「何度でも自分を殺す」
時折だが、クロトは過去を夢に見る。
親に懐き、ただ笑顔を振りまき愛情に満たされて育った自分。
幸福だと胸を張って言える自分がそこにはいた。
そんな幸せそうな自分を……クロトは銃弾で撃ち抜く。
子供だろうが、幼い頃の自分だろうが。そんなものは関係ない。
ただ、こんな不快な空間を幸せと思う自分を許せず、ただただそんな自分をその手で殺す。
これを繰り返してどれくらいになるだろうか……?
その度に虚無感と、どこかスッキリしたように心が澄んでいく。
こんな環境など受け入れたくもない。
受け入れてしまえば……、またあの頃に戻ってしまう。
あの惨めで、忌まわしい感情に束縛される日々に……。
この夢を見るときは、必ずそんな愚かな自分を撃ち殺す。
そうすることで自分の正しさを正当化し続ける。
――今の俺は……正しく生きられている……。
そろそろ眠りが浅くなった頃合い。
野草の揺れる音が聴覚をそっと刺激したため、クロトは眠りから覚める。
視界が安定して最初にすることは状況確認。
まだ食料を取りに行った二人は戻ってきていない。そこまで時間も経過してなくある様子のため問題はないだろう。
そして、残っていたイロハは隣の茂みで丸まって眠っていた。
呑気な顔を見ていると不快感はあるも、体がまだ万全でないため殴る気にもなれない。物理的な痛みは効果がないのもわかっている。
「……さすがに血を流しすぎたせいか。いつもの寝付きの悪さも吹っ飛ぶ」
これはもう一眠りいけそうだ。
忘れそうになっていた夢の内容が脳裏をよぎる。
また同じ夢を見るのだろうか? これで何度愚かな自分を殺すのだろうか?
数えることすら飽きるほど繰り返してきたことを思い浮かべながら、クロトは瞳を再び閉じようとした。
見える景色が残りわずかになろうとした時……途端に視界が暗転。クロトは刹那の暗闇の中で自身が何かに纏わり付かれた感覚を全身で感じ取る。
まるで数十秒は感じていられた一瞬。その最中暗闇で見えたのは淡く輝き揺らめく衣。
眠りに落ちそうになったクロトは急いで瞼を見開き飛び起きる。
唐突なことに鼓動が早まり落ち着くまでには時間がかかった。
「今……のはっ」
記憶に残る衣。それには嫌と言うほど見覚えがあり、伸びる後方を振り向くことすら自身が拒むほど。それは、今目にすることを拒絶してしまっていたものだった。
早すぎる夢が見せた幻か。それとも無意識に見せた記憶の残骸か。
眠気が遠のく。いや、眠ることに躊躇いがあったのやもしれない。
「ああ、くそ……っ。なんだって今。……もう、アレが俺の前に現れることはねぇのに」
一寸でも妙な恐怖を与えられたことに気が荒くなる。
苛立つクロトの傍らではうっすらと瞳を開いたイロハが、ジッとその姿を静かに眺める。
……細められた瞳は、――翡翠の色をして。
しばらくしてからネアとエリーがタマキノコを抱えて戻って来た。
「あ! 姫ちゃん、おかえり~」
「た、ただいま戻りました。……すいません、またキノコで」
「いいじゃない。美味しいし、キノコは栄養あるんだから。付近はあの鏡のせいでまともな動物がいないのよね。だから我慢なさい野郎共」
「……べつになんも言ってねーだろうが」
あれからずっとクロトは眠れずにいた。
それからイロハが起床し、続けて二人が戻った。
早速、小枝を集めたネアが小さな赤い結晶を砕き放り投げる。携帯用の着火道具として多く利用される火精霊の力が注ぎ込まれた魔道具の一種。砕けた結晶は火花を放ち小枝に火を起こす。
鮮やかな火を眺めるクロトはふと顔をしかめてしまう。しばらく前に炎というものを直にその体が受けたため、不意に体の熱が上昇する錯覚が。
ただ目を背けることで燃えるものを視界から遠ざけた。
「よしっ。……あー、また髪伸びてる。そろそろ鬱陶しい感じまできてんじゃないの?」
ネアがクロトを見てそんな事を言い出す。
……確かに。クロトの髪はあれから更に少し伸びていた。それだけ急速に回復に向かっているのだと目でわかる。
言われてからクロトも気付いたのか、前髪を弄って実感した。動かす腕にもゆっくりならば酷い痛みはない。あと半日はかかる傷も今では痕を残し塞がりきっている。
「……そろそろ切るべきか? さすがに鬱陶しい」
「だったらいい情報あるわよ。さっきエリーちゃんとで泉を見つけたの。やっぱりあの鏡のせいでこの辺の空間がねじられてたみたいね。新しい発見もあったわ。結構綺麗だったから、後で髪切るついでに体洗ってきなさい。……あ。もちろん、私とエリーちゃんが使った後にね? アンタらの使用済みはさすがに嫌だから」
「心底どうでもいい……」
「……ク、クロトさんっ。何か手伝いましょうか?」
「は? いらね。お前みたいなのに介護されるとか」
「そう……ですか……」
クロトを気にしたエリーだがバッサリ断られる。
そんな予感はしていたが、さすがのエリーも気落ちしてしまう。
「せっかく心配してやってんのに、「ありがとう」の一つも言えないわけ? まあ、いいけど。アンタってそういう奴だし。それよりエリーちゃん、頑張ってお姉さんの手伝いしてくれたのよぉ? もう、いい子なんだから♪」
集めたタマキノコをクロトに見せる。
コロコロとしたキノコを一通りクロトは確認するように見る。
「……ど、どうですかクロトさん。ネアさんと一緒に、頑張って探してきました」
