「絶望の先」
「六番席が、動き出した……っ」
報告に耳を疑う。しかし、障壁の一つ目が破られ第三階層がむき出しになっている今、その可能性は有り得るもの。
一番槍と称された騎士のロウグスだがこの状況には息をゴクリと呑み、躊躇なくクロトたちに背を向け駆け出す。
「おい! ――くそっ、先に行かれてたまるか!」
「どうしよ先輩っ!?」
ロウグスには【風精霊】が付いている。ネアたちの居場所など容易くわかることだろう。
混乱し焦るイロハの背を叩きクロトは命令した。
「なんのためにその羽があるんだよ! とっとと俺ごと飛べ!」
上空にはまだドラゴンフライがいくらもいる。此処から飛び出せば標的の的だ。イロハはそれに若干の戸惑いがあるも強く命令されればクロトの腕を引いて飛び立つ。
建物の隙間を抜け空視界に広がり、同時に魔物の群れが飛び込んできた。
空に慣れているイロハは風の流れに翼を合わせ下降と上昇を繰り返す。掴まらないようにクロトも体を逸らし、ついでに銃弾を撃ち込み落とす。
「先輩っ! 姫ちゃんたちどこぉ!?」
「そのまま真っ直ぐだ! ……間に合えよっ」
◆
兵を凌ぎ終えたネアはエリーを連れ移動する。
いくどかはマシになり落ち着いてきたエリーを抱えるも、未だ彼女の顔色は悪く度々言葉を震わせていた。
「……早くアイツらと合流しないと。…………でもその後どうすればいいのよぉっ」
例えクロトたちと合流したとしても八方塞がりな状況にネアは頭を悩ませる。四方の門が塞がっているのであれば地下はどうなのかとも考える。そうこう考え地面を眺めていると転がっていた小石がカタカタと振動。微動は大きな揺れにへと変わりネアの足場を激しく揺らした。
「ちょっ!? なんなのよこの揺れっ」
強く足を大地に踏みしめ周囲警戒。ぐるりと見渡し地響きの原因を探る。
視界にはなにも入らない。だがそれは確実に近づき――
「――ッ!」
ネアはタンッと地を蹴り後ろに跳び下がる。蹴った地は直後亀裂を走らせ地中から砕かれた。
地から天に昇るように飛び出してきたのは黒くある鎧の殻を纏う巨大なムカデだ。高く伸びたその魔物はおびただしい足をカラカラと鳴らしこちらを見下ろしてくる。
「嘘でしょ……っ。なによこのムカデっ!」
見た目からでもわかる硬い身と巨体にムカデ特有のぞろぞろとある鋭い槍の如き脚に圧され一歩後退る。それどころかネアが息を呑み緊張に鼓動を早めたのはそのムカデの頭部にある。幾多の血を浴びた跡。鋭い鋏のような牙、その奥にある口から残骸を吐き出し落とす。砕かれた鎧の破片に紛れ血に濡れた肉の塊。想像や詳細など考えたくもないのにそれが人の臓物なのだとすぐに理解できてしまう。
このムカデはすでにいくらかの人間を捕食している。
吐き気を通り越し怒りすら湧くも今は相手をしている暇もなく、ネアはこの場をなんとか逃れようと動き出す。片脚を捻り後ろを振り向くが、その途端強大な威圧が前面を煽ぐような勢いで駆け抜けていく。
汗を滲ませ目を見開くネアの前には大ムカデやドラゴンフライなどよりも小さな存在があった。
まだ若くある外見の貴族じみた青年。それを視界におさめた時、ネアは硬直として身を引き締めた。
「…………嘘」
顔を蒼白とした時、男はくすっと笑い頭を垂らす。
右手を体に添え貴族らしく挨拶を交わしてくる。
「お初にお目にかかります、麗しの姫君。我が名は六番席魔王【鋼殻蟲のセントゥール】。貴方様をお迎えに参りました」
人間ではないことなどネアにはすぐにわかった。初めて見る魔王の一角――【鋼殻蟲のセントゥール】。
ネアの目が酷くこの魔王を嫌悪してならない。一見社交的な装い。だがその内は澱みきっておりその心情を深く探ることすら拒みたくなる。
その笑顔の下にあるのは残酷としたもの。他者の絶望と恐怖を快楽とし蝕む、暴食と名の知れた魔王。
度々魔界で聞くその王の噂はどれも気分が悪くなるものだった。逆らう者は容赦なく蹂躙し虞を刻み骨の髄まで喰らう。ときおり贄なども弱者に提供させていることすらある。
そんな魔王がかしこまってこちらに頭を下げる姿がどれほど寒気のするものか。
ネアは抱えているエリーをぎゅっと抱く。この男にだけは絶対にエリーを渡せない。
顔を上げた魔王はまた微笑し特徴的な大きな袖を揺らす。
