「願いと契約と……」
これは、クロトが魔女という名の人物に出会って数ヵ月ほどのことだ。
「――ぐぅッ!!」
クロトの右肩が撃ち抜かれ鮮血を流しながら炎が纏わりつく。傷はすぐに癒えるも、付けられた傷の痛みという感覚はそう簡単に取れるものではない。
当時。クロトはまだ十ほどの子供だった。痛みに歯を食いしばり、泣くことすら自身が許さないほどこの頃から弱みを表に出さずに堪える。痛みなどない。そう言い聞かせ、それよりも炎上するような怒りにへと意識を集中させた。
前方から、その怒りの炎を煽る少女の声が響く。
「まだ甘いわねクロト。もっとちゃんと見て動かないと」
声の主を鋭く睨み付ける。そんな上からものを言うのは同年ほどの少女だ。
透き通るような白い肌に喪服のような黒い薄手のドレスを身に纏い、白緑とした長髪。頭部は黒のレースで覆われており、風に揺れるたびに少女の瞳がチラチラと見える。
――赤い。魔女の証である真紅の瞳。
少女――魔女の右手にはクロトの魔銃とは別の魔銃が握られていた。
「はい。今日の勝負も私の勝ちね。でも、上達してきているから安心して。大丈夫、クロトはまだまだ強くなれるわ」
魔女は片腕に付けられていた腕輪を外し終了の合図をする。
見た目はクロトと変わらぬ子供だというのに、口調はとても大人びたもの。そうやって上から見る魔女の言葉は、いつもクロトをイラつかせていた。
勝手に外れた腕輪を掴み上げ、クロトはそれを魔女にへと乱暴に投げつける。
「うるさい! 次は絶対お前に当ててやる!」
魔女は投げられた腕輪をくるりと可憐に回り見事に受け止める。
そして、妖艶とした笑みを浮かべ、くすっと笑う。
「負けず嫌いなところも本当に可愛いわねクロト。そんな貴方はとっても愛おしい子」
出会ってからクロトはずっとこの魔女に力試しをされていた。死なないことをいいことに平然と致命傷をも与えてくる。
何度も何度も自身を鍛えさせられるも、一撃だってクロトは魔女に当てられたことがない。
それがとても腹立たしく、この魔女をいつか超えることを目的にしていた。
超えて、殺してやりたいと内に刻み付け、それが果たされることなく数年の時が過ぎてしまう。
魔女とともにいて四年。ちょっとした試験だと言われ、それをクリアするとあの魔女はこの体に【不死殺し】の呪いをかけた。
その時告げられた。
――魔女がなんのために俺を鍛えたのかを。
ずっと勘づいてはいたのだ。
いつかこの魔女の道具として使われるということを。
「忘れないでねクロト。世界には邪魔というほどの生命が湧いている。障害はどれも貴方の敵でしかないわ。私に牙を届かせたければ、それら全てを消してでも、もっと強くなりなさい。貴方の願いに間違いはないわ。今の貴方は初めて会ったあの頃よりもずっと素敵だもの。余計なことは捨てていいの。物も、命も……。三年後、中央大国、世界の中心。すべてを敵にまわしてしまった哀れな国の末路の日に待っているわ」
呪いを受けた直後のことで動けないクロトに、魔女は放つ言葉を彼の頭の中に刷り込む。
二度と忘れないようにと。激しく燃える怒りの炎が消えても焼き付いて永遠に消えない跡を残すように……。
「そして見つけなさい。――世界の命運を左右するあの子をっ」
その後、魔女は姿を消してしまった。
いつまでも変わらない姿のまま、その姿だけがクロトの頭の中に残っている。
会った頃から変わらない、幼い少女の姿をした魔女を。
一人となった三年間。クロトはただ魔女を殺すことのみを考えて魔銃に宿る悪魔を駆使しつつ力を増していった。
そして約束の日にクロトは見つけたのだ。魔女の言った――【厄災の姫】を。
しかし、それでも魔女は姿を現さなかった。
言葉だけを残し、いらぬ役目を押しつけられ、また見失う。
【厄災の姫】とは命の鎖で繋がれたまま行動を共にし、ついにあの魔女と繋がりのある者が現れた。
魔女が持っていたもう一つの魔銃【フレズベルグ】を持った、同じ不死身。
◆
イロハの提案に乗ったクロト。二人はとにかく場所を移すことに。それに見合った場所があるとイロハが言うためその場所にへと向かう。しばらく歩いて、なんとなく見慣れた道のりにクロトも途中で勘づいてしまう。
向かった先にあったのは、あの生命結晶を作っていた宗教団体の研究施設。
しかし、えらく見違えるようなビフォーアフターをしたものだ。例の竜巻のせいで施設周辺が完全な更地となっている。
後方にあった崖と、周囲を覆っていた木々の群れは何処へ行った? 崖など抉られ木々もすべてがあの竜巻で塵となって天の彼方だ。
もはや草木すら残っておらず整地されたかのように広々としていた。
「先輩。姫ちゃん置いてきちゃって平気なの?」
「この辺には魔物があまりいない。暗くなる前に戻ればなんとかなる。それになにかあればすぐにわかる」
クロトはおもむろに魔銃をチラつかせる。
魔物が少ないのもおそらくはあの山のせいだろう。危機感知能力の高い魔物は周囲の気配には敏感であり、あの山から出る気配を恐れ離れている。それなりに距離もあるはずなのだが、ここまで退かれているとなると稀に山を下りている可能性もある。思わずその山の方角を見てしまう。
そして例の竜巻の影響もあるだろう。しばらくは余計な戦闘をしなくても過ごせそうだ。
