「狙われた姫」
――バレた!?
エリーに関わる三人が一同になって現状が悪化したことに衝撃を受ける。
『できれば生け捕りの方が望ましい。諸君らなど霞む魅力的な存在だ、是非堪能したい。丁重に迎え入れたいため同じ人種同士穏便に事に当たってくれたまえ。招かれていない身であるゆえしばらくは此処でおとなしく待たせてもらうこととしよう。諸君らの人間性溢れる思考で取引に応じてくれることを心より願おう。それでは』
最後まで癇に障る物言いで放送を終える。
クロトは止まってしまった脚を急いで動かし全速力でネアたちのもとへと駆け出す。
「なんで……っ、なんで生きてることを知っている!?」
生存だけでなくこの場にいることすら見越してセントゥールは軍を率いてきていた。
悠長に考えている暇など捨て、ただひたすら駆けるのみ。
「――先輩っ」
別行動をしていたイロハが路地の脇道から翼を広げ飛び出してくた。 二人は合流し一緒になって同じ場所を目指す。
珍しくイロハも血相を変えて混乱する気持ちを言葉に出す。
「どうしようっ、どうしたらいい!?」
事態に困惑してこちらの指示を求める。
相も変わらず自分では考えれないため怒鳴り散らしてやりたいが今はそんな体力と時間が惜しい。
「とにかく、この王都を出るぞ!」
「え? この国って強いんでしょ? 逃げる必要なんて……」
「アホかお前!! なんのためにあんなことしたと思ってる!」
「……えぇ?」
事態はイロハの頭では追いつけないほど最悪だった。
「あの魔王……っ、なにが慈悲だ!」
聞いてみればそれは確かな慈悲。「国を滅ぼさない代わりに一人の少女を差し出せ」という内容の取引。しかし、言葉の一部一部がどれだけこの国の住人の意を乱したことだろうか。
穏便にと言ってはいたが対象が【厄災の姫】であるならそんな容易く行くわけもない。
エリーの存在は世界にとって害悪。それをわざわざ魔王に差し出すことなどできるわけがない。渡せば厄災の力を魔王に渡すということ。
魔王と【厄災の姫】の存在が人間の感情は極度な恐怖与え乱していく。
判断に狂いが生じた時、誰もが簡単な行動を起こし事をどうにかしようと焦る。
その人間性を煽り尽くし、魔王は混乱という名の余興を楽しむつもりだ。
――魔王はこの国にアイツを襲わせる気だ!
◆
「……いたか?」
「いや、避難所にはいないらしい。……本当にいるのか? 検問でそんな話は届いてないぞっ。どうなっているんだっ?」
国の兵士が半信半疑ながらもエリーのことを捜している。
周囲を警戒しつつ、ネアはエリーを連れて移動し難を逃れようとしていた。
しかし、先ほどと比べ人手が増えてきている。
「……まずいわねぇ。これじゃあ動きづらい」
魔王の言葉はエリーも聞いていた。
ローブのフードを深く被り、不安と心苦しく顔をうつむかせる。
当の本人は自分に責任を感じ胸を痛めて泣きそうな顔で肩を震わせた。
寄り添っていたネアはしゃがみ込んでエリーの顔を覗き込む。
「大丈夫よエリーちゃん。この国の魔道障壁の話はしたわよね。魔王でも簡単には入ってこれないみたいだし、兵士をなんとかして二人と合流しましょ。本当は私とエリーちゃんで逃避行したいけど、仕方ないからアイツらも一緒に、ね?」
ネアはけしてエリーに不安な顔を晒しはしない。 いつものように笑顔で接し落ち込んでしまっている少女を励ます。
小さな手をぎゅっと握るとエリーも応えて握り返した。
「……ごめんなさい」
それでもこの言葉は口にしてしまう。
「謝る必要ないわ。安心して」
エリーを連れてネアは路地から大通りを見渡す。兵力がこれ以上集中しない間に突破して安全な場所にへと行く必要がある。
長時間見つからなければ対象の存在がなにかの間違いであるという考えも出る。
その場合この国にあのセントゥールがなにもしないというわけにはいかないだろう。本当に盾との攻防戦にへも発展する。
しかし、その場合は盾の勝利を願うしかない。
ネアも、そしてクロトたちもエリーをどちらの手にも渡すわけにはいかないのだから。
「……よし。エリーちゃん、今なら大丈夫だから――」