「……」
「私、何度もネアさんに見てもらって、間違うことも多くて……っ」
「…………これ、違う」
クロトは一つ摘まみ上げると茂みにポイッと捨てた。
更にクロトはまた一つ、また……。容赦なく紛れ込んだマワリダケを迅速に選別して捨てていく。
捨てられる度にエリーは胸にナイフが突き刺さる様。
捨てられた数三十個中、八個。それなりにあった。おそらく全てエリーが集めたものだろう。
数え終えた後、エリーはショックのあまりにクロトと顔を合せられない。
「ご、ごめんなさいぃ……」
「なんでお前が一緒にいながらこんだけハズレが出るんだよ? 予想以上に多いぞ?」
「まっ、失礼! そこはエリーちゃんの頑張りを認めてあげるとこでしょ? いいじゃない、どうせ毒キノコはアンタらが食べれば。一応、幻覚作用以外は体に害はないんだから」
「……つまりわざとか」
キノコを焼く間にネアはエリーを連れてさっさと水辺に行ってしまった。
次に、変わるようにイロハがクロトを誘うも拒否し、最後にクロト一人が水辺へ向かう。
一人で歩くことも容易にできる。他人の手助けなどいらない。こんなことでそれに縋ってしまえば末期であるとさえ、クロトは思っている。
まだ熱くある体温を冷ますように体を水に浸らせる。
まずは鬱陶しくある伸びた髪をカミソリ程度の刃物で削ぎ落とす。
魔銃を手にして数年。クロトは自分の髪を一人でこうして整えてきた。
特に気に入っているわけでもなく、短い方が動きやすくもある。ただそれだけで維持してきた。
生きるための手段は魔女に教え込まれ、後はそれを基に自分で学んでいくのが最初だった。
銃の使い方。生き物を殺し自分の糧とすること。どうすることが効率よいか、何をすれば支障なく物事を解決できるか。
そう、物思いに耽りながら呆然としていれば、ちりっとした痛みが走る。
削いでいた刃物で指を切ってしまう。だがそれは、直に癒え消えるのみ。
「……何やってんだ、俺は。今更、過去なんてどうでもいい、…………どうでも、いいんだ」
以前と同じに戻ればクロトは全身を洗い流す。
濡れた身を乾かすなど魔銃があれば炎で早く済ませることも可能だ。
だが、クロトはそれせず、荒乾きするのみでその場を後にする。
最後に終えて戻れば、出来上がった焼きキノコをネアたちが先に食べていた。
待つことは望んでもいなかったため、何も言わずに自分の分を手に取る。
「さっぱりした感じね。爪はどうすんの?」
「後で自分でなんとかする。……とりあえず、失くした血を補充しないとな。早いとここんな場所抜けて肉でも食わねぇと、余裕で暴れられねぇんだよ」
「しばらくはおとなしくしておくことね。……うん。タマキノコ美味しい♪ ねぇ~、エリーちゃん」
そう、上機嫌にネアはエリーに話をふる。だが、満面の笑みが石化したのはエリーの様子を見てからだ。
「ク、クロトさんっ。どれにしますか!? 私、手伝いますよ!?」
「……なんだよお前、さっきもそうだったが」
「だって、クロトさんはしばらくはゆっくりしないとっ。だから、私頑張りますからっ」
積極的にクロトに寄り添うエリー。焦ったような様子でもある。
「いらねーってさっきも言っただろうが。……少し離れろ」
「……で、でもぉっ」
「ウザいって言ってんだよっ」
またしてもバッサリ断られてしまうエリーは勢いを失い黙り込む。
クロトから少し離れ、キノコを小さな口でかじった。
この二人の様子に心落ち着かないでいるのはネアだ。
――うわぁ……、すっごい気まずい雰囲気ぃ。もう少し言葉を選びなさいよクロトはぁっ。エリーちゃんも一生懸命なのはわかるけど、相手があれじゃあねぇ~。
ネアはひたすら考えた。
この気まずい関係にある二人をどう戻すべきかと……。
「――と、いうわけで。クロト! エリーちゃんと一緒に留守番しててちょうだい!」
食事が終わればネアは唐突にそう言い出す。
急な命令をされたクロトはもちろん不愉快と呆れながらネアを見上げる。
「なんだよいきなり……」
「私、この馬鹿連れて周囲の様子を見てくるわ。歪みが解決したならまた別の発見もあるかもしれないもの。何時までもこんな樹海にいるわけにもいかないでしょ?」
クロトは……納得した。
まだ本調子とはいえない体。完治にはあと数十分といったところ。その時間は余計な動きはしないほうがいい。
ネアの提案も行動を再開した時におおよその目標も立てれるため、あながち馬鹿にはできない。
渋々頷くも、一つ問題点がクロトの視界に映ってしまう。
「……つーか。――このガキも一緒かよ?」
思わずエリーは胸に突き刺さるものを感じる。
普段以上にエリーを鬱陶しく思っていることが平然と言葉になって出てきた。
更にイロハも異論があるらしく手を上げる。
「ねぇねぇ、お姉さん? お姉さんが誘ってくれるの、なんかわかんないけど怖い」
こちらもストレートな言葉を飛ばしてくる。
ネアとてイロハと二人っきりで行動を共にするなど、前回までで終わらせてほしかったと思っている。
しかし、今回は訳あって嫌々ながらもイロハを引きずって連れて行く。
「うるさい! いいから来なさい!!」
「ああ~っ、お姉さん怒らないでぇ~!」
取り残された二人はしばらく呆気にとられた。
そして、……互いに顔を合せるということをしようとせず、ただひたすら黙り込む。




