「盾の王」
「……今のは?」
魔王との激闘を背にしていたヘイオスが視界に映った炎と、後に広がる蒼天を見上げ呆然としてしまう。
こちらも取り囲んでいた鎧蜘蛛を討伐しちょうど事を終えた後だ。
「ああ。あっちも終わったようですねぇ♪ これでお仕事完了っ。後は撤退しますよヘイオスくん。さっさとキミの力でとんずらの逃避行しましょう!」
「そう急かすな、引っ付くと暑苦しいといつも言ってるだろうがぁ!!」
「ちゃんとした愛情表現ですよ~。それともヘイオスくんは私にツンでデレなことでも期待されてるんですか? そういうプレイは帰ってから存分にして差し上げますからぁ♪」
「いらん! というかさすがに下ろせ!!」
呆気にとられていたヘイオスをカルトはいつの間にかその両腕で抱き上げていた。大の男二人がなにをしているのか。剣を振り回しヘイオスは叫ぶ。
そう言えばカルトも仕方なく下ろし、ヘイオスは即座に距離をとってから乱れた衣類を整える。
「……まったく」
「あはは~。嫌ですねぇ、ヘイオスくん。私のこと、嫌いにならないでくださいよ?」
「元から好きではないっ。戻るぞ」
「はーい♪」
はきはきとした返事を聞き、ヘイオスは重いため息を吐き捨てる。
最後に晴れた空を見上げた後。二人と蜘蛛の死骸の群れは忽然とその場から姿を消してしまった。
◆
遠くで騒々しい声が聞こえてくる。重たく鈍くしか働かない脳は朧気にその音を拾い、そして目を覚ます。
「――ロウグスッ!」
ぼやける視界。最初に名を呼ばれ、視界には緑の精霊――風精霊が涙を浮かべながら覚醒するロウグスの頬にしがみつく。
「よかったぁ。よかったよぉー!」
「……風精霊? 此処は?」
嬉し泣きに頬ずりする精霊を撫でるロウグスは天井を見上げていた。自身が仰向けになって天井を見上げているのだと気付いたのはしばらく経ってからだ。
見慣れた場所。ヴァイスレット王城の通路のド真ん中で彼は傷を負い倒れていた。
次に何故このような場所にいるのかを考える。鈍くも必死と記憶をたどり……。
「…………っ!? な! 何故城に!? さっきまで第三階層の城下にいたはず!」
バッと身を起こし酷く狼狽。無理もない。気を失うまではその目に魔王を映し交戦状態だったのだから。
「風精霊! いったい何があった!?」
「……えーっとぉ。ゴメン、ロウグス。こっちも何が何だか……。気がついたら此処に飛ばされてて……」
「そう、なのか……。しかし、なら魔王は? 早く戻らねば……っ」
傍らに転がっていた槍を手にしそれを支えとして起き上がる。それなりの傷は負っているが動けないわけではない。現状を把握すべく、ロウグスは外にへと向かおうとした時。
「ロウグス様! ご無事で……っ。しかし、何故城内に?」
城に残っていた兵士が呼び止める。その手には幾多の医療用具を抱えており、どうやら倒れていたロウグスを発見し急いで戻って来たのだろう。
息を切らせる兵士に顔を向ける。
「私にもわからん。それよりも現状報告をっ。外はどうなっている?」
確認として情報が最も最優先とされる事態。兵士は困惑としつつ報告をした。
「……そ、それが。突如出現した炎により王都へ侵入していた魔物と魔王は姿を消失したらしく」
「消失っ?」
「はい……。それと、外壁の方からも通達がありました。王都を囲んでいた鎧蜘蛛も全て何かしらに駆除された、と……」
「馬鹿な!? 塞き止めて数を減らすことはできるが、全て駆除だと?」
「申し訳ありませんっ。外壁からの通達でもそうとしか言えずで……。南側では妙な影が魔物を呑み込んだと……っ」
「……わかった。なら魔王軍は壊滅、ということか。……魔道障壁を解除しろ。そして全兵に伝えろ。私も出る」
