「疑いの始まり」
クロトはこの状況の深刻差を思い知らされた。
今現在、全員の体力に余裕はある。しかし、食料というモノが断たれた今、それがいつまで保つかが重要だ。
これには自身の不死も役には立たない。餓死が訪れれば一番に地獄を見るのは不死であるクロトとイロハである。永遠と餓死を繰り返すなど想像しただけで気分が悪くなる。
これは早急に出口か核を探さねばならない。
善は急げと行動を開始しようとすれば……。
「もう一つ。この樹海にはもっと嫌なのがあるのよね……」
と。更にネアが追打ちをかける。
行動を開始しようとしたクロトはピタリと動きを止め、顔をしかめてネアを見る。
これ以上になんの災厄があるというのか。だが、聞かないでおくというのも後々気がかりになって仕方がない。
要件を手短に済ませるため、黙ってクロトはネアの話を聞くこととした。
「……言っておくけど、此処が禁忌領域と言われる理由はもっとべつにあるのよ。それは周りの鏡にあるの」
淡く輝き、ときおり共鳴音を響かせる鏡が自分たちを映している。
この場に連れてきた鏡もそうだが、やはりこの樹海の鏡もただの鏡ではない。
不思議と。映る己の姿に幾らか不快感が湧く。
――まるで自分ではないかのようだ。
「――と、言うわけで……」
ネアが、ふと話を打ち切ろうとした途端。彼女はクロトに向け鋭く手を突き出した。
咄嗟のことに遅れクロトは狙われた頭部を傾け頬をかすめる。赤い線ができるもすぐに炎を纏い完治したが、攻撃されたことにクロトは怒鳴らずにはいられない。
「なにしやがんだッ!!」
「……よし。とりあえずクロトみたいね」
「わけわかんねーこと言ってんじゃねーぞ!」
乱心し銃を向け出すクロトをエリーと吊られてイロハがしがみついて止めにはいる。
ネアは至って悪気無し。淡々と話を続けていった。
「この樹海ではね、偽物が出るんですって。自分、もしくは身近な人物の」
「……偽物、ですか?」
「ええ。この樹海の鏡は魔力によって構成されている。焦らし気に迷いを植え付け、精神までもを蝕む最悪の樹海」
先ほどのネアの唐突な攻撃はクロトを本物か否かと確認するためのものだった。そう彼女は言いたいのだ。
不死であるクロトの治り方は炎を纏うと独特なものである。そこまでをこの樹海の鏡が再現できるかどうかは否めないが、ある程度の確証が欲しかったのだろう。
なるほど、と。納得して怒りを治めたいがクロトはそうはいかず……。
「……ああ、そういうことか」
――パァンッ!
今度は突然銃声が鳴り響く。クロトは右手に魔銃を持ち息をするかの如く隣にいたイロハの頭を撃ち抜いた。
呆気なく倒れたイロハは瞬時に起き上がり驚いた顔をする。
「ビックリしたぁ!! なんで急に撃つの先輩!?」
イロハの撃たれた頭部を風が撫でる。おそらく本物だろう。
確認ついでに憂さ晴らしを済ませればクロトは魔銃を黙々としまい、こちらも悪気無しである。
「確認だ確認……。話聞いてなかったのか?」
「それでも即死レベルの脳天撃ち抜く確かめ方ってなによ……。私そこまではしてないわよ?」
とにもかくにも、イロハとクロトの確認は済んだ。そしてネアにへと視線を切り替えると……。
「なに? 私を疑うっての? いい度胸じゃない」
「……俺はまだ何も言っていないんだが。…………そうだな」
最後に、クロトはエリーにへと視線を寄せる。
先ほどからの確認方法を見ていたせいか、目が合うとエリーはビクッと肩を跳ね上がらせ硬直してしまう。
もちろん。暴力などすれば代わりにネアからの反撃もくる。よって、クロトは穏便に確認する必要があった。
とりあえず、手招きをしてエリーを呼ぶ。応じないわけにいかないエリーは怖々とクロトに近づく。
すると、クロトはエリーの両脇に手を伸ばし、軽々と持ち上げた。
急に抱き上げられればエリーも驚いて目を泳がせる。
「……~っ」
「…………とりあえず本物だな」
「なんでそれでわかんのよ……。なんか逆にキモい」
「じゃあ、あとは……」
酷い言われようには耳を傾けず聞き流し、腕を少し下ろしてからポツリと呟く。
まだなにかあるのかと。ネアが問い詰めようとすればうっすらとクロトの口角が吊り上がるのが目に入る。
――直後。魔銃の銃口がイロハとネアの方にへと向けられる。
一瞬の威嚇に驚愕とした二人は身を固め、次に地に向け発砲。燃え盛る炎がクロトとエリー、ネアとイロハを遮断した。
「いきなりなにすんのよクロト!!」
「クロトさん……!?」
片腕に抱えられていたエリーですらクロトの真意が理解できず慌てふためく。
急な状況下に、クロトはその訳を口にした。
