「嘆きの炎」
樹海に取り込まれたのは四人。そして、魔銃使い二人の契約した悪魔が二体。
樹海の鏡はその本能に従い取り込んだ生命の心を惑わす。
本能が選んだ、最も心が不安定な者。
それは――【炎蛇のニーズヘッグ】だった。
欲があった。業があった。弱者を踏みにじり、強者としてあった。
己の信じた道に亀裂が走ったのは、小さな弱者の抗い。強者に屈することなく弱者が抗った。
なんの得にもならないそれは徐々に悪魔の均衡を崩していく。
対等の旧友にも追い詰められ、過去がチラチラと脳裏をよぎる。
所々が霞み、自身がその記憶に目を背けていた。最も見たくない記憶にあるもの。それを鏡は映し、……炎蛇の感情を爆発させた。
「――見るなぁああぁあああッッ!!!」
周囲をなぎ払う爆炎がフレズベルグを遠ざける。
コレまで以上の威力と熱量が樹海を燃やす勢いで駆け抜け圧倒。その域はクロトたちにまでも届いていた。
「……っ!? ニーズヘッグ!」
爆炎の勢いに身を立たせた炎蛇は顔を手で覆い、指の隙間から金色を覗かせる。
「見るな……っ、見るな、見るな!! 俺を……その目で見るなっ。俺は…………間違ってないっ」
まるで恐ろしいものでも見たかのように、酷く動揺するニーズヘッグは炎の中で声を震わせていた。
ニーズヘッグの目はずっと鏡にのみ向いていることに一早く気付いたのはフレズベルグだ。
「落ち着けニーズヘッグっ! 樹海に呑まれるなっ。すぐに核を壊せ。このままでは完全に暴走してしまうぞ!」
「うる、せぇ……っ。どいつも……こいつも……っ、この俺を貶してんじゃねぇッ!!」
動かずにいた炎蛇の皮衣が途端にニーズヘッグの感情任せに暴れ回る。
周囲を鞭のように弾きその度に爆炎を起こす。
見境無しの爆風にいろんなものが飛び……。
「――うわっ!? ……なに?」
イロハの頭にあるものが直撃する。
ぶつかったのはクロトの魔銃だ。爆風で飛ばされてきた魔銃はクロトの傍らにまで戻ってきた。
遅れて風で炎を退けながらフレズベルグは四人の前にまで後退する。
「……愚か者がっ。これでは収拾がつかんっ」
「なんてタフな奴なのよ……っ。もろにぶち当ててやったっていうのに」
炎の奥で炎蛇は叫ぶ。惨めな屈辱と……抑えきれない衝動に炎を周囲に放つ。
赤く燃える樹海の中で、エリーは炎の奥の蛇を見た。
叫ぶ声は胸を打つようにあり、ふと、星の瞳は見開き眉尻が下がる。
「…………あの人、……泣いてる?」
舞い散る火花に手を伸ばす。
熱く他者を傷つける炎。それには怒りだけでなく、悲しみが紛れている感覚。
「俺には、力が……、力が必要なんだよ! こんな惨めな思いを……っ、もう二度と後悔しないための力が!!」
力を求めた蛇。それは確かに身勝手なもののはず。
それなのに、内にある心を刺激する声に、エリーからは不意に涙が一滴零れ落ちる。
「消えろっ、消えろっ! 全て灰にしてやる!!」
蠢く羽衣が形を変えていく。
それは二つの大蛇を作り出しニーズヘッグの左右傍らに寄り添い、前方に目がけ口を同時に開く。
蛇の口は炎の陣を刻み周囲の炎を集め凝縮し始めた。
「……まさかっ、此処でそれを使うつもりなのか!?」
気付いたフレズベルグは驚愕と目を見開く。
熱の塊は強い圧を放ち全員の身を強ばらせた。
「あの蛇……まさかとは思うけど、前にクロトが使ったやつをやるつもりじゃないでしょうね!? あのセントゥールを砕いた炎!」
「残念ながら正にそれだ。それも暴走している。……正気かニーズヘッグっ。そんなものを放てば、お前もタダでは済まんぞ!?」
「……どういう……ことなんですか?」
「我々は人間が扱うために枷によって魔力の多くを制限されている。今でもそれは変わらん。そんな制限のかかった状態で枷の定めた力以上のものを身勝手に使用すれば、最悪その存在を意地すらできなくなる恐れがある。我らの肉体は……人間とは違い血肉だけでなく魔素と魔力でもできている。下手をすれば……」
その先はフレズベルグも言えなかった。
察したその言葉の先は――【死】だ。
