偽りの神託
「まったく、ひどい目にあいましたよ」
事前に決めていた場所で合流したイクスは、再会して早々そう愚痴をこぼした。彼の隣にはオムサナもいる。
マリーとオルトが何も言わずに離宮から突然消え、イクスは二人を連れ帰る任務を負って離宮を出てきたのだが、その過程で監視不足を指摘されたり、王女に何かあったらお前のせいだと恫喝されたりしたらしい。
「お騒がせ行方不明部隊だね」
一方、何の苦労もなく離宮を出てきたオムサナは、これからはじまる冒険に目を輝かせている。あたりの木立を眺める様子は、ワクワクと言う表現が最適だ。
「オムサナ様はどうやって離宮を抜け出してきたんですか?」
自分とは対照的なオムサナに、半眼で恨めしそうな視線を送ったのはイクスだ。
「簡単だよ。『我が神、ルーナフェイカから神託を得ました』ってね」
オムサナは離宮を出る前に高官たちと交わした会話を説明しはじめた。ちなみに、ルーナフェイカは空の女神で、オムサナの暮らすサトゥメーア国で大きな信仰を集めている。
マリー王女の不在を知った第一王子ビクトリノは、イクスにマリー捜索を指示したあと、緊急議会を招集したそうだ。そこに高貴で神秘的な光をまとう神殿長オムサナが突撃した。
「我が神、ルーナフェイカから神託を得ました。マリー王女に関するものです」
オムサナが青紫色の目で議会の面々を見渡すと、誰もが金縛りにあったように静止し、彼女の言葉に耳を傾けたと言う。
先日のアンポルトの石によるラミアあぶり出し作戦が大成功したことで、オムサナは離宮の人々から大きな信頼を得ていた。
「マリー王女は山の神、モンタールに呼ばれたのです。彼女は神の山のラミアを一掃し、レオ=デルソル南部を人間の手に取り戻す希望となるでしょう。しかし、マリー王女は齢十歳の幼い少女です。小さな悪意一つで、彼女の可能性は潰えてしまうかもしれません。ルーナフェイカは、わたくしにマリー王女を追い、力を貸すようにと告げられました。わたくしは行かねばなりません。マリー王女を連れ戻すためではなく、マリー王女の運命の味方となり、共に魔を祓うために……」
厳かな雰囲気をまとったオムサナは、自分を信じる人々にそんな嘘八百を並べて、大勢の祈りを背に離宮を出てきたのだ。
それを聞いた仲間の反応は三通り。
「そのお芝居をあと二、三時間早くしてくだされば、僕はあんなに怒られなくて済んだのですが……」
とオムサナの演技を戦略の一つとして肯定的にとらえたイクスと、
「アンポルトのラミアを一掃とか、領地の復活とか、そんな大変そうなこと約束して大丈夫なの?」
と現実的な心配をするテティ。
「あなた、勝手に神の言葉を騙るなんて地獄に落ちるわよ」
そして、偽りの神託に不安を見せるマリーだ。
「だいじょぶだいじょぶ。私は死なないから、地獄に行きようがない。それに、私が言った神託は全部実行するつもりだよ。有言実行すれば、嘘の神託も本当の予言になる。というか、マリーにはむしろ感謝してほしいくらいだよ。私の機転がなかったら、マリーは勝手に家出した不良娘だからね? 神託があったって嘘のおかげで、マリーは神の意志で困難に立ち向かう健気で勇敢なお姫様、ってみんなに思ってもらえるんだから」
「それは……」
どう考えても旗色はオムサナ優勢だ。
確かにマリーは離宮を抜け出すことに夢中で、離宮に戻る時のことを考えていなかった。うまい反論を見つけられず、マリーは口を閉じるしかなかった。
「でも、ルーナフェイカのくだり以外は、あながち嘘とも言い切れないですよね。マリー様の中にある獅子王の記憶やそれに基づいた行動は、神の導きではないかと思う時がありますし」
オルトも心情的には、オムサナの嘘を肯定できない。しかし、マリーが神の意志で行動している、という話には少し思い当たる節があった。
王宮がラミアに襲われた日突然の思い付きで部屋を飛び出したのも、神官長がラミアだったことに気づけたのも、この神の山や王宮への旅も――。
普段思慮深い彼女の突発的な行動は、神の力が干渉した結果な気がする。それならば、オムサナの神託はすべて真っ赤な嘘、というわけでもない。
「キミは良いことを言うねぇ」
オムサナは満足げにうんうんと頷いた。
ここで言い争っても、オムサナが離宮で告げた嘘は取り消せない。
一行は話しながらも、足を進めていた。森の中の細道。できるだけ人目に触れないよう街道から遠い道を選んだが、オムサナのおかげで身を隠す必要はなくなったかもしれない。
「んで、アンポルトまではどうする? 魔法の道を使うなら、最高速でぶっ飛ばしてあげるけど」
北西の海岸にあるヴィーク離宮からレオ=デルソル中央にある神の山までは、直線距離で約二〇〇キロルールト(※ 一ルールト=約一メートル)ほど。オムサナの言うマジカル・リレイ最高速ならば一時間ちょっとで到着するらしい。
それは魅力的な提案だが、マリーはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。予定通りに『ドワーフの地下道』を行きましょう。神託が街道を守る騎士にまで行き渡っているとは思えないし、目立たないに越したことはないわ」
「そんなもんかね」
「お忍び旅行継続ですね」
イクスはとがらせた唇に人差し指をあて、片目をつむってみせた。それはわずかに不満を見せたオムサナを、からかうためのものだったかもしれない。




