「嫌悪の夢」
一行の移動手段といえば基本が徒歩のみとなる。
南寄りのサキアヌ領土だったとはいえヴァイスレット王都へは距離があるためそれだけの移動では数日は掛かる。
最初の夜は完全なる野宿となった。
「もー。エリーちゃんにはふかふかのベッドで寝させてあげたいわぁ」
「だ、大丈夫ですよ……。そろそろ外で寝るのも慣れてきたので」
焚火を囲みながら、ネアはエリーを必死に抱き猫のように甘える。
エリーもクロトとの二人旅に慣れ始めてきておりこの程度は平気となっていた。歩くペースもマシになり、今ではちゃんとくたびれずにクロトの後ろをついても行ける。
しかし、エリーには少し気がかりなことがあった。
それはエリーを睨むように凝視しているクロトが妙に苛立っていることだ。
「なによクロト? いっつもそんな顔だけど、エリーちゃんを睨まないでくれる?」
「……そんなんじゃねーっての」
ひとこと言われればクロトもエリーから目を離しそっぽを向く。エリーはその無言な訴えたいという眼差しがなんとなく理解できていた。
クロトは寝つきが悪い。そのため何故か安眠抱き枕扱いされているエリーがいないと早々に眠れない。今まさにその安眠用具がネアに取られている状況だ。本当のことをなかなか言い出せないのだろう。エリーもそれは自分の口から言えず困った顔をする。
そんなことはいざ知らずのネア。
「エリーちゃん疲れたでしょ? お姉さんが一緒に寝てあげるから安心してね。……そういうわけだから、見張りよろしく」
当たり前のようにネアはクロトとイロハにそう言いつけた。
何故ネアが進行役なのか。そう文句を言いたくも二人は言葉を堪えて無言で了承するしかない。
何度もいがみ合えば最後にはネアが仲裁役を気どり事を治めるというパターン。そしてある程度の嫌な思うをさせられる。
イロハは痛覚がなくてよいが、クロトなどは平然と力強く殴られる。
思い返せば痛みが蘇ってくるようだ。
「あ、あの……。なんだか悪いので、私も起きてますよ」
「う~、ボクは眠いかもぉ……」
「お前は起きてろッ! ……クソガキ、お前はもう何も言わずに寝ろっ」
「……でも」
「お前の声聞いてるとイラつく。……静かにさせろ」
「…………すいません。それではクロトさん、イロハさん、おやすみなさい」
気落ちするもエリーは苦笑してから二人にへと頭を下げネアに寄り添う。
簡易の毛布にネアと一緒になってくるまったエリーたちはそう時間をかけずすぐに眠ってしまった。
ネアの心地よさそうな寝顔を見ているうちに、クロトはイライラと貧乏揺すりをする。本来ならその安眠用具はすぐ手元にあるべきだというのに……。そんな風に我が物思考で寝付けないクロトは仕方なく眠れない理由で夜の番を務めた。
「……くそ、マジで腹が立つ」
「すー……」
ちょっと目を離せば隣ではイロハも丸くなって寝息をたてている。
容赦なくクロトはイロハの頭に手刀を落とすも、痛覚のないイロハには眠気覚ましにもならずそのままぐっすりだ。
「コイツもムカつくなぁ、クソがっ」
起きているのはもうクロトのみ。
しだいに衰えてくる炎にへと小枝を投げ込み苛立ちをぶつける。
以前はこうではなかった。こんな夜も一人で過ごしていた。
周りは静かで、特になにも考えずに灯る炎を眺めていただけだ。
寝付きが悪くてもそうやって静かにしていればいつの間にか眠りにつき、そして朝が来る。
なのに、今は全然違う。
日常の過去が少し視線を変えれば消えてしまう。
他人という存在が身近にはいた。今は仕方なくそれらと行動を共にしているが、これはクロト自身にとって異常とまでも取れてしまう。
「……なんでこんなことになってんだよ。全部あの魔女のせいだ。……全部」
ぼやくクロトは再び小枝を掴み取り、握り折ってからそれを放り込む。
炎に投げ入れれば火花がパチンッと散った途端、淡としたか細い声がした。
ずっと静かだったせいかその声はハッキリと耳が捉え顔を向ける。ネアと共にいたはずのエリーがそろりそろりと彼女から抜け出し静かにクロトにへと四つん這いで近づこうとしていたのだ。
先ほどの火花の音のせいで驚いたのか、エリーはクロトと目を合わせたまま硬直してしまっている。
「…………なにしてんだよ、お前」
「え、とぉ……。ちょっと、目が覚めちゃって。……そちらに行っても大丈夫ですか?」
「……」
少しでも反論が出ればエリーはこれ以上近づかずにまたネアの方にへと戻るつもりでいた。だが、クロトは口を閉ざし、そっけなくそっぽを向くのみだ。
「来るな」や「寝てろ」など言わず、それはまるで「いい」とでも言っているかのようである。
エリーはその反応に戸惑いながら寄るとクロトの隣にへと座り込む。
チラリと横目でエリーを確認するクロト。目が覚めたと言ってはいたが、エリーは今でも眠た気に目を擦り頭をふらつかせている。
やはりか。と、クロトからは呆れ面でため息が出る。
「下手な嘘だな。なにが覚めただ」
