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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第一部 二章「殺せる者・殺せない者」
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「道具という名の星」

 ――道具?


 恐怖などよりも、エリーはその言葉に唖然としてクロトを見上げた。

 

「俺にとってお前の感情やら想いだのなんだの、そんなこと知ったことじゃないんだよ」


 ――道具。この人には私が人ではなく……【物】に見えている?


「誰のおかげでその命があると思っている?」


 無慈悲な冷たい言葉が淡々と語られていく。

 心を傷つけるような、冷たく鋭利な刃物のような言葉。

 それに対し、エリーはある感情を静かに抱いてしまった。


 ――ああ、……やっぱり、私は。


「俺がいなければとっくにお前は死んでるんだよっ」


 ――この人のことが。


「お前は黙って、俺の言うことを聞いていれば――」





 ――――()()だ。







 その時、エリーの中でなにかが弾けた。

 

「そんなに嫌いならっ、私なんて切り捨てればいいじゃないですか!!」


 エリーはクロトの手を払い叫んだ。

 彼女が抱いた感情。それは――嫌悪だ。

 クロトという残忍な人間を嫌うという嫌悪の感情。

 星の瞳は涙を浮かべ、キツくクロトを睨み付けた。


「――クロトさんに……、()()なんかに守ってほしくない!!」


 想定外だったのか、クロトは払われた手を下げ一歩後ずさった。

 なにもできない非力な少女がここまで強く反発するとは思っていなかったのだろう。

 エリーはそう言い放つと泣いて勢いのまま部屋を飛び出していった。

 開け放たれた扉はむなしく閉じ、クロトのみを部屋に残す。


「……あのクソガキ」


 今すぐ追うこともできる。体力だって回復している。なんの不備もない。

 だが、クロトはそのままベッドにへと横になった。


「世の中を知らないくせに。……まぁ、なにかあればわかるか」


 そう余裕とし、魔銃を見ながらクロトはほくそ笑んだ。


   ◆


 勢いで宿を飛び出したエリーは人通りの覆い街中を歩いていた。

 

「……クロトさんなんて……、あんな人なんて……」

 

 ――大嫌いだ。

 涙を拭い、エリーはふと後ろを振り返る。

 これからどうしたものか。もう戻ることもできない。

 むしろ、戻ったら今度こそ……。

 そう考えると怖くなって胸をおさえた。

 人並みの中、警戒してクロトの姿を探してしまう。

 追ってきていないかと不安になるが意外なことに彼の姿はどこにもなかった。

 それどころか、エリーには全てが知らぬものでしかなった。

 見たことのない建物。見たことのない人々。聞いたことのない声。

 まったく知らない世界に、エリーは一人でいた。

 まるでこの場所では自分だけが違う存在かのようだ。


「……私、一人……」


 無意識に脚が震え、よろめいた体が道を歩く人にへとぶつかった。

 

「……? あら、どうしたの? 迷子?」


 この街の住人であろうぶつかってしまった女性に声をかけられる。

 彼女はエリーの涙の痕を見るなり迷い子だと勘違いでもしたのだろうか心配そうにしている。

 しかし、瞳を見ると不思議そう目を丸くさせた。


「変わった瞳の子ね。何処の子なの……?」


 エリーはハッと我に返って目を覆い隠す。

 ――呪われた【厄災の姫】の証の瞳。それを見られたことでエリーは怯えた形相で彼女から離れ、謝ることも忘れて逃げ出した。

 此処には見知った者はいない。もし自分の正体がバレれば……。

 今すぐエリーはこの人混みから離れようと駆け出す。

 周囲の目線が自分に集中しているとまでも錯覚してしまう。

 

 ――怖い……、怖い、怖い! 


 どこか人のいない場所。そう焦りながらその場所を探し続けた。

 息を切らせ、ようやく人の気配がなくなると脚を止めて呼吸を整える。

 さっきまで明るかった街道とは正反対の暗い裏道。高い建築物に挟まれたそこは日の光があまり届いてこない。

 ホッとして胸を撫で下ろしエリーはその場にしゃがみ込む。

 そして、また涙を目にためてこぼれ落とした。


「……私、なんでこんな所にいるんだろう」


 知らない場所で一人っきり。

 これまでの日常が嘘かのような現実。

 あの日から、全てが変わってしまった。

 ――いや。戻ってしまったのかもしれない。


「帰りたい……。帰りたいよ……、マーサさん」


 ボロボロとこぼれ落ちる涙を何度も拭う。

 今の自分にはなにも残っていない。頼れる人もいない。

 

 ――誰も。私を助けてはくれない。 





「おんやぁ? お嬢ちゃんどうしたの? 迷子か?」


 一人泣き呟いていると声をかけられエリーは涙で濡れた顔を上げる。

 そこには五人ほどの中年男性が自身を囲んでいた。

 

「へ~、この辺では見かけない子だねぇ」


「あ……、あの……っ」


 不気味とニヤけた顔でいる男性全てにエリーは疑心を抱く。

 妙な寒気が襲いかかりゆっくりと立ち上がると顔をそらす。

 しかし、内一人がエリーの顎を掴み取り強引に顔を向き合わさせた。


「それに見ろよ、この目」


「こ、これは……っ」


 エリーは抵抗して手を振り払うと両目を隠すように逃げる。

 

「隠すことないじゃん。すごく綺麗だと思うよ?」


 今度は数人がかりでエリーの腕を押さえ込む。

 再び星の瞳を眺め、男たちは歪んだ笑みで言い寄ってきた。


「ちょっとおじさんたちに強力してくれないかなぁ? 拒否権はないけど」

 

