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厄災の姫と魔銃使い:リメイク  作者: 星華 彩二魔
第三部 一章 「囁きの声」
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「暗闇の樹海」

 突然のできごとに一行は舟を失い岸にへと降り立つ。

 全員が酷く呼吸を乱し疲れ切った様。一番に疲労をしているのは飛べない三人を一人その身で運んだイロハである。地にへと横たわり黒翼をしばし休ませる。

 息が整えば後ろを振り返り河を見直す。まだ荒波を起こす水面からは大きな背びれを覗かせる大魚。特に襲いたくて襲ってきたわけでもないらしく、その後は深くその身を潜ませていった。

 とんだはた迷惑なトラブル。水面には無残に壊されてしまった舟の破片が浮かんでいる。

 

「……ど、どうしましょう。せっかく陛下からいただいた舟が」


「どうしようもないわよエリーちゃん。それにしても驚いたわ。ここら辺って人が全く住み着かないから情報がロクになくて……。まさかあんなデカい魚がいるなんてね」


「もぉ~、皆酷いよぉ! いきなりボクの脚に掴まるんだもん! すっごく重たかったんだよ!?」


「あのねぇ。クロトはともかく私やエリーちゃんにも重たいとはなによ!? 重いって!」


 その辺のデリカシーというものはイロハには理解できないことだ。ただ思ったことだけを言い、


「…………お姉さんが一番重たかったけど」


 と、顔を逸らし小声で文句を言う。 

 もちろんネアがその言葉を聞き逃す事もなく、「なっ!?」と顔を赤らめへたり込んでいるイロハにズカズカと歩み寄る。

 その失礼極まりない態度に憤怒したのだろうが、二人の間にエリーが割って入り背伸びをしながら両腕を大きく広げた。


「ネアさん、イロハさん! 喧嘩しないでくださいっ」


 あわあわと。困りながらエリーは二人のもめ事を止めようとする。

 先ほどまでネアの意思はクロトに向いていたというのに。今のネアはイロハのことでいっぱいだ。言い争っていたことなど忘れすっかり蚊帳の外になったクロトは気が冷めてしまい、この騒々しい状況にため息が漏れる。

 唐突なことに反発してしまっただけのこと。思い返せば馬鹿な言い争いをしてしまったと自分を責めるのみだ。

 過ぎてしまったことなど一々気に留めていても仕方がなく、クロトは河とは反対側にへと顔を向けた。

 河辺から差す日光は足元まで届いている。しかし、それより先は天の光が遮られた闇色の樹海。夜と変わらない樹々の群れ。その中には灯り代わりか樹や地にこびり付いた苔がほんのりと輝いている。その付近には発光する蝶が羽ばたいていた。

 主に東の国レガルに生息しているとされる輝蝶。東から影響を受けたこの地に生息していてもおかしくはなく、生態として住む場所の植物に鱗粉を撒き縄張りとする。今回はそれが苔だったということ。縄張りに踏み入っても危害を加えられることはない。所詮それらは生息本能に基づくものにすぎない。しばらくはこの灯りを頼りに樹海を抜けるのみだ。

 考えをまとめれば後方で騒いでいる三名の声が再びうるさく聞こえだしてきた。


「……いつまで騒いでるんだお前ら」


「うっさいわねクロト! アンタの発言忘れた訳じゃないんだから!」


「だって本当にお姉さんが一番重かったんだもーん!」


「まだ言うか!!」


「本当に落ち着いてくださいネアさん! イロハさんもすいませんでした!」


 イロハとネアに挟まれ困り続けるエリー。しばらくクロトはこのほとぼりが冷めるまで、特に止めず不満と鑑賞しながら待つことにする。







 ネアの怒りを鎮めたのはもちろんエリーである。必死とした少女の声には彼女も応えるしかなく、やむを得ず彼女はエリーに免じてもめ事を終了した。

 それからしばらくは黙々と暗闇を進む。

 先頭をクロトが慣れた目で少々の灯りを頼りに進む。その後ろをエリーに寄り添いつつネアが。最後にイロハが落ち着きのない様子で付いて行く。

 後ろを気にするエリーが振り返る。そわそわと眉を歪めているイロハが気がかりなのだ。

 河辺でのネアとの言い争いを後になって柄にもなく抱えてしまっているのか。チラチラとネアを見ては何か言いたげな表情をしている。


「……ネアさん、ちょっと失礼します」


 繋いでいたネアの手を解くとエリーは駆け足でイロハに寄り手を取った。

 触れられるまで気付かずにいたせいか、気を遣われた途端にイロハは虚を突かれて驚いてしまう。


「な……なに? 姫ちゃん」


 驚いたのはエリーも同じだ。

 不思議とイロハはなにかに怯えた様子でいた。楽観的な思考を持つイロハが不安を抱えていることにエリーは逆に困惑としてしまう。

 

