「真相」
銃声の音が遠のく間に、クロトの腕の中にいたエリーが地に崩れ落ちる。
見事に頭を撃ち抜かれたエリーは地に衝突するとガラス細工のように砕け散った。
クロトが撃ったのは樹海の鏡が生み出した偽物のエリーであるのが事の真実だ。
「……だから言っただろうが。根拠があるって。アイツは俺に従う道具で……取柄は抱き枕要素なんだよっ」
クロトの抱いたエリーにはいつも感じられるものがなかった。
どこか安心する抱き心地。平常心でいるエリーにそれがないとわかればそれは全くの別物である。
そのたった一つの根拠が外れている可能性はクロトの勘からして一割ほど。エリーを撃つというのは最大の賭けでもあったが、クロトの行動は当たっていた。
「……で。こっからどうするかだな。なんだよこの樹海。あんなモンまでだすのかよ? ただ鏡が鬱陶しいことをほざくだけかと思っていたが……」
偽物が消え今はクロト一人。そうわかれば今度は周囲の鏡がぼんやりと光る。
また例の子供じみた嫌がらせなのかと耳を塞ごうとする。
しかし、塞ぎきる前に、クロトは唖然として目を見開いた。
「な……っ」
真正面に見える鏡はクロトを映してなどいない。それどころか別人を映していた。
ネアでもイロハでも、エリーですらない。
見えたのは一人の大人の女性だ。
その女性は微笑むように笑い、腕を広げている。まるでクロトが来るのを待つかのようにだ。
クロトは目を見開いたまま動けずに冷や汗を浮かべて流す。
動けないクロトに、女性は鏡から出てそのまま歩み寄る。
「クロト。何処へ行っていたの……?」
「……っ」
「勝手に何処かへ行ってはダメでしょ? 早く部屋に戻りましょう。此処は……危ないわ」
「……ぐぅっ!」
抱擁しようと近づいた女性。クロトは即座に魔銃を女性に向け撃つ。
脳天を貫き先ほど同様ガラス細工の様に崩れて地に散らばった。
撃ち抜いた後、クロトの鼓動は異様に強く跳ね瞳を揺れ動かす。
まるで……見てはいけないモノを見たかの様。動揺に呼吸を乱してしまう。
「いるわけ……ないっ。アレは……あの女は……ッ」
『――あーあ。ひでーことすんのな』
「――ッ!?」
鏡が今のクロトにそんなことを言う。咄嗟にクロトは声に向け銃口を向けた。
鏡に映るは自分。それは自分とまったく違うように立っており自立している。
不敵な笑みを浮かべ動揺しているクロトをあざ笑った。
『なにビビッてんだよ? マジでウケるんだが』
「……なんだ、お前はっ」
コレまでの鏡の幻聴とは違う。
目の前にいるのは自分であり……自分ではない。
言葉遣いも違い、似せようとなどしない全く別のものだ。
明らかに違う個体にクロトは声を返してしまう。
そして、鏡のクロトは肩をすくめて応答。
『なんだって、どう見てもお前だろう? 自分の姿を鏡で見たことねーわけ?』
「御託はいいっ。お前はなんだ! この樹海もお前の仕業か!?」
『怒鳴り散らすとはさすがガキ。質問としてはとりあえず、この樹海は俺の仕掛けたモノではない。おそらく元からあったのにたまたま引きずり込まれたのか、あるいは狙って他の奴が仕掛けたか……。まあ、なんとなく予想は付くがな』
「ああ、そうかよっ。だったらすぐこっから出しやがれっ。……他の奴らもだ」
途端に、鏡のクロトは吹き出し笑い出す。
『ハハッ。マジで? 他の奴らもって、ひょっとしてあのおまけもってことか? お前にしては面白いこと言うな。そこはもう一人だけを言うところだろう?』
「……なにが言いたい?」
『だから、お前が欲しいのは姫君だけだっつってんだよ。それ以外なんて邪魔なだけだろ? なのに一緒に助けるって? お前、気でも狂ったか?』
数秒。クロトは黙り込んだ。
他二名が邪魔かそうでないかなら、クロトとしては【邪魔】のいったく。賛同しようとも思うが、このあざ笑っている者に合せるなど胸くそ悪くなり一気にそれを否定してやった。
「俺は俺だ。アイツらはまだ使い道がある。……ただそれだけだ。…………それに、置いてくとあのガキが――」
正当な理由を語ろうとする。
それに割り込む声が言い切ることできなくさせた。
『ああ、姫君、きっと泣いちまうかもな』
「……っ」