大通りの中央に立ってネアは路地で待つエリーを手招きで呼ぶ。
……だが。
「……エリーちゃん?」
エリーは路地から出てこない。大通りと路地の境目で立ち尽くし、どこかを眺めて微動だにしないのだ。
少し前のエリーの挙動がよぎる。どこかに耳を傾けてしまったような……。
既視感にネアは仕方なく駆け寄って様子をうかがった。
「どうしたの? 早くいかないと……」
焦りが徐々に滲む。しかし、ネアの言葉がなぜかエリーには届いていないのか反応がない。
彼女の眺める先にはなにもない。いったいエリーはなにを見ているというのか。
「……、エリーちゃ――」
再び呼びかけ手を引こうとすると、ネアは背後からきた圧に身を強ばらせることとなる。
警戒心の高まっているネアは息をゴクリと呑んでからバッと振り返り身構える。
「あら。また会ったわね、情報屋のお嬢さん」
先ほどまでネアのいた大通りの中央には黒い少女――あの魔女が立っていた。
即座にネアはエリーを庇うように立ち魔女を睨み付ける。
以前は見逃されたが今回はそうとは限らない。
「……どうして、此処に?」
「あら不思議。私はあの子が来るまで待つって言ったじゃない? ……へぇ、そう。兵がみっともなくしていると思えば、貴方がその子を庇っていたのね」
「悪い? 私に用がないってことは……っ」
「つまらない考えだこと。これだからそこらの愚者は嫌いなのよ……。それと、この王都から出てもらっては困るわ。その子は此処にいてもらわないと」
「ふざけないでッ。……ひょっとして貴方が魔王にこの子の情報を漏らしたの?」
「さあぁ? ……ふーん、そう。少し違うけどそういう展開もありかしら」
魔女は一人呟き赤い瞳を細めて微笑する。
いくらネアの目を持ってしても魔女の考えが理解できずジリジリと靴裏を地に擦らせ下がる。
目の前の少女の姿をした魔女はこの離れた距離からでも簡単にこちらを仕留めることが可能である威圧を滲ませている。一つ一つの行動がなにをしでかすかわかったものではない。
ただネアはその目を魔女から離すことなく、注意深く警戒する。
次に魔女は片手を天に向け、パチンと指を鳴らした。
――ッ!!
誰もが思った。「なにが起こった」……と。
突如、鉄壁とうたわれたヴァイスレットの盾の一枚、第三階層に設置されていた魔道障壁を作る四方の塔が一斉に崩壊する。
盛大に崩れると同時に、一枚目の魔道障壁が砕け守るモノが消滅してしまう。
むき出しになった第三階層城下街を空に漂うドラゴンフライが覗く。
「……ふむ。これは招かれている、と思ってよいのだろうかな?」
大ムカデに腰掛けていたセントゥールは不思議と目を丸くさせた。
砕けた障壁の塵を掴み取り、握りつぶす。美青年の表情はふと狂気に口元を歪めた。
「チャンスとは言ったが、襲撃しないとは言った覚えがないからな」
カンッ、と鎧のようなムカデの殻を踏みしめセントゥールは不適に笑い腕を振り払う。
「――蹂躙の刻だぞ。久方の人間の血肉だ、盛大に貪り尽くしてしまえっ」
当初の慈悲など塵となって消え失せる。
王の命のまま、配下の蟲の軍勢は眼光を鋭く光らせ一斉に押し寄せ始めた。
警戒と身構えていた腕が下がる。ネアはこの事態に不覚にも頭が追いつかずにいた。
塔の崩れる音に紛れ周囲では兵士の声が集中する。だが、そんなことよりもネアは目に見える現実が信じられず驚愕と見開いてしまう。
目の前の魔女は意図も容易くこの国の崩壊の第一歩を作り出してしまった。
それどころか、クスクスと楽しそうに笑っているではないか。
「ふふふっ。あら、脆い。大したことないわねぇ、盾の国。私でもすぐ潰せそうだわ」
「……なんて、ことをっ」
「怖い顔をしないでお嬢さん。ちょっとした余興よ。この方が盛り上がっていいわ。……そんなことよりも」
ほんの一瞬だった。
瞬きなどした覚えなどないのに、ネアの視界から魔女が消え、ふわりと跳躍してネアの視界を手で覆い奪う。
するりと手はすぐに滑り落ち、魔女は軽やかにネアの隣に着地した。
「――ちゃんと、この子のことをよろしくね?」
我に返ったネアは触れられた感覚に目元を確認するように手を当てる。
――今……誰に触れられた?
