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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第三部 四章「守るための衣」
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「切り札」

 再度始まる、風と炎の嵐。

 イロハは傷だらけのクロトを少しでも遠ざけようとその身を引きずる。


「ふざけんなよアホ!! 腕穴空いてる奴の腕引っ張るとか馬鹿か!?」


 気遣いどころか配慮の足りないイロハを罵倒。


「……ええー。そんなこと言われてもぉ。じゃあ……、こっち?」


 次にクロトの衣服を掴み……再度引きずる。


「だから引きずるなって!! このクズ!!」


「ええー、コレもダメなの?」


 クロトの四肢は魔銃による銃痕でまともに動かない。多少の痛みは堪えるしかないが他人に引きずられるという行為には苛立ちを爆発させてしまう。

 これではろくに移動もできない。

 困るイロハはクロトを離ししゃがみ込んだ。


「どうしよう……。ねぇ、姫ちゃん。どうしたらいいと思う?」


「そう言われましても……。クロトさん」


 幾度かの不満はあるだろうが自分たちにできることはこれくらいしかない。

 全身傷だらけのためどう対処してもその傷はどうにもならない。


「……うるさい。どっか行くなら、お前らだけで……行けっ」


「そんな……。そんなこと、できませんよ」


 最悪クロトの移動は困難だ。それならと、クロトは自身を置いて行くように言い出す。

 納得がいかずエリーは手を握りしめた。


「クロトさんも、一緒でなければダメですっ。……また、クロトさんに何かあったら……私っ」


「でも、ボクじゃどうしようもないよ……。先輩怒るし」


 そうこう言っている間に激しい熱風が強く吹き荒れる。

 勢いよく下がってきたフレズベルグが翼を広げ踏みとどまった。


「まだこんな所にいたのか愚か者共っ。邪魔だと何度言えばわかる!?」


 鬱陶しいと睨むフレズベルグ。どう言い訳していいのかもわからずエリーは戸惑う。

 

「ご……ごめんなさいっ。でも、こんな状態のクロトさんを動かすなんて……」


「……っ。失礼だが姫。私はそこの愚か者二人に言っていて……べつに姫に文句があるわけでは……っ」


 少々頭を悩ませる。

 その隙を突いてか、粉塵に紛れ炎蛇の皮衣が飛び出す。

 真っ先にエリーを狙い絡みつこうとする衣。それをフレズベルグは飛びかかった蛇を掴み取るように捕らえ炎が手を燃やす。


「手癖の悪い羽衣め。いい加減にしろと、言ってるのだ愚か者がっ」


 一気にそれを強く引く。強引に引きずり出された炎蛇の身を今度は殴り突け風と共に吹っ飛ばす。

 阻むフレズベルグに舌打ちし、地にぶつかるよりも早く体勢を立て直した。

 羽衣を杭として打ち付け踏みとどまる。内臓を破裂させられるような衝撃にしばらく動きが止まってしまった。

 それでもやはり傷は癒えていく。体力は人間とは違い有り余った悪魔二体の死闘に終わりはまだこない。


「やっぱり……、お前とじゃキリがないなっ。さすがフレズベルグだ。俺が対等に認めただけはある」


「お前も存外しぶといなニーズヘッグ。私と違いお前には痛覚がある。今ので内臓の幾つかが死んだはずだ。よく精神が保つものだな」


「ハッ! 容赦ねぇんだな……。これでも幼なじみぐらいの旧友だってのによぉ」


「それがどうした? 愚か者を躾るのに手を抜いていては役目は果たせんからな。幸いお前は死なない。……まあ、殺す程度の傷は与えてやるがな」


「ホント容赦ねぇ……っ。なあ、フレズベルグ。……俺が自由を求めるのは……そんなに悪いことか?」


 身構えていたフレズベルグの身が、ピクリと反応する。

 殺気などなく、ただ旧友に向ける微笑みに一寸ほどの動揺が出てしまう。


「俺もお前とまた自由に過ごしたい……。俺たちは人間と関わるべきじゃない。……そうだろう?」


「……だからと言って、あの姫を犠牲にするのか? もっと他にやり方はないのか?」


「俺はその姫君のこと好きだぜ? だが今の俺たちが魔銃から解放されるには力が必要なんだ……。俺たちを魔武器に繋ぎ止めている枷を外すほどの力が。俺たちが解放されるには今しかないんだよ。……この樹海から出てしまえば、俺たちは魔銃の中に戻る。またあんな惨めな生活に逆戻りだ」


