「一つの希望」
逃げ道を失った一同を騎士が立ちはだかる。空では動きを止めている魔物もいる。それがいつ行動を開始するか。
臨戦態勢を取るクロトたちにはまだ諦めるという選択肢はない。
緊迫とした広間。一瞬の静寂を押し潰す圧を放ったのは天に浮かぶ七つの黒星だった。
酷い重圧が刹那の間に降り注ぎ誰もが思考を乱す。天を見上げれば星は禍々しく輝く。
なにかが起こる。そう予想すると同時にそれは起きた。
広間を。王都全域を揺らす地震。なんとか体勢を崩さぬようにと脚に意識を集中させた時、地が砕かれた。
人の手によって整備された石畳の地を押しのけたのは巨大な結晶体。淡く輝く、空色の様な澄んだ結晶。一つだけでなく、それは幾らも地を割って出現し街の光景を一変させていく。
周囲を囲んでいた兵士などそれらに陣形を乱し倒れれば起き上がるのに時間をかけた。好機であるはずの現状に、なぜかそんな思考がクロトたちには出てこず。ただこの事態に混乱としながらいた。
「くそっ! なんなんだ今度は!!」
「どんどん生えてくるよコレ! どうしよう先輩!?」
「……っ」
突き出す結晶を避け、ネアはそれを見上げ、途端に両目を見開いた。それはロウグスと一緒にいる風精霊も同じである。
「嘘でしょ嘘でしょ!? コレって……!」
「間違いない……。この結晶は……【精霊結晶】!?」
狼狽に叫ぶネア。【精霊結晶】、その名はクロトも知っていた。
「はあ!? 【精霊結晶】って精霊界の代物だろうが! 人間界でできるようなもんじゃねぇだろう!?」
「――どう見てもこれは【精霊結晶】よ!」
否定しようとしたクロトをネアが切り捨てる。
目の前にある結晶体は透き通る内部で淡く光を放ち周辺に蛍火を纏っている。その中にはうっすらと印が刻まれていた。否定してはいたがクロトもその見た目から受け入れることを強いられる。
クロトが人間界であるこの場でそれが生成されないと断言したのか。それは【精霊結晶】が精霊の住む世界――人間界と魔界の狭間に形成された精霊界にのみでしか生成されないということを知っていたからだ。
しかし、今現にそれらはこの地で巨大な結晶として存在している。
それは通常では有り得ない現象でしかなかった。
「アンタの言いたいこともわかるわよっ。……でもこれって本当に有り得ないわよ。ここまで巨大で濃度の濃い【精霊結晶】って、中立関係のドワーフ族が加工してからでないと、人間界では大気が合わなくて壊れて石になる。なのに、なんなのよコレっ! 壊れるどころかどんどん出現してる。しかもこの色……【伝達・精霊結晶】!? 冗談じゃないわよぉ!!」
困惑し泣き言すら言いたくなるネア。混乱に紛れ、クロトはイロハに未だ意識のないエリーを預け、ネアを連れてその場から一気に駆け出す。
もちろん、それを見過ごすロウグスでもない。
「――逃がさん!!」
風を纏うランス。渦巻く風を向けた時、彼の耳元で風精霊が慌てて叫んだ。
「ロウグスだめぇええッ!! 此処で私の力使ったらマズいことになる!」
「……なっ!?」
「今この第三城下街は精霊界と同等の空間になってるっ。こんなところで私が暴れたら、【霊王のオリジン】の怒りに触れちゃう! 精霊が【精霊結晶】を破壊することは禁忌なのぉ!!」
ロウグスの槍から風が弾けて消えた。風精霊が強制的に解除したのだ。
精霊の王と称されるのは九番席魔王である【霊王のオリジン】。そして精霊たちには一つやってはいけないというルールが存在していた。それが精霊界での争い事の禁止である。
現在、この王都は人間界にも関わらず精霊界として扱われる空間と化している。大量の【精霊結晶】それが存在し続けていることはその証となっていた。
今此処で風精霊が力を使い【精霊結晶】を傷つければ、それはルールを破ることとなる。王の怒りに触れれば風精霊だけでなくロウグスにも影響が及ぶ。それを恐れた風精霊は原則としてそれに反することなく、ただ泣きじゃくってしまう。
泣く精霊をロウグスは撫で槍を下ろす。仕留めようとした標的は視界から消えてしまっている。兵を束ねる騎士として、まずロウグスは混乱してしまった兵たちを導くことに専念した。
◆
場所を変えたクロトたちはまだ【精霊結晶】のない広い大通りで一端止まる。
状況を整理し対応することが今できる最善の行動だ。まずはネアからこの現状の最悪点を聞き出す。
「……で? どうなんだネアっ。あの結晶があるとなにが起こる?」
顔色悪くあるネアは確実にこの現象から起こりうることを知っている。情報屋として名高いネアがこうも取り乱すようなことだ。覚悟を決めて息を呑み込む。