伝言を伝え、ロウグスは再び第三階層城下街にへと向かい出す。
◆
――……
ガリガリ。ガリガリ……。
刃物を地面の上で引きずる音が木々を震わせる。引きずった跡には澱んだ色の液体が道筋を描き、先頭では小さな少女二人が鏡合せに寄り添いながら笑みをこぼす。
「ああ。楽しかったぁ」
「ええ。楽しかったぁ」
二人の少女――ナナとルルは可愛らしい衣服とはうって変わって物騒な刃を握り絞めていた。
まるで大きな鋏を二分割にしたもの。お互いがそれらを分け合い手にしている。
満悦としていた少女二人は、ふと、眉を歪めて困った顔をする。
「でも、あの蜘蛛は嫌い」
「そう、赤くないから嫌い」
「次は赤い花が見たいわ」
「次は綺麗な花が見たいわ」
「「真っ赤な真っ赤な、綺麗な血が見たいわぁ。ねー♪」」
まるで互いが鏡でも見ているかのよう。誤差もなくにこやかに首を傾け、お互いが同意し、クスクスと笑う。
そう楽しそうに、二人は魔女の元にへと帰るのであった。
◆
ほとぼりの冷めた第三階層城下街。そこではネアが盛大に泣いていた。
「わぁああん! エリーちゃーんっ、よかったぁああ!!」
未だ目を覚まさないエリーを必死と抱きしめみっともなく泣くネア。心配、不安。緊張感が一気に緩んで塞き止めていた感情が一気に爆発。抑えが効かず酷い顔を晒していた。
これは鬱陶しい……。そう感じたクロトは不快と怒鳴る。
「おい、騒ぐな! うるさいんだよお前!」
「うぅ……っ。うっさいわよクロトぉ! ずっと心配で心配でぇ……、もう死にそうだったんだからぁ!!」
「だからうるさいのはお前だろうが!!」
傍から見ていたイロハの目がクロトへネアへと流れる。怒鳴り合う二人。不思議とその様子に笑みがこぼれてしまう、複雑と理解不能な自分がいた。
だが、これで良かったのだと、わからずとも思え悪い気がしない。
慌ただしい戦いが終わり、エリーも無事なことにイロハは胸を撫で下ろしていた。
「よかったぁ。姫ちゃん死んじゃったらマスターに怒られちゃうし。これでもう安心だよね先輩」
安心。……果たしてそうだろうか?
「……いや、そう簡単にはいかないようだな。……まだ」
その勘は悪くも的中した。
元々、この戦いは三つに分れたモノだった。
一つは魔王軍。一つは自分たち。そしてもう一つ……。
考えるよりも早くその勢力は姿を現し一同を取り囲んでいた。
この土地を守護する盾の兵。それなりの疲労もあるが数は多い。先ほどまでの戦闘でこちら側にその数を相手できるほどの余力がさほど残ってもいない。数で押されれば圧倒的に不利になる。
「……くそっ。こっちは易々と撃てるほど体力残ってねぇってのに」
クロトは最後に大技を放った。ニーズヘッグの最大火力をぶつける【焼き砕く】力。体力の消耗も激しくあり大幅な戦力を失ってしまっている。
ネアも同様だ。傷は完治すらしておらず。イロハにも大した期待ができない。
兵士たちを掻き分け、最悪なことに一番槍であるロウグスまでも加わる。
対立すべき対象が減れば矛先が次にこちらへ向くなど明白。
「お前が、あの六番席を倒したのか? 魔銃使い」
「だったら何なんだよ? 貸し借り無しで見逃す、っていう雰囲気じゃねぇんだろうがっ」
「貸しも借りもない。そもそも原因は【厄災の姫】にあり貴様らも同罪だ。此処で確実に根源を打たせてもらう」
ロウグスは躊躇鳴く腕を振り払う。武器を捨て、兵士たちが一同になって三人を押さえ込み始める。
一早く空にへと上昇したイロハは困惑し魔銃を迷いながら兵士たちに向けた。
「ねぇ! これって撃っていいの? ダメなの!?」
