ドワーフ姉弟
一行は気の抜けた会話を交わしながら、ドワーフの地下道を足早に進んだ。
神の山までは、約二百キロルールトあるが、魔力で強化して歩けば一日で歩ききれる。予定より遅れてしまった場合は、人目の少ない夜間に街道の高速移動魔法「魔法の道」を使うのもいいだろう。
順調に進んでいたマリーたちが唯一足を止めたのは、対向者に会ったときだった。
「あの……」
会釈だけでやり過ごそうとした一行に対して、向こうから声をかけてきたのだ。
「何でしょうか?」
先頭を歩く護衛役のイクスがこちらを見る二人を見下ろした。
土に汚れ、みすぼらしい身なりをしたドワーフの子どもが二人だけ。姉弟だろうか。二人とも同じような灰色の髪と目をしている。何かしらの訳ありであることは容易に察せた。
「ここはどのあたりでしょうか?」
二人のうち年上の少女が尋ねた。
十四歳ほどの彼女は灰色の目で変わり映えのしない通路とマリーたちを交互に見ている。
「おそらく、レンダーあたりですね」
歩いた距離から推測して、イクスは一番近くにあるであろう主要都市の名前を伝えた。
「じゃあ、北部地域には入ってるんですね!」
少女の表情がパッと明るくなった。彼女に手を引かれた少年も、姉の表情変化に疲れ切った顔を少しだけ緩めている。彼の歳は八歳くらいだろう。姉と二人きりで旅をするには幼すぎる印象だ。
「あなたたちはレオ=デルソル南部から来たの?」
その様子にマリーは尋ねた。
「えっと、はい」
その答えに今度はマリーたちの表情が明るくなった。
「私たち、南部の状況を知りたいの。ドワーフの都市は無事なの? 人間は一緒にいる? どうすれば彼らと連絡が取れる? それと、――はぐっ!」
「マリー、ちょっと落ち着きなさいよ」
矢継ぎ早に質問するマリーを止めたのは、肩に飛び乗って尻尾であるじの口を塞いだテティだ。
「ネコしゃんしゃべるの?」
その様子に子どもたちが目を輝かせた。
絵本でしか見ないような、しゃべる動物が目の前にいるのだから無理もない。
「みんなには内緒よ? 撫でる?」
テティは軽やかな足取りでマリーの肩から飛び降りると、苔むした地面に腹を見せて横になった。相手が疲れ切った様子の子どもとあって、サービス精神旺盛だ。
「えっと、ドワーフの都市は無事です。少なくとも、私たちがいた王都の地下都市は。大人たちがどこか遠くと連絡を取り合っていたから、たぶん他にも無事な都市はあると思います」
太陽色の子猫を撫でる弟の土で汚れた笑顔を見ながら、少女は精いっぱい丁寧な言葉づかいで状況を説明していく。
「人間も少しいます。みんなが地下に逃げ込む時、一緒に連れてきたんです」
「よかった」
「でも、連絡の取り方は、……ごめんなさい。わからなくて……」
「大丈夫よ」
うつむいてしまった少女に、マリーは笑いかけた。
「あの、私たちみんなを助けてほしくて」
再び少女が顔をあげたとき、彼女の灰色の目には縋るような弱々しい光があった。それはきっと涙に近いものだ。
「街が襲われてすぐ、大人たちが地下道を通って他の街に行こうとしたんです。でも、地上から怪物に道を壊されて……。子どもが通れるくらいの隙間は残っていたから、私たち助けを呼ぼうとこっそり抜け出してきたんです!」
「『こっそり』?」
イクスは口元に笑みを浮かべたまま眉間にしわを寄せる、という器用なことをしている。
「……ごめんなさい」
怒られたと思った少女は首をすくめて小さくなった。
「大丈夫よ。私は勇気ある素晴らしい行動だと思うわ」
慌ててマリーがフォローに入る。
たしかに危険で無謀だったかもしれないが、彼女たちのおかげでドワーフの地下都市が無事なこと、そこに人間もいること、しかし地下道は壊されて通れなくなっていることがわかった。非常に重要な情報だ。もしかすると、これも神の導きなのかもしれない。
「絶対に助けに行くから安心して」
少女は一行の中で最も幼く見えるマリーが一番良くしゃべる事実に、不思議そうな顔をしながらも、こくりとうなずいた。
「あなたたち、名前は?」
「アナ。弟は、ペペ」
マリーの質問に素直に答え続けている。
「よろしくね、アナ。私はマリーよ」
「ネコしゃんは?」
「テティ」
ペペとテティも自己紹介を済ませたようだ。
「私はオムサナね」
オムサナはテティと共にペペの遊び相手をしている。
彼女の持っているバスケットの中には、旅に必要なアイテムが魔法で圧縮して収められており、オムサナはその中からお菓子や飲み物を取り出して、やせ細ったペペの手に握らせていた。
「デルソルにある地下都市への入り口は、西の広場の鍛冶屋像です。呪文か鍵か何かが必要だと思うんですけど、それは分からなくて……。あと、他にも入り口があるかも。でも……」
「大丈夫よ。知っている情報を教えてくれるだけでも本当に助かるわ。私たちに任せて」
マリーは不安げに口ごもってしまったアナの両手を取って、彼女の顔を見上げた。ドワーフ族は背が低いと言っても、十歳のマリーよりは断然高い。
「その通り。お任せください」
幼い王女の言葉に説得力を持たせるために、イクスもうなずいた。丈の長いマントをはぐって階級章と勲章が輝く騎士装束の胸元と藍色のマントを見せている。
「えぁっ、人間、さん!? どうしよう、私いろいろしゃべっちゃった……」
しかし、それを見たアナの動揺は大きかった。どうやらドワーフは、種族の伝説性を守るための教育を幼いころから受けているようだ。
「僕はエルフなのでご心配なく」
イクスがフードを外して尖った耳を見せたので、アナはひとまず安心したようだったが。
マリーとオルトは目配せして、自分たちが人間であることは絶対秘密にしようと確かめ合った。
そのあともしばらくの間、姉弟から地下都市に関する情報を聞き、彼らに飲食物を提供して二つの集団は別れることとなった。
「ドワーフだって言わずに、人間のふりをすれば地上も安全だよ。行き場所がなかったら神殿に行けばいいからさ」
最後にオムサナが姉弟に助言して、お守りを渡していた。それが、アンポルトや山の神に関するものではなく、ガラスで月を模した空の女神のものだった点が気になったが、彼女の仕える神がそれなのだから仕方ない。
何度も振り返って頭を下げる姉弟を見送って、マリーたちは旅を続けた。




