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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第三部 三章 「愛を捨てし者」
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「業の蛇」

「初めまして姫君。そして我が主。我が名は【炎蛇のニーズヘッグ】。四の王に属せし、業火の蛇。――ニーズヘッグ様だっ」


 男は、――ニーズヘッグはそう名乗りをあげた。

 クロトの魔銃に宿りし炎を操る蛇の悪魔。それが今、こうして二人の前に姿を出している。

 まさかこのような人と変わらぬ姿をしていたとはクロトも予想外でしかない。見事に形作られた人の肉体は炎蛇の皮衣を慣れた様にその身に飾っている。

 ニーズヘッグは自身の手をかざし、今一度己の姿を確認し微笑する。


「久しぶりの自分の体……。まさかこの姿で外に出ることができるとは、此処の鏡には感謝だな。おかげで欲しいものが手に入る」


 軽く舌なめずりしてから金色の瞳が一人の少女を捉える。

 目が合うとエリーは肩を跳ね上がらせ小刻みに震えてしまう。

 向かい合う二人を遮るように、クロトはエリーの前に出て自分の悪魔を睨み付けた。


「そいつはご苦労なことだな。……さっさと魔銃に戻れ。くだらねぇことしやがって、主の俺に逆らうつもりか?」


「はっ! 確かにお前は俺の主だぜクロト。……だが、それはあの魔女が仕組んだことだろう? 俺はお前を主なんてこれっぽっちも思ってねぇからな。……むしろ屈辱的だ。この大悪魔である炎蛇の俺がお前のような人間のガキにいいように扱われているなんてなっ。いい生き恥だっ」


 ニーズヘッグの噂は大昔からある。

 魔界より出現したこの悪魔はとある西の火山を支配し縄張りに踏み入った者、近隣の人里などを尽く焼き尽くしていったと。

 全てを根絶やしにする業火。肉体だけでなく死した者の魂すら燃やす。討伐なども行われたが、その尽くが生きて返ることはなかった。

 それがなんの異変か姿を忽然と消し、今クロトの魔銃に宿りこの場に姿現していた。

 その原因を作ったのは他でもない。クロトの追う魔女だ。

 

「あの魔女のせいだ……。あの魔女が俺にこんな屈辱を強いらせたっ。くそがっ。こっから出たらあの魔女焼き殺してやるっ」


 ニーズヘッグは魔女の姿を思い出しながら忌々しいと恨みを口にする。


「悪いが先約があってな。やりたきゃその後にしろっ」


「あーあー。よくもまあ、そんなことほざいてられるよな。どんだけあの魔女にやられてるか数えたことあんのか?」


「うるせぇ!」


「ガキの戯言に付き合ってるほど、俺は暇じゃなくてな。そんなことより、姫君ぃー。 聞こえてるよなぁ?」


 視界を遮られるもニーズヘッグは声を飛ばす。

 少々声色が変わり、それは好意を持っている様子でもあった。


「姫君のことはよく知ってるぜ。俺はずっと魔銃に組み込まれたまま見てたんだ。まあ、魔銃の中は居心地悪くて外なんかろくに見えなくて飛び飛びなんだが。……姫君のこと、初めて見た時から思った。――俺は姫君のこと、()()()()ってな」


「……えっ」


「だって姫君、マジで俺の好みでさ。ずっと触れたいって思ってた。そんな奴にすら優しさを向ける姫君はマジ天使、聖女っ。そんな姫君を俺は愛でて愛でて愛でまくって。……だからさ姫君。俺と来いよっ。そんな奴より俺の方が姫君のことを――愛してる」


 愛を口にするニーズヘッグ。好意を寄せられているのだが、エリーにとってそれは好ましくない。

 なぜなら今のニーズヘッグは怖くあったからだ。

 強引に責め寄りクロトが来なければ何をされていたか……。想像がつかずクロトの足元に寄り首を横に振る。


「だってよ。……ここまでくるとマジでキモいなお前。こんなガキに欲情してるとか……」


 冷めた目で貶してやればニーズヘッグは鼻で笑って呆れ顔。


「これだからクロトはわかってねーって言ってんだよ。姫君の良さも知らず、道具としてでしか見れないお前になんで姫君は従う? 俺なら姫君を愛せる。……お前と違って、な」