「…………あの結晶。色からしてきっと【伝達・精霊結晶】だわ。結構一般的に使われてる部類の結晶よ。私たちが使ってるこの通信機にも使われているわ」
ネアは片耳から取り付けていたインカムを外し見せる。クロトもイロハも同様のものを付けている。それだけでなく、普段ネアやクロトが持ち歩いている通信機にも。伝達の役割を果たす【伝達・精霊結晶】は幅広く世界で使用されている。
「使われてるのはドワーフ族の特殊加工されたもの。でも、さっきのは間違いなく原石。クロトの言う通り、アレは人間界では存在を保てない。砕けてただの石になるもの……」
「さっきの槍の人のとは違うの? なんだっけ……、え~っと……」
「【精霊石】は加工されてるモノだからこっちでも壊れないの。ほとんどの高濃度【精霊結晶】はこっちでは過剰反応を起こして壊れるっ」
「ふーん。でも、……あれ壊れてなかったよ?」
「それが一番の問題よ。……ねぇ、クロト。この通信機とかのおおまかな構造とか機能とかってそれなりにわかるわよね?」
「わかるが、なんだよ?」
「あれは伝達の結晶。私たちが使ってるコレも、あの結晶が言葉や思念を捉え共鳴することで通信を可能としている。……ねぇ? アレだけの大量の原石が、もしこの王都にいる何千もの人の思念を捉え共鳴し続けたら、どうなると思う?」
一つの問題を出される。それにクロトは真剣と考えた。
しかし、そこまで考える間もなかった。すぐに答えが出てくるとクロトは汗を滲ませ唖然とする。
「察しがよくていいわね。精霊界なら問題なかった。あそこは基本人のいない静かな場所だもの。これは仮説になるけど、大量の【伝達・精霊結晶】の原石。これが何千もの人の思念を受信、そして伝達し周囲の結晶へ。それが続けば――強力な共鳴振動を起こし、大爆発を引き起こすっ」
過度な共鳴振動。【精霊結晶】はその負荷に耐えきれず起こすとされる仮説。
「以前、仕事先で石ころ程度の原石の実験が行われたのを私は見たことがあるわ。……部屋が一つ吹っ飛んだのよ? 小さいので。……なら、あの量と大きさ。…………王都周辺はなにも残らない。これが、【厄星】が可能とさせた、理を覆す災厄だってことなの? 冗談じゃないわよ」
あくまで仮説。だがネアの仮説はとても道理にかなったものだ。クロトでもそんな気はしてしまっていたのだから。
そんな最悪な結末など予想できても喜べるものではない。
「……逃げ道なし、かよっ」
「どうするの先輩? ボクたちは死なないからたぶん大丈夫だと思うけど……」
だからといって国ごと消し飛ぶ気などさらさらない。不死身であっても、その現象で確実に蘇れるという保証が何処にある。大気すら狂わされる現象だ。その肉体が戻るための条件を満たしてなければその体質も危うい。
この状況を打開する方法。それが今クロトが最も有する答えだ。
ネアも同じだったのか、言葉をこぼしてしまう。
「……方法は、あるかもしれない」
そう言ってしまったネアはその先も言わなければならなかった。
唇を噛みしめ、躊躇いながらネアは視線を一人にへと向ける。
「これがあの星のせいなら、――術者を……」
つい、クロトはネアの視線の先を追ってしまった。同時に、理解もしたくなかった。
「……ネア。なに、言って――」
なぜなら。ネアの見る先には――エリーがいたから。
「――エリーちゃんを……なんとかすれば……」
ネアの言う方法とはとても簡単なものだ。
そう。あの黒星がこの現状を生み出しているのなら、その使い手である宿主のエリ-を――
「それって、姫ちゃんを殺すってこと!?」
簡単すぎた答えをイロハが狼狽して当てた。
この災厄を止める最善の方法は、【厄災の姫】であるエリーを殺すことだ。
わかっていることだというのに、クロトはそれを受け入れられない。エリーを殺すということは、自分を殺すのと同意である。
しかし、それ以外にどうしろいうのか。
考えがまとまらずなにも言い出せない。そんな思考が両断される。
「そこまで言ってないじゃない!」
ネアの叫びにクロトは目を見開く。まだネアにはなにかしらの方法があると思っているらしく、エリーを殺すという選択を除外する。
「エリーちゃんを正気に戻せば……もしかしたらっ。でも、エリーちゃん、今何処か別の場所にいるような気がする……。此処にいるけど、此処じゃない……。そんな気がするの」
曖昧として確証のないものだ。だが、それを信じたくもあった。