「……愚か者の尻拭いは最後までしてやるつもりだ。できることはするが、……過度な期待はしないことだっ」
フレズベルグは片手を前にかざし風を起こす。
自身と四人を覆う風はその形を巨大な翼に変え包み込むように閉じた。
それを何重にも重ね次に放たれる強大な炎を退けようとする。
しかし、それでも心許ない。フレズベルグもそれはわかりきっていた。
おそらく、この盾の翼も……。
炎蛇の目にはその盾すら抗いで障害でしかない。不快感は炎の火力を増し、樹海のゴムの如き樹を溶かし始めた。
「――そんなもん、意味ねぇんだよッ!! 俺の前で抗うな……っ、俺の前に立ちはだかるな!!」
凝縮された灼熱の炎の塊が一つになる。
――来る。
フレズベルグは固唾を呑み、呼吸を止めた。
「――【焼き砕け】ッ!!!」
樹海に炎の炎蛇が顕現する。竜は唸り声をあげ、身をくねらせながら障害の樹をものともせず盾の翼を呑みこむ。
強い力が風でできた壁すら砕き始める。崩れそうになるたびにフレズベルグは更に風を繋ぎ修復。それを繰り返したとしても修復が間に合うことはない。
亀裂は徐々に広がり押し負けずに盾を維持するフレズベルグの身が下がりだす。
「フレズベルグっ!」
「……っ、やかましいっ。気が散るっ。……だが、この盾も……そう長くは……っ」
ほんのわずかな諦めすらでそうになる。
風が一瞬不安定になればフレズベルグはその迷いは振り払い再び意識を集中させる。
熱が内側にまで侵入を開始し身を焦がすほどの熱が襲った。
あまりの熱は意識すら連れ去っていくようだ。
「これ……、ホントにヤバい……っ。なんとかならないの!?」
「……っ」
ネアはエリーを強く抱き少しでも駆ける熱から守る。
打開策を探すも、相手は強固な魔王すら砕いた炎。それに抗える手段など思いつかない。
肉を焼き、骨を砕き、最後には魂すら焼き尽くす業火の炎。その餌食になるのも時間の問題。
そう思えた時、一人、まだ諦めきれずにその身を動かす者がいた。
「クロト、さん……っ」
クロトは自分で寝たきりだった体を起こす。
薬のせいか痛みは完全に消えている様子。だが、動けば傷口からは血があふれ出す。
一度手放した魔銃を強く握りしめ、炎の流れに逆らうように前へ向かおうとしていた。
「馬鹿っ! 無理すんじゃないわよクロト!」
「……そんなもん……してねぇっ」
クロトは無理をしていた。
その証拠に、立ち上がろうとするもすぐに崩れ地に倒れてしまう。
自分が地にまた倒れたのだと理解するのには時間がかかった。体をぶつけた衝撃どころか、クロトは足が地を踏み立ち上がろうとする感覚が一切なかった。
ただ視界だけが急な動作をとるのみ。魔銃を握りしめている感覚すらなく、本当に手にしているのかすら感じられない。
「…………くそっ」
「感覚ないでしょ!? なにかっこつけようとしてんのよ! アンタにそういうの似合わないっての!!」
「うる、さい……っ。このまま、俺は死ぬわけにはいかねぇんだよっ」
意地か、執念か。何度でもクロトは身を起そうとする。
なんとかかがめたところで、熱だけでなく炎までもが内側に入り込む。
それを認識した時には翼の盾は脆く崩れ、炎の大波の進行を許してしまう。
咄嗟に、フレズベルグが自身の翼を広げ庇おうとし……全員は炎の中で姿を消した。
樹海を震わせた炎が静まり焼跡からは悪臭漂う煙がたちこむ。
ニーズヘッグの眼前。業火の炎の通った先では樹海の樹が無残に破壊され無理やりこじ開けたかの様。
少々早い呼吸をとりつつ、ニーズヘッグは呆然と前を眺め。
……次に、喉を鳴らして、狂ったように笑いだし、静寂した樹海に響かせる。
「ざまぁないな!! ……消えた、全部……消えたっ。やっぱり俺は正しかったッ!!」
立っていることがやっとの炎蛇。纏う羽衣は美しき輝きを失い、彼に自身を動かすほどの余力は残っていなかった。
それでも、この歓喜だけは譲れず。自分の生き様の正しさに笑ってしまう。
「そうだっ。弱者は所詮そうなんだよっ。お前は加担する相手を間違えた……っ。誰かを……守る? そんな力、意味ねぇんだよ!!」
