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弱った神と裏切者[上]

 神官長と会う提案には、マリーも賛成だった。居室で悩んだり、大人たちへの不満を愚痴ったりしているよりずっと良い。


 しかし、問題がないわけではなかった。マリーもオルトも、神官長と面識がないのだ。


 聖堂の奥にある部屋でほとんどの時間を過ごしている神官長を見られるのは、儀式やイベントの時だけ。マリーはかつて遠目に見た神官長を思い出した。銀糸で太陽とライオンが刺繍された黒のローブをまとう男性らしき人。


 印象としては、あまり好きなタイプではない。獅子王アダソンは、神官に白の衣服を着るよう命じたはずだ。神官の長ともあろう人が、その規則を守っていないのだから、好きになりようがない。それとも、獅子王がいない間に規則を変えられてしまったのだろうか。


 どちらにせよ、マリーはできる限り警戒して神官長と会うことにした。


「マリー様の言われた場所に咲いていましたよ」


 まずは、オルトに頼んで白ゆりを摘んできてもらった。花瓶に飾られた白い花は、部屋を明るくしてくれるだけでなく、魔の訪れを教えてくれる。


 マリーはその中から最も小さい花を摘み取り、自分の金髪に飾ろうとして手を止めた。


「ここだと見えないわね」


 そうつぶやいて、オルトの胸ポケットに差し込む。深いえんじ色の軍服に白い花は良く映えた。


「魔の気配があれば、この花が教えてくれるわ」


 マリーがそう言うと、オルトはゆるみかけていた表情を引き締めた。


 次は仲間の確保。現在無事な王族直系がマリーだけということもあり、彼女の行動は大きく制限されていた。マリーとオルトとその聖獣だけでは、離宮内を自由に歩き回ることすらできない。王妃である母親を頼る手もあったが、神官長を警戒するならばもっと腕の立つ騎士が良い。


「ねぇ」


 そんな状況で目をつけたのが、北西地域の弓騎士団長イクス・クロスだった。彼を選んだ理由は、前世で面識があり、人となりを知っているから。外面穏やかなイクスならば、内心はどうあれ王女の願いを聞いてくれるだろう。


「私、今朝怖い夢を見たの」


 銀髪赤目のエルフを上目遣いに見上げて、マリーはそう切り出した。


「夢、ですか」


 イクスは穏やかな笑みを張り付けたまま、膝をついてマリーと視線を合わせた。


「そう。アンポルトがラミアの群れに覆われて、山の神(モンタール)が殺される夢よ」


 もともと高い子どもの声をさらに高くして、できる限り取り乱して聞こえるよう心がける。


「神様は無事なのかしら! 私、神様が無事かどうか神官長にお尋ねしたいの!」


「落ち着いてください」


 イクスの白い手が遠慮がちにマリーの両肩を抑えた。


「姫様は神官長にお話を伺いたいのですね」


「そうよ! 今すぐ会いたいの! お願い!!」


 できるだけ必死さが伝わるように、マリーもイクスの腕を掴み返した。未知の恐怖に怯える少女を演じ切るのだ。


 イクスは変わらず穏やかな笑みを浮かべているが、その目元は笑っていない。冷静な赤い目で少女を観察している。


「お願い、イクス・クロス」


 泣きそうな声を絞り出して、マリーはそんな彼の名前を呼んだ。

 すると不思議なことに、彼はにこりと笑ったのだ。目じりに浅いしわまで浮かべて。


「そう呼ばれたのは久しぶりです」


 イクスはすっくと立ち上がった。


「わかりました。すぐに手配しましょう」


 彼の指先はすでに宙に円を描いて、通信呪文を起動している。


「ありがとう!」


 マリーは宙に現れた魔法陣に何事か話しかけているイクスに飛びついて感謝した。それを見たオルトが嫉妬に眉をひそめたが、気づいた者はいない。

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