浄化作戦
マリーはその日のうちに、議会のメンバーを再招集した。
場所はいつもと同じ議場だが、テーブルにはマリーの部屋にあったおかげで唯一難を逃れた白ゆりが飾られ、薄金色の肌をした少女が上座に加わっている。
王女とはいえたった十歳の子どもに呼び出された大人たちは、誰もが不満といら立ちを見せていたが、マリー王女の隣に神聖な光を放つ少女がいたことで文句を飲み込んだ。
ちなみに、「神聖な光を放つ」というのは比喩ではない。
彼女――オムサナは魔力を使って肌の内からほのかに金色の光を発しているのだ。こうするとほとんどの人が彼女を神の使いと信じてあがめてくれるらしい。神職の者とは思えない卑怯な世渡り術だが、効果的であることは間違いないのでマリーは何も言わなかった。
「彼女はオムサナ様。我々の同盟国『サトゥメーア』の首都にあるグラード大神殿の神殿長です」
お飾り王女のマリーに代わってオムサナの紹介をするのは、二百年以上生きるエルフ、イクス・クロスの役目だ。
ほとんど自分の神殿から出ないオムサナの人となりはあまり知られていない。しかし、グラード大神殿がサトゥメーア国内で最も大きく、最もサトゥメーア国民の信仰を集めている聖地だということは、多少知識に乏しい者でも知っている。信仰心に篤い議員の中には、オムサナの名前や、国内に住むどの種族とも違う色彩の特徴を知っている者もいた。
イクス自身が長い時をかけて積み上げてきた信頼もあり、オムサナはレオ=デルソルに歓迎されることとなった。
「わたくしがこちらを訪れた理由は主に二つです」
薄金色の肌と不思議にきらめく黒髪を持つ少女は、老成した瞳で現在のレオ=デルソル国を支える役人たちを見渡した。
彼女の青紫色の目を見た者の何人かが、小さく身震いしている。彼らはオムサナが見た目通りの少女ではないと察したのだ。
「まず一つが、我がグラード大神殿にて、貴国のルーラ王女をはじめとするレオ=デルソル国民を保護しているとお伝えしたくて」
すでにイクスから報告済みの事実ではあったが、それは彼らに安堵のため息をつかせた。
宰相や貴族の数人が感謝の言葉を口にする。
全ての人間に平等の発言権があれば、室内は喜びと感謝の言葉であふれていただろうが、遠慮深い騎士や下級貴族のおかげで場は静粛に保たれた。
「二つ目に、こちらのヴィーク離宮にラミアが出現したと聞いて、対策の助力に参りました」
こちらは初公開の情報であったため、先ほどよりも大きなざわめきを生み出した。
それでも、声を上げてオムサナに質問を投げかけるのは、決まって宰相であり、一部の大臣であり、貴族の中でもより広い領地と財力を持つ者だ。
「対策、とおっしゃるのは、なにか明確な策があるのでしょうか?」
「ええ、もちろん」
オムサナはマリーたちが考えていた作戦を、あたかも自分が持ち込んだものであるかのように語った。オルトは少し不満そうだったが、マリーはこの方がうまくいくと確信している。今のマリーには前世から引き継いだ知識と経験はあるものの、権威がない。十歳の少女に言われるよりも、光り輝く大神殿の長に指示された方が役職と魔力の強さと年功序列を大切にする彼らには効くだろう。
「発見したラミアの処遇」問題については、ひとまず生け捕ることになった。その方が慈悲深い神殿長の提案らしいし、人間社会に紛れ込めるほど高度な知性を持ったラミアならば、のちのち尋問やその他の手段で敵の情報を聞き出せるかもしれない。万一無罪の人間をとらえてしまった場合でも、命が無事なら取り返しがつく。
オムサナの高貴で清廉なふるまいのおかげもあって、貴族や大臣たちの納得は早かった。
神官長の一件以来膨らみ続ける疑心暗鬼には、彼らも手を焼いていたのだ。オムサナの提案は女神の救いのようにすら思えただろう。
しかし、彼女のことをまだ疑う慎重な者もいるにはいた。
「ラミアの件を同盟国に報告したのは今朝のことですが、その……、オムサナ様はこちらまでどうやって?」
「魔法の道を最高速で。おかげで付き人をはるか後方に置いてきてしまいましたけれど」
「理論上は可能ですが、そんな多量の魔力……」
「わたくし、サトゥメーアでは『最上級多魔力者』の称号を頂いておりますの」
ふふふ、と上品に笑うオムサナの前で、幾人かがグラードからヴィーク離宮までの距離を脳内計算しているのがわかった。
マジカル・リレイは魔力を用いた高速移動手段だ。使用する魔力が多ければ多いほど速く移動できるが、彼女の移動速度は常識を超えている。
「あぁ、もしかして、わたくしがラミアかもしれないとお思いですか?」
「いえ、そんなこと……」
「大丈夫ですわ。ほら」
オムサナはおもむろに立ち上がると、自分の片足を挙げてみせた。ハイヒールのサンダルから覗くつま先をぴんと伸ばしてY字バランスすると、深くスリットの入ったスカートが滑り落ち、足の付け根までがあらわになる。
オルトが慌てて両手で自分の視界を封じたが、他の男性陣の驚きようもこの純情な少年とさほど変わらない。ざわめき、目を覆い、顔をそらし――。そうしつつも傷一つない滑らかな薄黄金色の肌を盗み見ずにはいられないのだ。
「ほら、人間の足でしょう?」
自分の肌を惜しみなく衆目にさらしながら、オムサナは恥じらいの欠片もなく自信たっぷりにそう言った。
* * *
離宮内にいる魔の眷属を見つけ出すというオムサナの――もといマリー立案の作戦は、すぐさま実行に移された。
信頼できる騎士たちに神の山の石が託され、離宮中の人々が広場や玄関ホールに列を作った。身分も所属も関係ない。身なりや立場こそ違えど、彼らはみな不安とその不安から解放される希望に祈るような表情を浮かべてた。
調査から逃げ出そうとした者や石を黒く染めた者が続々と投獄されていったが、地下倉庫を改装して作った牢を埋め尽くすほどではない。彼らのほとんどは、王宮から転移陣で逃げてきた使用人に扮しており、体の一部――主に足が獣姿のラミアだった。
中にはまったく獣の特徴を持たない者もいたが、彼らが誤って捕らえられた善良な国民なのか、もしくは人の姿をした魔の眷属なのかはこれから尋問して確かめるしかない。
騎士大臣は、自白術や拷問に長けた騎士をレオ=デルソル北部中から必死でかき集めている。
離宮の調査が終わった騎士たちは、隣町や街道へと徐々に調査の輪を広げていった。
レオ=デルソル北部の海岸は、白い魔法の石を求める人々でひしめいている。
「海のまあるくて綺麗な石」コレクションにアンポルトの石があって助かったと、マリーはオムサナや高官たちに褒められることになったが、この演技は石が欲しいと床を転げまわって駄々をこねるよりも千倍楽だった。
また、オムサナは魔力を使い果たして寝込んでいた第一王子と呪いを受けていた第二王子の回復にも貢献した。彼女の特殊な回復魔法は、王子の魔力をすぐさま復活させ、呪いを祓い、多くの人々をよろこばせた。
もちろん、マリーも喜んだ。これで離宮に館詰めされなくて済むのだ。議会やその他の政務を兄に任せて、自分はもっと自由に行動できる。
――次の作戦に移らないと。
マリーはラミアに襲われた王宮と南部地域を忘れたわけではないのだ。