エリーを守る為に……、否。
――俺自身が死なないために……。
しかし、その手段をどう形にするかが問題だ。
この場まで運んではきたがある程度の振動は確実にあった。それにも関わらずエリーは意識を一切取り戻さない。外部の接触では効果がないやもしれない。
限られた時間はそう長くはない。その制限時間でどうこの窮地を対処できるか。
エリーを殺さず、あの最悪の星を止める。そしてこの国を出る。それが己に課せられている、やるべきことだ。
「……ネア。もし、コイツが別の場所にいるとすれば、それは何処だと思う? お前の目で、憶測でもなんでもいいから言ってみろっ」
「…………エリーちゃんの様子がおかしかった。混乱が深まるほど頻繁になって、最後には一人別の世界を見ているかのようだった。考えられるとしたら、精神関連によるなにかしらの影響を受け意識までもが持っていかれたということ。……つまり、現実と空想の逆転。エリーちゃんは今、自分の殻に閉じこもっている、あるいは閉じ込められている状況だと思うの」
「要は夢の中みたいなもんか」
「ええ。……エリーちゃん、ずっと怯えてたのよ。まるで誰かに責められて「殺さないで」って、ずっと言ってたの。確かにこんな現象をもたらすなら私だって怖いわよ。怖いけど、それでも私にはこの子にも生きる価値があるって思うの。生きるも死ぬも決めるのはこの子。誰かが決めることじゃない」
強い発言だった。偽りのない、ネア本人の意志が言葉となっている。
その異常な速度があれば一人で逃げ出すことも可能だというのに、そのいかれた頭の構造にはついていけないものだ。
同時に、言葉はクロトにもぶつけている気がした。不愉快と顔を逸らすも向けられる集中的な視線が痛い。
「うん、そうだよね! 姫ちゃん生きてないとボクも困るし! ねっ、先輩!」
「……ちょっとお前黙っててくれるか?」
「え~」
おそらくそんな軽い言葉を言えるような雰囲気ではなかっただろうに。視線だけでなく頭まで痛くなる。この現状でもまだ楽観的な考えが持てるなど気楽なものだ。
クロトほんの少しイロハから距離をとる。不思議と目を丸くしたイロハにネアの殺意を抱いたような眼光が鋭く突き刺さる。さすがのイロハでもその気迫は余裕で感じとり恐怖を抱く。自身の失態が理解できなくともイロハは悪気を感じてクロトの後ろにへと隠れてしまう。
「兵も今は混乱している。その間に――」
その間にこの問題を解決する。そうネアは言い切るつもりだった。
風がざわつく感覚に覚えが有り三人は一度になって会話を中断。一気に迫る流れをかわし道を譲った。
突き抜ける風の如く。まともな計画もまとまっていないクロトたちを邪魔するのはこの国では二度目、ロウグス・ランスロットだ。
しかし、彼の猛突の勢いは前回よりも遥かに落ちていた。その原因にいち早く気がついたネア。
「……なるほど、こんな状況ですもんね。この一帯がすでに精霊界同様のものと化している。一番槍といえど、頼りの精霊の力を封じられてやけになってきたのねっ。手早く混乱だけを治め、単騎でこの災厄を潰す気のつもりだわ」
「どうとでも言うがいい。それでも、最後は我らが勝つ。我が槍が精霊だけと思うなよ!」
精霊の力を使えないロウグス。それは確かに優位な状況を意味するはずなのだが、それでも一番槍の盾と槍さばきは健在である。物理的な攻撃では怯まないヴァイスレットの誇る強固な盾。その盾は防御にも攻撃に転じることもできる。
唯一その盾を破れるとすればクロトの魔銃によるニーズヘッグの一撃。
「――【貫けっ。ニーズヘッグ】!」
一直線に高速で飛ぶ貫くための銃弾。直撃させるなら盾を形成している盾の中心にある魔道核だ。それはロウグスも理解している。破るなら確実にそれを撃っていくることなど読み魔道核から着弾を逸らし魔道壁にへと衝突させた。
貫く銃弾はまたもやその盾を貫通。するも、ロウグスは盾の裏で身を逸らし回避した。
「同じモノが、通用すると思うなっ!」
今度のロウグスは貫かれることを想定していた。よって、力を抜くことなく、臆することもなくクロトにへと突っ込む。
【貫け】の反動は通常弾とは違い反動が大きい。撃った直後のクロトは後ろにへと身を傾けていた。跳ねた足先が地につくまでの一瞬、その間にロウグスが攻めた。
槍と盾の範囲内。盾で突っ込むか。槍で突っ込むか。どちらもクロトの意は受けるつもりはない。
痛覚があるから。痛みが怖いから。そんな恐怖など小さい。
――それだけでもお前みたいなのに負けたみたいで、ムカつくんだよ!
