「灯る炎」
不法侵入に関して騒ぎ立てたゴーストたちは、事情がわかればすんなりと結界を解いた。
さんざん家具を投げつけてきた当の霊は静まり、エントランスホールで椅子に腰掛ける銀製の鎧騎士に寄り添う。
「申し訳ないです。私がへまをしてしまったことで他所の方に迷惑をかけてしまうとは……。このような樹海に人が来るとは思っていなかったもので」
「本当に迷惑だ。撃ってもいいか?」
「撃つなボケっ」
すかさずネアはクロトの頭を殴り付ける。
柔なものではなく完全な暴行。あまりの痛みに姿勢を崩し、膝を付かぬように堪えているクロトを心配するのはエリーだけだった。
「それにしてもやっと声が聞こえるようになったわ。そんな鎧でもなんとかなるのね」
「人の形をしている物は、ある程度魔力を込めれば会話も可能ですからね。それに手足も動かせて快適なためいいものです。いや~、それにしても、必死とはいえあの声を聞き取られるとは、才のあるお嬢さんですね」
揚々と語り出す鎧騎士ことレイス。彼は自身を見つけたエリーのことをとても称賛した。
「今更ですがそちらのお嬢さん、あの噂の厄災の方ではないですか。さすがというか、なんと言いますか――」
――ガシャーンッ!!!
突然、椅子が倒れ鎧は床にへと激しく衝突する。
慌てふためくゴーストの中心ではクロトがレイスを踏み倒している。
銃口を向け、向けられたレイスは思わず両腕をあげて困惑。
クロトの目からは殺意しか感じられず、アンデットという種族であるレイスですら恐怖を与えた。
「おいネア。コイツ撃っていいよな?」
「唐突だけど面倒な奴に素性がバレたわね」
「え? なんでこういうことになってるの先輩? ボクわかんない」
「とりあえずコイツは敵だ」
「あ! わかった」
「待って! あぁ、待ってください!! 何もしませんから!? そんなことしたらハーデス様にこの魂を燃やされて、死よりも恐ろしいめにあわされちゃいますぅ!! 属で繋がってる私が身勝手で行動したらヤバいんですって! 恩人に害を与えるなどしませんから!!」
とても困った形相でレイスは鎧をガシャガシャと鳴らし始める。
この場でのレイスにとっての罪はエリーの素性を知っているということ。もうじき冥府の使いが来るという話は落ち着いてからも聞かされていた。三番席魔王と繋がりのある者と更に繋がっているレイスを見過ごすことはできない。
……と、いう意味でクロトは口封じのためレイスに銃口を向けていた。
さすがにこれは心が痛み、どうしようかという間にエリーは割って入った。
「やめましょうよっ。すごく困ってられますよ!?」
「うるせぇクソガキ。障害は排除するのが一番効率がいい」
「……まあ、確かに面倒くさい事だけど。とりあえず面倒くさいのが悪化するからやめなさいっ」
――ゴッ!!
再びネアの拳がクロトの頭を襲う。
レイスからクロトを離し放り投げておく。
痛みで声を殺し悶えている姿が見える。クロトは足裏を床にダンダンとぶつけ苛立ちを表現。できることなら落ち着かせたいが、今近づくのはとても危険であるとエリーも悟ってしまう。
ネアから「見ないように」と小声で忠告もされた。
「す、すいません。できれば私のことはあまり他の人に言わないでいただけますか? そうすれば大丈夫だと思いますし、私も助かります」
「言いませんよっ。恩を仇で返すなど、人として……いえ、魂として穢れてしまいますからね。ハーデス様、そういう魂は毛嫌いしますから。とりあえず安心してくださいよ。それに、ハーデス様の配下として厄災の娘とは関わらぬようにという通達も来てましたから」
「……?」
「実際、貴方に関して魔王側の大半は余計なことをしないようにと判断がでておりましてね。ここで私が貴方に手を出せば、それはハーデス様を裏切る事となります」
「へー。魔王の間ではそんな判断が出ているのね。……じゃあ、この前の蟲はなんなのよ?」
「あ。あの鋼殻蟲の噂は本当だったのですね。正直、十三魔王の中一番魂がくさ……、ゲフンッ。……あまり関わりたくない方ですからね」
「なるほど。……クロトー。そういう事らしいからー。この話は信用できるわ。元の魔王がそういう決断を出してるなら、配下である彼らが何かするというのもないし、例え話が向こうに知られても大したことはしないわね。……まあ、理性のない魔物なら話は別だけど」
この件は不問であるとネアが主張する。
まだ苛立つクロトは話に納得はいくもネアのしたことはそうもいかない。
後で覚えてろよ。と、そんな怒気を飛ばすも軽くあしらわれる。
「で、どうするの? 撃った方がいいの?」
「アンタもぶっ飛ばすわよ? いらないって言ってるでしょうが」
遅れてイロハは取りだそうとしていた魔銃をそっとしまう。
「ご理解いただけてなによりです。……あ。どうやら使いの方が来られたようですね」
――チリーン……。
