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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第四部 一章 「その名は無色」
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「すり込み」

「――なあ。人間ってどんな感じなんだ?」


 これは、ニーズヘッグが幼少の頃に呟いた問いだ。

 相手は魔界にある幾つもの火山、その一つを縄張りとしていた火竜の一種――サラマンダー。

 ニーズヘッグの育ての親にも等しい彼もまた人の形をしており、鱗のある蜥蜴の尾を生やし、長いひげを撫でる老人の様。

 

「なんだニーズヘッグ。人間など知っても得などないぞ?」


 魔界に人間が訪れることなど早々ない。

 次にニーズヘッグは「じゃあ見たことあんのかよ?」と、生意気に聞く。

 サラマンダーは顎ひげを撫でて数秒黙り、首を横に振る。


「聞かずともわかるだろう? ワシもお前も、この世に生を受けて大方の知識はある。数えることすら忘れた遥か昔、我らが最初の魔族であるイブリースは人間共との争い後、この魔界を創りあげた。そして我らはその世界で生きている。人間は我らにとって害悪。相まみえぬ存在だ」


 それは、ニーズヘッグの頭にも産まれた時からすり込まれていたものだ。

 ――人間は魔族の敵。

 子供でも親によく言い聞かされる当たり前。

 だがしかし、ニーズヘッグはどこか納得のいかない様子で不服そうだ。


「でもそれって何千年以上も前の事だろ? 俺は実際に人間見たことねーし」


 ぬいぐるみの様に膝の上で寝転がっていた火蜥蜴の両前足を掴むと、上にびろ~んと伸ばす。

 魔界での常識をすり込まれていようと、ニーズヘッグはまだ子供だ。知識だけでなく、直に目に見なければ余計な好奇心が湧いてしまうのだろう。


「人間なぞ、お前でも勝てるような脆弱生き物だぞ? つまらんぞ?」


「う~ん。というか、この前つっかかってきた野郎共もつまんねーほど雑魚かったぞ?」


「……この前言っていた獣人共か。遠くから見ていたが、あまり弱い者いじめをするでないぞ?」


「ぷっは! (じじい)面白いこと言うのな。いや~、俺ってまだガキだけど、ほら、頼りになる相棒もいるし~」


「調子に乗るな」


 ――ピシッ!

 弾き飛ばされた小石が油断したニーズヘッグの顎を直撃する。

 火蜥蜴と共に転がったニーズヘッグは、しばらくジタバタと悶えていた。

 ニーズヘッグは魔界に顕現した時から力を授かっている。変幻自在な皮衣。そして業火の炎。足りないのは肉体がまだ幼いという事だ。

 幼いニーズヘッグにはまだ魔素を自然と取り込む器官が未発達。そのため、自分で食料などを摂取する必要がある。もしくは他者から魔力供給による施しがなければ力尽きてしまう。

 サラマンダーにいつまでも保護されているつもりはない。いずれその地から離れ、自分の頭にある世界の狭さを自分の目で変えたかった。

 永遠の夜ではなく、目を疑う様な青空。魔界にはない世界に心惹かれることしばしば。

 

 そして一人前となった炎蛇は魔界から人間界にへと来た。

 