「す、すいません、驚かせてしまって……。大丈夫ですか?」


「……大、丈夫? わかんない。なんか、変な気分……なのかも」


「さっきのネアさんとの事を気にされてるんですか?」


「…………わかんない」


「ネアさんを気にされている様でしたので」


「………………わかんないよ」


 言葉の意味が理解できないのか。それとも自身がどうしたいのかわからないのか。

 責めるわけでもなくエリーは問いかけた。


「ひょっとして、()()()()んですか? ネアさんに」


「……………………」


 ふと。イロハの思考が真っ白になる。数秒の間を開け、イロハはポツリと小さく口を開く。

 

「……なん、で?」


「……?」


 キョトンとしていた表情がまた不安を滲ませていく。

 

「ボク、悪くないよ……?」


「イロハさん」


「ボク、間違ってないよっ?」


 イロハは自分の間違いを否定した。


「ボクは間違ってない。間違ってないよっ。ボクは間違ったこと言ってない。本当のこと言ったんだもん! ボクは悪くない。だから、あやまる? っていうのは、違うと思う……!」


 悪くないと言いきるイロハ。確かに嘘は言っていないのだが失言というものを彼は理解していない。

 エリーも子供ではあるがああ言われると心に刺さるものがある。それがネアにとってよほどの事だった。イロハを責めたいわけではなく、エリーはふてくされた顔を見上げる。


「でもですねイロハさん。……私も、もしイロハさんに重いって言われちゃうと、ちょっと傷付いちゃいますね」


「……姫ちゃんは重くないからボク言わないよ?」


「もしもです。ネアさんも嫌だったから怒ってしまわれただけで……」


「…………でもお姉さん、ずっと怒ってばっかだよ?」


「うぅ……。とりあえず、気を付けましょう」


「うーん。よくわかないけど、……姫ちゃんがそう言うなら」


 イロハに失言も問題だが、ネアもそれなりに理不尽な態度をとっている。エリーは簡潔に納得させたが、今後も同じことがあるだろうと先が思いやられる。

 それからはイロハの手を繋ぎながら一緒に歩く。時には他愛ない話で気の迷いを晴れさせる。


「さっきのお魚さんおっきかったですね。ちょっと怖かったですけど」


「ボクもビックリしたぁ。なんかー、目がギョロってしててさ~」


「そ、そうだったんですか? 急だったので。でも、イロハさんのおかげで助かってよかったです。ありがとうございます」


「えへへ。ボク褒めてくれる姫ちゃん好きだなぁ。マスターも褒めてくれて優しかったんだ」


「……えっと。クロトさんの探されている魔女さんですよね? 私は会ったことがないないので……。どんな人なんですか?」


 ふと、興味が湧いてしまった。あのクロトが必死に探している魔女。クロトはとても嫌っている様子だがイロハはその真逆。意見の異なる二人なため、イロハの知る魔女も知りたくなった。

 上を見上げつつイロハは思い出す。


「うーんとね、黒い服でー、あと姫ちゃんとおんなじくらいだったなぁ」


「わ、私と!?  魔女さんは大人ではないのですか?」


「どうなんだろう? でも、姫ちゃん見てるとなんか安心する。なんかマスターに似てる感じかなぁ?」


「……私と魔女さん、似てるんですか?」


「うん。なんとなく」


 聞けば聞くほど困惑するものだ。

 女性であることは理解していた。しかし、容姿が子供で自分に似ているとか……。

 それを前で聞き取ってしまったクロトとネアが頭に対象となった二人を思い浮かべる。

 

「……似てるかしら? 確かに髪も長いし……。でも似てるとは思えないのだけど」


「全くの別もんだろうが。見た目だけであの魔女の実年齢なんてのもわかんねーからな」


 二人としては「似ていない」と判断する。それは容姿よりも中身が邪魔をしてしまっているからやもしれない。確かに見た目だけなら身長から髪の長さも同じほど。だが顔は全くだ。服装もはっきりと異なり、付け加えて性格も別物。