レイスが呟いた後に、儚く響くベルの音が耳をかすめる。
館の扉が開き、霧と共に入り込むのは黒いローブを羽織る存在。深く被るフードからは犬の様な細い顔を出し、手には天秤を揺らしていた。天秤には両方に青い炎。もう片方の手には杖を持ち、ベルが揺れる度に儚い音を鳴らした。
「お久しぶりです、アヌビス殿」
「……」
アヌビスと呼ばれた使いは鼻を鳴らし、この場に存在する者を一人ずつ確認するように視線を巡らせた。
もちろん部外者である四人にも。そしてクロトの睨む視線ともバッチリ目が合っていた。
「……なにやら面倒な様子であるな」
「彼らは何も悪くありませんよ。私がドジをして肉体を終わらせてしまっただけです。今回の魂を導くついでに、私も一度冥府へ戻りたいのですが、よろしいですかね? ちゃんとした依り代が欲しいので」
「それは構わんが、ハーデス様にもきちんと事情を説明するのだぞ? 今こちらは担当の者が不足しているため魂の回収がおろそかになっている。できれば早めの復帰を頼みたいのであるからな」
「承知しましたよ。……あ。私がいない間この場所を自由に使っていただいて結構ですよ。それなりに設備は生きておりますので」
レイスはゴーストたちを集め先導。アヌビスと共に続々と館から退出していく。
霧に紛れ、青い炎が迷うことのないよう道を照らし魂たちを導いていく。
「それでは皆さん。此度はご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございます」
「いえ。今度は気をつけて行ってくださいね」
今度は道を外さぬ様。エリーはレイスを見送る。
不思議な気持ちでもあった。人でなく、魔族であるはずの彼らは一時の衝突はあれど、会話をしわかり合えることができたことに。エリーはどこか嬉しくある。
残された一行。
館の主であるレイスの言葉が確かであれば、今この場を自由に使うことができる。
それはつまり……。
「エリーちゃん、朗報! お風呂場はまだ許せるほど綺麗だったわ♪ これでゆっくりお風呂に入れるわね」
「そうなんですか? でも、いいんでしょうか?」
「いいっていいって♪ あのレイスも言っていたでしょ? 自由に使っていいって」
「そうですけど……。ちょっと悪いかなぁ、と思ってしまって」
「大丈夫よぉ。暖かいお風呂でお姉さんがエリーちゃんの体、洗ってあげるぅ♪ ……と、いうわけだから。覗かないでよ?」
そんなありえないことを言われたクロトは不快とそっぽを向く。
「誰が見るか、んなもん」
「失礼! でも、わかってるようでよろしい! まあ、私たちの後なら使いなさいよね」
さっさとネアは準備のため浴室へ。
少し大きな館なだけあり部屋の数も多く、客室もある。それどころか手入れがされており、人が住むにも問題がないほどだ。
倉庫には日保ちのする保存食もあり餓えに困ることもない。
まともな場所で休息の取れなかったため、一晩を此処で明かすのも利口な判断だ。
「……ボクこういうところ落ち着かなーい。外で寝てもいいの?」
「勝手にしろ」
「はーい。置いて行かないでよね?」
「うるさい。とっとと行け」
イロハも自由に行動し外にへと出て行く。
肩の荷が下りた様子の面々。これまでの疲労を此処で癒やせれば、しばらくは穏やかに進むことができるだろう。
この樹海に入ってからは肉体の負担も大きくあったのだから。
少し記憶を遡っていれば、ふとエリーはクロトを見上げる。
クロトの体は完全に完治し、今では傷跡すら残っていない。万全なクロトを見れば不安もなくなり、ホッとし思わず表情が和らいでしまった。
「……なんだよ?」
「い、いえっ。クロトさん……もう平気ですか? 傷も……、さっきのネアさんのことも」
二度クロトをネアは殴り付けていた。
それに対して聞くと、クロトは顔をしかめ「は?」と低い声を出す。
「言っとくが俺はアイツのこと許してねぇし、ぶっ殺したいってずっと思ってるからな? 好き勝手しやがって」
「は、はあ……」
「お前もだぞ、クソガキっ。もしあの時なんかあったらどうするつもりだったんだ?」
「それは、確かにそうですけど……。でも、やっぱり困っている方は放っておけませんよ。危険があったとしても、やはり他の人が私は大事だと思いますから」
それは……とても損な生き方だ。
クロトはそれを「アホくさい」と言うも、損な生き方とは口にしなかった。
他人を優先するあまりに、自らを縛り傷つけ、その果てに後悔があることをクロトは知っている。
クロトはその生き方を断ち切り、エリーはその生き方をする。
正反対な二人。エリーのその生き方がいつまで続くのか……。いつその生き方で後悔するのか。
――……
離れたところで、ネアがエリーを呼ぶ声が聞こえた。
「行ってこいクソガキ。俺は休む」
「あ、はい。では……」
言われる通りにエリーは浴室にへと駆けていく。
