべてが聴覚に支配されそうになったころ、やっと目の前が開けた。魔法で耳を一時的に聞こえなくしてしまいたい衝動を抑えて、マリーは前を見た。
「……照らしますか?」
「照らさなくても見えてるわ」
マリーの口調は普段よりもそっけない。彼女が見た光景は、あらゆる正の感情を消し去ってあまりあるものだった。
「僕には良く見えません」
イクスはマリーの反対にもかかわらず、魔法で小さな光を作り出すとそれを前方に浮かべた。
そこに広がる光景は、誰もが覚悟していたはずだった。それでも、受け入れきれない。
ラミア。それもたくさんのラミアがいる。王宮を襲ったラミアのほとんど全てがここにいるのではないかと思うほどの数が、深いすり鉢状になったくぼみに重なり合い、ひしめいていた。
しかもそれが互いに互いを喰らい合っているのだ。
共食い。
腕がちぎれ、肉片が飛び、本来肋骨が浮き出るほどやせ細った体は、腹だけが異様に膨らんでいる。
彼らは洞窟の最奥に満ちる神の魔力を食い漁っていた。そして、仲間を食べることで、魔力を奪い合っている。
一つの塊のようにうごめく集団から、誰かのやせ細った手が伸び、髪の毛の半分が頭皮ごと引きちぎられた頭を掴んだ。そして、肉塊の中に消え、再び姿を見せることはない。
あまりに残酷な光景に、オルトがよろよろとその場に膝をついた。口を押さえて吐き気に耐えている。
洞窟の端で吐いてくることもできただろうが、彼はそれでも決してマリーの隣を離れようとはしなかった。
横から主人の顔を見上げるインディゴは、この状況がわかっているのかいないのか。彼だけはこの山に来てからも、洞窟に入ってからも全く表情が変わらない。
マリーは毛を逆立てて震えるテティの顔を自分の胸に押し付けて、できるだけ彼女の目にも耳にも情報が入り込まないよう努めた。