「いいわけないでしょうが! アンタも変な抵抗しないでちょうだい!」
ネアに叱られればイロハは肩を跳ね上がらせ高度を下げてしまう。隙を見て兵士はイロハの脚を掴み地にへと引きずり下ろし翼を押さえ動きを封じる。
この場で真っ先に抵抗をやめたのはネアだ。身を押さえ込まれ、されど頭はこの状況の回避を探していた。
そして、一番この場で厄介なのは……。
「おとなしく、しろッ」
手を焼く兵士の声にネアは目を向ける。いつまでも抗い続けている者が一人、そこにはいた。
「離せッ! 触んじゃねぇ!!」
――クロトだ。
噛みつくような叫び、押さえ込まれながらもエリーを抱えて離そうとしない。
兵士の何人かがクロトとエリーを引き離そうとしていたのだ。それをクロトは拒み続けていた。
時には掴む腕に噛みつくなど、疲労の限界など関係なく抗う。
ネアの目にはしっかり見えていた。クロトの意思が。
命の繋がれた二人。自分の命同様のエリーを絶対に渡すわけにはいかない必死としたもの。
だが、それ以外にも…………。
違和感に戸惑うもこの現状は良くないという答えが頭をよぎる。クロトはそうと決めれば次にどういう行動をとるか……。
案の定。クロトは限界を超えて炎を纏う。更には炎蛇の皮衣まで再び顕現させ取り囲む兵士を払った。
心の何処かで、聞こえた気がした。
邪魔がいるなら……
――殺してしまえばいい。燃やしてしまえばいい。
……と。
同意した。それが正しいのだと意見を一致させ、力を行使する。
限界だった体力すらとっくに超えている。
吐き気がする。呼吸も苦しい。意識が消えそうだ。
それでも炎が後押しするように囁いてくる。
――殺せ。
歯を食いしばり声をはる。
「それ以上近づいてみろっ。テメェら全員、消し炭にするッ!!」
今更何人か殺したところでどうということはない。とっくにこの手は血にまみれている。なら殺した血が増えようが関係はない。
目は敵を認識する。不必要なモノと定め。炎は熱を増す。
そう。これが本来あるべき自分だ。
邪魔を排除し安全を確保する。最も合理的で、正しい道だと、唯一信じたものだと断言できた。
簡単な答えに全てが馬鹿らしくなる。自身にちゃんとした理性が残っていることに安心すらした。
全員殺してしまえば全てが解決する。安全圏を手に入れられる。
そしたら――
――また……、コイツは泣くのだろうか……?
ふと浮かんだ思考。何故そんなことを考えてしまったのか理解できず、クロトの殺意が一瞬消失してしまう。
次の瞬間、ネアの声が聞こえてきた。
「このぉっ、――馬鹿野郎ぉ!!!」
押さえ込んでいた兵士を払いのけ、ネアは呆けてしまった顔のクロトの頭部を蹴り飛ばす。
既に意識を失ってもおかしくなかったクロトを問答無用で襲った一撃。炎蛇の皮衣はクロトが倒れると同時に纏う炎を連れて消えてしまう。
ネアはクロトの暴走を止めた。この場で争うことの無謀さを力任せに教え込み意識を奪う。
唖然とした兵士たちにへと向き直り、ネアはこの場を仕切るロウグスを見る。
「……ねぇ? せめて話す有余ってないわけ? 私たちはこの国と敵対したいわけじゃない。コイツも自己防衛でやっただけ。……責任者呼びなさいよ。厄災だのなんだの、この子のこともそれで決着つけましょ?」
「それは無理な相談だな。姫には此処で死んでもらう。話ならその後にでも……」
「アンタが最高責任者じゃないでしょ? 上に許可も取らず、勝手な行動をすれば自分の首を絞めるどころか落とすことになるわよ?」
「……それでも構わない。陛下のためならこの首、落としてでも遂行する」
石頭。そうネアは呆れた。
だからこそ頭を働かせる。エリーを殺さずこの場を収める手段を。それにはもっと時間が必要だ。
