「合流」
ギュッと、縄を縛る音がする。
「……先輩。なにも縛ることなくない?」
「うるさいガキ。鬱陶しいからおとなしくしていろっ」
あれから二日ほどが経過する。
イロハを家にあった荒縄でグルグル巻き、とどめに足蹴にしながら縛り付けた。
芋虫のように転がされたイロハはブーブーと文句を言ってくるも再度クロトはそれを踏みつけ黙らせる。
なぜこのような事態になっているのか。それはこうして共にいる間でのイロハに問題があった。
『あ! 先輩先輩!』『ねぇねぇ、先輩!』『先輩、せんぱ~い』
――非常に鬱陶しい!!
人懐っこく接してくるイロハ。活発で好奇心もあり静かに過ごすこともできない。家の中ということが珍しくあるらしく、事あるごとに「それなに?」「どうやって使うの?」などと質問攻めだ。まさか一般的な日常空間ですら知能がまわってないとは……。そして呼び名は相も変わらず『先輩』の一点張り。
正に子供である。ただの図体だけ年頃なだけの幼児かのようだ。
クロトにとってこの存在は不快以外の何者でもない。黙らせようにも死なぬ身。ならば動きだけでもと縛り付けたにすぎない。
「それに、ボクそんなにガキじゃないよ? 先輩と同じくらいだよ」
「内面幼児みたいなクソガキだろうがっ」
「……ク、クロトさん。なにもそこまでしなくても……」
クロトの上着を羽織りつつエリーはソファーに座り体を休める。
そう言われるもクロトはエリーを睨みつける。
「お前はちゃんと体を休めとけ。余計なことはするなっ、時間の無駄だっ」
動けるようになったとはいえまだ完治したわけではない。怒られてしまうとエリーもしゅんとしてしまい、それでも「大丈夫」だと言い返し微笑む。
その光景を床で転がりながらイロハは呆然とし、小声で呟く。
「……なんか、聞いてたのと違うな」
「……なんか言ったか?」
「いやいや、なにも……」
独り言を曖昧に聞かれイロハは問いに対し偽りの答えを返した。おとなしくなるも、彼の表情はどこか不満そうにも見える。
なにがどうしてどうなってそうなったのか、クロトは疑問として首を傾けた。
だが、いつまでも気にとめておくようなことでもなく再びエリーにへと向き直る。
「とにかくだ。いつまでもこんな所にいるつもりはないんだからな!」
「……は、はい」
「お前が治らないとこっちも動けないんだよっ。わかるか?」
「……はい」
「わかったら黙って寝るなりなんなりしておとなしくしてろ!」
「……」
とりあえず「うん」と頷くエリー。
しかし、
「先輩がうるさいから姫ちゃん眠れないんじゃないの?」
と、イロハがエリーの言いたかったことを代わりに口にしてしまった。
同室である以上こんな光景と怒鳴り声を出されていれば気にもなって眠ることもできない。今更別室で一人というのも……。それ以前からしばらく眠っていたため眠気がエリーからは消え去ってしまっている。
イロハの指摘通り、現状況でクロトはこの中の誰よりも声を大きくあげている。
全くの正論にエリーも否定しづらい。
「……で、でも……クロトさんがそうおっしゃるなら、……が、頑張って耳を塞いで寝ますね」
クロトの上着を頭にかぶせ、エリーは布越しに耳を塞ぎ横にへとなった。
それはつまりエリーもクロトの声がうるさいと認めている以外なんでもない行為だ。まさかのイロハに正論をつかれただけでなくエリーまでもがそれを認めていることに苛立ちが出てしまう。
二人にその高まった苛立ちをぶつけたいが今のエリーに余計なことができず、言い出したイロハの縄を余計にキツく縛りあげる。
「せ、先輩……っ、なんか、中身……出ちゃう……っ。あと、目……怖い……」
「黙れ鳥野郎が。なんだったらどっかの樹にでもくくりつけて置き去りにできるようにしてやってもいいんだぞ?」
「わぁあん! 先輩のいじわるぅ! やーだーっ、置いてかれるのボクやだー!!」
また二人のもめる声が大々的に聞こえてくる。エリーは必死に耳を両手で押さえ静かに寝たふりを続けていく。
聞こえてない。聞こえてない。寝れる。そう言い聞かせ目を閉じ必死に眠ろうと努力した。
しかしどうだろうか。音はある程度軽減できるも……
「やっぱお前のそのすっからかんな頭撃たせろ!」
「なんでそうなるの先輩!」
――パァン!