「やはり低脳な蟲共にまかせておくのも不安で、こうして自ら出向くことといたしました。せっかくの姫に傷を付けるわけにいきませんからね」
「ふざけないでッ!! ここまで追い込んどいて、なにが迎えよ……っ。この子がいったいどれだけ酷い思いをしたか。なんで……、アンタなんかの都合でこの子が傷つかなきゃいけないのよ!!」
魔王だろうとネアはそう言葉をぶつけた。
しかし当の本人であるセントゥールは微動たりとも心というものを動かさずキョトンとしたかと思えば不敵に笑う。
「よく吠える女だな。ボクは寛大なため姫を差し出せば先ほどの愚行は見逃してやってもいいと思うのだが、どうだ?」
魔女にもそんなことを言われた。要は自分の命を選ぶかどうか……。
ネアは一点張りでセントゥールの提案を拒絶する。
「女の子見捨てるくらいなら死んでやるわよっ」
「ははっ、勇ましいことだ。……ならば死ね」
高らかにセントゥールは指を鳴らす。留まっていたムカデが合図に応えネアにへと襲いかかった。
エリーを抱えたままネアは大ムカデと対峙する。迫るムカデを前にネアは逃げるのではなく前にへと飛び込んだ。山を描くようにあるムカデの腹と地の間に潜り込み第一波を回避。大地に突っ込んだムカデはそのまま地を抉り更に体を曲げネアを追う。
巨体なため攻撃の隙も大きい。何度も下がらず踏み込んではかわす。そう何度もしているとムカデは身を絡め動きを鈍くさせた。
「エリーちゃんっ、……ごめん!」
両腕に抱えていたエリーを片手に持ち替え、ネアは開いた右手を唸らす。
悶えるように暴れるムカデの腹。体の繋ぎ目のわずかな隙間にへと鋭く腕を突き刺した。
通常の打撃など効果は見込めない。ならばと装甲の薄いその一点を正確に狙い定め稲光を走らせる。
直接体内にネアの半魔としての力、紫電が一気に放出された。それは体内を素早く駆け巡り壮大な威力を与えていく。
ギリギリと鳴き声をあげながら暴れられ放り投げられる勢い。激しく暴れるため突き刺した腕が鎧の隙間で引きちぎれそうなもの。
必死とエリーを抱き、ネアは出せる力を流し込む。
「いい加減ッ、止まれぇえええええッ!!!」
最大出力による雷撃。声を絶えさせムカデの巨体が強く地にへと叩き付けられた。
弾みに放り出される。受け身をとってエリーを庇うネアは地にへと転がり、すぐに体勢を立て直す。
感電に痙攣する大ムカデ。早々には動き出せなくある様子にホッと胸を撫で下ろす。
しかし、それはほんの束の間の安息でしかない。
息を切らせたネアの身が突如飛ばされエリーから手を離してしまった。
「――ッ!! エリーちゃん!」
ネアを吹き飛ばしたのはまたしてもムカデだった。だがそれは先ほどのものよりも小さく。どこからそれが襲いかかったのかと伸びるムカデの胴体を目でたどればセントゥールが目に入る。
「なかなかよい余興だったぞ。まさか半魔とはな。珍しい生き物もいたものだ」
ムカデはセントゥールの両腕にある大きな袖から伸びていた。手を隠すようにあるそれらからは他にもずるずると蟲の部位がはみ出し異様な光景を見せつける。
ギザギザとした脚や鎌。まるでその中に幾多もの蟲を宿している様。
腕に抱えていたエリーの姿がなくすぐさま視界を巡らせた。少し離れた場所で動こうとせず、ただ頭を抱え震えて居座っていた姿を確認。大事ない様子にホッとするも安心はできない。目の前にはまだ魔王がいるのだから。
向き直って見れば魔王はこちらから目を離し倒れた大ムカデにへと歩み寄る。
雷撃のダメージが残る身を痙攣させる蟲の腹を撫で……、それを一瞬で建物にへと片手で投げ打ちのめす。
体長数十メートルは超える巨体のムカデがいとも容易く激突し崩れた建造物の下敷きにへとなる。
「……役立たずが。ボクの顔に泥を塗るつもりか?」
静かな怒りが周囲を圧倒する。ネアですら唖然とし頭の中が真っ白になってしまうほど。
用が済めば再び向き直るセントゥールの清々しい笑みにはゾッとする。
「本当に出来が悪いものだ。いっそこちら側にでも来てみないか半魔の女?」
「……勧誘とか、心にもないこと言わないでもらえるかしら? ――絶対にお断りよッ!」
魔王の配下に下ろうがなんだろうが、ネアの強固な意志に揺らぎはまったくない。
言い切ってやれば容赦のない蟲の攻めが襲いかかる。
