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海へ行こう

「いいぃぃぃぃ、やあぁぁぁぁ、だああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ヴィーク離宮に少女の叫びが響き渡った。


「おやおや」


 イクス・クロスはいつもの穏やかな微笑を浮かべているが、声を聞きつけて集まったメイドや使用人、官吏たちは彼ほど冷静ではいられない。絨毯の床に転がり、黒のドレスがしわになるのも気にせず駄々をこねているのが、王女マリー・ソルギナックだったからだ。


「うぅぅみぃぃぃ!! 石拾うのおぉぉぉ!!!」


 抱き起そうとしたメイドの腕を払い、事情を聞こうとした官吏の顔を蹴飛ばし、時には軽い攻撃魔法まで使ってマリーは暴れまわっている。


 これはもちろん、マリーにとっては非常に恥ずかしく、屈辱的な芝居だった。それならば、なぜこんなことをしなければならないのか。それは、二日前の夕方にさかのぼる。


  * * *


 二日前。


「まず一つ、重要なことがわかったわ」


 踏み荒らされた白ゆりの庭園でマリーはつぶやいた。


「他にも敵がいる!」


 そう叫んだのは、オルトだった。散った花を悲しげに見る目の奥では、怒りの炎が燃えている。


「そう。しかも、かなり賢くて行動力のあるやつがね」


 今朝の時点で白ゆりが無事だったのは、花を摘んできたオルトが確認している。神官長がラミアだったと判明したのはほんの五〜六時間前だ。敵は短時間で対策を講じてきたことになる。


「とりあえず、花壇を荒らしたのが何か突き止めましょう」


 イクスはそう言うと、通信呪文で指示を出しはじめた。内容はこんな感じだ。


 庭園のゆりが荒らされている。マリー王女は毎日ここの花を見るのを楽しみにされていたのに、踏み荒らされた花を見てひどくご傷心だ。いち早く犯人を発見し、並行して庭園の復旧もするように。


 淡い笑みを浮かべてすらすらと嘘を織り交ぜた報告をするイクスに、マリーは感服した。年の功なのか彼の性格なのか、本当に頼もしい仲間である。


「新たな方法を探さなくてはなりませんね」


 通信を切ったイクスは、目視であたりに異常がないか確認しながらささやいた。


 マリーの部屋にはまだ白ゆりが残っているものの、その数で離宮にいる全ての人を検査するのは不可能だ。


 しかし――。


「手段ならまだあるわ」


 獅子王は諦めていなかった。


 翌日――マリーが駄々をこねる前日のことだが、マリー、オルト、イクスとその聖獣たちは離宮に併設された海岸を訪れていた。


 口実は目の前でラミアを目撃した上に、心を癒そうと立ち寄った花壇さえも荒らされてしまっていた、という二重の不幸を経験したマリー王女の気分転換だ。自分が護衛として付くのだから問題ないだろうと、イクスが言葉巧みに押し通したかいあって信頼できる少人数での行動が可能になった。


神の山(アンポルト)の石を使えば、魔の眷属を見極めることができるはずよ」


 庭園から自室に戻ったあと、マリーは次の手を二人の騎士に伝えた。


 アンポルトとは王宮の北、レオ=デルソル中央部にある大きな白い岩山だ。

 最初の獅子王アダンが「山の神」モンタールから聖獣を授かった場所で、岩全体が太古の魔力を帯びている。魔力を秘めた白い岩は、白い花同様悪しき力に触れると赤や黒に染まるという特徴があった。


 臨時国府であるヴィーク離宮からアンポルトまでは遠いものの、雨や川の流れ、波の働きのおかげで、この海岸にもアンポルト由来の小石が流れ着いているはずだ。それを探して、離宮内の敵探しに役立てるというのが、マリーの次の作戦だった。