『姫君はマジで優しいし他が大事で優先しちまう、正に聖女だもんなぁ。お前があの二人を切り捨てれば、きっと姫君は泣いて……お前のこと見損なうかもな。……正直、お前に期待する方が姫君の誤算だと思うけどな』
「…………お前、……本当に何者だっ?」
自分の姿で語る鏡のクロトは知ったようにエリーのことを語り出す。
まるでずっと近くで見てきたかのような言動。そしてなにより……。
――この鏡のクロトは、クロトのことをよく知っている。
『だから、お前だって言ってるだろう?』
「ふざけるな!! 俺がそんなキモいこと言うとでも思ってるのか? 俺にとってあのガキは道具。それ以外なんでもない。必要だから所持して、必要でなくなれば……」
『カハッ! 最高にクズな発言きたっ。用済みになったら捨てる、だろう? お前らしい回答マジでどうもっ。……ホントわかんねぇ。なんでお前なんだよ? 本当につりあわねぇ、わけわかんねーってマジで』
笑い出したかと思えば今度は静かな怒りを言葉にする。
「今度はなんなんだよっ! こっから出せれるのかそうでないのか答えろっ。お前に構ってる暇はない」
『……クソ腹立つ。場合によってはって思ってたが、やっぱお前、生理的に無理、アウト。俺のムカつくタイプだ』
「さっさと答えろ!」
『あーあー。うっせー。つーわけだから、俺もうお前と話す気失せた。こっちはこっちで楽しく用事済ませてくるとするか』
「話聞けよクソがッ!」
数発発砲する。しかし、鏡事態にはやはり弾は呑み込まれるだけであり相手に傷というものは付けられない。
『……ああ、じゃあこれだけは言っとくわ』
「……?」
『――姫君。アレ、俺のだから』
舌を出してそう宣言し、鏡のクロトは姿を消してしまう。
最初は理解に時間を掛けたが、クロトは次に舌打ちをしてその場から駆け出す。
「あのクソ野郎っ。狙いはあのガキかよ!!」
◆
「…………」
酷い異臭がする。ネアは鼻を塞いで黒焦げのイロハを見下ろした。
すぐに風が吹き酷な匂いを掻き消していく。死体同然のイロハを風が包み、次の瞬間イロハは飛び起きる。
「――はぁっ! ビックリしたぁ……。お姉さん、なんでいきなり攻撃するの?」
呆気にとられてしまうほどイロハはピンピンしている。
攻撃を仕掛けた当の本人それを冷めた目で眺め、重いため息と共に肩を下ろす。
「……はぁ。さすがにここまできたら本物だわ。この間抜け面と危機感のなさ……、確定か。ちゃんと回復してるものね」
偽物ならと大変迷惑な話で残念なことに。逆に本物でも男と一緒という状況に残念と、どちらにしても損なネアは再度重いため息を「はああ~」と吐いた。
「となると、最初見たクロトもやっぱ本物かしらね。……たぶん。じゃあ、さっき見えたのはなんなのかしら?」
「ん? さっき?」
「この道を私たち以外が進んでいた。……罠か、それとも別れた二人か」
「でも、先輩会ったら撃つって言ってたよ?」
「そうだけど、確認しないわけにもいかないわ。……ちゃんと付いてきなさいよ? はぐれたら承知しないからっ」
「……うーん。わかった」
ネアとイロハは先ほど見た人影を追う。
それが罠かどうか、確かめるために。
分かれ道などなく続く一本道。途中から鏡がなにか言葉を投げてはきたがネアに聞かないよう注意を受けイロハも関心一つなくついて行く。
鏡から聞こえてくるのは映る人物の心を読んで惑わす幻聴。
ときおり振り向いてしまうようなモノもあった。その気を振り払い、ただ目的である人影を探す。
そして、
「……いたっ。――そこのアンタ! 止まりなさい!!」
ネアは声をはって前方に見えた人影を呼び止める。
声をかけられた者は気付いて立ち止まり、ゆっくりと背後のネアとイロハを見た。
ネアはその者の顔を確認するなり「えっ」と目を見開いて声を出す。
遅れてイロハが来るも同様に目を丸くした。
「…………どういうことよ」
「あれ? なんで? ……ボク??」
前方にいたのはイロハだ。
それは少し違和感すらあった。
十中八九、前方にいるのは偽物である。そのイロハは姿だけで表情も素振りも全くイロハに似つかないものだ。
まるでちゃんと真似ようとしていない。自分は本物でないと物語っている。
「……なるほど。お前たちは本物……というわけか。ちょうど探していたところだ」