魔王――セントゥールのその姿にネアは目を細める。
複数のムカデを細腕が纏う衣服の中から溢れ出し鋭い牙が尋常を超えた速度で挑むネアを追跡。いったい自身の体積を超えるその蟲たちをどれだけその身に宿しているのか。それとも、それすらセントゥールのほんの一部だとでもいうのか。
魔の者の見た目など飾りであるのはよくあることだ。今のその身なりが仮初めであるのも簡単に想像が付く。
それにしても難儀なことだ。魔王というだけで勝ち目はほぼない。
ネアの得意とする雷撃と体術はセントゥールの操る鋼の蟲には効果を成さず殴るも蹴るも逆に自身を傷つける。雷撃すら通さない強固なそれらにネアは回避を続け本体にへと間合いを詰めた。
「ちょこまかとすばしっこい半魔だな。こういうのは獣の類が多い。あまり獣の肉は好まない主義なのだがなぁ」
「あらそう! ちなみに余裕ぶってる野郎ほどムカつく奴はないわ!」
「……まさか上位の魔王以外にそんなことを言われるとはな。少しは礼儀というものを教えておくのも悪くない」
攻めにへと移行したネア。紫電を帯びた蹴りが魔王を狙うも間へ蟲が割り込んで盾に。
何度も何度もネアを弾き飛ばしガードの強さを示す。
「まず魔界の基本としてはこうだ。――下等な生き物が逆らうな」
ネアを弾いた時、宙に留まったその一瞬に蟲の追打ちがくる。
体勢を立て直せない刹那、鋼の身がネアを捉え地にへと撃ち落とす。
「――かは……ッ!」
「その次。――ボクは生意気な下等種族は嫌いでなっ」
視界に一閃がよぎる。大きく振り上げられたセントゥールの片腕からは鋭利な鎌がずらりと顔を出し振り下ろされた。
痛みなど無視しネアは跳ぶように起き上がって身を低くしなぎ払いの直撃をまぬがれ、一気に駆け抜ける。
動きの大きかった一撃には確かな隙が存在した。そのわずかな隙を逃すことなく攻める。
稲光を纏った空間を切り裂く高速移動。寸でのことに魔王の目がほんの少し見開く。
「私を……っ、――なめるなぁあああッ!!!」
肉眼で捉えることのできないほど。ネアは一、二度回転で威力を加算させ高速の蹴りの一撃をセントゥール首にへと叩き込む。
激しい衝撃が魔王といえど人と変わらぬ肉体にへぶつかる。今のネアの体力からの最大の一撃。それは常人なら首をへし折ることは可能なもの。
直後、ネアは息を詰まらせ表情を青くさせた。
「……こんなもので、我が身に傷を作ることができると?」
セントゥールの首は微動だにしない。逆にネアの直撃させた右足が今更ながら痛みを帯びていく。
――魔王の身はその姿で鋼の様。ネアの打撃を一切受け入れなどしなかった。
更にネアは焦燥とそこから雷撃を放出。紫電が二人を中心に激しく放たれる中、くつくつと喉を鳴らす声が耳をかすめる。
「なぜ、ボクがこの国を一番に敵視していると思う?」
雷撃すら涼しげな表情で、セントゥールの片手がネアの脚を掴み取る。
「――ッ!」
「それは我が六番席魔王が十三魔王の中で一番席を除き最高の硬質な肉体を誇っているからだッ!」
瞬時、ネアの身が浮いたかと思えばそれは地にへと強く叩き付けられる。
背を衝突させた石畳は砕け、軋む身に呼吸すら失いそうになるネア。意識を保つことに集中していれば今度は建物の壁にへと投げ飛ばされていた。
痛みは二の次に、そうでもしなければまともな考えなどできなくなる。
ただ堪え、魔王に失われていない抗いの目を向けた。
「ははっ。まだそんな目ができるか。度胸は満点、食材としては最低点だな。恐怖に蝕まれた物ほど美味いものはないからなぁ」
「~っ、アンタの好みなんて、まっぴらゴメンよ……ッ」
悪態を魔王は鼻で笑い腕を振るう。セントゥールから切り離された大ムカデの一体が真っ直ぐネアにへと襲いかかる。
食らい付かれる寸前でネアはムカデの牙を受け止めせめぎ合う。鋭い牙は何度も閉じてネアの喉を狙っていた。
「~~ッ!」
「いつまでその威勢が続くかなぁ? いい声で啼いて跪けばまだ救いはあるぞ?」
「……ッ、冗談じゃないわよ!! アンタみたいな野郎に、誰がっ」
男にだけは屈したくないというネア。例えそれはどれだけ差のある者でも変わりはしない。
身動き取れず堪えるネアなど捨て置き、次にセントゥール目は一人の少女を捉えた。
それまでにあったネアと魔王の戦闘にすら耳も目も傾けずにいたエリーは今も同じ場所にいる。
