「神への片道」
無音の世界で、エリーは二つの選択肢を提示される。
――【呪い】を抱えたまま戻るか。
――【呪い】を手放して神になるか。
エリーは戸惑った様子で目の前の誰かと、繋ぐ手を何度も見る。それは迷っている様でしかない。時間も限られていると伝えられているため、焦燥感に判断の整理が上手くつかない。
エリーという【厄災の姫】には【呪い】がある。
どうしようもなく、自分でうまく扱えない大きな力。下手をすれば自分以外の多くの者を傷つけてしまう恐ろしい力。
これまで、何度もその力がなければと思ってきたか。目に見えなくても持っているだけで恐れられ、望まぬ形で【願い】を聞き届けようとする黒星たち。
それを手放す事のできる機会が今だ。
しかし、その代わりにエリーという存在は現世から切り離される。
自身が愛した世界を守れる。害悪という懸念からも解き放たれる。エリーとしては多くの者から【厄星】という恐怖が取り除かれ、それはこれまでの報いにもなるとすら考えられる。救える幅はとても広くあった。
……だが。
そう、心に思い留まるものが迷いとなって決断できずにいる。
間が開いてしまうと、【管理者】は進んでこう言う。
『迷う必要はないんじゃないかな?』
「……え?」
『キミはずっと【呪い】に苛まれてきた。あの魔女の計画の一部だとしても、キミが【呪い】に苦しめられてきたことをボクたちはよーーく知っている。苦しかっただろう? 好きでもない力に怯えているキミを、誰もが蔑み忌み嫌った。それを許せないとすら思ったことがあるだろう? 同時に、キミはそれでも他人が傷つくことを良しと思えない。健気で慈悲深いねぇ……。なら、この先に進むことをお勧めするよ。そうすれば、キミは忌まわしい【呪い】から解放され、恐怖に怯える愚者たちも救うことができる。ボクがキミなら、きっとその道を選ぶね』
真っ当な意見だ。
このまま戻ったところで、また【厄星】に悩まされ、間違って多くの者を傷つけてしまうかもしれない。
ならば、望む形で消えることが最善ではないか。
『――行こう。彼らもキミの幸福を願っているのだから』
白い手が引く。目に見えない道を【管理者】は誘導する。
迷いのある足は止まりながらでも少しずつ導かれる方にへと進んだ。
その先に心が少し惹かれもした。これでようやく解放されるのだと思えば、戸惑いが少しは軽くなった。
視界も、自分の身すら霞んでしまう。見えなくなってしまえば、引き返すことができないとすら感じた。
――…………
寸前で。後方から誰かに呼ばれた気がした。
エリーはぴたりと足を止め、不意に後ろを振り返る。
「――おい!!」
強く。噛みつく様な勢いで、そう無作法な声をかけられた。
普通なら不快感を抱く事だろう。だが、エリーはそんなものなどわかず、星の瞳を丸くして呆気に取られてしまう。
目に映るのは、ボロボロな姿で白の背景にたたずむ姿が一つ。とても見慣れた容姿をしている。
まるで久方ぶりに再開でもしたかの気分にもなるほど、懐かしくすら感じる姿。
一人でいる時。迷っている時。困っている時。自分を誰よりも一早く見つけてくれる。そんな存在。
「…………クロト……さん?」
安堵か。エリーは名を呟く。
白の背景にクロトの姿はよく映える。見間違いのない姿に状況などつい忘れてもしまう。
その隣で、ぶつぶつと呟く声にすら気付けないほどに。
『……おかしいな。あの元凶はともかく、何故余計な部外者が? 此処へ来れるのは…………』
しばし考えこむも、【管理者】は直ぐに答えを導きだせたのか、納得した様子でこの状況にとりあえず黙る。
少しばかり乱れていた呼吸を整えてから、クロトは言葉を発する。
「何処……行く気なんだよ? こっちは妙な光に呑まれてさんざん彷徨わされたんだぞっ。これ以上面倒事はごめんだ」
文句を言い、クロトは距離のある先からこちらに向けて手を伸ばす。
「帰るぞクソガキ……っ」
進んでいた方とは真逆。それはこのまま現世に戻るという道。
思えずエリーはクロトに呼ばれ、【管理者】の手を離そうとしてしまう。
……が。わずかな触れている指先だけでも、それを引き戻そうと引かれる。
「……っ」
【管理者】は何も言わない。だが、訴えたいものは伝わってきた。
現世に戻る。それは【呪い】を抱えたまま戻るということ。それを再度言い聞かせるようなものが感じ取れた。
その時、エリーは思った。
そもそも。クロトと戻る意味は……あるのだろうか?
戻る道に伸ばしそうになった手が、すっと下りる。
そして、……エリーはクロトに、ゆっくりと首を横に振った。
その行動はクロトにとって衝撃的だった。
クロトの言うことは聞き入れてきたエリー。しかし、今は違い帰る選択肢を自ら断る。
理由を問い詰める間もなく、エリーはその行動の意味を自身の口で説明する。
「ごめんなさい、クロトさん。私は……クロトさんと一緒に……帰れません」
「な……っ!?」
「私、この先に行くと神様になれるみたいです。怖かった【呪い】もなくなって、いいことだと思います」
苦笑してから、エリーは背を向けて白の景色の更に奥を見る。
「私は、皆さんに迷惑かけてばっかりです。いつか、この【呪い】で沢山の人を傷つけてしまうんじゃないかって、怖くて……。いっそ、なくなればいいのにって、ずっと思ってました。……クロトさんにも迷惑ですし」
「……何……言ってっ」
「それに、私知ってるんですよ? ……全部、知ってます。魔女さんが私の本当のお母さんで。私は……魔女で。…………クロトさんに、もう【呪い】がないことも。…………知ってます」
「……っ」
「ほら。クロトさん、私のこと……嫌いじゃないですか。仕方がなく一緒にいただけですし、もう……私は必要ないですよね? 私は……もう、いらないですから。クロトさんの願いが叶ったなら、私はそれでいいですから。……最初っから、そういう関係……でしたもんね」
「……」
「この【呪い】は、持ち帰っちゃダメですよ。私が神様になったら【呪い】は消える。皆さんにも迷惑かけなくてすむ。クロトさんも、ようやく私と一緒にいなくてすむ。……それで、いいですよね」
エリーは一歩ずつ前にへと進む。戻る事の出来ない、神への片道へ。
その姿が霞んで消えようとすらしていた。
「今までありがとうございました。………………さようなら。クロトさん」