一人残れば、周囲は静まり安心するような気すらあった。
エリーの善人っぷりには、本当に嫌気が差してしまう。
過去の自分が脳裏をよぎって、不快で仕方がない。
落ち着いてから自分も自由に行動をしようとした時、クロトの意識が……ふと、飛ぶ。
それは一瞬であり、直に治りはするも影響は酷く、そして大きくもあった。
意識が体から切り離されるような感覚。戻ってくるも体が重く感じ、まるで自分のモノではないという。
気付けばクロトは壁に寄り添い、なんとか身を支えていた。
疲労のせいで倒れそうになった? いや、違う。
今のはそれが原因でないと気付いた時……、頭の中で忌々しい笑い声が響いた。
『――おうおう、よく耐えたな。いっそのこと永眠しとけばいいのによぉ』
クロトの視界は現実ではなく別のモノを見る。
それは暗闇であり、その中に自身の姿がハッキリと残るという空間。
目の前には、嘲笑う蛇が居座っていた。
――【炎蛇のニーズヘッグ】。
その姿はもう見ないと思っていたが、現にこうして目の前に存在している。
身に纏う衣を伸ばし、いつの間にかクロトの足を絡めていた。
その事から、ニーズヘッグは故意でクロトをこの空間に引きずり込んだことになる。
「……クソがっ。なんのつもりだ負け蛇。なんだ此処は?」
『うっわ、相変わらず可愛くねぇの。……まあ、いいや』
巻き付いていた羽衣はほどけていく。
『此処はお前の中だよ。言ってみれば精神世界? どうも、勝手に居座ってる炎蛇様です。隙を突いて入れ替わろうとしてました。……これでいいか?』
「……」
『俺がこの有様だ。どうせフレズベルグもそうなんだろう? そんで俺より先に出て、お前になんか言ったんじゃねーのかぁ? 俺もアイツとは付き合いなげーし、それなりに予想はつくからな』
「…………ああ、言われたよ。お前のせいであのクソガキから離れろってな。どう落とし前付けてくれんだよ、クソ蛇」
『ええ? 俺だけのせいなわけ? お前の姫君に対する扱いに不安があったのも原因の一つだと思うぞ? あ。姫君と言えば、マジで聖女な。本当に欲しくなっちまうから困るって。……お前はどうせその良さとかわかんねーんだろうな』
癇に障るような言い回し。まだ樹海での事に懲りていない様だ。
フレズベルグの言っていた通り、蛇なだけあってその執念深さは異常である。
もう一度魔銃でその頭を撃ち抜こうとすら考える。
『とーりーあーえーずー。俺、今魔力が全くねーんだよなぁ。だから戻るまでは下手な行動できないってわけで。フレズベルグもそれなりに監視してる様だし。だからって油断してっと、お前の体乗っ取って姫君いただくから、そのつもりでせいぜい頑張るんだなぁ。――脆弱な人間』
「やるわけないだろうが。……誰がお前なんかに勝手させるか」
いつまでもこの場にいるわけにはいかない。
表に戻るこに集中し、瞼を開けば館の廊下が映り込む。
戻ってはこれたが意識と視界の移動に慣れず違和感は残る。
しかし、どうしてもニーズヘッグの声は直接頭に響くものだ。
『さっきも姫君に心配されてたけどさ、相当優しくされてるんだな。……そういうの嫌いなクセして』
「……うるさい。話しかけるな」
『俺もお前といつまでも話してるの虫の居所が悪いもんで。……でも、正直姫君には笑っちまうんだよなぁ』
「……っ」
『お前も理解してるんだろ? 姫君がどんだけ損な生き方をしているか。慈愛に満ち、優しく、誰かの事を一番に想う。どんな生き物にとっても損しかないが、姫君は大損でしかない。――そんな姫君が、いつか世界を壊す存在なんだから、……本当に笑える』
『やくまが 次回予告』
ニーズヘッグ
「はい、キター。俺様復活! さすが、俺!」
クロト
「…………」
ニーズヘッグ
「おいおい、せっかくの俺様の復活祝いの言葉とかねーわけクロトぉ?」
クロト
「そうだな。とっとと退場しろ、クソ蛇」
ニーズヘッグ
「お前なに? どんだけ俺にいなくなってほしいの?」
クロト
「この三部でそれを物語る描写がいくらでもあったが、なんか意見でもあるわけか?」
ニーズヘッグ
「意義ならある! なんせ今がどういう様子になると思う? 別名、俺とフレズベルグの初登場と活躍したこの三部ではもう主役としてお前らと同等、もしくはそれより上な扱いであってもおかしくない。つーわけで、嫌でも俺は今後登場しますー、残念でしたー(笑」
クロト
「そうだったとしても、お前が好き勝手できる保証はないがな」
ニーズヘッグ
「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第四部 一章「その名は無色」。それでも俺次回の四部からは多めに出ますー。これ台本あるんで!」
クロト
「そうか。……ちなみに最後の方の台本内容とか見たか?」
ニーズヘッグ
「お前平然とネタバレしますみたいな言い回しやめろよな!?」