更には言葉遣いも違う。イロハの姿で冷静にそのようなことを言われれば違和感が半端なく酷い。
「近づきやすいようにこの姿でいたのだが、まさかそっちから来るとはな。わりとこの樹海もまだ大きなモノではなさそうだ」
「アンタ、なによ? この樹海が作ってる偽物じゃないわけ?」
「……少し、似たようなモノだ。そう敵意を向けるな愚か者。脳天気な愚か者もいて気分が削がれてしまう」
「お……っ」
「ねぇねぇ、お姉さん【おろかもの】ってなに?」
ネアはイロハの頭を直後殴った。
「お前のことだ」と言わんばかりに……。
「そう乱暴をするな愚か者。それでも私にとっては必要な愚か者なのだ愚か者。それ以上愚かになったらどうしてくれるのだ愚か者め」
よくそのような「愚か」を連発できるものだ。
ネアの拳が偽イロハに飛びそうになる。それをグッと堪えてネアは話を続けようと必死だ。
「じゃあアンタいったいなんなのよ!! あと愚か愚かうるさい!!」
「……つくづく愚かな。これだからガキの相手は嫌なのだ。……まあ、いい。おそらくお前たちには協力してもらわんといかんようだからな」
「協力……? なにさせようってのよっ?」
「簡単な話だ。……私は――この樹海を破壊するために行動している」
◆
エリーの目はパチッと瞬きをする。
突然なクロトの行動に呆気にとられてしまい思考が一時停止してしまった。
「ク、クロトさん!? ……あの、急にそんなことされても……困ります。私……ネアさんたちを探しに行かないと……」
背後から抱きしめるクロトに頬を赤らめながら戸惑う。
離れようとすればわずかに力が増してそれを拒んでいる。
熱のある吐息が頭部に吹きかかりもした。
「行かなくて……いい……」
「で、でもっ。私は皆さんと出たいです。……そうじゃないと、……きっと私後悔します。今までだって一緒だったじゃないですかっ」
「関係ない……」
クロトがわずかに息を荒げている様に感じた。何処か苦しいのかと不安になりエリーはクロトの顔を見た。
熱を帯びたように熱っぽい顔をして恍惚とした笑みを浮かべるクロト。
クロトの……細くした金色の瞳ずっとこちらを見下ろしている。
「お前は俺といればいい。……そうだろう?」
「……っ!?」
咄嗟にエリーは抵抗してクロトの腕から抜け出した。
距離をとり、疑心を抱いて目の前のクロトを警戒する。
「……なんだよ? 急にそんなふうに警戒して」
「…………クロト、さん……ですよね?」
「他に誰に見えるってんだ? どう見ても俺は俺だ」
「でも……なにか違います。……なにかっ」
「疑うのはこの樹海のせいだ。俺はずっと……最初っから一緒にいただろう?」
そう。エリーは四人でこの樹海に入った時からずっとこのクロトと一緒にいた。
最初ネアもクロトの確認をし、本物だと口にしてもいた。
だからこそエリーはずっとこのクロトが本物であると思っていた。しかし、幾つかの違和感はコレまでに感じていた。
そして樹海の核を持っているにも関わらず、クロトはそれを壊そうとしない。
「いつまでそうしている気だ? 言うこと聞かないなら、無理矢理でも連れて行くぞ?」
最後の温情か、クロトはエリーに手を差し出す。
もしコレが自分の思い込みなら本物のクロトを今疑っていることとなる。
エリーは恐る恐るその手を取ろうとした。
「……すみません。疑って」
「ああ。とっとと行くぞ。――エリー」
エリーは直後、クロトの手を取ろうとした手を引っ込めた。
ゾクリとした寒気にエリーは蒼白として更にクロトから距離をとっていく。
「……今度はなんだよ?」
「…………違う」
「は?」
「貴方は…………クロトさんじゃ、ない」
エリーには一つの確信が持てた。
それは目の前のクロトがクロトでないという根拠。
怯えてしまいそうな身をおさえてエリーは声をはる。
「……クロトさんは、私を……名前で呼んだり、しないっ」
「……っ!?」
「クロトさんは……、一度だって私のことを【エリー】なんて呼んだこと、ないです。私はあの人にとって、……そういうモノですからっ」
コレまで共に旅をしてきた。しかし、その間にクロトがエリーを名で呼ぶことは一切なかった。
