「届け星」
地下へ続く階段。深く進む度に、身に纏わり付く冷気が強くなるのを感じた。
まるで雪山に近づいていくかのような感覚に、臓器が凍てついてしまう思い。
「……無駄に冷えるな」
「人間とは脆弱なものだな。……まあ、この冷えは確かに内に響くな。おそらく上よりも多くの霊体がたまっているのやもしれん。いわば、冥界の空気を体感しているようなものか」
「行ったことあんのかよ?」
「あるわけないだろう。あんな廃れた場所。……噂だけでしかしらんが」
そこは強く否定するフレズベルグ。冥界となれば死者の魂が向かう場所であり、常人からしてまともな場所でないことは確かだ。期待もなにもない。むしろ興味すらない。
質問しておいたクロトだが、返答に返す言葉もなく。とりあえず聞いておくだけはして淡々と下っていく。
狭い通路は光を失ったかと思えば、下からうっすらと冷気に紛れて灯りが見え始めてくる。
階段を下りきった先。足場は白い靄に覆われ、冷たい個室の中心には紫に発光する円法陣が刻まれ、妖しくその場を照らしていた。
この法陣が結界を構成している核なのはわかるが、魔術の知識などなく。
代わりにフレズベルグが前に出て陣を見下ろす。
「……四つの柱。やはり三番席に属する者の結界か。わずかな期待で魔道具などを期待していたのだが、これを穏便に解除するのはその属に任せるのが得策か」
「だったらあのゴースト共になんとかさせるのが一番だな」
「簡単に言うな、愚か者。どう見てもそれは叶わぬ様だ」
「……?」
するり……、と。クロトの横をゴーストが数体通り抜ける。
それはしだいに陣の真上にへと急速に凝縮され、おどろおどろしく二人を見下ろす。
これまで見てきたゴーストとは違い、それは大きく膨れ上がり一体化したもの。
口を開けば「ボロロロロッ」と聞き慣れない咆哮をあげ威嚇した。
この巨大なゴーストが敵意を持っているのは確かである。
「交渉は一応したのだが、これが現状らしい。私は害を与えぬと言ってしまったのでな。ここは一時撤退が妥当だと思うが?」
と。なんの関心もなく後のことをクロトに押しつける。
「ふざけんな! 此処まできて逃げるってのかよ!?」
「何度も言うが、本当に冥界の使いと繋がっていれば更に面倒なことになるぞ。こちらまでとばっちりを受けるなど、お断りだ」
「だったらそこのバケモンどうにかして、この結界を解かせる!」
銃口を向けるも、魔物の如くあるそれは怯むことなどしない。
霊の集合体とは思えない重量感のある巨体。その霊に銃が通じることはないと、クロトもわかっている。
しかし、退くことを意が認めず……。
無駄となるであろう。魔銃のトリガーが引かれ始めた時。
緊迫した場に声はあげられた。
「――待ってください!」
虚を突かれ、クロトは咄嗟に振り向いてしまった。
自分たちが降りてきた階段。後を追うようにやってきたのは二人。
――ネアと、エリーだ。
「なっ。なんで……っ、お前ら此処に!」
クロトにとって、これは予想外のできごとだ。
本来クロトとイロハの帰りを待つ二人は館の外で待機のはず。エリーの後に続くネアと、止めに入ったのがネアでないことから。この場にいる理由はエリーにあると考えられる。
見張りとしてのネアがいながら、エリーは勝手に待機することを放棄したこととなる。
その勝手な行動がクロトの癇に障った。
「どういう事だネア! お前がいながらっ」
怒気を漂わせ突っかかるクロトの文句に、ネアは少々顔をしかめ黙る。次にクロトは問題のエリーを睨み付けた。
また戸惑うかと思えたが、その予想は覆される。
エリーは真っ直ぐクロトをその星の瞳で見上げていた。
逆に動揺を与えられたクロトはしだいに落ち着き、そのタイミングを見計らってネアはようやく口を開く。
「アンタたちが心配だとか、そういうのじゃないっての。ただエリーちゃんは、人助けをしにきただけ」
理由を聞くも、理解に苦しむ。
いったいどの人助けと言うのか。
見た限り、エリートネア以外に誰もいない。
エリーはクロトに謝ったつもりなのか、軽く静かに頭を下げると一人ゴーストの前にへと立つ。
最初は引留めようともした。だが、それを止めるのはネアだった。
「……っ」
「たぶん想像しているよりも全然平気よ。アンタには一生わかんないでしょうけど」
要するに、黙って見守っておけばそれでいい。と、言いたいのだろう。
ネアの言葉はいつも通り余計なことが多い。
未だうなり声を出す膨れ上がったゴースト。しばらくエリーと目を合せる内に、どこか相手の目が穏やかになる傾向が見えた。
大きくあった姿が溶けるように姿勢を低くし、ゆっくりと顔を近づける。
「勝手に入ってしまってごめんなさい。……えっと、貴方たちはただ待っていたんですよね? ――この人のことを」
エリーは手を差し出す。
その手には、一つのペンダントが乗せられていた。
◆
時間は少し前に遡る。
外で待っていたエリーは突如駆け出し茂みの奥にへと進む。
「エリーちゃん! 危ないから!!」
ネアの声など気にもせず、エリーは目先の事にしか頭が働いていない。
エリーをそこまで駆り立てるのは、彼女にのみ聞こえた助けを求める声だった。