「……惨め、か。確かにそうだな。だが、例え人間だろうと、私はこんなやり方で自由など得たくない。どれだけ続くかわからんが、私もその惨めな思いを共に過ごそう。他の手段を探せばいい。きっと、なにかあるはずだ」


 少しでもニーズヘッグの意志が傾けばいい。そう願いフレズベルグはこの期に説得を試みた。

 フレズベルグにもニーズヘッグの意見は尊重してやりたいという気がある。ただ、犠牲を出さない方法でそれを叶えてやりたいと。

 

「今じゃなくてもいい。お前の考えに同情だってしてやる。……頼むから、もう愚かな考えはやめろ」


 旧友に手を差し伸べる。

 今フレズベルグにできるニーズヘッグへの施しはこの程度しかない。

 必死と切なさのある翡翠の瞳がこの手を取れと訴える。切実な願いに、ニーズヘッグの手が伸びた。


「ニーズヘッグ。きっとこんな方法じゃなくても出られる。……いつか、きっと」


「……ああ。――そうかもな」







 刹那。ニーズヘッグの口角が吊り上がる。

 フレズベルグがその異変に気付くのと、ニーズヘッグの伸びた手がグッと閉じるのは同時だった。

 樹海の地を貫き伸びた炎蛇の皮衣が大鳥の身を何重にも縛り上げる。藻掻き逃げ出そうとする鳥の翼すら絡め逃げられぬように。

 

「――ニーズヘッグ!?」


 フレズベルグは縛られた翼をこれでもかと動かそうとする。風はそよぐのみで攻撃性能をさほど発揮されない。

 呆気なく捕らえられた鳥を蛇は嘲笑う。


「お前は本当にいい奴だよ友人A。お前を捕まえるのは難しいからな。少し動揺を与えてやった」


「……っ」


「お前の翼は魔素を取り込む器官でもあり力の源でもある。それを封じてしまえばお前の風なんてただのそよ風だ。それくらいは知っている。俺はお前と一番付き合いが長いからな……」


「……嘘……なのか? さっきまでのことは、全て嘘なのかニーズヘッグ!?」


 動揺に見開く翡翠の瞳。

 少しでも気を改めてくれると信じていたフレズベルグの心までもニーズヘッグは切り捨てる。

 騙したのかと問いただせば、ニーズヘッグは笑みを緩めてからその答えを出す。


「…………嘘なわけないだろうが。姫君のこと好きなのも、お前と自由になりたいってのも……全部俺の本心だ。お前と殺し合うことだって、本当はしたくない。俺が嘘嫌いなの……お前も知ってるだろうが」


「……」


「だからお前はもう俺の邪魔をするな。……例えお前に絶交されても、俺はしない。全部終わったら解いてやる」


 それが友人としてのニーズヘッグがフレズベルグに送る最後の言葉だった。

 失望か、フレズベルグは言葉を返さない。

 一番の障害もこれでなくなる。残るは脅威などない。

 安堵に気が緩んだ時、フレズベルグはうつむかせていた顔を上げニーズヘッグに首を傾ける。



「……そうか。あくまで愚かで居続けるのだな」


 

 動揺などない。まるでこうなるのではという予測がわずかでもあったのか直ぐに気を立ち直らせる。

 軽蔑と冷たい眼差しにニーズヘッグの背筋がゾッと冷え込む。

 

「不死身のお前相手に、私がなんの策もなくただ潰すだけと思っていたか? ……言っただろう、勝算はあると」


 気が取られてしまったニーズヘッグの傍らにフレズベルグの言う勝算の要がいた。

 頭上から落下し静かに間合いに入った黒い影。

 瞳がそれを認識しようと動く。その姿を目視し理解。ニーズヘッグの思考は焦ってそれを排除しようとした。

 咄嗟に刃を生み出し背後の存在に大きく振り払うも、手応えは一切ない。

 瞬時にそれをかわし身を低くしていたのは、まだこの場にいなかった――ネアだ。

 

