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神の山 - 登山編

 オムサナの守りに包まれて、一行は岩山を登った。


 神の山は海から離れた国の中央部にあるにもかかわらず、その岩肌に小貝や藻、サンゴなどを化石として閉じ込めている。山と海と空。あらゆるものの魔力を内包しているのが、この神の山「アンポルト」なのだ。


「飛んでいるラミアは射落としますか?」


 山を登り、空を飛ぶラミアが弓矢の射程圏内に入ったところで、イクスはマリーに尋ねた。

 マリーの返事を待つ間もなく、外套の下から組み立て式の洋弓を取り出し、慣れた手つきで使用可能状態にしている。彼の口元にはまだ笑みが浮かんでいるが、その目はすばやく動いて上空のラミアを追っていた。


 王宮を襲ったのと同じ、病的に細い腕と体に鳥の脚と翼を持った半人半獣の怪物だ。皮膚は赤黒く骨に張り付き、腹は魔力を吸ったのか王宮を襲った時よりも膨らんで見える。落ちくぼんだ眼はぎょろぎょろと山肌を見るばかりで、マリーたちには気づいていない。


「こちらに襲いかかってくる敵がいたらお願いするわ」


「承知いたしました」


 イクスは腰に提げた矢筒の位置を調整しながらうなずいた。

 矢筒には細長い金属製の矢がたっぷり詰め込まれ、その横には小さな魔石のはめ込まれた銀のナイフが備えてある。遠距離はもちろん、近接戦闘も人並み以上にこなせるのが弓騎士団長イクス・クロスの強みだった。


 先頭をテティとマリー。その後ろに白の守りを維持しているオムサナ。さらに後ろにインディゴを頭に乗せたオルトがおり、最後が油断なく弓を持ったイクスとその肩のマミクロという順番で岩山を登っていく。


 ――地上に敵がいない。


 長命種の二人に挟まれて歩きながら、オルトはあたりを観察した。空にはたくさんのラミアが飛んでいるにもかかわらず、地上に動くものは見つけられない。ラミアの中には翼を持たないものもいるはずだ。それならば、敵はどこにいったのだろう?


「あの……、向かっているのは獅子王アダン様が神託を授かった洞窟ですか?」


 ふと脳裏に浮かんだ推測に、オルトは声を上げた。


 初代獅子王の伝説では、奴隷だったアダンはアンポルトの洞窟に逃げ込み、そこでライオンの聖獣と人間を解放する使命を授かったと言われている。


 獅子王を敬愛する少年の言葉に、マリーが足を止めて振り返った。その眉は吊り上がり非常に険しかったが、小さく開いた唇には驚きも見て取れる。


 彼女はあたりを見回して自分がいる場所を確認してから、


「そのようね」


と肩をすくめて答えた。彼女の表情から険しさが消えると、困惑の色が目立ちはじめる。


「『そのようね』とは……」


 イクスが不満げな声を漏らすのも無理ないだろう。彼らはマリーが明確な目的地を持って歩いていると思ってついてきたのだから。


「自分でも不思議な気分だわ。なにかに突き動かされていたような……。オムサナやオルトの言う通り、私の行動には神の意志が関与しているのかも」


「神様が伝説の洞窟に来てほしいと思ってる、ってわけだ」


 グラード神殿の神殿長は、うんうんとうなずいた。


「初代獅子王の伝説は実話ですよね? それなら、神託を受けた洞窟内は、さらに濃い魔力で満たされているのでしょうか?」


「考えたくないけれど、その通りね」


 記憶をたどったオルトの言葉に、マリーは苦虫をかみつぶしたような顔でうなずいた。


 今までは考え事もできないほど登山に集中していたが、彼の想像は正しい。

 高魔力で満たされた洞窟の最奥部は、外を飛んでいるのとは比べ物にならないほど多数のラミアでひしめいているだろう。


 マリーの返事に、オルトは身を震わせた。


 それでも、神が望んでいる以上進むしかない。


 マリーたちは緊張を隠せない面持ちで岩山を登った。

 いや、オムサナだけはまだ楽しそうにしている。彼女はもう何時間も白の守りを維持し続けているが、その顔にも動きにも疲労が見られないし、待ち受ける敵への恐怖も感じられない。


 ――戦闘になったら、イクス・クロスとオムサナに頼るしかないわよね。


 考え事をしながらも、マリーの足は止まらなかった。


 ――体が勝手に動いてるみたい。


 休憩をはさみながら夕方まで歩き、マリーは岩の隙間に小さく開いた洞窟を指さした。手持ちのアンポルトの石を確認するまでもなく、そこから強い魔の気配が漂っている。洞窟の暗さと黒に染まった岩肌のせいで、底なしの深淵が口を開いているように見えた。


「ここが、アダン様の伝説の――」


 マリーの頭の上から洞窟を覗き込んで、オルトはつぶやいた。


 最初の獅子王、アダン・ソルギナックが奴隷の運命から逃げ出し、神託を受けた場所。


「そうよ」


 それがここだ。


 ごくりとオルトののどが鳴った。敵への恐怖と、伝説の現場にいる高揚感で、彼の心臓は爆発しそうだった。


 マリーも片手で胸を押さえている。


 かつてここは、神の魔力が流れ出す暖かくて心地いい場所だった。

 しかし今は、その真逆。全身の毛が逆立つ濃い魔の気配は、王宮が襲われた時よりもさらに濃厚で息を吸うのすらためらわれるほどだ。


「オムサナ、白の守りの濃度を高められる?」


「おけー」


 オムサナの声色はいつも通り明るいものの、返事が短い。彼女もやっと緊張感を持ちはじめたようだ。


「進みます、よね?」


 イクスは尋ねながら前に出て、先駆けとなる意思を示している。


 騎士装束に藍色のマントをはためかせた弓騎士団長は、勇敢に笑っていた。

 その姿に父の面影を見たオルトも、青い顔をしながら彼の後ろについた。


 ――洞窟の奥を確かめなくてはならない。


 それが、四人の共通意志だった。


「マリー」


 洞窟の入り口を背に、テティがあるじを呼ぶ。聖獣は主人が下す判断に従うつもりだ。


 マリーは目を閉じて深呼吸した。


 腐乱した肉のような魔の匂い。

 それを嗅ぐと、アダンやアダソンとして魔の眷属と戦っていた日々を思い出す。子どもの体では、あの時のように剣を振り、強力な魔法を放つことはできないけれど……。


「……行きましょう」


 それでも、仲間を信じて進むしかないのだ。

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