「……はぁ」


 火山により赤くなる空を見上げ、ニーズヘッグは深いため息を吐いた。

 遠くを見る目。その視界では火精霊(サラマンディー)たちが飛び交う。


『ニーズヘッグ悩み抱えてるー』

『どうせ例の人間のことでしょ?』

『大悪魔が情けな~い』


「うるせぇ……。俺のどこがなんだって?」


『人間に振り回されてるとこ』

『だからあんなのと関わらない方がいいのに』

『ねー』


 ニーズヘッグ自身もわかっていた。

 この状況は悪魔としてまずい。

 悪魔が人間を貶めるならわかる。だが、その逆の立場になっているのは由々しき事態だ。


『あんな人間、その気になれば燃やせれるのに。どうしちゃったの?』


 確かに。

 ――いっそのこと、魔界と同じようにその力で相手を燃やすことも……。

 しかし、その考えには躊躇いもあった。


「……なんか……気が向かねぇ。俺、人間殺したことねーし」


『なにそれ』



『ひょっとしてニーズヘッグって……、――人間が怖いわけ?』



 何気ない精霊の言葉に、ニーズヘッグの頭の中が真っ白になる。

 刹那。カッとなった衝動は炎となって周囲の精霊たちを追い払った。

 他者に劣るという言葉は、炎蛇の怒りに火を付けてしまう結果へ。


「うるせぇって言ってんだよっ。……ああ、イライラする。それもこれも、あの女のせいじゃねぇか!」


 苛立ちをぶつける様に地を踏みしめる。

 ドン! ドン! と、爆炎を起こし、自分の中の怒りの火山が噴火する勢いだ。

 一段落すれば熱い大地に腰を下ろし、羽衣はビシビシと地を叩いた。


「マジ腹立つんだよ! あの女、今度会ったらもう容赦しねぇ。絶対ただじゃ済まさないからなっ」


 そう、自分に対応を言い聞かせる。

 やることは魔界と同じだ。力でねじ伏せる。それが最も簡単な手段である。

 意気込みをじゅうぶんに溜めれば後は当の本人が来た時に実行するのみ。

 そう気をはった時だ。



「――ふーん。たたじゃ済まないんだ」



 ――!!!?


 途端に澄んだ声が脳内を駆け抜ける。 

 ニーズヘッグの背後にはクリアが立っており、見下ろしていた。

 先ほどまでの意気込みは何処へやら。クリアと目が合えば、ニーズヘッグは動揺してしまい汗水を垂らす。

 

「……お、お前……いつから」


「ん? 「マジ腹立つ」のあたりから?」


 ――マジかよ!?

 

 ニーズヘッグは瞬時に頭を抱えた。 

 苛立っていたとはいえ、人間に容易く背後を取られ虚を突かれてしまった。

 それはまた炎蛇に恥という汚点を付け加えていく。

 

 ――嘘だ……。この俺がこんな恥さらしをこの人間に何度も……っ。


「ねぇねぇ。どうなるの? また会っちゃったけど、私どうなるのかな?」


 またしても恐れも知らず、クリアはニーズヘッグの隣にしゃがみ込み顔を覗き込む。

 何を期待しているのか。クリアは興味津々と瞳を輝かせている。

 ――これは酷い。

 ニーズヘッグはこの場に耐えきることが困難なほど、苦渋を味合わされている。


 ――ああ……。もう…………、無理。

 

「ねぇ、聞いてる? ニーズヘッグ君」


 再度。馴れ馴れしく名を呼ぶクリア。

 これまで付けられた屈辱は限界をむかえ、炎蛇の感情に火を付けた。



「――あああああ!!!! うっせぇ!!」



 途端に叫び声をあげ、ニーズヘッグは親の敵のようにクリアを酷く睨み付ける。

 

「何しに来たんだよ!? ただの人間如きが、何度も何度も何度も!! 俺に近づくんじゃねーよ!!!」


 怒鳴られ、クリアは目を丸くさせた。

 ニーズヘッグはクリアという人間に嫌気が差していた。これまで強く突放すことはしなかったが、それは歯止めを忘れ思いのまま言葉に出す。

 この関係も、状況も。全てが間違いでしかない。

 産まれた頃からすり込まれた知識に従う。

 ――人間と魔族は相容れない。


「俺は悪魔だっ。お前なんかと馴れ合うつもりはこれっぽっちもねーんだよ!!」


 怒鳴られたクリアは見開いたまま硬直。

 間を開けてから、静かに彼女は悪魔に問いかける。



「……ニーズヘッグ君。ひょっとして……私のこと、()()?」



 その質問に、炎蛇は即答で返す。




「――()()()()だ!!! お前なんか――」




 ……。

 感情のまま言い放つ。自分の溜めこんでいたものを素直に吐き出す。

 その最中、視界に映るクリアの姿に……、炎蛇は喉を詰まらせた。

 いつも平然と笑みを浮かべていたクリア。今回もどうせ、こちらの話をまともに聞いていないのだと思えていた。

 そのはずなのに、予想は簡単に覆される。

 クリアは初めて……ニーズヘッグに切ない表情を見せたのだ。

 あまりの予想外なことに、炎蛇はまた呆気に取られてしまった。

 

「……そっか。ごめんね」


 クリアは直ぐにそっと立ち上がる。

 

「嫌いなら仕方ないね。……わかった。もう来ないね」


 これまで簡単に引き下がることをしなかったクリアが。あのクリアが素直に呆気なく去って行く。

 今まで困難だったことが、拍子抜けなことに。

 最後にクリアは手を振っていたが、ニーズヘッグはそれに何も返すような頭が働かず。ただ彼女が視界から消えるのを静かに見送った。


「…………何なんだよ。本当に」







 それから数日間。

 あの日を境に、クリアは火山を訪れることはなかった。

 しばらく前までの日常が戻るも、腑に落ちない何かが今度はニーズヘッグを悩ませていた。



「――いや。本当に来なくなんなよ!? ホントなに!? わけわかんねーんだけど!!?」


 

 解決したと思われた人間。その行動は未だに理解不能である。

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