……コレが終われば。
「ふーん……。ねぇ、ルールなんだけど説明とかいる?」
「いらねーよ。俺を誰だと思ってる?」
「知ってる知ってる! マスター言ってた! いっつも負けてたんでしょ?」
「開始前にその頭の風通しをよくしてやろうか? あっ?」
「あぁ、魔銃で頭ぐりぐりしないでぇっ。なんかそれやだー」
●ルール●
●使用するのは二つの腕輪。これらをお互いは装着し戦う。
●腕輪の役割はダメージ計算にある。一撃でも当たれば腕輪が受けたダメージを感知し外れる仕組みにへとなっている。
●先に腕輪が外れた方が負けとなる。
●腕輪は外れれば数時間は装着不可能にできているため不正はできない。
●通常弾はいくらでも使用可能。
●契約悪魔の力を使ったものは一度だけしか使用できない。
と。簡単にまとめればイロハはなんの不満もなく頷く。
このルールでクロトは魔女と何度もやり合うが一度だって勝ったことがない。それどころか、魔女は通常弾のみで悪魔の力を一切使用していない。
悪魔と契約をしていなかったのか、それとも使うまでもないというものだったのか……。
「死なないボクらでも簡単に勝負がつけられるね。さすがマスター」
二人は左手首に腕輪をはめる。
イロハが不死身なのは先のことで承知済みだ。しかし、自分とイロハとでは不死身の仕組みがなにか違う気がする。
二人の不死の特徴は同じ。傷は瞬時に回復しそれは衣服にまでも及ぶ。癒えるというよりは形状を戻すとも捉えられる。
欠点である自身の魔銃で負った傷は治りが遅い。これもおそらく一緒だろう。
勝負の前に、クロトはイロハに問いかける。
「お前、俺がなにをこの悪魔に願ったのか、知ってるのか?」
「……う~ん。一応? でも、あんまり覚えてないかも」
どうせ話したのはあの魔女だろう。あまり覚えていないということには好都合だが、呆れて思わず「鳥頭」と罵倒してしまう。
そしてそのまま話を進めた。
「願うことで契約完了。その時から俺は不死身になった。……魔女はこれを契約時に受ける体質変化と言っていた。お前の不死身もそのはずだ。――お前はなにを願った?」
悪魔との契約。魔の者との契約手段は多々存在している。願いの契約は魂を捧げるようなものが多いが、魔女から渡された魔銃にはそれほどリスクはない。
ただ願いを言い、願いが叶う。そして、それと同時に自身の体質が変化するという仕組みも魔女が仕掛けたものらしい。
なんせこの魔銃を作ったのはあの魔女なのだから。恐れられる悪魔すら素材として組み込む存在、それが魔女というものだ。
願いを問われたイロハは目を丸くさせ、ほんの少し開いていた口を閉じ、辛さを含んだ笑みを浮かべる。
「――痛いのが嫌いだったんだぁ……」
クルッと両腕を広げ、イロハはクロトにへと体を振り向かせる。
「ボク、物心ついた時にはどっかの施設にいたんだぁ。毎日、毎日、毎日……、皆、ボクに痛いことをするんだよ……。「やめて」って言っても、口を塞いで……、痛いことするの……。痛い事しか、誰も教えてくれないんだよ?」
イロハの背から漆黒の翼が姿を現す。
「この羽もね、そこで付けられたんだ。魔道具を体に埋め込まれてね……。ただただ痛くて、痛くて……。だから此処にあったのも消しちゃった。嫌なんだよ、ああいう場所……。――でもいいよね? だって、マスターがそうボクに教えてくれたから。怖いものは全部フレズベルグが消してくれる。此処も、ボクのいた場所も……」
これが、イロハが願いを叶える切っ掛けとなった事象。話の最中、クロトの古い記憶が泡のように浮かび、薄れて消えていく。
自分が願った頃のことがほんのわずかだが蘇ってしまった。
――記憶の片隅にあったのは太陽の光すら届かない、暗い部屋……。
「痛いことしか知らないボクをマスターが助けてくれたんだ。ボクの願いを叶えてくれた。――こんな痛みいらないって……」
辛い回想が終われば、イロハは無邪気な顔で語り続ける。
「そしたらねっ、ホントに痛くないんだよ! 死なない体質変化は契約の時にランダムで決まるみたいで、先輩と同じなのは偶然」
同じ不死身でありながら感じていた違和感。それは【痛覚】だ。
痛みを感じない不死身のイロハ。
痛みを感じる不死身のクロト。
明らかにイロハの方が便利である。
痛みがあれば傷は癒えるも判断思考に害を及ぼし隙が生じてしまう。多少の肉体的違和感はあるだろうが、イロハにはクロトほどの害がないのだ。おまけとして元から備わっている翼。自由に扱え陸だけでなく空も可能よする行動範囲。これがイロハとやり合う上での難なことだ。
「マスターはボクに名前もくれた。いろんなことを教えてくれた。こういうのって、恩人って言うんだよね? だったら役に立ちたいって思うのも、当然だよね? 先輩は、違うの……?」
恩? 恩人?
それが該当していたとしても、クロトにとっては首を傾けることでしかなかった。あの魔女を恩人としてクロトは思ったことが一度もない。あるのは鬱陶しさと、恨みぐらいだ。願いを叶えてもらったことなど嫌悪や憎悪でいくらでも塗りつぶせる。
返答などする必要もなく、クロトは魔銃を構え、同時にイロハもそうした。
それをイロハは開戦準備が整ったと解釈し、
「――じゃあ、始めよっか」
翼を広げ、天にへと舞い上がる。