いつも蔑む様な言葉で呼び、エリーはすっかりそれに慣れきってしまっていた。
だからこそ、急に名前を呼ばれたことに違和感が確信にへと変わってしまう。
よって……。目の前のクロトは樹海により出現した偽物となる。
「貴方は、誰ですかっ!? ネアさんの言っていた……偽物ですか?」
「……」
クロトはしばらく言葉を失い、ふと喉を鳴らす。
そして、盛大に腹を抱えて笑い出した。
空気が一気に変わる。危機感にその笑い声がエリーの体にビリビリと響いてくる。
「あ~、はは……っ。あーあ、もう少し楽しみたかったが、バレたならしかたないよなぁ。元々、俺ってモノマネの才能ねー方だし、それでも、まあ、楽しかったぜ。――姫君」
「……いつから、なんですか?」
「ん?」
「いつから貴方は私と一緒にいたんですか……!?」
幾度か目を離すことはあった。鏡に引きずり困れた時や蛇に驚いた時。
わずかな一瞬で入れ替わられていたのなら、それは早々気付けるはずかない。
「……キシッ。――最初っから」
「……っ!?」
「この樹海に引きずり込まれる際、俺は姫君を捕まえてアイツと入れ替わった。最初四人でいたろ? そん時には既に俺だったってわけ」
「な、んで……? だって、ネアさんはちゃんと確認を……!」
「ああ、それな」
クロトは直後、自身の首を爪でかき切った。止めどなく溢れる血液。傷口を淡い炎が纏ってすぐに止血し消えていく。
その不死身として特徴的な治癒方法は確かにクロトのもの。
「この程度で俺が本物とは、浅はかな確認方法だ。まあ、いきなり攻撃されてバレたかと肝が少し冷えたが、結果オーライ。まんまとあの邪魔共と離れることができたってわけ」
「……最初っから、貴方は此処から出る気がなかった……ということですか? だから皆さんと私を離して……っ」
「そういうことだ。でも、気付けない姫君も悪いんだぜ? だから、これから俺に何されても、俺のせいにしないでくれよ?」
手に握りしめていた樹海の核が高音を出して光り出す。
エリーは逃げようと身構えるが、背後の地面が突如振動し緑が突き上げて退路を断つ。
「……!? うそっ、そんな!」
樹海の硬質な植物による分厚い壁。
隙間なく密集したそれに阻まれ別の道を探そうと狼狽するも、片腕が急に引かれ壁にへとはり付けにされてしまう。
衝撃に堪え正面を向けば不敵な笑みを浮かべるクロトが目の前にいる。
心臓がドクンッと強く跳ね瞳が離せず身を強ばらせた。
「ああ……、姫君。俺の姫君。やっと手に入れた」
「ひ……っ」
指先がそっと頬に触れ撫でる。
「ずっと欲しかった……。喉から手が出るくらい、姫君が欲しかった。姫君の全部を俺だけのモノにしたい。……その瞳も、唇も」
「やっ、やめ……っ」
指先が顎を通って喉に触れる。
徐々に下りながら吐息混じりで要望を次々と口にする。
「声も、髪も……。そして、この小さな心臓も」
鼓動を早める心臓の真上で指は止まった。
「全部……、俺は姫君の全部がほしい。余すことなく愛でてやりたい」
「……っ、っ」
「愛してるよ、姫君。――殺したいほどに……」
今更になってエリーは理解した。
目の前のクロトは自分を殺そうとしていると。
恐怖心が弾け、エリーは必死になって逃げだそうと抵抗する。
「放してっ、触らないでください!!」
「ダメだぞ姫君ぃ。そんなに暴れたら傷ができちまう。……姫君は俺のなんだから、いい子にして俺に従ってろ。愛でるのも傷つけるのも、俺じゃないとな」
両手首を片手で持ち上げられ頭の上に固定し動きを封じられる。
舐めるように見る視線がエリーの背筋をゾッとさせた。
「姫君の体……、ずっと触ってみたかったんだよなぁ。可愛い声も、もっと俺に聞かせてくれ」
腰回りなどを撫で体がビクリと跳ねる。
不意に瞼に溜まった涙の粒を舐められ、迫る恐怖にエリーは泣き叫んだ。
「や、だぁ……っ。こんなこと、やめて……っ、やめてください!!」
「それは無理だな。俺は姫君が欲しいから……」
「いやぁ!! ……誰かっ、たす、けて……っ。ネアさんっ、イロハさん!」
目の前のそれは恐怖でしかない。
笑みも言葉も。向けられる金色の瞳も……。
だからこそ求めたくなった。
一人の名を呼んで……。
「――クロトさんッ!!!」




