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神の山へ[上]

「私、神の山(アンポルト)と王宮に行こうと思うの」


 いつものように自室のベッドに腰かけたマリーは、集まっている面々を見渡した。

 斜め横に立つオルトと頭上のインディゴ。正面の椅子に足を組んで座るイクスと肩上のマミクロ。床の絨毯にあぐらをかいて座るオムサナと彼女に遊ばれているテティ。信頼できる仲間が少しずつ増えてきた。


「アンポルトにも王宮にも、まだたくさんラミアがいると聞いていますが……」


「それでもよ。このまま国土の南半分を失ったままじゃ、国が立ち行かなくなるわ!」


 イスを軋ませて考える体勢をとったイクスをマリーは睨みつけた。


「そんなに怖い顔しないでくださいよ」


「はい質問!」


 険悪になりかけた空気を遮ったのは、オムサナだ。


「その遠征には誰を連れて行くつもり? まさかひとりで行く気じゃないでしょ? 王宮を奪還するなら騎士大隊、国土を取り返すなら師団レベルの人員が必要だと思うけど」


 彼女の言う大隊は千人、師団は一~二万人規模の兵を指す。


「今の私はお飾り王女よ。そんなにたくさんの騎士を動かす力はないわ。でも、できるならイクス・クロスとオムサナには来てほしい」


 マリーは晴れ渡った空のような濃い青色の瞳で、目の前の二人を見た。


「それが聞けて良かった。私を誘うのは英断だよ」


 オムサナはテティのおなかを撫でながら笑みを見せた。

 彼女の笑い方には二種類ある。上品かつ穏やかな「高貴で神聖な神殿長の笑顔」と、歯茎と尖った犬歯を見せて笑う「いたずら少女の笑顔」。


「一騎当せーん、一騎当まーん。私はさいきょー、ひとり師団(しだーん)


と節をつけながら歌っている今回は後者だ。


「僕はいつの間に子守り担当になったのでしょうか?」


 一方のイクスは、マリーとの同行に難色を示している。しかし、その口元には楽しげな笑みが浮かび、少し彼好みの舌戦を繰り広げればすぐに協力してくれそうな雰囲気があった。


「いいじゃん。ここでいっぱい子守りしとけば、将来役に立つかもよー?」


「僕は子どもをもたない主義なので」


「じゃあ、いつかキミに子どもが生まれたら、山盛りのベビーグッズ持って煽りに行くねー。百年後でも千年後でも行ってやるんだから!」


 冗談を言い合うオムサナとイクスの声を聞きながら、オルトは胸の痛みに耐えていた。マリーがついて来てほしい人として挙げた名前に、自分がいなかったから。


 騎士見習いにできることはほとんどないかもしれないが、それでもあるじのために戦う覚悟はできているのに。部屋に花を飾って、紅茶を入れて――。そんな使用人みたいなことしか期待されていないのだろうか。


 イクスが旅に同意し、マリーたちが離宮を脱出する作戦を立てている間も、オルトはたれ目に穏やかな表情を貼り付けて立つことしかできなかった。


 話し合う三人と自分の間に、目に見えない薄膜がある気分だ。声が遠く聞こえる。衣ずれや家具がきしむ音さえ聞こえるほど近いのに、離れた場所にいるように感じる。


 室内には議場から戻された白ゆりがまだ咲き残っていたが、花盛りを終えて弱まった匂いは彼の癒しにはなってくれなかった。


「オルト、不安かしら?」


 彼があるじの声に我を取り戻したのは、作戦会議を終え、イクスとオムサナが退室した後だった。話はすべて聞いて記憶しているはずなのに、現実感がない。夢の中にいるような気分だ。


「……いえ。イクスさんもオムサナ様もお強いですから」


 オルトは当たり障りない事実だけを口にした。彼らは何百年も生きていて、オルトとは比べ物にならない経験を積んでいる。


 ――僕は、二人の足元にも及ばない……。


 たった十歳の少年は、イクスとオムサナが使ったティーセットを片付け、マリーのために新たな紅茶を準備しながら唇を噛んだ。


 カチャリカチャリと食器のふれ合う音が耳につく。いつも、こんなに大きな音をさせながらお茶の準備をしていただろうか。心と体がずれているような、そんな感覚だった。


「オルト、本当に大丈夫? あなたも紅茶を飲むといいわ」


 オルトから紅茶を受け取ったマリーが、緩やかにアーチを描いた形の良い眉を下げている。


「はい」


 自分はそんなに心配されるような顔をしているのだろうか?


 疑問を抱きつつも、少年騎士見習いはあるじの命令に従った。頭上のインディゴを床に降ろし、マリーの隣に座ったのは、羞恥心よりも彼女のそばにいたい気持ちが勝ったからだ。マリーの顔を見たくない、マリーに顔を見せたくないという考えもあったかもしれない。


 紅茶に映る自分の顔は、たしかに普段より幼く、情けなく見えた。

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