 楽観的にイロハが受けとめている安心感とは自身への接し方もあるのだろう。優しさの塊なエリーはイロハを悪くなど言わない。そしてイロハの知る魔女も同様。良くも悪くも魔女はイロハを肯定してきた。

 ――人を殺すことも。

 イロハにとっての安全圏とはそういった自身を肯定する者の近くなのだろう。ときおりクロトもその内に何故か入ってしまっているのが疑問点でもあるが。

 ただ、この中で唯一ネアだけは心の距離がまだ遠くある。イロハにとってネアは害がほとんどだからだ。

 ことあるごとに威嚇、暴言、暴力の三点セット。優しさをあまり見せないネアはイロハにとって恐怖の対象である。


「なんでアンタらってこうややこしい感じなのかしらね?」


「なんで俺も入ってるんだよ? 理解不能な頭してんのはアイツだけだっての。あんな魔女のどこがいいんだか」


 後方には聞こえない程度の小言。同類の扱いをされればクロトも不快と眉を潜めた。

 クロトから見た魔女は優しいとは思えない。言動などは確かに特別視していたのは間違いない。だが、その好意を受けとめないのがクロトであり敵視している。






 しばらく進むが景色が一変することはない。

 樹海は広くそこを歩むからには出口など判断がつかない。

 

「……おいイロハ。ちょっと上まで行ってこい。何か見えるかもしれないからな」


「え? うーん、いいけど」


 素直に言うことを聞きイロハは翼を広げる。黒翼は大きくその姿を現すと周囲にあった樹々にへとひっかかった。


「わっ、と……っ。うぅ、なんか狭いぃ」


「イロハさん、大丈夫ですか?」


 ひっかかる羽を一緒になってエリーは取ってやる。しかし、こうも樹々が密集していれば容易に翼は扱えない。

 いったん翼をしまい、まずはイロハが飛べる場所を探すのが優先とされた。丁度よく目にはいったのは上から日光が差し込む場所。暗い中時間の経過がいまいちだったがまだ昼なのだと確信が持てた。

 少し拓けたその場へ移動し真上を見上げると空がある。


「此処なら行けそうだな。というわけで行ってこい」


「はーい」


 タンと跳ねイロハは翼を広げる。暗闇を抜け大空にへと飛び解放感に心が癒されていく。しばらく風を感じてから周囲を見渡すと、イロハは目を潜めて表情を曇らせる。

 一つ河が見えたがそれは最初舟で通った場所だ。それ以外に目を向けるも一面の緑。奥を見渡しても遠くある山がうっすらと見えるのみでしかない。この位置からではどこが出口なのかもわからず。


「せんぱーい。何処見ても樹ばっかでなんにもないよー」


「じゃあ移動すればいいでしょ? なんか見つかるまで帰ってこなくていいから」


「む~、そんなことしたら皆が何処いるかわかんなくなっちゃうよぉ!」


 ふてくされればイロハはすぐに降りてくる。どうもここしばらく、イロハはネアの言うことを聞こうとしない傾向がある。世に言う反抗期というようなモノだ。河での一件もある。まだ機嫌が悪いのやもしれない。

 なだめるようにエリーはイロハと手を繋いでやった。


「とにかく方角を適当に変えれば余計に迷う。同じ方向に進みつつ適度に確認するしかないな」


「そのようね。こんなのでも一応そういうとこは役に立つし……。物わかりが悪いのが欠点だけど……」


 ――お前も大概だがな……。

 そんな文句をクロトは内心で呟き、これ以上の面倒ごとを的確に避けた。

 しかし、現状はとても厄介なモノとなっている。

 ゴールの見えない樹海。足場は太陽の光を多く遮っているせいか湿っており悪ければぬかるみに足が取られることもある。更には序盤から全員の気が乱れていることがある。この状況が続けば体力だけでなく心身共に保たない。

 夜になれば更に行動が制限されてしまう。クロトは先頭になってすぐに行動を再開することとした。


「行くぞ。樹海ってことはどんな魔物がいるかわかったもんじゃねぇからな」


「は、はい!」


「妥当ね。暗くなる前に休める場所とか探さないと……」


「……」


 ふと。イロハは周囲に目を向け静まる。

 

「イロハさん? どうかされましたか?」


「……ううん。……なんか」


 

 ――此処。静かすぎる……。

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