「いきなり私に斬りかかるとか、最低野郎確定ね」


「――ッ!?」


 素早く、勢いを付けて身を起こしたネアはそのまま更に勢いを加速させる。

 鋭く伸びた渾身の蹴りがニーズヘッグの纏う羽衣の隙間を狙い激突。紫電を放ちながら蹴り飛ばした。

 

「がっ!?」


「女の子狙おうとか……、クズ以外の何者でもないわよ、アンタっ」


   





 フレズベルグがこの場に到着する前のことだ。

 フレズベルグはネアに一つ策を言い渡していた。


「異端者。お前は追いついたらしばらく待機していろ」


「その呼び方やめなさいって言ってるでしょうがっ。……で? どういうこと?」


「私も不死となっている。なら、これから対峙する奴も同様だ。……よって、お前は最後の切り札となってもらう。不死身の扱いには慣れているだろう?」


 ネアの能力をフレズベルグもそれなりに知っていた。

 雷撃を操るネア。その調整を巧みに操り相手の体を麻痺させることも可能。死ぬことのないクロトやイロハのもしもの時はそれで対応することもできる。

 その能力を見込んでフレズベルグはネアに一時待機を命令した。

 

「もしもの時はそれを使え。……確実に当てて奴の動きを止めてほしい」








「……あっ、くそっ」


 まともに直撃したニーズヘッグの肉体は与えられた雷撃に動きを封じられていた。

 炎蛇の皮衣の思い通りに力を発揮できずフレズベルグの拘束を解く。

 

「協力には感謝する。……異端者」


「ホントムカつくわね! ……それよりもっ」


 一仕事終えたネアは後方にいた三人のもとにへと駆け込む。 

 

「……ネアさん」


「エリーちゃん、大丈夫っ?」


「私は……。私よりも、クロトさんが……っ」


 泣いてしまいそうな声。ネアはクロトに目を向ければ驚きのあまりに目を見開いてしまう。

 両手足からは血が流れ酷い有様。今でもまだ意識が残っているのがおかしいほど。

 エリーはネアが来たことに安心と堪えていた涙を溢れさせる。


「クロトさんは……私を守ろうとしてっ。こんな……っ」


 【厄星】の気配はあった。状況の悪さもわかってはいたが、傷の癒えないクロトの有様には驚愕しかない。

 いつも悪態と憎まれ口ばかりなクロトにその威勢がさほどない。

 

「大丈夫だから、泣かないでエリーちゃん。……でも、これはさすがにヤバいわね。不死身でもこれだけの出血……」


「どうすれば……、どうすればいいんですかっ?」


「エリーちゃんっ」


「クロトさんを助けてくださいっ。お願いしますっ」


 ネアに泣き縋り付く。

 例え男であるクロトでも、それに悲しみを抱いているエリーを見ることには心が痛む。

 泣かないようにその身を抱いて背中を撫でる。


「大丈夫。私にできることはやるわ」


 優しく安心させてやると、ネアはクロトの傍らへ行きその姿を見下ろす。

 見下ろされたクロトは薄く目を開き視線を合わせてくる。


「……なんの、つもりだ?」


「仕方がないから助けてあげるのよ。……と言っても、私にできるはこれくらい」


 ネアは一つの小瓶を取り出す。

 中には淡い色合いのドロッとした液体が入っている。


「お姉さん、それ何?」


「治療薬のポーション。……その原液。本来は薄めて痛み止めや再生力を高めるためのものよ。……でも、このまま飲ませる。痛みはなくなるけど、……感覚もなくなるかもしれない」


