神の山 - 準備編
神の山は、レオ=デルソル国のほぼ中央に位置する岩山だ。東西に伸びるなだらかな山の中央部から、巨大な白岩が突き出ている。その様子は大地から飛び出す束ねた剣のようにも見えた。
「『ラミアはアンポルトの守りを越えられなかった』とは、よく言ったものね」
神の山に到着したマリーの第一声は、そんな苦々しいつぶやきだった。
朝であるにもかかわらず、夜に取り残されたように黒く染まる岩山のまわりには、何十匹ものラミアが飛んでいる。王宮を襲った数に比べれば少ないが、他にも潜んでいるとみて間違いない。
「あれは、アンポルトに惹きつけられているのでしょうか?」
イクスがきれいな顔にいつもの笑みを浮かべたまま首を傾げた。
事前に聞いた情報によると、敵は神の山の守りを越えられなかったらしい。
しかし、目の前に広がる光景は、山に阻まれているようには見えなかった。彼らの意思で山にとどまっていると表現した方が適切だろう。ちょうど、腐った食料にハエがたかるように……。
「伝説では、ラミアは魔力が強いものに惹かれるって言いますよね」
オルトはふと獅子王の伝説を思い出した。
「アンポルトに眠る山の神の力に引き寄せられているってわけね。ありえるわ」
「神自らおとりになって、レオ=デルソル北部を守ってくださっているのですね」
オルトは信心深く指を組み合わせて、黒く染まる山に祈った。
アンポルトの巨岩は、強力な魔力を帯びている。ラミアたちがそれを吸収しようと山の周囲を飛び回っている、というのは理にかなった推測に思えた。
その状況で、マリーたちがアンポルトに近づけばどうなるか。
間違いなくどこかのタイミングで、一行の魔力に目を付けたラミアに襲われる。多魔力を誇りとするオムサナは特に危険だ。
マリーは険しい表情のまま、後ろを歩く少女を振り返った。
きょとんと首をかしげる彼女は、変装を完全に解き、いつもの白ワンピースに戻っている。この状況は、まだ彼女に危機を感じさせるほどではないらしい。
頼もしさ半分、不安半分で、マリーはオムサナにとある魔法を見せた。
マリーの手のひらからふわりと浮かび上がった白い球は、「白の守り」と呼ばれるものだ。かつて王宮で使ったものよりはるかに小規模だが、白い球が宙に浮かび魔力のベールを広げている。
「オムサナ、あなたの魔力操作技術を見込んで頼みがあるだけど」
「どんとこい!」
オムサナは背筋を伸ばして、自分の胸を叩いた。
「この魔法をコピーできる? 古い魔法過ぎて、呪文や構築理論がないのだけれど……」
「どんな魔法か、内容を教えてくれればできると思うよ」
「名前は『白の守り』。性質は妨害呪文と防御呪文の一種よ。闇の魔力を中和して、ラミアからの視認性を下げたり、攻撃を防いだりしてくれるの」
「めーっちゃ便利じゃん」
うきうきした様子で、オムサナは白い光に触れた。
光の表面を撫でたり、ベールをなぞったり、豪快に守りの核となる光の玉に指を突っ込むこともした。
そうすることで魔法の性質を学んでいるのだ。見よう見まねで魔術を学ぶのは難しいことだが、ずば抜けた魔力量と長い経験があるオムサナならば可能だろう。
期待通り、オムサナは十分ほどで「白の守り」をマスターした。マリーの魔力量で白の守りを維持し続けるのは不可能だが、オムサナにその役を担ってもらえればパーティーの安全度がぐっと増す。