 ゲラゲラと笑い、男たちはエリーの腕を引く。

 そんな知らない男に連れて行かれる恐怖の感覚が再び蘇り、エリーは逃れようと抗った。


「放してくださいっ。触らないで……!」


 しかし抵抗は無力に等しくむなしくあった。

 騒ぎ出すことは彼らにとって不都合だったのか布きれで口元を覆われ叫ぶ声を塞ぐ。

 布きれからは嗅いだことのない甘い匂いがし、それを体内へ取り込むと不思議と意識が朦朧としていく。

 視界はぼやけ、意識が遠のいていき、やがては気をなくしてしまう。


「それじゃあ行こうか。いいのが手に入ったぜ」


   ◆


 ――これは夢か。


 クロトは以前見たことのある光景を眺め呆然とした。

 その光景には自分と、否定をしながら泣く子供が存在していた。

 円形の部屋。床には大々的に描かれた魔方陣と、部屋の隅に置かれた魔道機が唸っている。

 そこにいる自分は目の前にいるモノを無視し、違う存在と話していた。

 

「それが貴方の役目よ、クロト」


 甘ったるいような女の声。天より響くそれにクロトは苛立ちを感じた。

 もちろん、その場にいた過去の自分も。


「時が来るまでその子を守り通したら、貴方の望み通り呪いを解いてあげる。頑張ってね、――()()()()()


 あやすようなその言葉使いが特に気に入らなかった。

 自分を見下し、弄ぶその女が嫌いで仕方がない。

 そして、このどうでもいい【物】を守る?


 ――冗談じゃない!





 夢から覚めると同時に、クロトは壁を殴り付けた。

 殺意に拳を握り、堪えきれない衝動を静かに治めていく。


「……ホントに、冗談じゃねぇ」


 何故自分が他者を守らなければならない。

 そんなモノを持つ主義もなければこちらから願い下げである。

 どこで間違えて、どこまでがよかったのか。そう後悔する点を探すもしまいには面倒になり考えることをやめた。

 どれほど腹の立つことでも、それでもその存在に会えるならと言い聞かせる。

 ――殺したいほどのアイツに会えるのなら。

 そう自身を戒める。

 

 ……。


 もうじき日が暮れる。沈みかけた日光が窓をすり抜けクロトの影を伸ばす。

 影は蛇のような形を作り壁に沿って蠢いた。

 まるでその場にいるかのような実物の蛇のよう。舌を素早く動かしながらクロトを見下ろす。


「……そろそろ、か」


 その呟く言葉と共に影の蛇は姿を消す。

 そんなことなど知らぬようなクロトは懐から魔銃を取り出し構えた。


   ◆


 どれくらいの時間が経過しただろうか。

 あの集団に無理矢理連れてこられたエリーは意識を取り戻すと冷たい床の上に転がされていた。

 手首を荒縄で拘束されて。

 

「お! 目を覚ましたぞ」


「変わった目だよなぁ。マニアだと相当の値になるんじゃないか?」


「それに容姿もいいな。この歳ならなおのことだ」


 男たちはそう盛大に笑い騒いで祝いの酒を飲み込んでいく。

 男たちはエリーを人身売買という目的でさらい売る算段をしている。

 そんな彼らの事情など知らぬエリーだがこの状況が良くないことなど容易に理解できた。

 しかし、どうにもならない。いったいこんな自分になにができるというのか。

 連れてこられる前に、それを自分は嫌と言うほど理解していたではないか。

 

「どこの上玉かは知らないが、俺たちはラッキーだな」


「だなぁ。それに余所者らしいし、警備に見つかっても上手く誤魔化せそうだ」


 どこに目を向けても、誰も頼れる人などいない。知らない場所に知らない人しかない。

 誰も……助けてくれない。――守ってなどくれない。

 自分に呆れ、しだいにそんな虚無を孤独と恐怖が支配していく。

 体を震わせ、涙を浮かべて……、ついには思いもよらないことを呟いてしまった。



「……たす、けてっ、――クロト、さん……」



 騒ぐ男たちの話に割って入るように呟いたのは意外な人物の名前だった。

 そんなことを口にしてしまうと、エリーは自分の言葉を疑い驚くほどだった。

 なぜあの人物の名を口にしたのか。なぜその人物に助けを求めたのか。

 それが不思議で仕方ない。


「なんだいお嬢ちゃん。連れでもいたのか?」


 ――連れ? 違う、連れられていた。


「でも捜しに来ないとこみると、捨てられちゃったかな?」


 ――捨てられた? 違う、自分であの人から離れた。


 自分の行動の末路か。今更になって彼から離れたことを後悔した。

 自分はなんて馬鹿なのだろうか。

 

「大丈夫。おじさんたちはキミを捨てるんじゃなく売るんだから」


「連れも見る目ないなぁ。こんな上玉を」


 下卑た笑いが耳障りなほど響いてくる。この男たちも自分を【物】としか見ていない。

 不快にも思えた。嫌悪だってした。

 それはクロトに向けた時よりも上を行っていた。

 手を縛られつつも、エリーは上半身を起こし、口を開く。


「……確かに、あの人は酷い人かもしれない。……でも」


 どんな形だって、本当はよかった。

 だって、あの人は――



「――貴方たちなんかに比べたら、……あの人は、――()()()()()はずっと、ずっとマシな人です!!」

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