「要は他人は信用できないってことだろ? 行動を共にして知らぬ間に入れ替わっても面倒だ。だったら最初っから少人数で行動する方がいい。そしてお前らもよくできた偽物の可能性があるからな」
「だからってこの組み合わせには文句しかないんだけど!」
「なら一人で行動するんだな。それで一人でも樹海の核を見つけられればそれでいい。その方が出れる可能性も高いし、餓死寸前で共食いなんて結末も免れるからな」
合理的な意見だ。全員が一緒に行動するよりも分れた方が確かに探索の範囲が広くなる。最悪の事態も回避できる。
だが、この行動にも問題点はある。
それは、いざ遭遇してしまった時の対処方だ。
「ちなみに俺はお前らを見つけたとしても偽物と思って攻撃をする。……そのつもりでいろ」
「……最悪。マジでアンタって最悪だわ!!」
「え~、先輩と別行動なの!? ボクお姉さんとだけってのなんかやだーっ」
「しれっと無礼千万なこと言うんじゃないわよ!!」
文句が炎の壁の奥から聞こえてくる。しかしクロトは片耳を指で塞ぎ、エリーを連れたまま一気にその場から駆け出した。
炎が治まった頃にはクロトとエリーは姿を消した後となる。
◆
「……さて、どうしたもんか」
ある程度の方針を決めてきたつもりだったクロトは鏡に囲まれながらぼやいた。
最初の場所からある程度進んでみれば景色はいつの間にか一変。樹海というよりはまるで鏡の洞窟にいるかのような光景に。
暗く、淡く青く光る鏡だけが灯りとなっている。
変わらないとすれば、それは鏡がひたすらその場にいる自分を映し出すということ。
しばらく立ち尽くしていれば、聴覚をかすめる声が脳を揺らす。
『――なにやってんだ、お前……』
クロトの視線が、ふと真横にずれる。隣にあった鏡には自分が映っていた。
見事に鏡写しであり視線すらしっかりこちらを見ている。
しかし、クロトはその鏡に向け銃弾を放つ。
最初にあった鏡同様、この鏡も砕けず、反射するよりも水のように波紋を広げて銃弾を飲み込んだ。
銃を構えた体勢すらちゃんと映す鏡。そう思えていたが、突如、鏡のクロトは口元を歪め開いた眼光を覗かせてきた。
『無駄弾撃ってる暇あんのかよ? 荷物抱えたまんまで、こっから出れるとでも思ってるのか?』
『ああ、それともその荷物はもしもの時のための非常食か? それなら納得いくな』
『お前に……。いや……、俺に他人を気遣うことなんて必要ないからな』
「……」
目が右から左へ、左から斜め後ろへと動く。自分を映す鏡は自分の姿で言葉を放ってきた。
どれもくだらない悪態をついてくるではないか。
――……なんの冗談だ? これ俺のつもりか??
自分の姿が自分のことを罵ってくるという事態。
これまでに自問自答というのは幾らか経験はある。確かにここ数ヶ月は不本意の行動のために自分のそれらに疑問を抱いてきた。本来ならこのような荷物を抱えた人生など送るつもりなど一切なかった。
そんなことはもうわかりきっている。これは仕方のないことだ、と言い聞かせてきた。
不快感はあるが怒りよりも呆れてしまい何も言い返せない。
鏡を壊せないのも残念なところだ。
「……要は精神攻撃か? こんなんただの雑音じゃねぇか」
「あの……、クロトさん、大丈夫ですか?」
後にへと振り向く。クロトの苛立ちを察してかエリーは距離を少しとって付いてきていた。
周囲の鏡におどおどとしている。
「あ?」
「す、すみませんっ。何か言ってたみたいなので、なにかあったのかと……」
「……ああ、そういうことか」
この鏡による精神攻撃(?)は本人にのみ有効らしい。
それはそれで助かるものだ。余計なことをこの道具に聞かれなくて済むのだから。
歩く度に周囲の鏡はぼんやりと光って不気味なモノ。
エリーは気が気でなくある。
不安になるとクロトの背中を見る。少しでも不安を落ち着かせたかったからだ。
「……あの、クロトさん。どうしてネアさんとイロハさんと別れたんですか?」
「そんなもん、あの時も言っただろうが。それぞれで探した方が核を見つける確率も高いからだよ」
「そうなんですけど……。ネアさんもイロハさんも心配で……」
気がかりな二人のことを心配するも、クロトはそれを鼻で笑うのみ。
「だったらさっさと見つければいいだけの話だろうが」
「……そう、ですよね。……クロトさん」
再び名を呼ばれれば、クロトはエリーを見る。
エリーは不安や心配をおしころし、なんとか笑みを浮かべた。
「――皆さんと一緒に、此処から出れますよね」
誰も欠けることなく、最悪の事態もなく、無事に出られるようにと願って……。
普段通りそっけなくクロトから返答はなかった。