勝者として立つニーズヘッグは、ついに狂い笑う声を徐々に失っていく。
自分でも立っていられることが不思議に思えてくる。
見下ろした自身の肉体はところどころが透け始めており存在を保つことが困難となっていた。
――消える。そう理解してから、呆然とし達成感は一気に虚しく消えてしまう。
「…………悪い、姫君。……本当は……もっと」
ふと、暗闇の中で見た光を思い出す。
ただその光が欲しかった。自分を照らす唯一の光が。
ずっとそばにいたかった。できることなら……その光に受け入れられたかった。
……あの時。自らクロトを選んだように。手を差し伸べてほしかった。
そんな幻想が……突如砕かれる……。
ニーズヘッグは金色の瞳をゆっくりと見開く。
よろめいた脚は一歩後退り、違和感のある体に目を向ける。
その時、体内を抉るような痛みが走った。
「……は?」
ニーズヘッグの腹部から血が溢れ出す。
まるで何かに撃たれたような痕。何かに攻撃された。それだけでなく、その傷は癒えることなく血を更に噴き出ていく。
「――なっ!? ……なん、でっ」
不死である肉体はすぐに傷を癒すはず。それを疑う頭の片隅ではよからぬものを感じてしまった。
「まさか……、まさかっ!」
未だ煙が立ち込める前方に目を向ける。
徐々に晴れだす煙の奥。そこにはあり得ないと思える姿があった。
「なんで……、お前がいる……!?」
敵意が目の前には存在した。
銃口を向け、明確な殺意すら向けている。
ニーズヘッグは自身の目を疑い、一寸の恐怖すら感じた。
「立てるはずがないだろ……っ。なんで……、――クロトッ!!」
そこにはクロトがいた。
四肢は未だ傷だらけのまま。そんな体で立てるはずがない。それどころか、その形があることすらあり得なくあった。
魂すら燃やす業火の炎に召されたはず。例え不死で肉体が戻るとしても多少の時間はかかるはず。
ましてや、まだ目は抗う意思を強く宿している。
一歩。クロトは前に踏み出そうとするが、簡単に崩れてしまいそうになる。
更にニーズヘッグは目を疑う。
そんな倒れそうなクロトを支えるものがあった。それは……。
「……俺の…………炎蛇の皮衣……?」
クロトを支えたのはニーズヘッグが今も身に纏う炎蛇の皮衣。それがもう一つ存在しクロトの傍らにあった。
しだいに羽衣はその姿を現した。
周囲の煙を払い何かを覆うように存在していた。
羽衣はゆらめいて覆っていた形をほどき、その場にいた者全員が無傷の姿がある。
遅れてからクロトは呼吸を整え、最初のニーズヘッグの問いにへと答えだす。
「……お前、まだ言ってないよな? ……これには、どんな強力な炎すら防げるってことを」
「――ッ!?」
「一か……八かだった……。ご丁寧にお前が気を乱し、大技に集中していたからな……。もしかしたら……お前の支配が解けてんじゃねぇかって。…………賭けは、俺の勝ちだ」
ニーズヘッグによって魔銃は悪魔の力を封じられていた。その支配がこの土壇場で解除されていないかと、クロトは魔銃にすべてを賭けた。
炎蛇の、業火の炎を防ぐ唯一の手段。それはニーズヘッグの力の一つである炎蛇の皮衣を顕現させること。
間一髪でそれを成し遂げクロトはその場に立っている。誰一人殺させず、全員を守り抜いた。
「……嘘、だろ? 俺の……俺の炎が……、俺の……相棒が……っ」
最後に己を阻んだのは、己の力だった。
自分が先ほど否定してしまった、他者を守るために使われた、自分の皮衣に。
支えを借りながらクロトはなんとかニーズヘッグのところまで行こうとする。一歩ずつ足を踏み出すも足が地についているのか、宙に浮いているのかすらわからない。それでもと、確実に前進する。
撃たれた傷をおさえつつ、ニーズヘッグはそれから後退る。
自身の羽衣に指示をだそうにも力もなく言うことを聞かない。
今のニーズヘッグを守るものはなにもない。
「……まったく、ひやひやさせおって」
クロトの身が、不意に宙に浮く。支えであった炎蛇の皮衣はふっと消えてしまい、代わりにクロトを持ち上げたのはフレズベルグだった。