「……っ、だ、大丈夫、ですっ。私、眠たくは……」
「前にも言ったよな? 俺にそういう気遣いはムカつくからやめろ」
「…………でも、全然大丈夫そうなので、クロトさんも寝られた方が良いと思って。じゃないと、明るくなってから疲れちゃいますよ?」
「二日間寝ないくらいで死にはしねぇよ。そんなの今まででよくあることだし。……やっぱもう離れて――」
いい加減子守気分にも呆れてきた。ネアの方にへと戻るように言いつけようとしたが、横からエリーは体を軽く当ててくる。
よくよく見れば結局眠気に堪えきれずエリーはまた眠ってしまっていた。
「……っ」
とりあえず軽く揺さぶるが起きず、更には膝上に頭がずれ落ちてきた。
クロトの膝を枕がわりにすやすやと眠る。いつもの逆パターンかのような気分だ。
一気に引き剥がしてもよかったが、不快に身を震わせつつ堪えた。
静かに抱き上げるとどこか安心感が滲み自然と眠気もでてくる。眠る前にクロトはエリーをネアの方にまで連れていく。
このまま寝てしまえば朝なにを言われるか……。
しっかり面倒も観れないのかと思うが、顔が見えるとネアはすっと目を開けてクロトを見上げていた。
「……起きてたんならコイツなんとかしろよ」
「今起きたのよ」
「ああ、そうかよ。……ん」
すぐさまネアにへとエリーを渡しておく。ネアは心の底から嬉しそうに受け取るとまた毛布を一緒になって使う。
相も変わらずネアという人物の思考は理解したくもない。自分の場所に戻ろうとすると、ネアからは微笑が聞こえてきた。
「……なんだよ?」
「べつに。最近アンタってらくしないわよね」
「…………」
ただ、そこ言葉には黙り込んだ。
返答などせず、無言のまま戻る。
無理矢理聞かなかったこととしてクロトはようやく眠れそうだと目を伏せた。
近くに危険な気配もない。このまま眠っても問題はないだろう。
◆
『――この子は渡さない』
ぼやけた曖昧な光景。直視した先には身を着飾った女と、子供がいた。
怯えた眼差しを向ける子供を大切そうに庇う女。それを見ているだけで自然と不快感が増していく。
女にとってその子供はさぞ大事なのだろう。
大事で大事で……、手放したくないほど【愛】していることだろう。
こういう女は嫌いだ。簡単に殺意が湧いてくる。
――ああ、目障りだ。吐き気がする……。
『大切なあの子を貴方なんかに渡したりするもんですか』
――そんな綺麗事など聞きたくない……っ。
これ以上巻き込むまいと、女は子供を別の者に任せた。
そこから繰り広げられるのは胸くそ悪くある悲劇的なシーンだ。
『いや、やだぁ! 母様と一緒にいる! 一人にしないで……。怖いよ、母様ぁ……』
泣きすがる子供は母親から離れようとせず必死だ。
女はその子供を優しくあやすような言葉をかけていく。
『後で行くから泣かないで。私の愛おしい子』
『――母様っ! ……やだぁっ、やだぁああッ!!』
そして、女は子供をこの場から逃がした。
――俺に取られないために……。
追おうとするもその女は自分の行く道を阻む。
その行動が……、言葉が……、【愛情】が……。どれもこれも嫌いでしかなかった。
――大切? ……大切だと?
目の前の光景は親が子を守ろうとするもので、傍から見れば感動的なものだろう。
だが俺にとっては最悪な茶番劇でしかない。
当たり前のようなそれは見るに堪えないもので視界からすぐに消してしまいたくなる。
――そんな毒をチラつかせるな。
この時、俺の感情はそれを殺したくて酷く荒れていた。
冷静になった時にそれは動かなくなる。
動けず、声も失い。殺したそれにはもうなにも残ってなどいなかった。
――ああ。やっと消えた……。
安堵した。やはり障害は排除するのが一番だ。
そんな安らげたような心が、次に聞こえた一言で……何故か抉れた。
『――ウソつきッ!!』
◆
気がつけば、いつの間にかクロトは瞼を開いていた。
驚いた様子で空を見上げればちょうど夜が明けている。
その日見たのは過去にあった事の夢だ。最後に放たれた一言が脳に強く残り、しだいに泡のように消えていく。
それは自分を否定した言葉で、それを言ったのは……。
玉の汗を浮かべたまま、クロトは視界を下にへとずらす。眼の先にはまだ起きていないネアとエリーの二人が寄り添っている。
ネアはともかくエリーの穏やかな寝顔はそろそろ見慣れてきている。しかし、ふと視界に映るエリーの表情が一変する。
泣き叫び全てを恨んだかのような、今のエリーからは想像すらつかない表情。そんな幻覚は瞬きをすれば一瞬にして消えてしまう。
記憶の中の光景と現実が混ざり余計なものが見えてしまった。
記憶を失う前のエリーと、今のエリー。
その変貌ぶりは当時と比べてみれば頭を痛めるように悩まされるものだ。
頭を抱え、クロトは顔をうつむかせる。
「……なんでこんな妙な気分になるんだよ。目的以外で、コイツのことなんて……どうでもいいだろうが」
――ああ。本当にどうかしている……。