「……ちょっ!? ホントに撃ってきた!! 酷いよぉ!」
「ちぃっ、死なないし痛みすらないのが残念だな……。すぐに回復しやがる。しかたない、お前の魔銃をよこせっ」
「それは無理ー!! ボクの魔銃でボク撃ったら、また治るのに時間かかちゃうぅ!!」
「あーくっそ! 縛りすぎた! 面倒くせー!!」
「ああん! フレズベルグ取らないで先輩ぃ!」
これだ。
ドタバタとした振動が伝わってくる。しかも発砲まで……。
チラリと目を細めて状況を確認。クロトが縛りすぎた荒縄を力尽くでこじ開けイロハの魔銃を奪おうとしている。
当然イロハも抵抗している。
止めにはいりたい。だがそうすればまたクロトに怒られてしまう……。
誰か、この状況を止めてくれれば……。
――こんな時に、ネアさんがいたら止めてくれるのかなぁ……。
仲裁役、と呼ぶには複雑。だが実力行使でこの場を治めてはくれそうだと、あれ以来会っていないネアのことを思い出す。
暴れているのはどちらも男性で、女性は自分一人のみというちょっとした寂しさ。孤立してしまって思わず二人を眺めてしまう。
誰か話し相手がほしいと思うとこも。
……そう、噂するかのように思ってしまったせいなのだろうか。
突如部屋の扉が勢いよく開かれ三人の視線が一度になって向いた。
薄暗い扉の向こうで紫電が細かく輝く。
「呼ばれて颯爽登場! 女性の味方、みんなのお姉さんっ、ありがたく思いなさい!」
キョトンとするイロハ。
苦い顔をするクロト。
困惑としたエリー。
景気よく到着の挨拶をかましてきたのは黒髪セミロングに抜群のスタイルを見せつける――ネアだ。得意げに胸をはって現れたネアをクロトは不快として「またうるさいのが出た」と言わんばかり。
だが、ネアを呼んだのはクロト本人でありずっとこの場を動かなかった理由の一つでもある。
「……やっと来たか」
「ええ。呼ばれたから来てあげたわっ。感謝しなさいよね?」
「あーそりゃあご苦労……」
適当にあしらわれるもネアはその扱いを承知のためか肩をすくめ「やれやれ」と苦笑い。
しかし、来たばかりのネアにとって部屋の光景はなんとも即座に物事を言えるようなものではない。
外からでもわかってはいたが中は荒れており、少しはまともにした様子。そして床で組み合うクロトと荒縄と服が乱れて巻かれた初対面の少年。それも、クロトが……、同い年ほどの少年を組み敷いている……。
その光景だけでネアは顔をしかめ、気分悪く口元をおさえて顔をそらす。
「うわ……、なんかもう、野郎同士でやめてくれない? すごく気持ち悪い……、キモいっ」
「誰あのお姉さん? あとなに言ってるの?」
「理解しない方がいいぞ。できるならの話だが……。俺もアイツの頭の中は理解できない。……というかキモいってなんだよ! 変な妄想するな!」
これが花を飾るような光景に見えたとでもいうのか……。
顔色を悪くしたネアは一気に顔を余計にそむけ吐きそうなものを堪えている。
「これを誤解って……、そう言いたいわけ? 人の性癖ってやっぱいろいろだものね。知られたくないことってあるわよね、でもいいのよクロト。わかった上で言ってあげる。――エリーちゃんから身を退いてくれないかしら? この最低野郎」
「わかっててそれかよっ。こういう時にお前の目って無駄なほど節穴だよな!」
見極める目を持つネアがこの誤解な現場を正常に判断することができずにいる。確かにその目の性能を疑うようなことだ。いや、もしかしたら本当はわかっていてもこのように男相手には余計な思考が邪魔してしまうのやもしれない。
そんなネアがこの吐き気を改善させるためにと二人を視界に入れないようにした。
「……あの、ネアさん? 大丈夫で――」
「――エリーちゃん!!」
先ほどまでの毒を受けたような表情はどこへやら……。
ネアはパッと明るみを取り戻しエリーに駆け寄っては再会の挨拶として抱きしめた。
「あーもうっ、エリーちゃん可愛い!! 怖くなかったぁ? こんな野獣二人と一緒にいて乱暴されてない? 襲われてない? お姉さんが癒やしてあげるぅ!」
