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ドワーフの地下道

 無事ドワーフの地下通路に入ったマリー一行は、ドワーフに変装して光る苔に覆われたトンネルを進んでいた。


 石畳の苔は踏まれた形跡があるものの、頻繁に人が通っているようには見えない。

 人が二人並んで歩けるほどの幅しかない道は、人以外――例えば荷車などの通行には向いていないので、多くのドワーフは人間のふりをして地上の便利な街道を使っているのだろう。


 ――伝説のドワーフが実は人間に紛れて暮らしている、って知ったらみんなどんな顔をするかしら。


 マリーはそんなことを思ったが、ドワーフの存在を信じない人々は本物のドワーフ族の容姿が想像と違いすぎて、マリーやドワーフ側が嘘をついていると判断するかもしれない。


 伝説に描かれるドワーフと言えば、黒や茶色のもつれ髪とひげに土色の肌をした筋骨たくましい低身長の種族だろう。


 しかし、実際のドワーフは何百何千世代にもわたる地中暮らしの結果、全身の色素が欠落した淡い色彩の髪と目と肌を持っている。

 背が低いのは事実だが、極端に低身長というわけでもなく、見た目としてはマリーのような獅子(レオ)族の人間に近い。


 そのため、マリーたちの変装も本物のドワーフに合わせてあった。


「オムサナ、私やっぱりこの格好どうかと思うわ」


 マリーは蜂蜜色の髪をした中年女性を見上げて苦言を呈した。

 マリーの容姿はドワーフとさほど変わらないので、離宮を抜け出した時と同じ姿のままだったが、気になる部分がある。


 一方、魔法の力でドワーフに変装したオムサナはすっかり別人になっていた。

 真っ直ぐな黒髪はボサボサにもつれた濃い金髪に、紫水晶の瞳は薄灰色に。そして淡く金色を帯びていた白肌は、マリーの肌と似た色になっている。顔にはしわが増え、見た目の年齢すら普段とは大きく違う。服装はマリーのものと近いシャツとスカート姿だが、スカート丈は彼女の方が長い。


「『オムサナ』じゃなくて、『マーマ』」


 オムサナは芝居がかった動作で、チッチッチと指を振ってみせた。ここでは、オムサナが母親、マリーとオルトが兄妹、イクスが護衛という設定になっている。

 ちなみに、イクスの変装は尖った耳と騎士の衣装をフード付きマントで隠しただけだ。


「せめてあなたくらい丈の長いスカートの方が……」


「『あなた』?」


「……ママ」


 マリーは実母のことすら「ママ」と呼ばない。遠慮がちに、少し恥じらいながら呼ぶ少女の姿は、本当にかわいらしいものだった。


「あら~!」


 顔を赤らめながら上目遣いに見上げられたオムサナが、突如目覚めた母性にとろけた悲鳴を上げるのも無理はない。隣で見ていたオルトでさえ、胸の高鳴りを感じたのだから。


「でもダーメ。すごく似合ってるもん!」


「足を出すのに慣れていないの。転んでけがをするかもしれないし」


 マリーは両手で一生懸命スカートのすそを押さえたが、少ない布は膝すら隠してくれなかった。


「ママと一緒にいる限り、けがなんかしないしない。それにそのスカート、本当に最近のはやりなんだって。ラミアじゃないって一目で証明できる優れものじゃん」


 半人半獣のラミアでないことを証明するために、肌を露出した服装がはやりはじめているのは事実だ。丈の短いスカートやズボン、袖の短いシャツ、背中のあいたワンピースなど、ここ数日で男女問わず肌を露出する人が一気に増えた。


「オルトの半ズボンもかわいい」


 舌なめずりしそうないやらしい笑みを浮かべたオムサナの視線は、オルトにも注がれている。


 燃えるような赤毛の目立つ彼は金髪のかつらでそれを隠し、服装も半ズボンにオフホワイトのシャツ、使用感のある茶色いベストという街の少年風の格好になっていた。もちろんマリーの服装同様、オムサナが選んだものだ。


「あの……、ありがとうございます」


 オルトは赤くなって膝をもじもじさせた。彼も足をむき出していることを思い出して、急に恥ずかしくなったのだ。


「『ありがとう、ママ』」


「……あ、ありがとう、……ママ」


「よろしい」


 この旅を一番楽しんでいるのは、間違いなくオムサナだ。向かう先は状況のよくわからない神の山(アンポルト)と王宮であるにもかかわらず、ピクニックに行くかのようにご機嫌だった。


 実際、彼女には死地に(おもむ)く感覚がないのかもしれない。自分の魔力量と魔術センスに絶対の自信を持っていて、どんな困難や強い敵が待ち受けていてもなんとかできると考えている。


 ――あの光景を見ていないから……。


 マリーはオムサナの気楽さに、少し不安を感じていた。

 彼女は空と大地を覆うラミアの群れを見ていない。あの絶望が押し寄せてくるような光景を。


 ドワーフの身長に合わせて作られた地下道の天井の低さに、悪態をつきながら進むイクスも同じだ。


「これほどまでに僕の『相棒』を羨ましく思ったことはありませんよ」


と冗談交じりに笑う彼は、他の通行人がいないこともあって安心しきっている。


「知られていないことほど有利なものはない」と言う彼の言葉を裏返せば、「無知は不利」となる。主戦力の二人がラミアに襲われる王宮を見ていないのは、このパーティーの一番の弱点かもしれなかった。

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