「……いい加減、ウザいんだよお前。……愛? 愛して? 俺の嫌いなもんを何度も口にしてんじゃねーよ!!」


 怒り任せにクロトは乱射。

 ゆらり、と。炎蛇の皮衣は揺れ、次の瞬間、素早く動き弾き落して主人を守る。

 そんな動きをクロトは知らない。

 炎蛇の皮衣はゆらりとした動きで主を包み込み守るもの。そうとしか記憶しておらずそれほどまで俊敏に銃弾を防ぐなど考えもしなかった。

 揺れる羽衣の隙間から金色の瞳が覗き込む。 


「俺の相棒なめんなよ? そんなガラクタの攻撃なんか効かねーし、俺に傷を作らせないのがうりなんだよ。最初にも言ったが、姫君は俺のだ。……お前に姫君は相応しくない、って意味でなっ」


 周辺に張り巡らされた羽衣が炎を纏う。暗い樹海を照らすのは業火の炎。生者を燃やし尽くす地獄の業火。

 直に周囲の熱を上昇させクロトからは冷や汗が流れ出る。


「お前、俺の相棒を守るだけの盾みたいな扱いしてたようだな? ウケるっ。俺の相棒は変幻伸縮自在、この世に一つしかない竜の衣。攻守共に優れた俺の最高の相棒なんだよ!」


 頭上より羽衣が伸び勢いを付けて迫る。薄い羽衣は柔らかな外見から途端に鋭利な刃となって降りクロトを狙う。

 蛇網結界。これは相手を閉じ込めるだけでなく張り巡らされた羽衣全てが敵となって襲いかかるという、正に袋の鼠と化していた。いや、蛇の胃の中のようなもの。

 クロトは落ちる刃を魔銃で受け流し火花を散らせる。どのような強固な刃とてさすがのクロトの魔銃には傷を付けられない。

 だが、欠点もある。

 受け流し、撃ち反らすも 落ちる刃の数は顕現され続ければ間に合わなくなる。地に突き刺さる羽衣がクロトの足場を奪う。

 それはクロトの近くにいたエリーにも影響を及ぼした。

 

「……っ!?」


 エリーに向け刃が落ちる。一早く察したクロトはエリーの衣服を掴み上げその場から掛け出そうとする。

 しかし、駆け出した片脚に刃が突き刺さり地面に固定。咄嗟に勢い任せで手放し遠ざけることはできたが、まだ足りない。


「クロトさん!」


「ぐっ! う、るさいっ、お前はとにかく離れて――」


 戦いの邪魔になる。クロトはそれをエリーに言おうとしたが、脚に突き刺さった羽衣が途端に巻き付き持ち上げ、激しく樹にへと打ち付ける。

 