「……それって、ひょっとしてかなりヤバい?」


「まあ、ヤバいっちゃヤバいはね。手や足が触れる感触すら消えることになる。……薬の効果が切れれば治るから、しばらくは我慢しなさいよっ」


 小瓶の蓋が開けられる。

 クロトは顔を背けてそれを拒絶した。


「ふざ……けるなっ。そんなもん……いらねぇ……っ」


「アンタのためじゃない! エリーちゃんのために私は動いてんのよ!!」


 強引にクロトの口を開かせ、ネアは小瓶を口の中へねじ込む。

 固形物にも近い液体が喉を通り強制的に体内にへと送り込まれていく。酷くむせ返るような濃度の高い薬品に吐き気すらあるも吐き出せれる力が残っていない。

 口から瓶が引き抜かれるとむせ出すように息を荒げた。


「……おま、えっ。余計な……ことを……」


「黙ってなさいっ。此処から出たら、さっきの薬、弁償しなさいよねっ」


 その心配をしている様子がないことに、不思議とクロトは安堵した。

 自然と薬のせいか痛みも引いていく。そのままクロトは眠るように瞼を閉じ、落ち着いた呼吸にへとなる。


「クロトさん……」


「安心してエリーちゃん。少し休んで時間が経てば治るから」


 エリーにとってクロトの不死は正に呪いにも見えた。

 どれだけ苦しんでも死ぬ思いをしても。死を抗って生き続ける。

 クロトの命が続くことに嬉しくあろうとも、その反面では死ねないことに悲しくも思えた。

 その傷が癒えようとも、また傷つくことが恐ろしくあった。







 体の自由が利かないニーズヘッグは地を這いつくばり屈辱に歯を噛みしめる。

 

「くそぉ……、ちくしょうっ。俺が……、この、俺が……っ。半魔なんて……中途半端な奴に……っ」


 大悪魔が人間と魔族の間の存在に敗北するという傷を刻み込まれた。

 それを屈辱と言わずなんというか……。

 ニーズヘッグはすぐ上を見上げた。目先にはフレズベルグがじっと見下ろしている。

 

「なんで……、なんでわかんねぇんだよっ。――なんで!!」


 怒りと同時に友に裏切られたという感情が声となって叫び出る。

 人間に荷担したことがそれほどまでに理解できないことなのか。何度もフレズベルグはその理由を口にしたはずだった。

 


「――お前こそ、何故こんなことをしたッ!?」



 ニーズヘッグの疑問すらはね除け、フレズベルグは言葉をぶつける。

 驚いたニーズヘッグは黙り込み瞳が揺らいでしまう。


「こんな形になる前からお前の様子がおかしかったことくらい……知っているっ。何故あの時、私になにも相談しなかった? 何故近隣の人里を燃やした!? 何故縄張りに踏み入った者を尽く燃やした!? ――何故なんだ!!?」


 裏切られたようにあったのはニーズヘッグだけではない。フレズベルグも同様だった。

 世に伝わるニーズヘッグという悪魔の悪行。それをフレズベルグはありえない行為だったと言っているかのようでもあった。

 

「愚か者! お前は……愚かでも、そこまで愚かではないはずだろうが!! 何故、なにも言わなかったんだ……っ。殺さずに済ますことなど、できたはずだろうが。力ばかり追い求めて……、お前はそんなものに、なんの興味もなかったはずだったろうが。何がお前を……そこまで変えてしまったんだ」


 翡翠の瞳から溢れる涙が堪えきれず落ちる。

 自分は泣いてないとでも思っているのか、必死と歯を食いしばって今でも堪えようとしている。

 泣いた旧友の顔に唖然とした炎蛇。


「……フレズベルグ」


「大馬鹿者だっ。お前も……私も……っ。こうなる前に、お前に問いただすべきだった……。それなのに、私は……、私のせいでお前が壊れてしまうのではないかと、怖かったっ。今からでもいい。いったい、お前に何があったんだ……」


 フレズベルグはニーズヘッグの過去を聞き出そうとする。

 しかし、その途端ニーズヘッグは動揺に口元を震わせた。

 

「……うる、さいっ。お前には……関係ないっ」


「ニーズヘッグっ。これ以上いらぬ罪を重ねるなっ」


「俺は……、俺には……っ」


 炎蛇は怯えた様で答えを拒む。

 フレズベルグにも言えないことをただその身一つで抱え放そうとしない。

 強情とし金色の瞳が視界を彷徨わせた時、一点を見た途端身を硬直させる。

 目先にあるのは樹海の鏡。ニーズヘッグだけに見えた鏡に映る姿。それはまた、悲しそうな目を炎蛇に向けていた。

 

「……見る、な。その目で……、――俺を見るなぁああぁああッッ!!!」


 蛇は叫んだ。悲痛の声で、爆炎を起こして周囲を吹き飛ばす。 

 

 

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