「お待たせいたしました姫君。貴方様の従者はとても頑固な生物で、少し手を焼いてしまいました」
すでに目と鼻の先。逃げる素振りどころかエリーはセントゥールにすら気付いていない。
そっと差し出すように伸びた魔王の手は瞬時に纏っていたローブを引き剥がす。強引なことにふとエリーは怯えた眼差しを魔王にへと向け見上げた。
姿を晒された元姫としてあったことを疑わせない綺麗な容姿。金と煌めく髪、噂通りのこの世のモノとは思えない星の瞳。それを目の当たりにしたセントゥールは双眸を細め、細かな吐息を漏らした。
「……素晴らしい。さすがは美の王セーレすら気を向けるほど。……さぁ、姫君」
「ひッ。――いやぁああ!!」
差し出された魔王の手を払う。立つことができぬほど震えた脚は必死と体をそれから遠ざけようとさせる。
紳士を気取るセントゥールの手が恐怖と怯える少女の髪を乱暴に掴み上げ無理矢理立たせた。
「――ッ、やぁっ、いやぁ!!」
「……ああ、なんと香しいことか。恐怖に染まった物ほど気の滾るものはない」
ギチギチ……。細かな蟲の刺々しい脚がセントゥールから伸び手足を拘束。肌を傷つけぬように加減をしつつ食い込ませた。
「まずはどこから抉ろうか……。啼く喉は声を枯らしてから、脚か、それとも腕か……」
「やだぁ……っ、やめてぇえ!」
「やめてぇ……。その子をそれ以上傷つけないで! 喰いたければ私を喰いなさいよ!!」
「それはできない相談だなぁ。最初に口にするのは姫君と決めていてな。その後でなら配下にでも与えてやる。その頃にはさぞ美味そうに仕上がってるだろうな」
泣き叫ぶエリー。身をよじらせる少女の腹を布越しに撫で、耳元で囁く。
「臓物は鮮度が命だからなぁ。腹から徐々に喰らうのも悪くない。じっくり堪能させてもらおう。血の一滴まで、余すことなく……」
「……っ、いやぁあ……っ。いやあ……」
鋭い棘が突き立てられ腹部を焦らすようにかく。いつその幼き腹が裂かれるか。徐々に恐怖が増す。
止めどなく増す感情は激的に奥深くまで浸食し、ついにそれは限界を突破し弾けた。
「――――――ッッ!!!」
これまでにないエリーの断末魔が全てを揺るがしこだまする。
◆
一方。上空では魔物から逃れつつ向かうクロトとイロハ。
それなりに落としてはきたが減る気配のなく。更に溢れる魔物の群れに苛立ちが込み上がる。
「くそっ。どんだけいやがるんだよ!」
「……。……っ?」
ふと、高度が下がる。
高い建物の上に下ろされたクロトはなぜ止まったのかとイロハを酷く睨み付けた。
「おい! なにしてやがるんだお前は!!」
噛みつくかのような怒声。急いでいることなどイロハでもわかっているはずだ。しかし、イロハはクロトよりも空を見上げたまま呆然と青ざめた顔をしていた。
目など見開き、それは確かな恐怖を抱いていた。
そして、震えた声でクロトにへと問いかける。
「……先輩。…………アレ、なに?」
「……はあ?」
そう問われ、つられるようにクロトも天を見上げ、イロハと同じ顔をしてしまう。
なぜイロハが飛ぶことすらやめてしまったのか。その理由は視界が捉えた光景だけで理解できた。
雲行きの怪しかったヴァイスレット上空は更に黒く澱んでいる。分厚くある黒雲は雷鳴を唸らせ、その間から異様なものが姿を覗かせ天を覆っている。
それは――星だ。
円を描き広がる七つの巨大な黒星が視界いっぱいに広がっている。
禍々しく光を放つそれらにクロトは視界だけでなく思考すらも一瞬奪われた。
「……なんだよ、コレはっ」
『やくまが 次回予告』
溢れる恐怖、憎悪、殺意。それらが少女を絶望にへと誘う。
少女が見るのは崩壊した大地。生きることを許されないその地で一人、少女は絶望に泣き続ける。
絶望の淵に少女はその望みを星に打ち明けた時、崩壊をもたらす星がその姿を現す。
――あの黒星が見えますか?
――七つの混沌とした星が……。
――貴方も私を殺しますか?
――私には生きる価値がありませんか?
――私が死ねば、貴方は喜びますか?
――私は…………死ぬべきですか?
助かる道、それは少女を殺すこと……。
次回【厄災の姫と魔銃使い】第二部 四章「厄星」
この絶望の世界を壊すことが……貴方にはできますか?




