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王女の子ども芝居

 そして、駄々をこねるマリーへと戻るのだ。


「いいぃぃぃぃ、やあぁぁぁぁ!」


「困りましたね……。マリー様、このままでは議会に遅れてしまいますので」


 床を転げまわるマリーにイクスも手を焼いている風を装っている。


「何事だ?」「マリー王女が」


とあたりの人垣は徐々に大きくなっていく。


「どうしたんだ、クロス弓騎士長」


 有名な北方貴族に声をかけられて、イクスは内心でほくそえみつつ、困った笑みを浮かべた。


「ああ、レンドン様。お助けください。マリー王女はこちらに避難されてから、気丈に父や兄の代わりを務めておりましたが、度重なる不幸に限界を迎えられてしまったのです」


 イクスは決して大きな声を出さなかった。しかし、群衆が聞き耳を立てているおかげで、彼の言葉は集まっている人々全体に届いたらしい。


「そうだよな」

「俺でさえ王宮が襲われたあの日が……」

「安否不明のご家族がいて」

「先日のラミアの件も目撃されたんだろう?」

「お気に入りの花壇も踏み荒らされていたとか」

「それはかわいそうだ」


 ざわざわとマリーの不幸と、それに対する同情をささやきかわす声が広がった。十歳の少女がこんなにも凄惨な運命に耐えられるわけがない。普通ならそう考える。


「昨日、わたくしはマリー様の気分転換にと浜へご案内したのですが、今日もそちらに行くと言って聞かないのです。昨日拾った小石がお気に召したらしく、今日も拾いに行くのだと……」


「綺麗な石が欲しいのぉぉ!!」


 声の限り叫ぶ少女に、北方貴族のレンドンは憐みの視線を向けた。


「マリー様、落ち着いてください。近いうちに外出できるよう手配いたしますので。綺麗な石をご所望なら、ご用意いたしますから。ですから今日は議会に……。王族がいらっしゃらなければ、議会をはじめられないのです」


「う……、ぐずっ、ほんとう?」


 イクスとレンドンを見上げるマリーのうるんだ瞳は、小動物のようだ。彼女の表情に、レンドンだけでなく周りに集まった人々も心を打たれた。


「あの、わたしは時間があるので、マリー様が議会に行かれている間、海岸で石探しをしてきます!」


 そう声をあげたのは、イクスの隣で同じように困ったふりをしていたオルトだ。もちろんこれも台本にあるセリフ。


「海の、まあるくて、綺麗な石?」


「丸くて綺麗な石ですね。かしこまりました!」


 筋書き通りにオルトが駆け出すと、また少しあたりにざわめきの波が広がった。


「うちの小姓(こしょう)にも探させましょう。ですから今は議会に」


 オルトの背を見送ったレンドンも言う。計画通りだ。


「本当? うれしいわ!」


 できるだけ無邪気に、無知に、マリーは涙で濡れた顔をほころばせた。


 これがイクスの提案した「自分で集めるのが大変なら他の人に集めてもらおう」作戦。マリーが十歳のか弱い少女であることを利用して、人々の庇護欲に働きかけるのだ。


 彼の作戦は成功だったようで、その日の夕方にはたくさんの小石がマリーの部屋に届けられた。

 貴族のレンドンからはもちろん、あの場にいた使用人や騎士、官吏、彼らから話を聞いた者たちまでもが集めてきてくれたのだ。


「貴女は女優になれますよ」


 小石の山の前で、イクスはにやりと口の端を上げた。いたずらが成功したような、邪心交じりの喜びを顔に浮かべている。


「あなたのサポートも悪くなかったわよ。あと、宝石は受け取れないから、持ち主に返してね、イクス・クロス」


「はいはい。あとで持ってきた騎士に押し返しておきますよ」


 マリーの言った「海の丸くてきれいな石」が伝言ゲームでどう変化したのかは不明だが、集まった石の中には美しく磨かれたり、カットされたりした宝石や魔石が稀に混ざっていた。高価なものは賄賂を受け取った気分になるので、返却せねばならない。


 マリーとイクスは二人で丸テーブルを囲み、小石の山から目当てのものを探した。テティとマミクロも石を選別したり、不要になった石を袋に詰めたりと手伝ってくれている。


 マリーは石の色を指定しなかったので、贈られた石は色とりどりだった。黒に赤い線の入った珍しいもの、真球に近い石、半透明のシーグラス、爪の先ほどの小さな水晶がついた石英、色とりどりの貝殻――。


 すばやく選別したい獅子王の意識を、もっと見たいという欲望が邪魔をする。


「落ち着いたら大きなコレクションボックスが欲しいわね」


 マリーは美しい石に心躍らせる乙女心を落ち着かせるためにつぶやいた。

 そうすれば、いつか時間ができた時にゆっくり愛でられるだろう。国民が自分のために選んでくれた美しい石なのだから大切にしたい、という気持ちもある。


「手配しましょう」とイクスは笑顔でうなずいた。


「あったわ」

「こちらも」

「これはどうかしら、マリー」


 結局、マリーたちは三つの神の山(アンポルト)の石を回収することに成功した。明日以降もマリーを案じた人々が石を拾ってきてくれれば、その数はさらに増えるだろう。


「新たに見つかったら、まずはオルト少年に、でしたよね」


 しかし、オルトは今この場にいない。珍しいこともあるものだと、イクスはあたりを見回した。


「マリー様!」とオルトが戻ってきたのは、それからしばらく経ってのことだ。


 いつも身だしなみ完璧な彼には珍しく、ネクタイが少し曲がっている。頭のベレー帽もない。ベレーに関しては、少し遅れて来たインディゴの爪先に引っ掛かっていたが、オルトが急いで来たのは丸わかりだった。


「あら、オルト」


「見つけてきました!」


 笑顔であいさつするマリーの目の前に差し出されたオルトの手の中には、五つものアンポルトの石がある。


 これにはマリーもイクスもテティも目を丸くした。ちなみに、マミクロだけは、石を袋に戻すのに夢中で気づかなかったようだ。


 オルトが説明するには、昨日見つけた石の一つはインディゴが海中から拾い上げたものだった。だから、海の中の方が見つけやすいのではないかと思って潜ってきたらしい。


「でかしたわ、オルト! これで次の作戦に移れる!」


 マリーは喜びいっぱいに、少年騎士に飛びついた。彼が日に焼けた顔をさらに真っ赤にして視線をさまよわせたのは、言うまでもない。

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