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弱った神と裏切者[中]

「では、行きましょう」


 すぐに神官長との約束を取り付けたイクスは、二人の子どもを振り返った。


 緩くウェーブした淡い金髪を背に広げる、黒ドレス姿の王女マリー。その腕の中には、テティが静かに抱かれている。


 そして、イクスと同色の軍服に身を包んだオルト。ネクタイの色で所属する地域を表し、胸に付けたバッジで階級を示す。イクスはオルトの騎士見習いの身分を確認すると同時に、胸ポケットに飾られた白ゆりに目を止めた。


「色気づいていますね」


 口元の笑みをからかうようなせせら笑いに変えてイクスが言うと、オルトは、「いや、これは……」と口ごもった。その頭の上では、インディゴがイクスの肩に乗るリスザル姿の聖獣に首を伸ばしている。遊びたいのか、興味があるのか。リスザルには全く相手されていなかったが。


 イクスはオルトの返答を聞くこともなく歩きはじめた。向かう先は離宮端にある聖堂だ。


 ――神が弱っているとしたら、神官長は何と言うかしら。


 彼の隣を歩きながら、マリーは考えた。


 ――無能で素直なら、困惑しながらも今までと同じ神託を下すはず。


 ――無能で卑怯なら、今の状況に合った内容をでっちあげる。


 外回廊に囲まれた、あかり取り用の小さな中庭を通り過ぎ――。


「いやに冷静ですね」


 マリーの様子を横目で確認していたイクスが話しかけてきた。


「そうかしら」


「先ほどの取り乱した姿がお芝居に思えるほどです」


「ふふっ、そうね」


 笑顔で話しかけるイクスに彼と同じような含みありげな笑みで答えて、マリーは思考を続けた。


 話を途中で切られたイクスは、変わらず穏やかな笑みを浮かべ続けている。内心は分からないものの、機嫌を損ねたようには見えなかった。


 ――神官長が有能ならば、神の異常を感じ取っているかもしれないわ。


 ――そしてもし、神官長が神の異常を知っているのに、黙っていた場合は……。


 それがマリーが心配する最も最悪の可能性だ。凶兆を知りつつ、報告を怠っているのだとしたら。

 もしあのとき、すでに王宮内に魔の眷属が潜伏していたのだとしたら――。


「つきましたよ、お姫様」


 わずかにからかいの色をにじませたイクスの低い声に、マリーは意識を現実に戻した。


 離宮に併設された聖堂は、離宮同様白大理石で作られている。高い位置に設けられた窓から差し込む陽光が、真っ白い壁や床に反射して、聖堂全体を光り輝かせていた。


 一行は聖堂を横切り、奥にある扉の前で足を止めた。この先が神官長のいる部屋だ。


 イクスのアイコンタクトに、マリーは小さく頷いた。彼女の意図を正確に察して、イクスが木の扉を叩く。


「失礼いたします」


 開かれた扉の先は、窓のない部屋だった。それでも隣の聖堂と変わらないほど明るいのは、天井からガラスのランタンがいくつも吊るされているからだろう。室内は橙色の魔法の光に満ちていた。


 ――さて、もう一度演技の時間ね。


 マリーは瞬きすると、哀れな泣き顔を作ろうと目元に力を入れて――。


「ゲエェェェェェェ! ゲエェェェェェェ!!」


 激しい鳴き声に邪魔された。


「こら、インディゴ!」


 いきなり大きな鳴き声を上げながら部屋の奥へ突撃した相棒を追いかけて、オルトが飛び出した。


「まったく、聖獣はペットじゃないんですよ。――頼みます、相棒」


 ため息交じりの合図で、イクスの肩からリスザル姿の聖獣が飛び出した。魔法のランプを身軽に跳び移っていく。

 そのすばやさはオルトを抜かし、インディゴが部屋の奥にたどり着く前にその長い首にしがみつくほどだ。


「ゲエェェェェェェ! グゲエェェェェェェ!!」


 リスザルに組みつかれて止まったものの、インディゴはまだけたたましく鳴いていた。


「すみません。すみません。こいつ、時々突然大きな声で鳴きだすときがあって」


 一拍遅れて追いついたオルトが鳴きやませようとしたが、インディゴは長い首を振って抵抗している。宙に藍色と薄黄色の羽が数枚舞った。


「いえいえ、お気になさらず」


 その様子を見て、部屋の奥に立つ神官長は首を振った。

 銀糸で太陽とライオンが刺繍された黒いワンピース状のフード付き長衣(ローブ)を着ているが、フードはかぶっておらず顔をはっきりと確認することができた。


 金色の直髪を背に流した中年男性。

 容姿はエルフの血を継ぐイクスには劣るが、悪くない。イクスと違って皮肉な笑みを浮かべていない分、むしろ彼の容姿を好む者もいるだろう。


 にっこり笑ってオルトと一緒にインディゴをなだめようとする神官長は、その表情にもしぐさにも悪目立ちするところがなく、根っからの善人に見えた。


 ……オルトの胸に飾られた白ゆりが、赤く染まっている点を除けば。


 マリーは眉間に入りそうになる力を、必死で我慢した。オルトはインディゴをなだめるのに夢中で、花の変化に気づいていない。

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