「さっさとこんな茶番など、――終わらせてこい!」
そう言って、クロトの意思など関係なく。フレズベルグはニーズヘッグに向けクロトを投げつけた。
驚愕とする暇すらすぐに潰すように、ニーズヘッグにクロトが派手に激突した。
咄嗟にニーズヘッグから樹海の核が離れ、地に落ちると共にそれをフレズベルグは踏みつぶす。
ようやく破壊された核。樹海は悲鳴をあげるように崩壊を開始し始める。
「フレズ、ベルグっ。……お前っ」
「……もう、お前を見ているのには飽き飽きだ。私は先に帰らせてもらう。後はその愚かな主にでも制裁を与えられるとよい」
そっぽを向いたフレズベルグは光の粒子となって姿を消してしまう。
残されたニーズヘッグは無理矢理体を起こそうとする。
だが、ふと開いた目先には銃口が向けられていた。
ニーズヘッグの上でクロトは魔銃を頭にへと向け睨みつけている。
腕には大した力は残っていない。狙いを定める腕は震えるも、撃とうとする意志は固くありなんとか照準を合わせる。
「て、てめぇ……っ。この、ガキが……っ」
「わかってるだろうがっ。こんな体でも……、さすがにこの距離で外す俺じゃないっ。お前とは、違うんだよ!」
「ッッ!! お前が……、お前が俺を否定する……だとっ!? 所詮、俺の力がなければ強がれないくせにっ。俺が願いを叶えなかったら……、お前なんてあのまま飼い殺しにされてたくせに!! どの面で、俺に銃を向けてやがる!」
事実を蛇は口にする。
クロトの願い、生き方、強さを与えた炎蛇。
この悪魔の存在がなければ、今のクロトは存在してなどいない。
「むしろお前は俺に感謝すべきだろうが! ……ふざけんなよ、人間のガキが!!」
「……だから、なんだよ?」
その時。魔銃の銃弾が悪魔の頭を撃ち抜いた。
呆気なくしばしの死を迎えた悪魔はそのまま光の粒子となって消えていく。
撃ち終えたクロトは肩の荷を下ろし、呆然と一人呟く。
「お前どころか……、俺はお前を渡した魔女にすら感謝してねーよ。……俺に、そんな感情はないからな」
樹海は形を歪め崩れる。まるで周囲は幻かのように薄れ、気が付けば四人は元の樹海に戻っていた。
あれほど傷を付けられなかった一同を引きずり込んだ鏡。それは亀裂を走らせ、砕け。破片は大気に溶けて消える。
『やくまが 次回予告』
ニーズヘッグ
「ちょっと待てぇえええ!!! なに一段落付いたみたいに終わってんだよ! 俺の出番返せ!!」
フレズベルグ
「ああ……、やかましい愚か者だ。炎上するな炎蛇だけに」
ニーズヘッグ
「なに面白いこと言ったみたいにしてるんだフレズベルグ! 樹海から出たら俺らはもう出れないんだぞ! え!? これで俺たち終わり!? こんな濃いキャラの出番もう終わり!? 意味不!!」
フレズベルグ
「……何気に私の心配もしているのだなニーズヘッグ。今回結構お前を潰した気がするが?」
ニーズヘッグ
「だって俺ら――【ズッ友】だろ!?」
フレズベルグ
「――ッ!!(////////」
ニーズヘッグ
「嫌だぞ俺。お前と一緒になって出番なくなって寂しく存在忘れられてくの……。俺は絶対にお前を忘れたりしないからな、友人A!!」
フレズベルグ
「わかった、……わかった。そこまで言うならしばしこの場ではちゃんと付き合ってやろう。仕方のない奴だ」
ニーズヘッグ
「さすがフレズベルグ! じゃあ、まずは俺らの出番をなんとかする方向で考えようぜ!」
フレズベルグ
「しょげてるのか……、前向きなのか……。とりあえず我らは魔銃から出れんし、本編では互いに会話すらできんしな。どうしたものか」
ニーズヘッグ
「とっとと出て姫君愛でたい! アイ、ラブ、姫君!!」
フレズベルグ
「おい、話を聞け……っ」
ニーズヘッグ
「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第三部 五章「失われた炎」。絶対に復帰してやる!」
フレズベルグ
「……あ。言い忘れていたが、我々の出番は今後ちゃんとあるぞ?」
ニーズヘッグ
「マジで!? それを早く言って友人A!!」




