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サトゥメーアのオムサナ[下]

「神官長に成り代わっていたラミア、ねぇ……」


 話を聞いたあと、オムサナはそうつぶやいて上を見た。それが彼女が考え事をするときのくせらしい。


「そんなに賢いラミア、聞いたことない」


「正直、私も」


 ラミアは半人半獣の化け物だが、知能や習性は動物に近いと思っていた。人と動物がかけ合わされた姿は冒涜的で、人々に本能的な嫌悪と恐怖を与えるが、数で押し切られない限りさほど厄介ではない。


「シャンドレたちは、新しい力を得たのかもしれない」


「『シャンドレ』?」


 オムサナの口から出た単語に、オルトは首を傾げた。


「今はおとぎ話の中にしか残っていないかもしれないけれど、敵の名前よ」


 黒い髪と目に青白い肌をした、ひょろりと背の高い亜人のシャンドレ族。高度な魔術で人間を支配し、あらゆる好奇心と欲望を満たすためにどんな残酷なことにも手を染めた。


 マリーは獅子王のもっとも古い記憶を思い出して、小さく身震いした。


「この際、名前は『敵』でも『魔の陣営』でも『奴ら』でも、なんでもいいけどさ」


 イスに座ったオムサナが両足をプラプラさせると、白いワンピースの裾が乱れて太ももがあらわになった。

 スカート部に深くスリットの入った袖なしワンピースは、肌の露出を増やすことで自分がラミアでないことを示す意図があるらしい。


 オムサナは長生きではあるものの、神殿内にこもっていることが多く名前や顔をあまり知られていない。言葉を尽くして説明するよりも、人間の体であることを見て確認してもらった方が手っ取り早くて確実というわけだ。彼女にとって、獅子王の記憶を継ぐマリーがいたことはうれしい誤算で、おかげで面倒ごとが百分の一になったと喜んでいた。


「それで、ここにはまだラミアがいるわけ?」


 オムサナの足が止まり、丸い目が再び細くなった。長いまつ毛で青紫色の瞳に影が落ちると、その容姿はいっそう神秘的だ。


「私はいると踏んでいるわ」


「見つけ出さないの?」


「準備はできてる」


 神の山(アンポルト)の石は必要数集まった。あとはこれを信頼できる騎士に託して、離宮中の人々に近づけてみるだけ。魔の眷族に近づけば、石は黒く染まる。


 本来ならば、今朝の議会でその作戦を話して、今日から実行することもできた。

 そうしなかったのは、見つけたラミアをどうするべきか考えがまとまっていなかったのと、貴族や官吏たちが十歳の少女の話を信じて行動してくれるかどうか不明だったからだ。


 魔族を見つけ出すアンポルトの石の特性はおそらくマリーしか知らない上に、前者の問題も重大だ。場合によっては、離宮の広場にラミアの死体が積み上げられることになるかもしれないし、その中に万が一にも罪のない国民の遺体が混ざってしまったらそれだけで作戦失敗といえる。


「それなら、私が何とかしてあげよう」


 マリーの話を聞いて、オムサナは「ふっふっふ」と自信満々に笑った。


「そのアンポルトの石ってやつを見せてもらってもいいかな?」


「もちろん」


 マリーは自分が持っている石をオムサナに手渡した。山で砕け、川で磨かれ、波に運ばれてきた神の石だ。


「なるほど」


 小貝やサンゴの化石を内包した白い石は、オムサナの手の中で白く光り輝いたかと思うと、その色を目まぐるしく変えた。


 彼女の肌のような色を経たあと、金色に、緑に、青に、紫に、赤に、そして黒く――。


 その禍々しい色に表情をゆがめたのはイクスだけではなかった。マリーでさえ、一瞬彼女の正体を疑ってしまった。


 しかし、黒く脈打っていた石はまたすぐにまばゆく輝く純粋な白になり、最終的にはマリーの手の中にそっと返された。


「仕組みはよくわからないけど、使える石だと思う」


 そう神殿長のお墨付きを与えながら。


「しかし、オムサナ様ほどの魔力があれば、欺くことも可能というわけですね」


「私ほど強い魔力の持ち主ならね。そんな人一度もお目にかかったことないけど」


 皮肉めいたイクスの発言に、オムサナはニヤリと笑って答えた。彼女は自分より強い魔力を持つ者などいないと確信しているのだ。


「この石、私が持って来たってことにしていいかな?」


「いいわよ。グラード大神殿のトップに説明してもらう方がうまくいきそうだもの」


「まぁ、私が神殿長だって信じてもらえれば、だけど。レオ=デルソルに来るの五百年ぶりくらいなんだよね。どうやって立場を証明するか……」


 オムサナは考えごとをするために一瞬上を見て、すぐ何かを思いついたように拳を手のひらに打ち付けた。わざとらしいしぐさで。


「キミ、エルフだよね」


 次の瞬間、オムサナの細い指がマリーの隣を指した。その顔には、神職の人間とは思えない邪悪な笑みが浮かんでいる。


「キミ、私と大昔に会ったことがあるってことにしない?」


 長命なエルフであるイクスがオムサナを紹介すれば、人々の納得と理解も早いだろう。


 イクスは考える間もなく口を開いた。


「僕は、百五十年ほど前、サトゥメーアの魔道技師学校に『短距離転移魔法(ショート・リレイ)』を学びに行ったことがあります」


「魔道技師学校はグラードにあるね。その時、うちの神殿に戦術交流に来てくれたってことにしよう」


 オムサナとイクスはお互いに黒い笑顔を浮かべてうなずき合っている。


 神殿長とエルフ。一般には高潔だと思われている立場の二人が暗躍する場面を目撃して、マリーとオルトは顔を見合わせた。そこには、驚きやあきれを通り越して、微笑が浮かんでしまっている。


「久しぶりだね、イクス・クロス弓騎士団長」


「お変わりないようで安心いたしました、オムサナ様」


 こうして初対面の二人は、再会の握手を交わしたのだった。

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