「――ッ!!」
クロトにも盾と呼べるモノがある。魔女から譲り受けた魔銃。その銃に助けられる度に皮肉と複雑な気分にもなる。だが、使わずに終わるくらいなら、使ってやる。そう考えるよりも先に体が動いた。
突っ込んできたのは槍だ。不死と知らぬなら殺すつもりの切羽詰まった一撃。
胸の前へ魔銃を運びガードが間に合うが……。衝突する、その寸前――ロウグスの槍が真下から突き上げられた。
【精霊結晶】がこの場にも出現しクロトとロウグスの間にへと割って入る。
一つが生えれば急激に数を増やす結晶体。道だけでなく周囲の建物すら貫き景色を一変させていく。
「ここまで来やがったかっ」
すぐに体勢を立て直すクロトをイロハの声がぶつけられる。
「――先輩!!」
叫ぶイロハ。呼ぶ声に思わず振り向いてしまった時、クロトは両目を見開く。
浸食する【精霊結晶】。それらが離れていたエリーを囲い閉じ込めていくという事態。イロハは一番遠く、クロトが誰よりもエリーの近くにいた。しかし、立て直したばかりの体勢のクロトがすぐに駆け出しても間に合わない。それでも脚が地を蹴る。
――届けぇッ!!
柄にもなく手を伸ばした。あの時と同じように。……あの、炎々と燃えて消えゆく国のド真ん中で。
――なぜ伸ばした?
――必要だからだ!
あの魔女に会うための条件。失えば自分も死ぬ。終わる。終わらないための必要な道具なだけだ。
あの時伸ばしたのはそれを見失わないため。掴めずにあったからこそ、それとは一時的に離された。
――なら今はなぜ伸ばす必要がある?
状況は違う。そこにいるとわかれば後でどうにかなる。後回しにできる。
ならどうして優先した。
今までの自分が今の自分に問いかけてくる自問自答。クロトはその質問を切り捨てる。
――知るかよそんなもん!!!
――――……
うるさい声をはね除けた。しかし、それでも届く気がしない。
無駄な足掻きだと気が抜けそうになった。伸ばした手すら下ろしてしまう、そんな諦めが出始めたようとしたクロトのそばをネアが取った。
ネアの速度ならクロトの代わりにエリーのもとへ行けたやもしれない。だが、ネアはクロトのそばで片脚を大きく振りかぶる。
「……アンタなら」
微かに、そんな言葉が聞こえた。同時に、ネアがすぐ隣にいたことに気付いた時にはクロトの身が鋭い蹴りに吹っ飛ぶ。
閉じようとした結晶の隙間を小柄な身がすり抜け地に転がる。クロトはネアに蹴り飛ばされたことでギリギリエリーのもとにへとたどり着いた。
周囲も上も、完全に結晶体に閉じ込められた。文句を言おうと起き上がったクロトが口を開こうとすると、
「――いい!? クロト!!」
強いネアの声がクロトの言葉を押しのける。
「エリーちゃんをなんとかしなさい! ……絶対よっ」
「……っ」
「それまで此処は守るっ。……だから、必ず助けなさい!」
言葉を送り、ネアは一気に身を回す。振り上げた脚が大盾にぶつかりせめぎ合う。
譲らない意志を持っているのは国の騎士であるロウグスも同じであり、彼は一直線にエリーを狙っている。道を譲れば強引にでも結晶を砕きエリーを殺す。
ネアは自らその相手を引受けクロトにエリ-を任せる。
この場で唯一と思える、認めたくなくてもそう感じてしまう。――一つの希望をクロトに託した。
「……悪いけどっ、こっから先には行かせないわよ!」