エリーを抱きつつネアは舞い上がったテンションで回り歯止めが利かない相も変わらずのようなネアについていけずエリーもされるがままなにも言えずである。
不快な光景だがクロトは特に言わないでいるとイロハがそれを指摘しだす。
「ねぇ、先輩。あのお姉さんエリーちゃん持ってるけど、なんでなんにも言わないの? ボクだと怒るのに」
「いろいろあんだよ……。お前もアレにはあまり逆らわない方がいいぞ?」
痛みを感じなくともイロハにとってネアはクロト同じで天敵な存在だ。
理解できないイロハは難しそうに首を傾ける。
「なんで? というかあのお姉さん誰? ボク知らない人はわかんないんだけど? 邪魔なら――」
緩んだ紐から腕を抜き取り、イロハが魔銃を取り出す。イロハにも人を撃つことに躊躇いがないらしく、銃口をネアにへと向けようとした。即座にクロトは「やめておけ」と、呆れ口調で。その言葉は遅すぎた。
銃口とイロハの視界がネアを捉えたかと思えば、魔銃が床にへと叩き付けられる。痛覚のないイロハは衝撃に目を丸くし、なにがあったのかと叩き付けられた魔銃を見る。自分の手ごと魔銃はネアの靴底に踏みつけられていた。
「……は? なにこの野郎は? クロトに続いてこんな素敵要素抜群のお姉さんに銃を向けてくるとか、――しばかれる覚悟はあるのかしらぁ?」
ネアを見上げたイロハは冷や汗を浮かべて小刻みに体を震わせた。
おかしい。さっきまでネアはエリーと戯れていたはずだとイロハは記憶している。奥ではいつの間にかソファーに置かれたエリーが目を回しながらふらついている。
細かな稲光を散りばめ、殺意にも似た眼光を向けられイロハは危機を察知した。
――このお姉さん、怖いッ!!
と、一つ覚えたイロハはそれを忘れないように心の奥底まで刻む。
「ちょっといろいろ聞かせてもらえるかしらクロト? なにこのアンタの脳内を幼児退化したような新参野郎は」
「魔女からのさしがねだってよ。俺と同じ魔銃所有者で俺と同じ不死身。しかも痛みは感じないらしい」
「ああ、なんか違和感あると思ったら……。また変な奴がエリーちゃんの所にきたものね」
「……その内にお前も入ってると思うが。で? どうなんだよ鳥野郎? だからやめとけって言ったんだよ。悪いがこの女は頭の構造おかしくても…………強いからな?」
最後は認めたくないという気持ちからか、戸惑ってからネアの強さを伝えておく。すっかりネアに怯えきってしまったイロハは上下関係を出会ってすぐに叩き込まれることとなった。
涙目に言葉も言えず、首を縦に振って応答をする。
「お姉さんの強さを認めるなんて、明日は雪かしら?」
「うるさい……。お前もお前でとっとと用事済ませろよ……」
「あっ、それもそうね。アンタたちクズに構ってる暇はなかったわぁ♪」
一々、一言多い……。
この場はなんとか睨むだけで怒りを堪えた。
弾むようにネアはようやく回した目を治したエリーにへと駆け寄る。
「さっ。エリーちゃん。お姉さんと一緒にこんなむさい部屋から移動しましょうね~」
「……? な、なんでですか?」
「だってぇ、エリーちゃん今ちゃんとした服ないでしょ? いつまでもそんな格好でいたらホントに襲われちゃうんだから」
「誰が襲うか……」
ふと、首を傾けるエリー。改めて自分の姿を見返してみる。着ているのは肌着代わりの薄手のもの。今を思い返せばいつ着ていた衣類は例の施設で脱がされたっきり帰ってこない。そこまで透けているわけではないが、これはこれで恥ずかしいものだ。
顔を真っ赤にし、エリーはネアと共に別室にへと移動することとした。
「い、行ってきます……」
羽織っていたクロトの上着を折りたたみ、エリーはそれをソファーの上に置いてから部屋を退出していく。
やっと静まると、クロトはイロハにへと向き直る。
未だぷるぷると涙目でいる。これは少しトラウマが入ったかもしれない。
「……さて、ようやく静かになったな」
自分に向けられたと悟ったのか、イロハはビクリと反応する。
「な、なにかな……先輩……」
「いつまでビビってんだよ……。お前には聞きたいことはあるからな。……話してもらうぞ? 今度は知ってること全部」