 マリーは海辺を歩きながら、王宮が襲われた日を思い出さずにはいられなかった。あの時の闇色に染まる神の山を。


「マリー様、寒いのですか?」


 オルトは女主人の小さな震えを見逃さなかった。

 ためらいがちに肩に触れてくる少年の手はあたたかい。


 お互いのぬくもりが混ざり合うにつれて、マリーの恐怖心はゆっくりと解けていった。


「ちょっと、あのときを思い出しちゃって……」


 マリーはオルトを見上げた。感謝の気持ちを込めたほほえみと共に。


 彼はその表情に何を感じたのか、ピクリと肩を震わせた。しかし、一瞬彼女を抱き寄せるように見えた動きは、すぐに先ほどまでのやさしい接触に戻る。


「わたしは、マリー様が全てを背負われる必要はないと思います」


 少年騎士は妹を励ます兄のように少女の肩を軽く叩いたあと、名残惜しげに手を離した。


 その様子を好奇心とからかいが混じる微妙な角度に眉を歪めて見ているのは、イクス・クロスだ。


 彼は何か言おうと口を開いたものの、寄せて返す波を見てやめた。

 この散策の本命は小石探しだが、名目は王女の気分転換。両方同時に果たせるならそれに越したことはないと、賢い騎士は思ったのだ。


 一行の歩く海岸は、ヴィーク離宮を訪れた王族やその客人が海水浴や散歩を楽しめるように整備されている。


 指先ほどの小さな小石が積み重なった浜が、歩くたびに石の触れ合う音を響かせた。石の色は黒に白に茶色、赤、黄色と色とりどりだが、俯瞰(ふかん)すると濁った灰色に見える。


 しばらく浜を眺めながら歩いたあと、マリーはゆっくりとその場にしゃがみこんだ。


「大丈夫ですか?」


 すぐさまオルトが隣に膝をつき、彼女の体を支える。


「ええ」


 マリーは差し出された手に片手を預けながら、目当てのものを拾い上げた。白い石だ。


「それが――?」


 彼女の手にあるものを見て、イクスも身を低くした。


「うーん……、違うみたい」


 それはただの白石英のようだった。磨けば綺麗だろうが、今欲しいものではない。アンポルトの石は魔力を込めると白く光る。


「僕は違う場所を探してみます!」


 想定したよりも困難な宝探しになるかもしれない。

 そう察して、オルトが駆け出した。ベレー帽から振り落とされたインディゴが、大きな翼を広げて主人を追いかけていく。


「こういう時、子ども姿のお二人は怪しまれないから良いですよね」


 小石に足を取られて転びそうになりながら駆ける少年とそれを追う首長鳥を見て、イクスがからかいたっぷりに笑った。


「あなたも怪しくないわよ、イクス・クロス。私たちの保護者として、精いっぱい楽しませて頂戴」


 すぐさまマリーに言い返されるはめになったが。


 イクスの言う通り、海岸を駆け回り、石を探して遊べるのは子どもの特権だろう。

 しかし、大人が子どもと一緒に石拾いをしていても奇妙なことはなにもない。むしろ、子どもを喜ばせるために、子ども以上の働きが要求されるくらいだ。


「……全力を尽くしましょう」


 困った笑みを浮かべたイクスは、すみやかに敗北を認めた。


 オルトが波打ち際を、インディゴが長い脚と首を駆使して海の浅い部分を、マリーとイクスは二人固まって陸側の浜を探した。護衛役のイクスがマリーと並んで歩く一方で、テティとマミクロは主人から離れた場所を自由に散策している。


 じゃれ合う三匹の聖獣を見ながら並んで休んだり、サンドイッチの昼食を食べたり。少しだけ、波から逃げたり、水をかけあって遊んだりもした。そのあとはもちろん、石探しの続きも。


 しかし、この日見つけられたアンポルトの石はたったの二個だった。


「あまり良い成果ではなかったわね」


 いつもの自室に戻ったあと、マリーは手の中で二つの小石をもてあそびながら小さな肩を落とした。


 アンポルトの石は白く、小貝や藻、サンゴなどの化石が露出している。魔力を通せば水面がさざ波で揺れるようにきらきら光り、悪いものが近づけば黒く染まる。


「わたし、時間のある時に探しに行きます!」


 オルトはそう言ってくれたが、目の前に壁が立ちはだかっているように感じてマリーは目を閉じた。眉間をこすると小さなしわに触れる。


「とりあえず、一つは私が持って、もう一つはイクス・クロスに預けておくわ」


 少年騎士見習いには申し訳ないが、マリーは二つの石の配分をそう決定した。


「次の石が見つかったら、そうね。オルトが持って頂戴」


「はい」


 オルトは自分の取り分がないにもかかわらず、嫌な顔一つせずうなずいた。そんな謙虚さも彼の美点だ。


「この調子だと、『すぐ次の計画』とはいかないわね……」


 マリーは大きく息をつくと、座っていたベッドに倒れこんだ。子どもの体で歩き回ったので、疲れてしまったのだ。


「大丈夫?」


とテティが前足で肩を踏み揉みしてくれるのが心地よい。


「次の計画と言うのは、離宮内にいる敵陣営のあぶり出し、ですよね」


「ええ。あと三、四個でもアンポルトの石があれば良いのだけれど」


 木目の天井を眺めながらぼやいてみたが、ないものねだりをしても仕方ない。


「その件なのですが、もしかしたらいい案があるかもしれませんよ」


 イクスが手の中で白い小石を転がしながら、悪い笑みを浮かべた。

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