声の主を必死に探すエリーは。ただ声のする方にへと進んだ。
「こっち……っ、確かに聞こえるんですっ」
茂みを掻き分け進む先。
一際大きく聞こえた助けを求める声に、声の主はすぐ近くなのだと安堵した。
そして更に一歩踏み出した時……、その足は地を滑り真下にへと降下する。
「――エリーちゃん!!」
寸でネアはエリーを掴み取り落下を阻止。エリーの進む先にあったのは大きな崖だ。
「……あっぶなぁ。もぉ、お姉さんの寿命縮んじゃうんだからね」
突然の事に頭が追いつかず呆然としていたエリー。
真下から来るブワリとした煽り風に、肝が冷えゾッとしてから頭の整理がつく。
「ご……ごめんなさい、ネアさん」
ネアはずっと声をかけていてくれていたという事に、今更気付き申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
クロトやイロハなら殴り飛ばすほど溜まった憤怒。ネアはそれをため息として吐き出し、怒るということはけしてしなかった。
「もういいから。とりあえず戻りましょ」
「本当にすみませんっ。……?」
引き上げられる途中、エリーはふと横を見る。
崖から生えていた細枝に視線を引く光が見えた。
必死と枝にしがみつくようにあったのは、金に青いガラス玉を施したペンダント。ガラス玉の中には、ふわふわとした炎が入っている。
「……もしかして、助けを呼んでいたのは……貴方ですか?」
引き上げられたエリーはその場でネアと共に拾ったペンダントを見る。
その装飾からは確かに声が耳に入ってきた。
『まさか聞こえてくれる人がいてくれるとは……。ありがとうございます』
「いえ……。でもどうして声が?」
聞こえてくるのはおそらく男性の声。
「……エリーちゃん、聞こえちゃうのね。お姉さんはやっぱり聞こえないんだけど」
目で物は確認できるも声までは捉える事ができないネア。
エリーだからこそ聞こえる声。それはこのペンダントに宿る魂なのだとネアは悟る。
「中に入っているのって、ひょっとして魂の炎?」
「魂の……ですか?」
『おっしゃる通り、私はレイスと申します。肉体と魂が別れているのですが、肉体だけがこの下に落ちてしまいまして……。身動きが困っていたところなのです』
聞こえないネアのために、エリーはレイスの言葉を伝える。
レイスは元々魔界にいた三番席の属であり、肉体と魂が分離した存在。肌身離さず物体に魂を入れ体を動かし過ごしていたが、予期せぬ事故により二つが別れてしまっていたという。
『おそらく、肉体はもう使えないことになっているでしょうね』
「大丈夫なんですか?」
『魂は別であるため痛覚というものはありませんので。近くの生き物に憑依しようとしたのですが、生き物が全くおらずで……』
「生き物がいないのは……あの鏡のせいですかね? ネアさん」
「そうね。それで救助を求めていた……と。体があったらいいけど、魂だけの声って常人には聞こえないものだもの。……というか、レイスがなんでこの付近にいたのかしら? ひょっとしてあの建物と関係あるわけ?」
レイスの声はネアに聞こえなくとも、レイスはネアの声を聞くことはできる。
難なく彼は質問に答えてくれた。
『ああ、そうなんです。私はこの近辺の魂の収取を任されておりましたので。そこを拠点に数十年間住まわせていただいてました』
「……魂の収集?」
『ここ数十年の間、人間界の魂の流れが悪くなっておりまして、一部では魔素を吸い過ぎゴーストとして人にも見えるようになっている者も多く存在します。それらを一度集め、担当の使いに冥府へ導いていただいてもらうんです。でなければ契約外の死霊魔物が増加し、その魂に悪影響を与えてしまうので。勤勉であられる我らが王は魂の管理者ですから、少しでも迷える魂を救われたいのです』
「つまり、いい魔王さんがいらっしゃるんですね」
「三番席魔王は死から生を繋げる重要な魔王だからね。……この前の蟲と違って」
『それでもうじき担当の者が来られるのです。早く屋敷に戻らねば……。管理していた私がいなければゴーストと化した彼らも不安になり、最悪歪んだ魔物にも変貌してしまいます』
今館にはクロトとイロハが入ってしまっている。下手な刺激はその事態を招くこととなり、エリーとネアは急いで戻ることとした。
「結界はここのゴーストたちが、主であるレイスが戻らないのを理由にはっていたってこと。何処かで迷っているんじゃないかって、不安だったのよ」
事の事情を話すネアに、クロトは呆れた様子でいた。
「人騒がせな。迷惑にもほどがある」
「うん。アンタらしい返答だこと。だからアンタには一生わかんないって言ってんのよ」
エリーはレイスの魂が入ったペンダントを渡す。
主の帰還に、ゴーストたちは大粒の涙をこぼし、元の大きさにへと戻っていった。
「おお、なんか小っさくなった。なんであんなに大っきくなってたの先輩?」
「……逆になんでアンタがそれ知らないのよ?」
しれっと入れ替わっているフレズベルグ。
いつの間にかフレズベルグは引っ込みイロハが表に戻っている。
状況をのみ込めていないイロハのことなど、クロトは知らぬ顔で聞き流した。