「がっ! はぁ!」


「なに姫君と会話してんのお前? ホントにいけすかねぇなぁ、おいっ!」


 何度もクロトをいたる場所にへと打ち付ける。

 体が軋む。内臓と骨が何度崩され何度でも癒えることの繰り返し。吐き出した血は戻らずただ失う一方。


「不死身って言っても万能じゃない。傷は治って生き返っても精神がそれに追いつかず意識を保てなくなる。あとどんだけ死ぬ思いすればお前はぶっ壊れるんだろうなぁ!?」


「――ッ!!」


 地に振り下ろさた時、下で突き上げていた刃がクロトの腹を穿つ。貫いた刃は次に高温を放ちクロトの腹を内からあぶり、断末魔がこだまする。

 噴き出す血は沸騰し熱湯のように高熱を帯びて地に落ちた。


「ハハッ! 脆弱な人間がっ、この中で俺に勝てるわけねーだろうが!」


「……、……めてっ」


 エリーは目と耳を塞ぐ。身を打つような叫び声に体を縮こめ、心の声を口にする。


「やめて……っ。やめて、やめて、――もうやめてください!! クロトさんが、クロトさんがぁああ!!」


 …………。


 ふと、声が止む。

 おもむろに見上げた上ではクロトが腹部を貫かれたまま、力なく意識を失っていた。

 その生き地獄は、クロトの声がなくなるまで続けられ、地に落される。


「……ぁっ、……っ」


「おーいクロトぉ? もうぶっ壊れたかー?」


 体の傷は塞がるもクロトは虫の息。立つことすらできないクロトの頭を掴み上げニーズヘッグは顔を覗き込む。 

 ただかすれた声だけのクロトに戦う意思は残っていない。


「……黙ってればお前は可愛げあんだけどな。本当に残念だよ我が主。俺はべつにお前の全てを否定してるわけじゃないんだぞ?」


「っ、……が……っ」


「正直お前は哀れなガキだよ。あの時のお前はただ必死に生きようとして……、まあ、あとはゆっくり寝ていろ」


 その手を放そうとした時、クロトはかすれた声で何かを言おうとする。

 それに気を取られた時、クロトの持つ魔銃がわずかに傾きだす。

 意識を手放していたはずだというのに、クロトはその手に魔銃を握り絞めまだ放してなどいなかった。


「……く……そが。……まだ、俺は……終わってねぇんだよっ」


 トリガーを引く。クロトが狙うのはニーズヘッグの片脚。 

 間近な距離まで迫った瞬間を逃さず一発の銃弾を悪魔にへと撃ち込む。


 ――パァンッ……!


 寸でのタイミングだった。揺らめいていた羽衣が銃弾をギリギリ弾き主を守り抜いた。

 刹那の静寂で、ニーズヘッグは瞳を丸くさせ唖然としている。まだ抗う気力を残しているなど思っておらず、思わず冷や汗すら流した。

 少しでも遅れていれば脚に銃弾は直撃していた。

 悔しくも抵抗は虚しく終わり、クロトは自分の不甲斐なさに舌打ちする。

 

「……くそ。届かねぇのかよ……っ」


「いや、……驚いたな。まだそんな余裕があるとは、――なぁっ!」


 地にへとクロトを叩き付ける。弾んだ拍子に体を脚で踏みつけ押さえ込む。

 最後の抗いも無になりついに魔銃も手から離れて何処かへいってしまった。

 

「なるほど、人間にしてはよく保つな。弱いくせによく抗いやがる。魔界もこっちも、この世の理は強い者に従うものだろう? お前は俺よりも弱いんだよクロト。コレまでお前が強くあったのは俺がいたからだ。……お前の力じゃない」


 ニーズヘッグの手には銃が握られていた。それはクロトの持つ魔銃だが、それもまたクロトを映した時に作られた鏡の偽物。

 しかし、その性能を引き継いでいるのならその魔銃での傷はしばらく癒えることはない。

 銃を突きつけられればさすがのクロトも動揺し、歯を噛み合せて炎蛇を睨む。


「お前の弱点くらい知っている。コイツで撃てばお前はしばらく動けない。手足撃ち抜いてやるから、おとなしくしてるんだな」


「……くそ……蛇がっ。あのガキに、手ぇ……出してみろ……っ。その面、撃ち抜いて――」


 ――パァンッ!


 クロトの右腕、二の腕が撃ち抜かれる。

 これ以上無様に叫ぶまいと歯を食いしばって一撃目の負傷を乗り切る。


「さすがの俺でもこの距離なら外さないぞ。……で? 今なんつった?」


「……っ、クソ蛇の面を撃ち抜くって……言ったんだよっ。……ずいぶん、耳が遠いんだなっ」


 悪魔であるニーズヘッグにとって銃を握ることなど未経験に等しい。

 ただ使い方は理解している。あとは当てるだけ。

 クロトと銃口の距離などさほどなく当てるだけに関してはニーズヘッグでも容易くあった。 

 それでも悪態を吐き続けるのはクロトの意地だ。

 自身の弱い姿を見せようとせず、せめて意思だけは強くあろうとする。

 例え踏みにじられていようとも負けを認めず不敵と笑みを浮かべ向き合う。

 それが次の引き金となって片脚を撃ち抜かれることになっても。

 

