「己がための【願い】」
これは魔銃使いの……、――クロトのこの場での【願い】でもあった。
自分が不要と捨てた感情。それをクロトは気付かぬうちに、無意識にまた拾い上げてしまっていた。
あれほど捨てたかった感情。自分を縛るだけの【感情】。
きっかけを与えてくれたのは他の誰でもない。星の瞳を宿した、道具としか見ていなかった、名前など一度だって呼んだ事のない――たった一人の少女だ。
非力で。無力で。他の助けがないと生きていけない。
ずっとそれが甘えだと思っていた。
それだけに留まらず、誰よりも他人想いで。自分を二の次にしていく。
損な生き方をする……そんな存在だった。
損な生き方をする者は嫌いだった。
童話だろうと、なんだろうと……。自分を大事にできない者が嫌いだった。
それらすべてが、ずっと嫌いだった。
だが、その手を自分に伸ばされた時、その温もりに触れて、わかってしまった。
本当は……そんなふうに愛されたかったのだと。
束縛ではなく、ただ支え合える形で愛されたかったのだと。
だから、今でもこうして、初めて名を呼んで求めてしまう。
「さんざん……お前のことを嫌ってきた俺が、今更だってのはわかってる! だからこそ、今度はお前とちゃんと向き合いたい!」
「……っ」
どうしても、エリーは振り向くことができなかった。
振り向いてしまえば、伸ばされた手を取ってしまいそうになるのだから。
しかし、それは許されない事だろう。
自分の事を知って、それでも今の世界に留まる事など…………。
そして、それを堪えて涙ぐむ姿を見せるわけにもいかなかった。
このまま振り向かなければ、もしかしたら諦めるかもしれない。
……だが。クロトが諦める姿など想像もできない。
「……っ。…………それに、俺は。お前のあの言葉の続きを…………まだ聞いてない」
――…………
エリーには、一つクロトに伝えたい言葉があった。
きっとまたクロトを怒らせてしまう。そんな一言。
あの流星群で言いそびれてしまったが、言えずに終わったことにどこか安心すらもしてしまった。怒らせる言葉なら、言わなくて正解だったのだから。
自分の中で終わらせたかった、【好き】という思い。
「今しかないなら、……俺はそれを聞きたい」
「…………でも……」
「絶対に怒らない! どんな恨まれごとでも、それがお前の本心なら俺は受け入れる! お前の言いたい事を、他人がどうだとかじゃなく、お前の思いを聞かせてくれ!」
――…………
真っ白な地に、ぽたり、と水滴が落ちる。
星の瞳は潤み、溜めていた涙が溢れ出す。
胸が苦しくなる。溢れてしまいそうな言葉の数々を抑え込もうとすれば、喉が痛む。
言葉のどれもが、口にすることを躊躇ってきた。
だが、今本当に許されるのであれば…………。
その思いの先も…………許されるのか……。
違う……。そうじゃない。
許されなくてもいい。
誰かのための【願い】も大事で。それ以上に、今は…………。
「…………っ。クロトさんは…………ずるい。ずるい……ですよっ」
嗚咽を漏らしながら、エリーは口を開く。
「……――好き…………なんです。ずっと……、ずっと前から…………。好きだから……っ、大好き、だから……。言ったら……またクロトさんを怒らせてしまうから……ずっと…………言えなかった」
それを強いらせたのはクロトだ。
言わせないように、ずっと我慢させ続けてきたのもクロトだ。
たった一言。――「好き」という言葉。
その言葉はクロトにとって重くも感じた。受け止めたくなかった【好意】。それをいざ受け止めてみれば、重くはあれど抱いていたほど怖くもない。
「…………よくわかった。……それで、お前はそれでも、そっちを選ぶのか?」
「……私……は。私は……いても…………いいんですか……?」
「いい」
「……また……誰かを傷つけるかも……しれないのに…………。私も…………魔女…………なのにっ」
「いい。俺はそれでも…………お前に消えてほしくない」
「……クロト……さんっ」
ようやく、エリーは振り返る。
とめどなく溢れる涙で顔を濡らし、堪えていたものを吐き出す。
「私は、クロトさんと…………一緒に、いたい……です。消えたく……ない。もっと、クロトさんと……――一緒にいたいんですっ」
少女は願い、望む。
そこに、他者への気配りなどない。
ただ一つ、共にありたいという、エリー自身の心からの【願い】だった。
エリーは神への道に背を向け、足は元の方にへと戻りだす。
その時、呼び止めるように呟かれる。
『……いいのかい? キミの選ぼうとしている道は、再びキミが罪を抱えるというものだ。苦しみと絶望のある世界』
「…………そう、ですね。でも、それでも私は、クロトさんと一緒にいたい。そう【願い】ます」
『……』
「だから……ごめんなさい……」
『…………いいよ、べつに。キミが望むなら、それを肯定するのがボクたちだ。行くといいよ。……あんまりキミを引き留めておくと、彼が世で言う恐ろしいものを向けてくるからね』
【管理者】は身を引こうとする。視線の先には、銃口が映りこむ。
しかし、この存在に恐怖というものはないのか、薄ら笑いを浮かべていて気味も悪くあった。
『心配しなくても、ボクはお暇する。彼女の選んだ選択だ。ボクはどちらでもいいからね……』
「……」
そうは言うも、魔銃使いの警戒ある敵視の視線は変わらない。
『そう怖い顔はしないでくれよ。……しかたない。ボクは帰るよ』
「消える前に聞いておくが……、お前は何者なんだよ?」
『あはっ。あの魔女と同じことを聞く。……教えてもいいけど、キミたちはボクの存在を戻った後覚えていないだろうよ? 覚えてもらっていても、面倒だからね』
「……」
『また、此処で待っているよ。…………彼らと共に……――終焉の日を』
そう言い残して、その未知の存在は白の空間にへと消えてゆく。
まるで、これが本当の終焉ではなかったような言い分。
それを負い目とすら感じたのか、エリーはクロトにぶつかるように抱き着く。
「……っ。クロトさん。私……本当に戻って……いいんですか?」
「何度も言わせるな。……俺がいいって、言ってるだろうが」
「…………好きで、いいんですか?」
「いい。嫌いでないなら、……俺も……お前のことが――好き……だからな」
消えないでほしい。
小さな身を抱き返し、二人の姿は白にへと呑まれその場から消えてゆく。