触られただけではない。なにかとんでもないものを見て、言葉をかけられたような気もする。
ほんの数分の記憶が不可解な空白を作っていた。
ネアは頭を混乱させるが耳に入った兵士の声に霧がかかった思考を振り払いエリーの身を引く。強く引かれるとエリーもようやくパチッと瞬きをして不思議とネアを見上げる。
正気にもどったばかりで申し訳ないが、ネアは急いでエリーを連れて移動を開始する。
「エリーちゃんっ、こっち!」
「……っ!? ネ、ネアさん!?」
「早く!!」
王都から出ることは確実にできない。なぜかその結論が頭の中に強く残っている。
なにが原因でそんな根拠もないことに従うのかも、今考えているような場合ではない。
今ネアがすべきことはエリーを守りつつクロトたちと合流すること。そのために第二にへと向かう。
焦るせいでネアは走る加減を忘れ、手を引かれるエリーは速度に追いつけず脚のバランスを崩してしまう。
「……っ! エリーちゃんっ。ごめんね、大丈夫……っ?」
地に手を付きエリーは息を切らせていた。
しかし、休むような余裕もなくある。
「立てる? 無理しないで、私が運んであげるから」
「……っ、――っ」
息切れのせいか返答は早々することはできないのか。そう思った時、へたり込んでいるエリーはぽつりと呟く。
「…………誰? 誰が話しているの?」
エリーには誰かの話し声が聞こえているようだ。ネアにはこの時点ではなにも聞こえてこない。
不可解なエリーの行動が頻繁にへとなり平常の感覚が徐々に失われていることに今更ながらネアは深刻と考える。
どれも症状は同じ。こちらの呼び声に反応しない。別のことに引かれエリーが捉えることは逆にこちらでは一切感じ取れず対象がわからないもの。耳だけでなく、視界や感覚全てが現実を捉えていない。
――まるで、一人別の世界に意識そのものが持っていかれているようだ。
幻聴と幻覚らしき症状が今のエリーにはある。
そして、エリーはどこか怯えた様子でもいた。
「おい! そこの二人っ」
止まっていた所に数人のヴァイスレット兵が血相を変えて近づいてくる。
「こんな所でなにをしているっ? ……それと、そこの子供」
「……っ」
「国の一大事だ。姿を確認させてもらうぞ?」
ローブを纏うエリーは素顔を隠している。しかし、その一番の特徴である星の瞳を見られればすぐに【厄災の姫】と素性がバレてしまう。
エリーを両腕で抱え、ネアは兵士から遠ざかろうと近づく度に後退る。
「……いや、……いやぁ」
腕の中でエリーは身をカタカタと震わせ怯えて瞳を揺れ動かす。
現実に戻って兵士に怯えているのか、それともまた別のものにか。
ネアはエリーをなんとか落ち着かせようとする。
「エリーちゃん、お願い。我慢して……」
にじり寄る兵士。ここで一気に逃げれば確実に怪しまれ増援を呼ばれてしまう。かといってこのままやり過ごすこともできない。
とうとう兵士の鎧に覆われた手がエリーのローブを掴み取ろうとした時、エリーはビクリッと身を縮込ませ――
「――こないでぇえええええええッッ!!!」
突如、豹変したかのように悲鳴に近い叫びをあげた。
ネアも兵士も揃って身を硬直させた直後、一同の身を大きな影が覆う。
天より飛来した魔王配下のドラゴンフライが大通り巨体をぶつけるように地に降り立つ。
黒い鎧にも思える殻を纏う蟲。甲高い奇声をあげ四枚の翼を高速で羽ばたかせれば風を起こす。
ドラゴンフライも鎧蜘蛛も主食は生きた魔族や人間だ。餌食になれば血肉を無残に細かく引き裂かれ酷い最後を遂げることとなるのがお決まり。
風に煽られ怯んだ隙に一気に低空飛行で突っ込み、左右に開く口に備えられた鋭い牙を向けて襲いかかる。
ネアはドラゴンフライの突進を避けると同時に横道にへと滑り込み、その場から駆け出す。
後ろでは例の兵が助かったかどうかなどわからない。後味は悪いがネアにはエリーを守る義務がある。
腕の中でエリーは酷く怯えた形相だ。ガタガタと身を震わせ悪化させていた。
「やぁああっ、ああぁ……、ああああぁっ」
「……っ、大丈夫よエリーちゃん。大丈夫だからっ」
『――ネア! 第三まできた!!』
焦るクロトの声が通信越しで耳に響く。
「遅いわよ、馬鹿ぁ!!」
ネアは溜まってしまった苛立ちをクロトにぶつけて発散させてしまう。
同時にクロトも反発。
『うるさい! 後はこっちからそっちに向かう! どっかに隠れてろ!』
クロトの魔銃ならエリーの位置が特定できる。今も道を間違えることなく一直線に向かう道中だった。
少し叫べばネアも少しは冷静になる。急いで合流するのも最優先だが、現在ネアが最も気がかりとなっているのエリーの様子だ。
「それよりっ、エリーちゃんの様子がおかしいのよっ!」
最愛とも思える少女が今もずっと腕の中で震え恐怖を訴えている。
こんな状況を一人で抱えきれず、ネアは一番の責任者であるクロトに打ち明けた。
『……どういうことだっ? なにがあった!?』
「わかんない……、わかんないわよ! 全然、私の声聞こえてないみたいで……っ」
『とりあえず、どっかマシな場所に――』
その時、唐突にプツンと通信が途切れる。
「……ちょっとっ? ねぇッ!!?」
何度も繋げようとするが反応がなくクロトの声が戻ってくることはなかった。
機器の不備か、妨害か……。
ネアはクロトとの通信を諦める。