「左脚。……残りは二つか」


「はっ! ……とろとろ撃ってんじゃねぇぞっ。下手なくせに……」


 クロトは弱音を吐かない。悪態のみを吐き捨て、続いて右脚も失うこととなった。

 

「あと一つ。……どうする? 泣いて謝るか?」


「くぅ……っ。……冗談っ、言ってんじゃねぇぞ……クソ蛇がっ」


「……ああ、そうかよ。お前は本当の馬鹿だよクロト。遠慮なく最後の一つも撃ち抜いてやる」


 クロトの出血量は魔銃による負傷で一気に増加する。処置もされず出血死で死ぬのも時間の問題だ。

 あと一発風穴が開けられればその時間を早めるのみ。

 だが、泣いて許しを請うことはクロトにはできない。

 するくらいなら、潔くその銃弾を笑って受け止めてやる。そう心に決めていた。

 その結果が何を産み、どう活路を開けるのかなど関係ない。 

 意地のぶつかり合いに悲痛の叫びが刺さる。


「やめて……、もう、こんなこと、やめてください!」


 この惨状に耐えきれなくなったエリーは泣きながら懇願する。


「お願いしますっ。クロトさんに、酷いこと……しないでくださいっ。私にできることはなんでもしますっ、だから……だからっ」


 願いは一発の銃声によって断ち切られた。

 クロトの左腕を銃弾が撃ち抜き、両手足をまともに動けなくさせられ堪えた呻き声をかすれさせる。

 その微かな声が、ふっと消えてしまった。

 

「悪い姫君。このガキが強情なもんでな。……撃った」


「……なん、で。なんでっ、こんな……っ」


「何処でも一緒さ。弱いから狩られる。それだけだ」


 動かなくなった身をニーズヘッグは放り投げる。ドサリとエリーの前に落ち転がったクロトに意識はなかった。

 傷口からは鮮血が溢れ止まらない。クロトの周囲は赤く染まり……エリーの視界すらも染め上げていく。

 

「……クロトさん? 返事、してくださいよ……」

 

 震える声で名を呼ぶも、クロトからの反応はない。

 触れようとするも傷が目に入り痛々しい姿に手を止めてしまう。

 血の気の引いた肌と、静かな様子から呼吸をしていない様にも見えた。動こうとしない体は鼓動すら止めてしまっているかの様。

 ――目の前で……クロトは死んでいる様。

 それがエリーの心臓をドクンッと跳ねさせた。

 

「あ……ああぁっ」


 悲しみに胸の奥が潰れてしまいそうになる。

 溢れる涙に濡れた星の瞳はしだいにその輝きを失い黒く染まる。

 



 ――叶えよう……。キミの願いを……。




 静かに手を差し伸べるような囁く声が聞こえた。

 ただ、この現状を否定したかった。夢なら夢であってほしいと、そう心が揺らいでしまいそんなことを叫んでしまった。

 止めどなく溢れる否定が願いを告げ、周囲を揺るがす荒波となる。

 直前。エリーを映した全ての鏡が突如澱みだす。鏡は少女の何を映したのか。

 嘆く声。呻く声。憎悪の声。鏡は異様な耳鳴りの音を発しながら()()()を捉え、全てを映しきれず悲鳴をあげながら次々と割れ砕け散る。


「……っ!?」


 樹海が怯えている。大気の揺れにニーズヘッグの肌と臓器が急激に凍てつく感覚を感じ取り硬直。

 鏡の破片は大気に舞い、エリーを中心に全てがはね除けられた。

 

「あああぁああっ! ――あああぁああああっ!!!」


 傷つく者のために心を痛め、少女はただ悲しみに泣き、……絶望した。

 それは彼女の中に宿る星を呼ぶ。

 七つの黒星――【厄星】を……。

 

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