打開策を考えている間にもなにもできずロウグスの進行を許してしまう。
悔しさに歯を食いしばる。【厄星】も魔王も凌いだとしても、次から次へとエリーには死を押しつけられるのみ。
穏やかと眠りに就いていたエリーの胸にへと矛先が向けられ、狙いを定めつつ上がる。例え【厄災の姫】とて人の子。心臓を貫けばその命は消える。
息を呑み、ロウグスは躊躇うを表情に残す。
「申し訳ありません、陛下……。全ての責任は私が……っ」
そう。決意を固め、槍が落とされる直前だった。
妙に後方が騒々しくあり、ついロウグスは手を止めてしまい身を硬直させる。
控えていた兵たちが次々と道を開け唖然とする。ロウグスの口元が震え、汗を滲ませながら彼もまた周囲と同じ表情をとり後ろを振り向いた。
「……嘘」
ネアまでもが目を見開く。
もしかしたら、万に一つ、その可能性はあったやもしれない。しかし、あまりにも不確かで確率など微々たるもの。ネアが考えた打開策の中にあったわずかながらの希望が今目の前にいる。
「物騒なことをしているじゃないか、ロウグス。一大事か?」
穏やかな口調で言葉を発するのは少しばかり老いを感じる中年男性。その身なりは気品としており慣れた様子で一番槍にへと声をかける。
盾の国、ヴァイスレット現国王――アヴァロー・ヴァイスレットがこの場に存在していた。
「……なっ、――陛下!? 何故こちらに!?」
「私を見てそんなに驚くことはなかろう? 様子をうかがいに来たまでだ」
「城下はこの有様、なにかあればどうなさるおつもりですか!?」
酷く狼狽するロウグスを王は軽く笑い肩を叩く。
「いつものお前ならまずは膝を付いている頃なのだが、今日はやけにテンパっているではないか」
「……ッ!! も、申し訳ありません!!」
すぐさまロウグスは槍を地に置き膝を付いて頭を下げる。
動揺しきっていた兵たちも遅れながらその身を低くしてしまう。
「構わんのだがなぁ……。話は城内でも聞いていた。エリシアが生きていたとか……」
ロウグスを通り過ぎアヴァローは二人にへと寄り添う。ネアが一目散に警戒をしたのはクロトだ。この状況で下手に目覚めないかと肝を冷やす。幸いクロトの反応は一切ない。
膝を折りアヴァローは眠る少女の顔をよく見る。そして、温もりのある小さな手を取り、心の底から安堵の笑みを浮かべた。
『やくまが 次回予告』
カルト
「ヘイオスくんヘイオスくん! 前回は魔女様と楽しく予告だったそうですね! ちょっと嫉妬しちゃいますよ?(笑」
ヘイオス
「急になんだカルト? この場では少し言葉を慎め」
カルト
「え? なに真面目インテリ眼鏡キャラかましてるんですかヘイオスくん? 私の知ってるヘイオスくんはここぞという時にへまをやらかしちゃうおっちょこちょいで可愛い子のはずですよ? イメージ崩さないでください」
ヘイオス
「お前は普段私の何を見ているんだ?」
カルト
「ほぼ私生活全てみたいなもんじゃないですか。朝も夜も私と一緒に過ごす日々。こういうのって新婚さんみたいーって感じですかね?(笑」
ヘイオス
「意味がわからんし誰が新婚だ! というか予告をしないなら帰れ! 話にならん!」
カルト
「じゃあヘイオスくん、予告をお一人でお願いします。私にお手本を見せてください、さぁ、早く」
ヘイオス
「急に真顔になって投げやりするな! ……えっと」
カルト
「次回、【厄災の姫と魔銃使い】第二部 六章「託された想い」。はい、時間切れでーっす♪」
ヘイオス
「やかましいっ。……そもそも私たちは完全に人選ミスじゃないか?」
カルト
「今更それを言いますか(笑」




